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テンポラリー通信

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2010年 03月 12日

19の春ー夢界(ゆめさかい)(11)

少し鬱屈した釧路の青年が今日も来て、何という事もなく雑談をする。
MJQのジャンゴが好きだと聞いたので、CDをかける。
さらに、リーダーのジョンルイス晩年の名演奏バッハのゴールドベルク変奏曲
を聞かせる。目を閉じ聴き入っていた。
昨日より寡黙になったが、これが多分本来の彼なのだろう。
私がまた少し饒舌にして色々語りかけると、再びあの両手の仕草が
始った。心惹かれる話には、手が反応するようだ。
昨日来たアラスカ帰りの30代前後の青年は、芳名録に、
<川のほとり 寒さを楽しみながら>と現在の住所の記載していた。
この記載に彼の屈託ない笑顔を思い出しながら、
私には19歳の瀬戸くんの少し鬱屈した熱情を保つ表情の方に
好感が湧くのだった。
午後遅く瀬戸くんが、”また4月入学式前にこちらへ寄ります”と告げ
帰った後同じ19歳の京大生今田さんが来る。
文月悠光さんの詩のフアンで、昨年現役で京大に入った人である。
正月帰省以来で、少し髪を切った所為か、大人びて見える。
だが少し話していると変わらず悩める19歳の顔が顕われる。
自らを俯瞰し凝視する頭の良い人である。
札幌は帰るところ、京都は戻るところと分析する。
体はこの一年すっかり京都の空気に馴れて、
札幌の空気に戸惑う今がある。
帰る場としての故郷札幌を、今あらためて帰省中に感受している。
この往還を繋ぐ感性の深化が、俯瞰と凝視を繋ぐ。
札幌に居る間に、西高の傍を流れる琴似川沿いを歩こうと提案する。
札幌の大地を形成した三つの扇状地のひとつ琴似川流域を
十二軒通り、二十四軒、八軒と村以前の集落地名痕を辿り歩く。
すると通学路上にある高校の位置の見え方が変わる。
身体としての札幌を異国のように新鮮に発見する、小さな旅である。
札幌をきちっと見なければ、京都もきちっと見る事は出来ない。
違いが分って、違いは開く。
区別・差別・分断の陥穽は分類と分別しか生まない。
戻る場と帰る場の分裂が進めば、身体が気候に馴れるように
心も一方に片寄るだろう。その時故郷は消去される。
デカルトがいう<自国喪失>という旅の毒の侵食である。
心の難民なのだ。

そういう理屈をこねながら、実に私もまた先日の歩行以来体が歩く事
を欲している。
札幌夢界(さっぽろ・ゆめさかい)
歩行が境界(the republic)を開く。
歩き深めて、故郷を再奪取する事。
瀬戸くん、今田さんふたりの鬱屈した19の春は屈折しながら正当である。
そんな気がする。
今日宍戸展を見に行くと文月さんからメールがある。
ここにもまた19歳のふたりと違う18歳の春がある。
凄いねえ、みんな・・。

 心すれちがう哀しい生き様に
 ため息もらしていた
 だけど この目に映る この街で僕はずっと
 生きてゆかなかなければ
 ・・・・
 正しいものが何なのか それがこの胸に解るまで
 君は街にのまれて 少し心許しながら
 この冷たい街の風に歌い続けてる

            (尾崎豊「僕が僕であるために」) 

宍戸さんの持って来た尾崎豊の唄が心に沁みる。

*宍戸優香莉展「むすんで ひらいて」-3月14日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*「触れる―空・地・指」3人展ー3月23(火)~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-03-12 11:50 | Comments(0)


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