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テンポラリー通信

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2009年 11月 21日

降雪・積雪ーkind of blue(16)

石油ストーブを点ける。昨日も、一昨日も。
ニューヨークから来た中岡りえさんが傍まで近寄り暖をとっていた。
3日前一緒に平岸のかりん舎を訪ね、坪井さん、高橋さん、本間さん
の歓待を受けた。翌日夕刻故郷の四国・高知へ旅立つ。
12月初めにニューヨークへ帰国という。
’92年夏に最初の個展をテンポラリーでして以来
こうして日本に来る度に必ず立ち寄ってくれる。
お互い憎まれ口を叩きあうが、彼女には私以外に多くの友人が札幌にいる。
たった3日間の滞在だったが、毎日人と会い楽しそうだった。
ムラギシの本も購入してくれた。彼が死んだ高知の鏡川は
中岡さんの故郷を流れる川である。
ふたりは生前2度程しか会っていないのだが不思議な縁である。
中岡さんが札幌駅へ向かって、入れ違いにドラム奏者の有山睦さんが来る。
鈴木悠哉展をじっくりと見た後、ぽつりと言う。
毎日聞いているムラギシのCDをヒントに、自分のバンドで彼の曲と
コラボする予定。他のメンバーとの音合わせにもよるけれど、
月末のライブで披露したいという。
それは是非聞きに行きたいと応えた。
音合わせの結果にもよるけれど、そう試みる彼の気持ちが嬉しかった。
一度も会ったことの無いふたりが、音のジャンルの枠を超え、音を通して
交感しているからだ。実現すればいいと願うのだ。
一片の雪が降り積るように、人の心にも積るものがある。
量数に還元されない、一時(いっとき)の保水力がある。
modern(近代の・最新の)とは何か。新旧では計れない今があること。
時の刻みが保つ、ふたつの回路。
地下トンネルの時間と有機的な風景の時間。
都市と自然の時間差の挾間を往還しながら、問う。
それが人間の保つ宿命なのかと。

十勝平野で感じた、恐ろしいまでの自然力。
かって石狩平野もまたそうであったのだ。
その自然の真っ只中で、人は苦闘する。生きる為に、生活の為に。
只々自然を礼賛すればいいという問題ではない。
インフラ(生活基盤)の整備もまた必須である。
この時自然環境は対峙するものとしてあるからだ。
松浦武四郎の十勝日誌、石狩日誌を今読みながらそう思う。
猛自然と対峙する近代がある。
そこでは長い近世も中世も無く、自然と近代が即向き合い、対峙している。
その中心に札幌がある。そこには日本近代のアメリカがあり、
ヨーロッパがある。特に開拓先進国アメリカの影響が大きい。

<マサチュウーセッツ州へ行けば開拓時代の札幌がスグに分かる>
(藤森照信「マサチューセッツと札幌」-さっぽろ文庫「開拓使時代」)

しかし決定的に違うのは、「民高官無」のアメリカと「官高民無」の
札幌の違いという。
圧倒的な大自然の中で、街を造っていく。その時風景に目印として
”塔”がある。このアメリカの”塔好み”が札幌にも伝わって、それが
時計台だと書いている。
ここにヨーロッパでもない、アシアでもない、日本でもない札幌がある。
そこを拠点にどう生きるか。
大自然の猛威の前に近現代を鎧い、闘った純粋近代とどう向き合うか。
自然や先住民族のアイヌに逃げ込むことなく、
モダーン(近現代)に呑み込まれることなく、
どうcontemporary(同時代)たり得るか。
自然と先人の結果を享受する現在ではなく、如何に主体的に
この街で今、アクテイブになり得るか。
移住者の末裔たる私には模索が続く日々なのだ。

*鈴木悠哉展「トレモロ」-11月11日(水)-29日(日)

by kakiten | 2009-11-21 16:09 | Comments(0)


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