心挿すと志(こころざし)を読み替えた時内向きになった自分がいた。ふっと内側
に入っていった。そんな時酒井博史さんから電話。山鼻地区のメール便の配達
のバイト付き合ってという事だった。久し振りに彼の車に便乗して東屯田通り界隈
を廻る。60軒位軽快に配達していく。こんなに軽やかな身の動きのヒロシを見る
のは初めてだ。私は地図片手に現在位置を確認しつつ周りをの建物を見る。前に
歩いた時とはまた違う角度で街が見える。小1時間程で配達は終了し「桜庭」とい
う靴を脱いで中に入る喫茶店にいく。本当個人の家がカフエになっている。初老の
婦人がひとり店主だった。そこで酒井さんと話してふっと思い出し坂ビスケットの
レトロスペースにその後向かった。以前館長の坂さんが前の店閉店の折訪ねてき
てくれたのだ。1時間以上も居ただろうかいろんな話をした。内向きに強く濃い人
という印象を受けた。現実に対して鋭い人である。それが前向きの批判という形
をとらず内向きのレトロという形をとって今の現実を厳しく峻別する。そういうタイプ
の人という印象をもった。初めて入ったレトロスペースはその峻別する激しさ強さ
そのままに圧倒的な数と種類の収蔵品が分類され展示されていた。これは只の
懐古趣味だけではない。‘60年代の学生運動のヘルメット、パンフレット、遺稿
集もあって、喪われ去っていったものたちへの痛切な想いと挽歌がトニカとしてあ
る。勿論それが湯たんぽであったりカストリ雑誌であったりもするのだがその個々
の蒐収品については見る人それぞれの分野があるだろう。酒井さんはハンコ屋さ
んだけに活字の印刷機械に嵌っていた。名刺を活字でする小さな機械を小さい頃
扱った事があるという。今度ここの館長の坂さんの名刺を刷るといいなあと思う。
スタッフの女性の方は友川かづきのフアンでご主人は笛の演奏家でもあり酒井さ
んと話が合っていた。館長の坂さんは留守だったがスタッフの方もユニークな人
だった。かって永井荷風が浅草の踊り子やその劇場の巷を飄々と彷徨いながら
戦争一色の世間から一見超越しているように見えながら反権力の視線を貫いて
いたようにこのレトロスペースにも同じ匂いがある。そういえば館長の坂一敬さんの
風貌も永井荷風に似ているなあと思う。心残す酒井さんと閉館時間を過ぎ濃い夕
暮れのなか、又の来館を約して帰路についた。なにか急にビールが飲みたくなる。
そんな濃密な時間の住む館だった。