前から小川知子さんの紹介で色々な家を教えて頂いたY医院をお訪ねする。
北大前にずーっと住んで居られる方だ。おり良くご在宅で広い居間に案内され
る。奥からご主人もお出でになり3人で話す。あの家の先代は何々で今は云々
とよく知っておられる。そして周りが高いビルに囲まれ日が射さず昼でも電気を
点けていると言う。昔は雉や郭公が来て最近は蝉の声も聞かなくなったと。
私がいつも持って歩いている地盤地質図,1万分の1の現況図,大正から昭和25
年と50年の地図をみせると大いに興味を示し一気に寛ぎ、話が弾んだ。面白か
ったのは同じ札幌でも地域によって人の種類のようなものが違うという話だ。篠路
あそこは違うんだよなあ、人の雰囲気が・・とか場所と人の匂いを分かっている原
札幌人の話だった。ご主人は北大の前、奥様は山鼻のお生まれこれだけでも違う
のだと言う。その土地が保つている固有の匂いそれが住む人間の匂いともなって
いた今の市街地が喪ってきた空気が、おふたりの内には息づいていた。私がいつ
も持ち歩いている3種類の地図のような人たちだった。初めての訪問なのに2時間
近くも話し込んでしまった。再びの訪問をお約束して辞した。事務所に戻る前に
円山市場のケーキ工房じゅんの小川さんに報告を兼ねて寄るともうYさんからお
電話が入っていて”喜んでいたわよ”と言われた。この人たちは懐古の人たちでは
ない。現実をみている当り前の普通の生活感から、現在を対比して過去を語って
いる優れて批評精神を保つ人たちである。表面上の現実に追従しない批判精神を
過去を語る事で指摘している。ただ昔がよかったと語っているのではないのだ。
庭の木に日が当たらなくなったといって嘆きながらもそこを愛し、じっと生き抜いて
いる。経済だけならとっくにマンシヨンに切り換えていただろう。それだけの大きな
土地建物である。そんなこの地域の何人かの人たちの話を聞きなにかほっとする
ものを感じている自分がいた。さっぽろの街の匂いが、久し振りにした。