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テンポラリー通信

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2010年 05月 12日

尾根を歩くー青き繁みに(10)

西に広がる山並みは、手前300m位から後方1000m級まで峰々が連なる。
先日久し振りに低い方の連峰を歩き、いくつもの峰を越えた。
札幌岳から空沼岳の縦走路ほど長くはないが、
低山は低山なりの楽しみがある。
山の高低に優劣はない。
峰の繋がりを歩く尾根歩きには、爽快な天空をゆく気持ち良さがある。
無名のピークが三角点で表示され、高低を越えまた続く。
鳥の声、木々のざわめき、さらに繋がる連峰。
左右の斜面に繁る斜めの樹木、蔦、小動物の影。
札幌岳から空沼岳にかけての縦走路には、春だけ現れる小さな沼があった。
雪融け水が溜まるのだ。
沼は空を映して青く澄んでいた。

ふと人恋しくなる時がある。
そんな時メールや電話がその隙間を埋めてくれるような気がする。
絶え間なくケイタイに向かっている人を見ると、そんな時間と思う。
この孤独には溜めがない。
孤独の間を、すぐ埋めようとする。
山のピークが続く尾根には、そうした孤独の断絶がない。
すぐには繋がらないが、連続性が生きている。
登り、下り、また登る。
身体の行為がその連続性を繋げてゆく。
ピークとピークの間を、草が木が蔦が鳥が空が繋いでいる。
その繋ぎが有機的で、変化し、断絶ではない。
我々はそれぞれが連峰ではなく、独立峰のように孤立して、
その孤峰から孤峰へと電波で尾根渡りをしているのではないか。
下り、登る間を繋ぐ行為を捨象して、即ピークを繋ぐエレベーターの
ように人と繋がろうとしてはいないか。
そんな気がする。
山の孤独と都市の孤独には、大きな違いがある。
それは孤独が蓄える時間の相違だ。
時間の保水力の相違だ。
保水力のない孤独は、すぐに補給しなければ涸れてしまう。
痩せた尾根のように、林立するピークの連なる街が見える。
あれは、都市に生きる我々の内面の痩せた孤独な尾根か。
山歩きの寸感である。

*「交差線」4人展ー5月18日(火)-23日(日)
*梅田マサノリ展「マニノ・アル・シツナイ」ー5月25日(火)ー30日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-05-12 14:28 | Comments(0)


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