2009年 08月 15日
少し夏が戻って来た。遅れた墓参、平岸の丘へ。 もう何年になるだろう、ひとりでお墓参りに行くようになって。 そんな事をぼんやり思いながら、墓石に水をかけ1年の汚れを洗う。 墓地の周りの雑草を採りながら、黄色の花が咲いているのを見た。 根が触れている地中には、死者がいる。 その花は採らないでおこう。そう思った。 昨日野上裕之さんが来て、旭川のお土産と言って、 茹でたとうきびとトマトを頂いた。朝もぎたてという。 お祖母ちゃんの具合は良くないそうだ。 このとうきびとトマトが、最後の仕事かも知れないと言った。 そうかと、しばし絶句。 その後ふたりで謹んでとうきびを食べる。 船大工になって良かったですと、ぽそりと言う。 それから、ケンちゃんこと谷口顕一郎さんDVDを見る。 先輩でもあるケンさんの仕事を野上さんは、熱心に見入っていた。 これ買いますと、見終わってから言う。 それから前回の中嶋幸治さんのDVDも見せた。 ちょうどこの映像を撮影した個展最終日に、尾道から電話をくれたのだ。 時間というものは不思議である。 こうして今広島県にいた人がここにいて、見たかった展覧会の映像を見ている。 <思いは現実、現実は思い>と言ったのは、舞踏家の大野一雄だが、 <思いの時間>は、時間を超え、距離を越える。 私と沖縄の豊平ヨシオさんの時間もまた、そうした時間である。 そこに18年という距離はない。 過ぎ去ると書く過去は横軸に存するが、縦軸の時間には過ぎ去るものはない。 過去は今を開くものだ。その今が、未来を拓く。 ある美術家が、私たちの過去に未来はあるかと、被爆した舗石を素材に 語っているが、<私>を<私たち>と置き換える<過去>など そもそも存在しないのではないのか。 個人的体験と共同的体験の間には、大きな径庭がある。 <私>的体験を<公>的なものにする始めからの措定は、 事実の形容に属するものである。 核の被爆という事実がそれである。 私は個人的体験に属するその苦しみが、容易に共同的経験になるもの とは思わない。 <私>に先行する国家(公)が、ひとりの人間(私)に与えた苦しみは、 それが例え肉体的、精神的なものであれ、<私>の垂直な縦軸において 突き詰められる質のものである。 鬱病に陥ったロンドン留学中の夏目漱石は、圧倒的な西洋と日本の文明差異と 西洋人との身体の差異にさえも深く傷つき、悩み引き篭もりとなったのだ。 近代の日本でエリートであったはずの彼等もまた、精神的身体的に 深く傷ついたのである。 漱石はこの<私>の経験の深処において、弱い<私>を<個>として再生し、 西洋対日本という<公>を自らの個の側に引寄せ、Republicする<公>として 再生しようとしたのである。それがその後の作品である。 百年以上も前に漱石、鴎外、高村光太郎と時代の第一線のエリートでもあった 彼等が、個として悩み、傷ついた<私>の部分を、けっして<たち>などという 複数形に取って代わる愚を取る事はなかった。 ただ高村光太郎は、天皇危うしという<わたしたち>に加担した戦争中の愚を省 み、後に戦後<暗愚>と自らを評し厳しく自らを処している。 明治の漱石がロンドンで気が狂ったとまで噂され悩み傷ついたものとは、 日本の近代が抱え込んでいた過去という紛れもない現実である。 その圧倒的なまでの西洋と日本の差異に、きっと漱石は呟いた筈である。 <私の過去に未来はあるのか>と。 彼がもしその時、<私たち>と言い換えていたなら、漱石のその後の展開は なかったと思われる。 <私>という個的経験の深処において、<自己本位><則天去私>という 境地を得るからである。 <天>とは漱石の獲得しようとした<公>の事であり、それは弱い<私>を 去って得るものという事と思う。 その上で<自己本位>という<個>の軸心を思ったのだ。 ある困難を人が体験する時、その困難の<私>性を<たち>と言い換える事 なく、如何に個的経験の深処において<類>的共同性を目指し得るか。 そこに時間の保つ垂直軸の磁場があると思えるのだ。 *「’90年代の作家たちーコレクシヨン展」-8月18日(火)-8月30日(日) :村上善男・一原有徳外・引き続き収蔵作品を展示します。 予告:藤倉翼展ー9月予定。 *谷口顕一郎DVD「The trail to Hecomi」(AD&A gallay制作) 同上カタログテキスト「HECOMI STUDY」(MIKIKO SATO gallary制作) :DVD3600円・テキスト1500円・絶賛発売中! テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向 tel/fax011-737-5503
by kakiten
| 2009-08-15 14:24
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Comments(2)
今日、川崎で行われた
写真家のハービー山口さんのトークショーでも、 夏目漱石がロンドンで引きこもっていたとの話をしていました。 あまりにも同じタイミングで驚きました。 14時からのトークショーです。 ハービーさんもロンドンにいらしたことがあって、 ただ、写真という表現手段があったおかげで、 ひきこもることなく、 様々な人や文化に出逢えたとの話をされていました。
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いしまるあきこさま>波長がどこかで繋がっていますね。
これも時間の不思議ですね。 弱い<私>が表現という手段を保つ時、<私>から<個> という強さを得るのかも知れません。 世間という<公>の大多数の価値に左右されず、 世間という時に国家権力と不可分なものに<私>は 凝縮し個として作品を通し結晶するのでしょう。 コンテンポラリーな類として、別な次元の<公>を 作品が具現化してくれる気がします。 漱石のコンプレックス、引き篭もりは<私>の部分にあり、 <自己本位>という個は、<則天去私>という<公>を 望んだのでしょう。 <わたしたち>という言い方には決してならないと思うのです。 |
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