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テンポラリー通信

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2010年 06月 12日

一散に夏ー木霊(こだま)する(10)

夏日が続く。
農作物もこの暑さに息を吹き返し順調と新聞が伝えている。
私は夏風邪こじらし、夜嘔吐。
夕食に食べた物が良くなかったのだろうか。
胃の中は空っぽで、水をたくさん飲む。
朝抜き、昼抜き、夜はレトルトお粥。
途中経過を含めて打ち合わせに、夕方K氏が来る。
飲もうかと誘われたが、この日ばかりは断わる。
展示中の作品を見ながら、作品がひとり歩きして我々の心に人の関係性
を超えた行為を促がした事を思った。
木々の間に、草叢の上に、喪われた泉の傍に、この作品は居たがっている。
勝手に我々はこの作品の保つ力から、そう想像している。
石狩の水豊かなかっての森に、自生する春楡(エルム)の森の記憶を、
その幹の太さと同じ切株のように、この鉄の造型はさっぽろの光を
受け止めている。
中が空洞の鉄の切株は、その柔らかな土色の赤錆びた肌を陽光に曝し
何の奇抜さも無く、素朴に土から生まれた鉄である。
都市化の中枢に鉄骨や鉄筋コンクリートがあるなら、この鉄の存在は
その対極にある柔らかさである。
防錆に塗られた色彩も無い。直線の強力もない。
その柔らかで強靭な土と鉄の優しさが、見るものを誘い、受け入れ、
楽しませてくれるのだ。
何度も訪れ、その度に内に入り、しゃがみ込んで、寛ぐ人がいる。
きっとエルムの葉も草も光も虫も同じように、この作品と戯れ信頼する
事だろう。
そんな事を存分に充分に想像させる鉄の造型は、そうあるものではない。
陳列し飾られる雛壇のような空間には似合わないのだ。
土と関り、その場の歴史と関り、溶け込んでこそこの作品は生きるのである。
ひとつの作品が大いなる勇気を与える事もある。
そんな風にK氏とはこの作品を共有して共感していたと思う。
大野一雄先生の言った言葉。
<思いは現実、現実は思い>を実践するかのように、電光石火動いた
一週間だった。
その事にはいささかの後悔もない。
ただ作品は作品として、本質的抽象的な存在であり、思いを抱きしめ
羽ばたかせてくれるのだが、現実という思いは時に現(うつつ)として
實(実)の方に片寄るものである。
實とはインフラ的な条件闘争でもあり、實の意味が本来もってる金銭条件
とか社会的条件の意味である。
作家、受け入れ側、社会的与件等がそこには纏わり付いてくる。
それらをクリアーしてこそ、思いは現実となるのだ。
当然といえば当然の事だから、思いに走った私たちの総括は、
現実は思いであるという事の確認に尽きる。
それが今苦い味であるにせよ、その志した事の後悔はない。、

夏一散に駆ける光。この地の水と光を求めて立つ春楡の木とともに、
<思いは現実、現実は思い>の心の根と梢の先端を、絶やす事はない。

*阿部守展ー6月13日(日)まで。am11時ーpm7時。
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)
*写真家集団三角展「パラダイムシフト」-6月22日(火)-7月4日(日)
 -竹本英樹・メタ佐藤・アキタヒデキ3人の写真家による展ー

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-06-12 12:27 | Comments(0)


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