人気ブログランキング | 話題のタグを見る

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2009年 08月 19日

風の音ー夏日幻想(17)

もうコクワの実がなっていると、Aさんの花日記が告げている。
花から実へ、時は動いている。
雨模様、空が暗く低い。
自転車の車輪が地面に密着して、ひたひた。
湿った音を立てる。

福島県出身のSくんが来て、札幌には蝉がいないと言う。
そういえば、周りの空気を圧縮して震動するような、
あの蝉の鳴き声をしばらく聞かない。
蜻蛉も車のフロントガラスにぶっかるような群を見ない。
今年部屋を訪れたはぐれ蜻蛉も一回だけ。
都市化は命を物に替え、命を見えなくする。
さまざまな命の音をサウンドに変え、
その電気的な増幅に眼も耳も囲繞される。
蝉の鳴き声より選挙の拡声器の声が響き渡る今日だ。

朝、風で鉄鋼の綱が鉄柱の旗竿にぶつかり、
乾いた音を立てていた。
その音にふっと甦る記憶があった。
風が強く吹いていた夕暮れ。初めて一緒に歩いていた。
石油スタンドの鉄の柱に、旗竿のロープが風に揺れ、
カーン、カーンと響いていた。
その音に驚き、下向きに歩いていたふたりは、
ふっと音のする方向を見上げた。
同じ方向を初めて見た記憶である。
内向きの視線が、外へ開いた小さな驚き。
あの風の音。
あれは晩秋だったか、冬の始まりだったか。

記憶の実が時に、こうして音とともにぽっかりと甦る。
今も風が旗竿の鉄柱を鳴らすロープの音を聞くと、
あの時同時に見上げた新鮮な軽い驚きを思い出す。
最初の共同作業。共に同じ方向を見詰めた記憶である。
蝉の声、飛翔する蜻蛉、そして風の音。
腐れ雪の間に咲く黄色いJoy、福寿草。
音、色、虫、花、実。
その命の形を、電気的な増幅が消去していく。
北も南もなくだね、きっと。

北には北の哀がある。
香(かぐわ)しいという南の北風を、南の哀と北の哀とともに
感じてみたいと思っているのだ。

*「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)-30日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-08-19 12:25 | Comments(0)


<< 胸焼けー夏日幻想(18)      北の風が吹くー夏日幻想(16) >>