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テンポラリー通信

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2010年 02月 04日

粒焼きー有機的な世界(15)

パソコンを開いてしばらくすると、どっという音が聞こえた。
慌てて階下に降りる。
水道水が迸ったのだ。
朝、水道管のバルブを開けたが凍結して水が出ないので、
暖房を点けた後、部屋が暖まるのを待っていた。
水道管が暖まったのだろう、蛇口を開放のままにしていたので
一気に水が迸った音だった。
さすが-12度を超えた朝である。
やっと珈琲を淹れたら、もう12時を過ぎていた。

東京・熊谷カヤさんから「晴れのち曇り 曇りのち晴れ」という表題の
本が送られてくる。
40年前に出版された本の復刻本という。
私に山スキーを教えてくれた山岳画家。
画家熊谷守一の娘さんだが、冬山登山と絵画展の為前のギヤラリーで
10年近く連続して個展をした縁である。
この時の記録と絵は、「北海道の山を滑る」という一冊の画文集と
なって出版されている。
彼女の本はもうすでに13冊ほど出版されているが、ほとんどが
手元にある。
登山の専門誌でよく連載されていたので、個人的にも読んではいたが、
知り合ってからそのほとんどの著作を頂いている。
こうして今も忘れず新本が出ると送ってくれるのが、嬉しい。
もう一度いつかここで展覧会を見たい気がする。

もう一度みたいなあと、思わずカヤさんに呟くように口に出る。
この呟きとは、特に人に告げる為に口に出す訳ではない。
思わず、ぽっと口から出るものである。
最近よく目にする<つぶやきブログ>というものはあまり好かない。
かってお祖父さんとか母親とかが、よく何事かを呟いていた記憶がある。
あれはたまたま傍に居た者が聞いていたので、本人たちも人に聞かそう
として呟いたものではないのだ。
あれはきっと思わず出た自分自身への確認だったような気がする。
呟きとは、本来そうしたものではないのだろうか。
自分の内側を覗き込んで、ふっと出た一言。
内側に閉じた時間の、吐息のような言葉。
極めて身近な、例えばその時子供の私のような存在。
他者と意識しなくてすむような存在。
そういう状況でしか他者には聞けない言葉なのだ。
いわば意図的な言葉ではないのが、呟きである。
それを今は意図的にネット上で垂れ流している。
孤独が深いなあと思う。
そしてかつ、甘ったれてもいるなあとも思える。
呟きは呟きのままに、と思うのだ。
人生の吐息、溜息のようにワンフレーズで発せられたものを、
もっと大切に、愛しく思いたいから。
母さんやおじいちゃんの呟きを今、そんなふうに思い出す。
何を発していたか、もう忘れてしまったけれど、
その時の内側を凝視してほっと発せられた空気だけは、
懐かしく覚えている。
きっとなにか辛い事、悲しい事、懐かしい事、そんな事を思い出して
いたのだろうなあと思うのである。
あの呟きの時間の空気には、生きる時間の凝縮した粒々が光って
漂っていた気がする。心の汗の飛沫のように。
だからその時の言葉は覚えてはいなくとも、その時の雰囲気、
表情を思い出すのだ。
ふっと心の内側を覗き込んだ後のような、放心した焦点の定まらない
遠い視線の。
その心の汗の”粒焼き”。遠い日の印画紙。
朝の凍結した水が、暖まった空気に融けて不意に迸ったように
閉じた心の奥から不意に浮かぶもの。
ネットのつぶやきには言葉だけが踊って、肝心の表情の記憶は
あり得る筈もない。

*「大野一雄頌ーみちゆき」展ー2月12日(金)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
*高臣大介ガラス展「冬光(ふゆひかり」ー2月16日(火)-21日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-02-04 13:15 | Comments(0)


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