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テンポラリー通信

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2010年 05月 30日

木霊する時ー青き繁みに(26)

今週月曜日展示後札幌を離れ帯広に帰っていた梅田マサノリさんも
久し振りに会場に見えて、来た人たちと話が弾んだ。
今日から始る道立近代美術館グループ展のオープニングに出席で
梅田さんたちが出かけ、さっと人が引いた後ふらりと直線的な
感じの青年が来る。
奥の階段を使い2階から会場を見た後、帰り際談話室に置いてある
川俣正のテトラハウスプロジェクト記録誌が目に入ったのか、手に取り、
熱心に頁を捲っている。
話し掛けると眼を輝かせ、もっと資料がないかと尋ねる。
理由を聞くと、以前もっと部厚い資料集を見て、そこに少年時代の自分の
写真があったという。
聞けば、少さい頃円山北町に住んでいて、当時川俣正のテトラハウスの周りを
うろついていたと言う。
その時野球帽を被った自分が写真記録に載っていたのを後年たまたま見て、
その時は高価で買えず、今その本を探しているという。
あの時の不思議な経験が、現在の自分にも影響してその後の人生を変えた
というのだ。
その頃在った私の建物もずっと気になっていて、今回東京から久し振りに
札幌に帰って来て、ここをネットで探して尋ねてきたと言う。
山崎篤志さんと名乗るこの青年は、現在東京の中野に住んでいて、
ウエブ・プログラミングの仕事をしている。
それから話は止まらず、話はどんどん過去から今に跳んでいった。
’83年の川俣正の仕事が、こんな形で人の人生に及んでいる事に
深い感銘を覚えながら、自分自身も含めさらには同じように人生が変わった
美術家の唐牛幸史さんの事も思い出して、感無量のものがあった。
野球帽を被った少年がこうして今は離れた札幌に、久し振りに戻り、
かって住んでいた界隈の変貌に戸惑いながらも、テンポラリースペース
を探し訪ねて来てくれる。
ひと時の川俣正のインスタレーシヨンの記憶とその中心に存在した
テンポラリーの記憶が、彼の中では大きな場所を占める札幌だったのである。
少年時代住んでいた家の記憶と重なりながらも、忘れられぬ事として
ふたつの札幌が在ったのだ。
30代に入ったかっての野球帽の少年は、その原風景を探すように
札幌を再訪し芳名帖には、次のように記されていた。

 素晴らしいひと時を過ごせました。ありがとうございます。

時は木霊する。
その木霊の声を聞いたような気がした。

*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」-5月30日(日)まで。
*阿部守展ー6月1日(火)ー13日(日)
*西牧浩一版画展「光景が移り変わるように」-6月17日(木)-20日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-05-30 13:04 | Comments(4)
Commented by ts5h at 2010-06-08 07:13 x
件の山崎篤志(ts5h)です!

先日はお忙しい中にも関わらず、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。
仰る通りテトラハウスは、僕にとっての記憶の限りでは一番最初に触れた美術作品の一つであり、それを触って指に刺が刺さってしまい指が膿んでしまった、という、色々な意味で思い出深い作品の一つです。

ただ、不思議な経験というよりは、今考えると、当時から既にアート&デザインには興味がありましたし、ひたすら毎日車、しかも外車ばかり描いていた(つまり既に彫刻的かつ工業的で、クールな製品に非常に興味があった)自分にとっては、出会うべくして出会った必然の一つなのだろうと思います。

実はあの後札幌には6/4まで滞在しまして、貴ギャラリーの近所である北18条に、マンションを借りた次第です。
7月中旬にそちらに戻って、作品制作及び工業製品の試作品を創るファクトリーの創設を考えており、その際は一番最初にそちらに顔を出させていただくかと思います。
よろしくお願いいたします。
Commented by kakiten at 2010-06-08 10:37
ts5hさま>とうとう札幌住いですか・・。奥さまはよろしいのですか?
Commented at 2010-06-08 23:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kakiten at 2010-06-09 13:46
ts5hさま>そうですね、思わず呟いてしまいました。
失礼しました。


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