2009年 12月 03日
ある時が過ぎて、顕われるものがある。 それは日常現実の些細で猥雑で忙しい時間の下に、 埋もれていたものでもある。 夢の力、憧憬とは、そのようにやって来る。 このロマンとも呼ぶこの夢の話を、人は時として回顧や繰り言のように 思う事もある。 かって祖父や父や母の話をそのように聞いていた事もあった。 今にして思えば、あれは時を経て獲得した新たな過去再発見の話だった のかも知れない。 生々しい現実が抜け、奥に潜んでいた真実・夢の実質が浮上してきた時 だったのではないだろうか。 先月道新に連載された自己史「私のなかの歴史」というコラムに 小樽の舞踏家の女性のものがある。 妻の目から語られた夫の小樽運河を守る姿が印象的であった。 明治30年創業の老舗のご主人が、小樽運河を愛しその保存運動の 先頭に立ちながらも、当時の有力経済人から中止を迫られ、泣く泣く 脱会せざるを得なかった情況が語られているのだ。 そして、’83年11月12日小樽運河のくい打ちが始り、当時右半身不随 だったその方は、右手に絵筆をひもでくくり、脂汗を流しながら運河を 描いたという。 背景が真っ赤な、小樽運河の絵。「赤い運河」でした。 小樽運河の全面保存は叶わず、その4年後に夫が亡くなり、その妻は 振り返り次のように語っている。 ・・小樽運河の全面保存は、かなわない願いだったかもしれません。 でも、自分や家族の幸せだけを考えず、多くの人々の幸福につながる夢 を追って生きるのが”男のロマン”だったのでしょう。 志を抱く夫を支えるのが、私にとって”女のロマン”だと気付きました。 (「潮と運河」愛した夫(ひと)とー藤間扇玉) ここに語られた夢・ロマンとは、日常現実には中止を迫られ、家族・会社にも 迷惑を掛ける様相を帯びたものでもある。 当時の多くの人の現実感覚は、 「臭い運河より、道路ができれば土木仕事も増えるだろう」との反応でした。 (同上) その結果このロマン・夢は後退を余儀なくされ、自身も心身ともに深く傷つき 倒れるのである。 この時点で夢は現実の奥深く埋没し、見え難いものともなる。 しかし後年奥さまが回顧なされているように、夢の本質は消えたものではなく、 時間とともにより輝きを増してくるのだ。 現(うつつ)は、實(経済)に呑み込まれたかのようでありながらも、 決して消滅するものではない。真の現實(リアル)なのだ。 小樽に生きた小樽人の夢が運河に結晶して、この人の人生を忘れ難く形象 したのである。 私は都市の保つ夢とは、そうした人間の営為の結晶と思う。 同じ時期札幌という街は、時計台の保つ風景を埋め立てていたのだ。 この人に匹敵する札幌人が存在したか否かを、今問うのである。 そして、その夢・ロマンの在り処を問うのである。 皆無とは言わないが、このように美しく語られた男と女の”ロマン”を 聞いた事はないのだ。 「赤い時計台」は、描かれてはいない。真っ赤な春楡もない。 春楡(エルム)の都、「この道」の街の夢は、今何処のあるのか。 *森本めぐみ展「くものお」-12月15日(火)-1月13日(水) 12月31日ー1月4日まで正月休・月曜定休。 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向 tel/fax011-737-5503
by kakiten
| 2009-12-03 16:31
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Comments(1)
Commented
by
ナカムラ
at 2009-12-14 15:09
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実に考えさせられる内容でした。遺体としてずたずたにされ、ホルマリン漬けにされたような小樽運河、そしてそれを観光資源としてしか見ない感覚。何年か前に小樽に行ってショックを受けましたが、昨年函館に行って金森倉庫に同じ現状を見せられました。そして、全国どこにいっても同じ街にしか見えない個性を失った街。シャッターのおりた商店。子供の声の聞こえない街。闘ってこなかったつけがこれほどまでに顕著になろうとは。闘わなかった一人として深い反省の中にこれを書いています。
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