テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2010年 10月 05日

故郷を創るー谷口顕一郎展(16)

産まれた場所だから、そこが故郷という訳ではない。
意思的に再び故郷になる時がある。
谷口顕一郎・彩子さんふたりにとって、今回の個展は
そんな意味もあったような気がする。
最終日、中央に吊られた作品を囲んで車座になった宴会は、
そんなふたりの為に自然と集った故郷の披露宴のようだった。
目の前には、千年前の異国の民家壁の骨材を形態として変容し
再生した作品がある。
それは、過去と現在の境を架橋して紛れもない今を創っている。
この過去と現在を繋ぐものは、私たちの短い人生の過去と今を
繋ぐ新たな故郷にも通じるものがある。
5年前稚内からサハリンへ渡り、トナカイの村を経てシベリア鉄道で欧州へ
行き着いたふたりの道程は、こうして今再び故郷に辿り着いている。
それは出た時の故郷とは違う、ふたりの獲得した古くて新しい故郷である。
異国の民家の壁材が作品として再生したように、故郷もまた再生している。
中央に吊られた作品を囲んだ新旧の友人・知人は、作品を形成する裾野
・中腹の故郷のようにある。
持ち込まれた手作りの料理、ギターを持参して唄ってくれる人たち。
ひたすら最後まで飲み続け唄った人。
ふたりを囲繞するそれぞれが、この出会いの今をそれぞれの処し方で
燃やしていたのだ。
この熱い囲繞地こそが、ふたりが獲得した新たな故郷なのだ。
出生の無意識の与件は、意志する新たな与件として、生き深まる。
作品がそうであるように、生きる事も意思的再生行為なのだ。
その事を、時に人は生きるといい、愛ともいい、友情とも言う。
初日の宴から始まり、会期中ふたりも含めて何人もの涙ぐむ人の姿を見た。
この涙はふたりの軌跡を受け留めた、それぞれの想いに発している。
作品そのものを廻って議論し流された涙もある。
ふたりの異国での固い結びつきに触発されて、流された涙もある。
それぞれの心の容(かたち)から、その涙が溢れたのだ。
どれもが美しい涙であった。
高い嶺の優れた作品論にも負けない豊穣な山野、裾野・中腹の
囲繞地があった。
それは個展という場が、谷口夫妻の新たな磁場を創出したからである。
この時作品を囲む磁場の裾野は、ふたりにとっての新たな故郷のように
存在したと、私は思う。
それは一度未知の国へと故郷を離れたふたりが、二人の力で創生した
新たな故里、もうひとつの作品展の風景でもあった。

*昆テンポラリー展「札幌の昆虫を素材にして」-10月12日(火)-
 24日(日)。am11時ーpm7時。
 :作品ー谷口顕一郎・森本めぐみ・河田雅文・山田航・文月悠光。
 :素材提供・木野田君公「札幌の昆虫」(北大出版)。
 :企画・熊谷直樹。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2010-10-05 13:15 | Comments(0)


<< 自転車泥棒ー秋のフーガ(1)      新解体新書ー谷口顕一郎展(15) >>