テンポラリー通信

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2009年 09月 04日

横浜的ーSeptember Voice(5)

平岡正明の名著「横浜的」を誰かに貸して、その誰かを忘れて時間が経った。
昨日ひょっこりと郵便小包でその本が戻って来た。
スイスへ移住したKさんに貸していたのだ。
1年半これからスイス暮らしの引越しで、身辺整理をしていて思い出したのだ
ろう。先日新聞紙上で平岡正明さんの訃報を知って、この本のないのに気付
いた。もう一度買い直ししようかとも思っていたので、この戻りは嬉しかった。
本は貸しても誰に貸したかを記録しておかないと駄目だ。
CDやヴィデオもそうである。ジョナス・メカスのヴィデオは今もって行方知れず。
何かの時に、あっ、ないと気付く。
本が戻ったその日、横浜在住のTさんがふらりと来る。
美術批評を志す彼女は現在横浜に居住しているが、
故郷の旭川に戻るかどうか今迷っている最中と言う。
ちょうど戻って来た平岡正明の本を早速見せた。
色々あって、里心が湧くのは分かるけれど、せっかく横浜にいるのだから
もっと横浜を経験した方がいいと伝えた。
それにはこの本が都市論文化論として最適な素材なのだ。

横浜は近代化とともに創られた街である。
街の名前の由来も東海道から横ッチョに逸れた浜から附けられたという。
東京(江戸)に外人をあまり近づけたくなかった所為という。
外人と和人の緩衝地帯として第三国人の中華街を設置したともいう。
この街の構造を知る事は、日本の近代化の構造を知る事でもある。
その事を平岡正明は実に柔軟に文化論として展開している。
札幌という官の開拓拠点都市とは一味また違う
港を有する開かれた近代都市なのだ。
外人墓地を有する都市は、函館、神戸、長崎といずれも港町であり、カタカナ化
して表記するのが似合う都市だ。
ノーモアと付くヒロシマとは違う。開かれた近代のカタカナの似合う都市である。
このカタカナの位相の変遷に近代の栄光と悲惨がある。
ヨコハマからヒロシマへ。
今里心で旭川という故郷に戻っては、せっかくのヨコハマ体験が失われて
しまう。正当に受け継ぐべき近代を、ヨコハマでもっともっと見聞きし経験として
深めるべきなのだ。
江戸が東京化することで喪われようとしたものが、ヨコハマにはある。
横浜を深く知ることは、東京の裏面を知る事でもある。
この二都物語は入り口としてのミナトと内陸のミヤコの関係性を、近代として
知る事である。汽笛一声が鉄路で繋いだ近代のミヤコとミナトの関係でもある。
札幌ー小樽との関係性もそれと似たものがあるが、ヨコハマーエドはもっと濃い
文化軸がある。
東京が近代化で喪失し続けてきたものである。
それを平岡正明は、ジャズ揺籃の地、美空ひばり誕生の地、大道芸の江戸
として、言わば場末美の思想として捉えるのだ。
江戸ー明治ー昭和を貫く文化軸の展開が見事である。
そんな場所を易々と後にして故郷旭川はないだろう。
今後の美術批評の軸芯にも関ることと私は思う。
凡百のグルメ美術批評はもういいのだ。
Tさんにはどこまで伝わったか分からないが、一冊の本の帰還と同じくして
Tさんの来訪は誠に<横浜的>な時を得ていたように思うのだ。

*収蔵品展「境界(さかい)の現場」-9月1日(火)-13日(日)。
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-09-04 13:06 | Comments(0)


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