2010年 06月 04日
就活の帰りか、黒いスーツ姿の3人が阿部さんの作品と戯れていた。 初日オープニングにも来たSさんと同期の学生3人だ。 会社訪問の緊張が解けたのか、鉄の大きな腕章のような輪の中に入り、 しゃがんだり、立つたりして遊ぶ。 船のようだと言ったり、いや花のようだと言ったり、 さらには表面に触れ、お父さんの顎の髭のようと言っている。 そして中に入ると、額に入ったようにその人の個性が際立ってくる。 ひとりは王子のように凛々しく、ひとりは姫系となる。 もうひとりは、可愛いお豆のように見える。 外形は同じ黒のリクルートスーツの所為か、その為なおさら 内なる個性が出てくるようで面白かった。 それからMさんがきて、Nくんが来て、Hさんが来た。 みんなゆっくりと阿部さんの作品の前、内、上と自在に戯れるように 眺め、触り、角度を変えて楽しんでいる。 そして自分の近況が語られ、作品を囲んで話は尽きないのだ。 この見る者の無言と多弁の両方を受け入れる器の大きさは、 阿部守作品の保つ鉄の強靭さと柔らかさにある。 鉄筋や鉄骨にはない、鉄素材そのものが保つ強さと柔らかさである。 その鉄本来が保つ本質を、阿部守は暖かく強く作品の形・色として 導き出しているのだ。 歪んだ大きな腕章のような不定形の形は、五衛門風呂のようにも見え、 見る者の心を中に入りたくさせ、触れたくさせ、時に叩いて音を聞きたくさせ ただただ眺めていたくもさせる。 要するに見る者の心を自由に解き放ってくれるのだ。 その所為か滞留時間の長い人たちが多い。 しかし私の心の奥底には、一日経ってさらに深く沈んできた大野一雄逝去 の喪失感が蹲っていた。 昨日は一日、バッハの「音楽のささげもの」とプレスリーの歌を流していた。 そのどちらの曲もが不思議と、阿部守の作品に触れても異和感を生まない。 大野先生が石狩河口公演後稽古場でいつも流していたという、 プレスリーの「好きにならずにはいられない」の一節、 like a river flows surely to the sea Darling so it goes somethings are meant to be Take my hand、take my whole life too は、何度聞いても心に沁みいるのである。 特に<my whole life>という原詩の響きに深く響いてくるもの があった。 河口から父の海に触れ、さらに6年後にカムチャッカで父の踊りを したいと語った大野先生の時代の底に深く埋もれていた父への 心の道程を思うのだ。 少女たちが、阿部さんの作品に触れお父さんを思い出したように、 あの時大野先生は、不幸な時代の喪われた父の感触を、石狩河口の川と海の 水に触れる舞台で、甦らせていたのだと思う。 石狩河口公演以降その後一度も私は大野先生とお会いしなかった。 石狩河口で踊る事で戦後初めて再生した先生の<父>の位相とともに、やはり 私は<みちゆき>として、先生のカムチャッカへ行きたかったからと今も思う。 私にとってのあの時の<イシカリ>がそうであったように、 今度は先生の<カムチャッカ>へ一緒に行きたかった。 その気持ちが、<Take my hand、take my whole life too> の歌詞を聞く度に、今も一層心に深く響くのである。 *阿部守展ー6月1日(火)-13日(日):am11時ーpm7時・月曜定休。 *西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日) テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向 tel/fax011-737-5503
by kakiten
| 2010-06-04 12:49
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