昨日銀座の吉増剛造展で、大野慶人さんと吉増さんのパフォーマンスがあり、
「石狩の鼻曲がり」のDVDをバックに慶人さんが、大野さんの人形を操り
映像の中の大野一雄と共演したという。
今日の大塚くんのミクシイが伝えている。
ここで見た映像と違うと、文月さんがコメントを寄せている。
元の映像は同じ物の筈だが、編集とヴィデオをDVDに変えた機械差と思える。
あの時は某有名映像作家と呼ばれる人に撮影をお願いしていたのだが、
当日近く自分はドキュメントは撮りませんとドタキャンされ、結局観客の何人かが
撮影した素人ヴィデオを後に繋ぎ編集したのである。
その為色んな人の視線が入って、定番はない。
元々はすべてヴィデオの映像で、当時DVDはなかったのだ。
その為夕陽を直接浴びて、ハレーシヨンを起す場面もあり、それはそれで
意外な効果をもたらしている。
昨夜銀座の画廊で、大野先生の石狩河口の映像が流れていたと思うと、
何か不思議な気持ちになる。
あの日あの会場にいた吉増さん、そして川面に迫り出した舞台と水の中を
踊り走っていた大野慶人さんが、大野先生とともに銀座にいたのである。
17日にはお別れの会が催されるようだが、この時は世界の大野として
多くの人々が集う事だろう。
樹に例えれば、巨樹大野一雄の枝、幹、梢は堂々と世界に聳え立つ。
私がここで追悼する大野一雄とは、いわば目に見えない根の世界。
枝・梢と同じように広がりながらも普段は見えない、時代の土中深く
生命の水脈に触れる部分である。
国家に拉致された<父>という根を求めて、遠く父祖の海を渡り、
カムチャッカへと志した大野一雄の<みちゆき>を悼むものである。
ここに位置する父の位相とは、戦後多くの分野の根の部分で喪失し
続けてきた<父>の位相である。
”元気で留守が良い”と揶揄されるインフラ・パパの戦後の父とは
違う父像なのだ。
大野一雄がカムチャッカで踊りたかったヒグマの踊りとは、
このインフラ・パパの対極にある父の踊りである。
そんなパパのような父ばかりではないよと、人は云うかも知れない。
確かに個別の父とはそうではないのかも知れない。
しかしここでいう<父>とは、時代の地中深く在る本質的な<父>の事
である。
大野一雄が亡くなった日に前後して、日本の首相も僅か8ヵ月で辞任した。
その原因のひとつが、巨額な援助金の母の存在であった。
ここにも父なる志(こころざし)の気配は薄いのである。
インフラとしての母なる戦後が垣間見える気がするのだ。
大野一雄にとっての父とは、封印された時代の後遺症のように
これまで触れられていなかった存在である。
この封印された<父>を取り戻し、再生する事。
この事は一個人の問題のようでいて、実は時代の土壌の奥深く潜む
時代の根の問題であると私は思う。
その次元で大野一雄は、私とって同時代の人なのだ。
<カムチャッカ・みちゆき・大野一雄>とは、<石狩・みちゆき>を
ともに果たした深い友情が発する声でもある。
この一点だけで、私はこの場で大野先生を悼む。
吉増剛造は銀座で、如何に<みちゆき>を表わしたのか。
興味あるところではある。
*追悼・大野一雄展ー7月18日(日)まで。
am11時ーpm7時。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax011-737-5503