春楡、英語でエルム。その面影を残す名前がエルムトンネルだ。
北大第二農場脇を通るトンネル。
今朝は寝坊して急ぎタクシーに乗る。
駅前方面からのルートを取らず、エルムトンネルを抜ける。
料金が高くなるかなと懸念したが、そうでもなかった。
いつもはトンネルの上の遊歩道を自転車で走り通勤するのだが、
あっという間に通り抜け北18条に出た。
名前に残るハルニレも見えない。
北大がエルムの学園と呼ばれ、札幌がエルムの都と呼ばれた事も
もう遠い昔である。北大の第二農場には、その頃の名残りエルムの鐘が
ひっそりと保存されている。
エルムトンネルのように、名前だけが辛うじて記憶を伝えるが、その本来の
意味を知る機会は遠い。
円山原始林や藻岩山原始林、北大植物園には、その時代の春楡が今も
立っている。
その堂々たる枝の広がり、梢の下の小宇宙。春楡は美しい樹である。
桂の樹とともにエルムは北大の寮歌にも唄われて、札幌を代表する樹である。
トンネルの速さ、便利さに象徴される現代文明のある側面は、こうした風景
を喪失し続けている事にもあるのだ。
文化の拠って立つ基軸は、この喪失を悼む痛みにある。
復元はできないが、再生を思う心に表現のコアがあるのではないか。
懐古ではなく、喪失し続けるものへの対峙として反極に在るものである。
そこを垂直軸として磁場が生まれる。
トンネルの速さ、利便性と対極する磁場を保たずして、文化の軸芯はない。
そこを疎かにしたトンネル文化が多過ぎはしないか。
春楡の樹の下を疾走する消去の時間に鈍知な文化など要らない。
森の保水力を収奪するトンネルの速度に揺られながら、時間とは何か
を自問する自分がいた。
この春楡の森と共存した近代もあった筈である。
そのいわば正統な近代を捨象し、現代の札幌はどこに漂流しているのか。
「この道」に顕われた札幌とは、そうした近代さっぽろであったと思う。
国家覇権主義の開拓基地としての否定しようのない側面をもちながら、
一方でエルムの都といわれた側面もあったのである。
朝寝坊がもたらしたタクシーの時間は、創建時時計台の漂流のように
近代と現代の時の速度の差異を、春楡の森の下で考えさせてくれた。
春楡が喪った保水力の時間の下で、これは現代の腐海ナウシカの
飛行船なのかも知れない、と思うのだ。
*鈴木悠哉展「トレモロ」-11月11日(水)ー29日(日)
am11時ーpm7時:月曜定休・休廊。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
tel/fax-11-737-5503