テンポラリー通信

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2006年 03月 29日

都市というワイルドサイドー岸辺の表情(17)

建築家の梶田清尚さんが来る。ほどなく脚本家の斉藤千穂さんも来て3人で北へ
向かう。以前見た一軒家の内部を建築家の目で見てもらう為だ。梶田さん、斎藤さ
んは‘80年代後半雑誌「パルス」で一緒に編集をした仲間である。梶田さんが中心
となって様々な分野の状況をラデイカルに表出しようとした雑誌で演劇の飯塚優子
さんや創文社の桑名正和さんアイヌ研究家の中川潤さんら8人が編集委員だった
。この頃毎週水曜日に編集会議があり夕張にも一泊で取材に出掛けた。ふたりに
見て貰い内部改装の色々な指摘を指示され参考になる。その後斎藤さんが治療
に通っている札幌華僑会館へ向かう。治療時間までまだ間があるというので周囲
を歩く。ここは以前歩いた所で東屯田通りの東側、新通り市場も近く昭和20年代
の札幌が黒澤明監督の映画「白痴」のシーンのように残っている所だ。柾板の家
、棟続きの長屋、石炭小屋などが一角にかたまっている。一ヶ月ほど前に来た時
は雪が屋根に三段位積もって垂れていたがもう何も無く替わりに立ち入り禁止と立
ち退きを促す看板が貼られていた。まだ何軒かは住んでいるようだったがここも間
もなく更地になりマンシヨンでも建つのだろうかと思う。一軒ではなくここはゾーンと
してひとつの界隈を保っていただけにとても惜しい気持ちがする。8軒から9軒の家
に囲まれた内側に入るとそこはもうレトロな札幌だった。生きたレトロスペースだ。
先日の坂さんの蒐集の過激さをふっと思い出す。現実を阻止する事は出来ない。
その現実に対峙する情熱があの蒐集を支えている。喪われ壊されていく時間と空
間への怒りがその根底にはあるのだろう。治療する斎藤さんと別れ梶田さんとも別
れ事務所に帰ると程なく、玄関で大きな声がして元歯科技工士の上木章一さんが
来た。シンクガーデンで酒井さんに会いここを聞いて尋ねて来たという。二ヶ月ぶり
だ。ギヤラリー巡りの達人で、用としての歯の技術者のキヤリヤは大変なものだが
用でないものの技術、美術へと傾倒している人だ。いつか歯を彫刻で造形した美
術作品を見て、こんな歯は口に入らない、いやあ!と感激していた人である。技術
が自分の積み重ねてきたものと違う世界を創りだす事に素直に感激し驚き感心し
いる。それが今ギヤラリー巡りを支えている一番の情熱だろうと思う。外に出て喫
茶店に入り私の近況や3種類の地図を見せると上木さんの青少年時の記憶が甦
り色んな時間がここでも流れだした。私の生家の二軒先でアルバイトしていたとい
う。案外擦れ違っていたかもしれない。この方も侠気の人である。わざわざ心配し
探し尋ねて頂いた。感謝である。そして地盤地質図や大正、昭和の地図を見なが
らふたりで見えない札幌の時空をしばし旅した。今に残る東屯田通り界隈のレトロ
ゾーンから今は見えないさっぽろへと現実のワイルドサイドを潜り往還した日だった。
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by kakiten | 2006-03-29 16:36 | Comments(0)


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