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テンポラリー通信

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2009年 12月 16日

目黒の坂道ーthe republic of dreams(13)

まだ体のどこかにあの目黒の坂道の感覚が残っている。
ふっと思うのだ。
<我が谷は緑なりき>
夕張の町に大きな看板が架かっていた記憶がある。
歩道橋の上だったか、車から見た記憶がある。
目黒の街も、川と谷の坂の街である。
河岸段丘が谷間を造り、海へとなだれこむ。
ここもかってはきっと緑の谷だったのだろう。

権之助坂を一つ間違え、違う坂を降りて行った。
そこには古い寺院があり、橋があった。
地図と違うと気付いて、近くの人に尋ねる。
川沿いに歩き、もうひとつ向こうの橋を渡るといいという。
谷が迫り、目を上げればさらにその上に高層ビル群が連なっている。
地形の高低に被さるようにビル群がある。
身体は下へ下へと下りながら、地形とビルがさらなる高低を生む。
平坦な石狩平野に育った私には思わぬ高低差の感覚である。
橋を渡り、右に曲がり川沿いの奥まった一角に目黒美術館があった。
周囲は大きな庭の名残があり、かって大名屋敷かなにかの庭園の面影がある。
これは江戸・近世の東京であり、あの地形の傾斜はそれ以前の河岸段丘なの
だろう。
この近世と自然地形と現代の重なる一隅に美術館がある。
本館1、2階は筑豊・常磐・空知の産炭地の生活風景が生んだ美術・写真・
グラフイック等がぎっしりと展示されている。
この大地の奥底の炭田と深く関った濃密な作品群は、息が詰まるほどである。
これは近代を支えたエネルギー資源の現場が生む風景なのだ。
此処ではすべてが、人の身体まるごと外界に<触れる>生活がある。
その中で2階の一角に、夕張を主題とするコーナーがあった。
手前に岡部昌生の作品があり、その奥の一室には畠山哲雄さんの油彩、
佐藤時啓さんの写真、吉増剛造さんの銅版と多重露光の写真画等が展示され
ていた。会場には吉増さんのCD「石狩シーツ」が低く流れ、その一角に旧テンポ
ラリースペースの外観写真が飾られている。
’90年代にこれらの作家を札幌という都市の側から夕張へと導いた企画を紹介
した文章が添えられていた。
産炭地の濃密な生活風景が多い中で、ここだけはふっと別の風が吹いている。
さらに美術館本館を出て、隣接する区民センター地下の広い会場には
一面炭住とズリ山の風景が広がる。
川俣正の作品である。
会場内部を歩く人がウルトラマンにも見えるような、炭住の立体パノラマ風景
が不思議な安らぎと暖かさの中に広がっている。
俯瞰しつつ風景全体が触れるように、身体にタッチするようにそれは在る。
近世と自然と現代が重層する目黒の地に、濃密な産炭地の記憶とその町並み
が地上と地下に忽然と表出している。
この美術展の企画者正木基さんの豪腕・力業の所為である。
石炭に象徴される近代の根が、この近世と河岸段丘と現代都市の目黒に
顕現しているのだ。
近代とは何かと、性急にふっと思う。
近代と現代の境、この際(キワ)にあるのがこの風景ではないのか。
炭住街での生活を思い起す時、その経験者はふっと懐かしみ愛しむような表情を
浮かべるのを何度か見た記憶がある。
生活もさることながら、その環境、自然の風景を懐かしく思い出す表情があった。
人との繋がり、山に囲まれた自然、働く男、女の大地との繋がり。
究極の所石炭というエネルギー資源は廃棄物も含めて触れる自然だったの
である。そこが石油という液体燃料とは決定的に相違する。
石炭をエネルギー源として、我々が記憶する風景の内には、汽車も含め、雪に
混じる炭塵も含め生活全般に廃棄物すら道の片隅、グランドの片隅で焼却可
能な可視で触れ得る存在だったのだ。
ランドフイル(最終ゴミ処理場)という言葉はまだ存在せず、焼却炉が見える
ものとして、触れ得るものとしてあったからである。
現代は不可視の領域を増大しつつ加速している。
目黒の街に見た、あの自然の傾斜と巨大な人工高低差は、正に加速する
不可視の都市風景であり、目黒美術館に出現した石炭の近代とは、
可視の触れる時代、風景と人間がタッチ可能な時代の回路の謂だったような
気がしてならないのだ。

*森本めぐみ展「くものお」-12月15日(火)-1月13日(水)
 am11時ーpm7時・月曜定休:12月31日ー1月4日まで正月休

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel.fax011-737-5503

by kakiten | 2009-12-16 16:28 | Comments(0)


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