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テンポラリー通信

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2009年 11月 24日

岩見沢へーkind of blue(18)

休廊日、岩見沢へ行く。
地下鉄新札幌駅9番出口で、唐牛幸史さんと待ち合わせる。
いつも自宅まで来てくれるのだが、今回はこちらから出向く。
久し振りの地下鉄東西線終点まで、結構長い。
時間どおり唐牛さんの車が到着し、一路岩見沢へ。
30分ほどで着く。
グッドデザイン大賞受賞の岩見沢駅舎を見学。
そこからコールマイン研究室の展示を見に、駅前通を下る。
すぐに見つかり中へと入った。
旧煙草店とかで、奥に大きな蔵がある。
そこがコールマインの展示場だ。
一階に現在東京目黒美術館で展示中の川俣正作品模型や作成プロセス
が展示されている。
’96から九州で10年続けられた「コールマイン田川」の資料、
炭住街の模型、ずり山模型等が並ぶ。
上のスペースには、空知の産炭地のルポが写真等で飾られている。
奥の蔵を出て係りの人に案内され、事務所上の2階にも上がる。
普通の部屋があり、天井も高く畳敷きで3部屋ほどある。
窓ガラスが昔の板ガラスで、外の景色が揺れている。
奥の蔵の明り取りの塔屋が見える。
ここは今塞いでいるとの事だが、開けた方がいいと話す。
窓外の景色がビルで視界を遮られていないので、解放感がある。
そしてそこから見える古い市街地が、昭和へとタイムスリップするかのようだ。
会場を出て市街地を歩き廻る事にする。
昼食に入った喫茶店が、正に昭和の香り漂う造りで、
頼んだカレースパゲッテイーが美味かった。
カレー蕎麦か、カレーうどん感覚のスパゲッテイーである。
量も多く安く美味い。
ソフアー4人掛けの席もゆったりとして、昔の喫茶店である。
バロック調の内装、曲線の多い店内空間。クラシックが流れ、’60年代が
そのまま今に続いている感じだ。
天狗堂という蒸しパン屋さんで揚げ饅頭を買い、食べながらさらに市内を歩く。
人が優先で車が遠慮している感じで車道もゆったりと横断できる。
古い大きな料亭を見つける。堂々たるその威容に驚く。
これはかってこの街が如何に繁栄していたかの証である。
この料亭の前を芸者さんが何人も行き来していたという。
さらに大きな軟石の倉を見て、街外れと思しき界隈に出る。
大きな寺があり、表参道を復元した道路があった。
巨岩が配置され、境内は豪華である。
お寺の大きさは、檀家の財力を表わす。
神社とは違い、お寺は財力、権力の象徴のようである。
川を埋め立てた公園道路を、川筋沿いに歩き、
この辺が旧市街地の外れと思う。
歩行中も街頭放送のコマーシヤルが延々と流れていて、
この音も’60年代の街の音だと思い出した。

煙草屋さんの奥の蔵だけではなく、家屋全体をもっと開いて
展示場として活用すべきだと、唐牛さんと話した。
それはこの街全体にもいえる事で、この街に漂う昭和をトータルで風景として
体験する回路を発掘すべきと思った。
シャッターを下ろした店も多いが、石炭から石油にエネルギー資源が変換し
た時代に関らず、変わらない生活様式が活きている店が今もあるからである。
この生活の継続をもっと大事にして陽の目を当てた方がいい。
街路の雪避けのアーケイドも、使いようによっては立派な展示設備になる。
地下通路などよりはるかに有機的な生活空間なのだ。
なによりもこの歩廊には、店と店主の生活が根付いているからである。
街頭放送の街の音もいいではないか。
音も空気もここには生きた時代の時間が息づいている。
関所のように事務所を通して奥の展示場に入るのではなく、もっと開いて
家屋全体を活き活きと開くように、街も開くべきなのだ。
現在のすぐ前の時代が今も生きてそこには在るからである。
スクラップ・アンド・ビルドの明るい廃墟よりもはるかに美しい近代が生きて
今に繋がってある。
産炭地の富がかってこの街を繁栄させたとするなら、今炭鉱に変わるコアと
は何かを、文化の視点から近代を通して構築すべきと思う。
この街には札幌が喪失しつづけてきた近代の泉がまだ涸れる事無く、
湧き続けてあるように思える。
それはかってあった人と街の匂い、その記憶が実在するからだ。
その古さを新旧としてブンベツし分断することなく、
如何に今へと繋ぐ回路を保ち得るか。
それを懐古や感傷の淵に落とし込むことなく、
如何に基層低音として今に生かし得るのか。
コンテンポラリーな視軸が真に問われていると思えるのだ。

この一ヶ月、十勝・札幌琴似街道・空知の一部と唐牛幸史さんと歩いた。
私たちの出会いは遠く、’83年夏川俣正テトラハウスプロジェクトが
その最初である。
それから26年の歳月を経て、今新たに出会っている新鮮な時間がある。
互いの旅の途中の会話、発見は少しも懐旧ではない。
ふたりの個別な今までの時間が、豊かな発見に純化して感じられるからだ。
今回の空知・岩見沢への旅もそうであった。
行く前に川俣作品を見る共通の目的はあったが、これまで通過途中駅でしか
なかった岩見沢市は、ふたりにとって新鮮な街だったのである。
そして何よりも彼と一緒に行くきっかけがなければ、
この経験もまた叶わなかった。十勝の旅もそうである。
時間が新たな時間を重ね、豊かな発見を育む。
ここには地下通路も原始林もないけれど、時の国境は開き、
過去は分断されず、その界(さかい)は豊かに保水力に満ちていたのだ。

*鈴木悠哉展「トレモロ」-11月29日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-11-24 13:39 | Comments(2)
Commented by タケモト at 2009-11-24 23:02 x
自分は10日ほど前に、
コールマインの展示を見て来ました。
確かにあの隠れスペースは、
もっと開かれて欲しいと感じました。
街の真ん中にある酔月など、
今でも産炭地時代の面影を見る事が出来るので、
ちょっと羨ましくもありましたね。
Commented by テンポラリー at 2009-11-25 10:53 x
タケモトさん>そうでしたか、同じように感じられましたか。
酔月でしたかね、あの料亭、凄いですよね。


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