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テンポラリー通信

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2010年 01月 09日

水平線の眼ー俯瞰と凝視(6)

赤とはなにか。
漢和辞典を引くと、「大火である。宇宙の大火、すなわち太陽で
その色はあかい」とある。
同様に朱を調べると、これは松、柏、杉などの中身の赤い木を指した
という。
前者は光の赤、後者は植物の赤。
因みに今回の森本めぐみ展のタイトルともなっている”くも”という字にも
この朱が入っている。<蜘蛛>である。<蛛>一字でも”くも”を意味する。
これは土に生きる動物の命の赤でもあるのだろう。
青・朱・白・玄の4色が古代の色という。
青春、朱夏、白秋、玄冬。
青龍、白虎、朱雀、玄武。東西南北である。
季節・方角にもこの4っの色が付いている。
光と生き物の様態が色で表象されているのだ。
この中でも赤・朱は、命の色と思える。
昨日舞踏家大野一雄石狩河口公演の時の、赤い夕陽を思い出していたが、
昨夕来たKさんが森本さんの描く少女の眼を見て、”水平線のようだ”と
呟いた言葉に触発されるものがあったのだ。
真横一文字に見開かれた両目の間に小さく鼻とおぼしきY字が
下部の小さな口に繋がる、独特のおかっぱ頭の少女の顔である。
大きな頭は赤であり朱であって、その大きさは顔面の3倍ほどもある。
この横一直線に広がる両目の位置に、”水平線”の言葉が触れたのだ。
太陽の赤と水平線の眼。俯瞰し凝視する存在。
刻々と変化する水平線の瞬間を凝縮するかのような、
その境界の一瞬が眼。
ほぼ完成に近付いた作品を今朝の美しい光の中で、
上から床に敷かれた作品を見ながら、その感をいっそう強くもったのだ。
新たに描き加えられた多くの小さな白い飛行機が、上部に向かって
飛んでいる。
粒々の光の粒子ようにも見え、白い蜻蛉の群のようにも見える。
少女は両手に黒い舟のようなものを前に捧げて保ち、
足下は陽炎のように微かである。
その下には一面の赤い楕円の花々が、幾重にも重なっている。
赤と朱。光と生物の命。
この天地そのもののような、原初的な命の色。
生命(いのち)の濃い、境界の燦光。
そしてそのひとつの際(きわ)。天と地の境・水平線。
描き加えられた描線の指す方向は、上に向かって伸びている。
私は石狩の夕陽を思い出していたが、この作品の保つ赤・朱は
多分朝陽の保つ赤であるのだろう。
「”青”春」が「”朱”夏」へと変位するその境(さかい)を、
燃えるように限りなく純粋にそして同時に脆く強く、狂わんばかりに
今を定着した作品と思える。
そしてかつ、<・・・人生で一番美しい時などとは、決して誰にも言わせは
しまい>(ポールニザン)という凛とした時もまた、ここには漂っている
と思える。

美術を志し、その行方はまだ遥として不確かな現在はあるにせよ、
今という掛け替えのない時は、紛れもない現実なのだ。
その現実の現(うたた)と、実(實)という境を行き来する今こそが、
真にリアルと呼べる時間である。
この真摯な姿勢の今こそが、ポールニザンの言葉に相応しい凛とした今
でもあると思える。
素適な22歳を印しましたね、森本さん。


*森本めぐみ展「くものお」-1月13日(水)まで。
 am11時ーpm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2010-01-09 12:50 | Comments(0)


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