2009年 08月 25日
休廊日、引越し直前のSくんの車に便乗し、モイワの水採取に行く。 いつも珈琲に使っている湧水である。 もうひとつ目的は、Sくんの新しい住居兼店舗の場所を案内して貰う事だった。 西区24軒の一角にその場所があった。 程よい長さの道幅。角地の周りの佇まいに、生活の匂いがある。 横に伸びる真っ直ぐな道。その人馬大の道幅の向こうに三角山が見える。 これは車社会になる前の、等身大の道であり、街角である。 地名に今も残る<24軒>とは、小さな集落の始まりの名残でもあるだろう。 人が最初住みついた、プリミテイブな空気が残っている。 地肌は荒れていず、まだ柔軟性を残した土地と思えた。 彼が今いる東屯田通りは、地肌が固く角質化して柔軟性を喪って感じられた から、その意味ではこの地域はまだ柔らかい土地の地肌がある。 十二軒通りー二十四軒ー八軒と繋がる境を、リパブリックする基底がある。 Sくんの新たな展開を9月から期待するのだ。 水の採取を終え、自宅に帰り程無く、唐牛幸史さんが迎えに来る。 木下邸の唐牛展を見に行く。 前回は留守で外からしか見れなかったからだ。 平屋の一軒家、木下邸の内部に初めて入る。 長い廊下、吹きガラスの揺れる板ガラス。和洋の交錯した洋間。畳の座敷。 欄間の重厚で爽やかな透明感。思ったよりも高い天井。 奥の中庭に響く虫の声。廊下の奥の雪隠。手洗いの手水場の跡。 民家ゆえの、ナチュラルな時間の蓄積。 かって周囲は森で、狐を飼い、養狐場だったという。 ご婦人の狐の襟巻きに使われたものである。 琴似街道を歩いた時、古い街路図が公園に展示されていて、 そこに養狐場の記載があったのを思い出した。 この辺りにはかって何軒もその養狐場があったという。 その事業で財を成した人の家なのだろうか、 和洋折衷の良き近代の薫りがする家なのだ。 その空間に唐牛さんのメキシコ時代からの多くの作品群が並んでいる。 贅沢な空間である。 かって「界川游行」というアートイヴェントを行った時、同じような洋館鬼窪邸が あった。この邸宅は田上義也さんの名建築のひとつだったが、家の構造、意匠 はこの木下邸と似たものがある。敢えていえば、木下邸の方が、より庶民的と いえるかも知れない。どちらもさっぽろのある時代を代表する美しき近代なのだ。 もうこういった形で使える家は今後そう無いだろう。 持ち主のお婆さんも先月亡くなり、いずれは取り壊されるこの家のこの空気感 はもう二度と味わえないものである。 部屋と部屋の間、内と外の間、<間(あいだ)>が美しい。 時間がその境(さかい)を、ゆったりと流れているのである。 空気も音も光も生きて流れている。 唐牛さん、これはあなたのさっぽろだ。記録を残さなければいけないよ。 最初16年前にお婆さんが元気な時、初めてここを修復し展示をした時の 写真が一室に展示されていた。 白い漆喰の壁を塗り替え、雪の重みで垂れた屋根を修復し、灯りを点け 作品を展示した時、お婆さんはとても喜んでくれたという。 廃屋寸前だった家が、甦ったからである。 芸術の保つ大きな力はこの再生する力である。 住むという<用>を喪失したかに見えたこの一軒の家が、 展示の空間として甦り、過去の日常のデティールが純粋な結晶 となってキラキラ輝いていたのだ。 実用の猥雑な日常性が純化し、記憶の結晶だけが光るのである。 持ち主がそのまま、唐牛さんを信頼し、作品自体には直接触れずとも、 その作品の存在自体が過去の日常を美しく結晶させてくれる役割を 担ってある事を、何よりも生活の深い処で理解してくれたのである。 センスオブワンダーである。 その事実が16年も保たれた事、それが素晴らしいと私は思う。 そして16年ぶりの今回の展示中にそのオーナーの死にも立ち会うのである。 こういう家と人の関係性はもう二度と経験する事は至難である。 こうした家屋もまたほとんど消えている。 それは良き正統な近代の喪失という事でもある。 そして同時に正統なさっぽろの記憶の消去という事でもある。 これは記録され記憶されなければならない。 西区24軒の界隈に始まり旭丘の木下邸へと繋いだ休日は、 現代から近代への小さな記憶の垂直軸を旅する一日となった。 *「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月30日(日)まで。 am11時ーpm7時 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目108斜め通り西向 tel/fax011-737-5503
by kakiten
| 2009-08-25 12:48
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