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テンポラリー通信

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2006年 03月 18日

友を見舞うー岸辺の表情(10)

一軒のスペースを見に河田雅文さんと行く。内部の状態の確認の為だ。天井、床
の状況を第三者の目で見てもらう。オーナーの方はお蕎麦好きと聞いていたので
その話から今度いつか是非お蕎麦を打って下さいと言ったら喜んでいた。ふっと
陶芸の下澤トシヤさんを思い出し、こういう人がいると言ったら下澤土泡さんに陶
芸を習った事があると言って、その息子さんですよといったら吃驚していた。おそ
ばが縁となった。ふたりの蕎麦打ち名人が揃って楽しみが増えるなあ。それから
昼食は自然とお蕎麦になって札幌駅近くの盤渓蕎麦を選ぶ。その後旧曙小学校
の野上裕之さんを訪ねる。酒井博史さんたちが骨を負ったアートのスペースが1
部あって野上さんの工房もそこにある。折り良く彼もいてしばし話す。大木裕之さ
んの映像個展がきっかけでテンポラリースペースで心に残るいい個展を昨年一昨
年と開き今伸び盛りの彫刻家である。秋にはメキシコに行く予定と言う。フリース
ペースプラハの大橋拓さんが入院していると聞き札幌医大付属病院へその後向
かう。病室探してエレベーターを下りると丁度手押し車の大橋さんに会う。1階ロ
ビーでしばし話す。顔色少し黒く自力で歩けないが話していると以前と変らない。
漂流中のギヤラリストと入院中のギヤラリストとが今後のことを話し合っている。
なんとも侘しい光景だが本人たちはいたって明るいのだ。書いていてそう思った
。元気になってのまたの再会を約して病院を後にした。後刻ブログを開くとヤナイ
さんからのコメントがあり、モエレ沼はゴミ処理場の前は水田だったという指摘が
あった。そうか、私の記憶に残るモエレ沼は曇天の性だったのか空が低く天と地
が灰色に染まって境がなく町育ちの私には見た事のない不思議な光景だったのだ
。空は厚い雲で低く繋がり、地は湿地と水の拡がりが漠として続き水の成分で世界
が繋がっているような感じがした。そこに水田があったとしてもその広く漠とした印
象は多分訂正されないだろう。ただゴミ処理場と湿地帯の間にもうひとう水田という
近代があったと言う事は面白かった。水田という農地が次に団地やマンシヨンでな
くゴミ処理場になるのはモエレ沼という場所が保つ湿地という世界のゆえだったの
だろうと思う。
*1950年と75年の地図では荒地マークと一部牧草地の記号が記されていた。

by kakiten | 2006-03-18 12:42 | Comments(0)


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