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2010年 12月 18日

札幌・昭和30年代(続き)-夢の系譜(21)

札幌芸術の森美術館のなかがわ・つかさ展「札幌・昭和30年代」に見る
かっての風景を、その当時の作品とともに思い出していると、今は死語と
なったような言葉が浮かぶ。
<純喫茶><純文学><産学協同阻止><学の独立>・・。
ここには<純>という言葉が生きていた気がする。
街にも職人さんが健在で、今入院中の酒井博史さんの職業、街の判子屋
さんの活字印刷・印鑑職人のような職人の存在が普通だった。
佐佐木方斎さんの’80年代作品集の造本にも、箱職人の技が生きている。
木箱の職人さん、靴職人、布団の綿職人、飾り屋といった金工細工職人
も、普通にまだ街の横丁に店を構えていた記憶がある。
お風呂屋さんも健在で風呂焚きも一種の職人と思えるのだ。
畳屋さんも畳の打ち直しとか、ライフラインとして街の界隈にあったのだ。
洋服の仕立て屋さん、お米屋さん、酒屋さんもそうだ。
そしてこれらの店の店主は、それぞれがその道のプロであり職人でも
あった気が今するのである。
そうした生活風土に沿って<純>という言葉も在ったのではないだろうか。
美術・芸術もそこでは、純音楽であり、純文学であり、純美術、純学問を
基底として、曖昧なオーバーフエンスを拒否する純潔意識が高かったと思う。
現在はマルチ志向で産学共同などは当たり前になっている。
その事の功罪は相半ばするものがあり、単純に昔が良かったなどと
決め付ける気は毛頭ない。
しかし、アートで街興しとか、日常にアートをとか産業経済軸とあまりに
寄り添ったアート菌塗れの美術・芸術行為を見ていると、逆に<純>と
呼び、原点に戻してみたい気もするのである。
政財界のお偉方が集い、アート、アートと経済効果を考え国際美術展開催
に熱心な様子を見ると、その産業芸術共同に<純>という対置を据えても
みたくなるのである。
職人を主体とする産業構造から、量的効率性を主体とする消費文明の今、
芸術・文化もまた量的効率増進の一助として消費効果に動員されて
いる。
巷の職人的産業構造の担い手たちには、自立の誇りといい意味での孤独の
ような近寄りがたい頑固さがあったように思う。
悪餓鬼たちを一喝するような、ある種の威厳と恐さがあった気がする。
いわゆる頑固親爺である。
そんな大人が街から姿を消し、にこやかで実は冷淡なコンビニのマニアル
のような大人が増えている。
その本質的な冷淡な人間関係の距離を埋める手段でもあるかのように、
表面は親密そうな化粧・臭い消しのようにデザイン・芳香剤を、現在アート
と呼んでいるのではないか。
職人的産業構造が変質して、大量消費産業構造に変わった今、芸術文化
の基本軸もその影響下にあるのだ。
受け手の大多数に阿(おもね)て、職人の保つ独立心、プライドをベースと
する作り手の側の<純>は本当に無くなったのかと、この展覧会を見て
今に問うのだ。

*野上裕之展「鳥を放つ」-12月21日(火)-1月16日(日)
 am11時ーpm7時:月曜・元旦休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737ー5503
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by kakiten | 2010-12-18 14:37 | Comments(0)


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