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テンポラリー通信

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2009年 11月 26日

「春楡の茂る札幌」ーkind of blue(20)

今は亡き山田秀三さんのエッセイに、「春楡の茂る札幌」と題する
美しい文章がある。

 木の葉が落ちて、雪の降る札幌の情緒も好きだが、春、夏、秋と、
 街の春楡の梢に葉の茂る札幌は何ともいえなく好きだ。・・・
 元来地下水位の高いところを好む木だそうで、札幌扇状地の終わりの
 ところ、つまり大通りから北には、至るところにメム(泉池)があり、その周辺
 に特に群生していたという。・・・
 アイヌ語の名はチキサニ。単語に分解するとチ・キサ・ニ(我ら・こする・木)
 となる。古くは春楡の木片をこすって火を作ったところから出た名だという。
 本州の檜(ひの木、火の木)に対応する名であった。・・・
 大通りの大木はだいたいこの木であったが、最近は駅前通りもチキサニの
 並木になった。・・・ときどき戻って来て、この聖樹の並木が育ってきた姿を見
 て、 ああ、札幌はいいなと思うのだった。
 もっともっと、春楡の茂る札幌にしてほしい。
                        (「アイヌ語地名を歩く」北海道新聞刊)

昭和60年前後に書かれたこの文章を読んで、東京生れの見事な江戸弁を
使う白髪のお顔を思い出していた。一度だけ講演を聞いた事がある。
明治生まれの真っ直ぐなお人柄と、その真摯なアイヌ語地名のフィールドワー
クの著書は、札幌生れの私には正に目から鱗の札幌再発見のきっかけとなっ
たのだ。
他国生れの人の眼が、時に地元に住む人間に、未知なる新鮮なものを提示
してくれる。そういう正当なる旅人の眼というものがあるのだ。
この本の冒頭に山田秀三さんは書いている。

 札幌という名が好きだ。初めは街がいいからだと思っていたのだが、
 このごろになって考えると、札幌という音の響きの美しさに魅せられた
 のも一つの原因だったらしい。
                    (「札幌という美しい名」ー同上所収)

山田さんの遺された「アイヌ語地名研究」全巻は、今も我々の自らの生きて
いる場所を知る上で大切な導きの書として、貴重な労作である。
そしてなによりも引用文章に見られる、柔らかで優しい憧憬の感性がいい。
札幌という近代都市は、西洋への憧れ、本州(内地)への憧れ、そしてまた
山田秀三さんに見られるような先住民族アイヌの世界観への憧れと、正に
近代が保つすべての世界への憧憬によって成立した都市とも思えるのだ。

憧憬とは何か。
それは、人間が人間たるいちばん優れて精神的な所為ではないのか。
その精神的憧憬の行為によって、世界は開き創られるのである。
<ランド>としてのこの憧憬の再生こそが、今私たちに与えられた仕事で
はないのか。
札幌リパブリック、そんな勇気を山田さんの文章は今もなお、
与え続けてくれているような気がする。
札幌駅と大通りを繋ぐ大規模な地下通路を造り、<芸術広場>にするという
記事が昨日の道新朝刊一面に載っていた。
地上には春楡ならぬオオバボタイジュを植えるともいう。
その理由は根が地下に広がりにくいからと記されていた。
もしも今山田秀三さんが生きていてこの記事を読んだなら何と言うだろう。
<地下水位の高いところを好む木>である春楡の土壌を破壊して、
札幌は何処に行くのか。

 大昔、春楡姫が天上から降ってアイヌの国に火を伝えた。
 後に天から降られた神が春楡と愛を語らい、生まれたのがアイオイカムイで、
 アイヌに生活文化を教えた創成神であるという。
                               (「春楡の茂る札幌」から)

生活文化の創成神は、春楡(エルム)とともにあったのだ。
そこを破壊する事に加担して、<ブンカ>とはなんなのか。
春楡を喪失続けているサッポロよ、何処へ行く?

*鈴木悠哉展「トレモロ」-11月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503


                              

by kakiten | 2009-11-26 13:17 | Comments(0)


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