人気ブログランキング | 話題のタグを見る

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2010年 12月 17日

さっぽろ・昭和30年代ー夢の系譜(20)

「さっぽろ・昭和30年代」展を見に行く。
久し振りの札幌芸術の森美術館である。
美術評論家なかがわ・つかさを軸に、昭和28年から昭和38年までの
なかがわの批評文と作品を札幌の街の変遷とともに、丁寧に例証し展示
している。映像のコーナーには当時の街の様子が、駅前から中島公園まで
解説と共に流れていて、当時を知る自分には懐かしい風景が流れる。
駅前通りに生まれ育った私に、この風景はいわば血肉のようなものである。
あらためて、当時の風景に空の高さを感じるのだ。
時計台が高く見え、その前の母校の小学校が懐かしい。
TV塔の建設豊平館の移転等の都市風景の変化を境に時代が変化してゆく。
札幌軟石の重厚な建物、レンガ造りの洋館建築がコンクリートのビルに替わる。
高層ビルが増え、ショップパックビルの建設が多くなる。
個人商店の面影を保つ商店街が、テナントビルの大型ビルに吸収される。
この街の構造的変移は、個を主体とする美術家の社会構造にも反映されて
公募展を主体とする画家組織にも顕われていたように思えるのだ。
その組織に拠る美術状況を、23歳の青年批評家は果敢に批判し、個々の
作家を軸とする批評活動を10年間展開するのである。
今回の展覧会の優れた所は、こうした大きな時代の転換期と軌を一にして
美術の流れを表出し得た事である。
個から群の時代へと都市構造が大きく転換しようとする時に、その挾間の
価値観の転位をくっきりと、個々の作品を通じてなかがわの批評軸が存在し
た事を実感するのだ。
34歳で急死したなかがわ・つかさの存在は、その後忘却の彼方に埋もれていく。
時代はその後相次いで林立したショッピングビル群と同じように、公募展の林立
が相次ぎ、あたかもそうした公募団体展のみが作家の発表場であるかのような
風潮が蔓延してゆく。
個から群へ、街の風景もまたそうした動きと軌を一にしているのだ。
私の生まれた場に即して言えば、そこは個々の店の集る固有の風景が
パルコパック、4プラパック、コスモパック、ピヴォパック等々のショピングビル
となって今も在る。
道展、新道展、全道展等の多くの美術家団体展が、こうした都市の変位と
重なって私には映るのだ。
今回の展覧会の特色は、一見これまで別次元・別ジャンルと思われた社会
構造の変化と美術界の推移が、無理なく重なって見え得る事にある。
美術界に切り込むひとりの美術批評家の孤高の存在を軸とする事で
個から群へと向かう都市と美術の関係性を見事に際立たせ、時代を屹立させ
た展覧会と思うのだ。
なかがわ・つかさが時代を駆け抜け闘ったものは、美術だけの問題に収まら
ず、この国の個々の風土と近代、作家という個と都市の時代を今に、問うもの
である。
ただ単に懐旧の風景ではなく、この展覧会に設定された昭和30年代の風景は
作家たちの描いた美術作品とともに、深い時代の亀裂もまた顕在化して見せて
くれる。


*野上裕之展「鳥を放つ」-12月21日(火)-1月16日(日)
 am11時ーpm7時:月曜・元日休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-12-17 13:26 | Comments(0)


<< 札幌・昭和30年代(続き)-夢...      声の届く風景ー夢の系譜(19) >>