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テンポラリー通信

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2009年 07月 22日

油を注し、空気を入れるー朱夏(21)

自転車に油を注し、タイヤに空気を入れる。
ペタルが軽くなり、タイヤの路面への抵抗がパリッとする。
いい感じ。
またハミガキブロッグ、イエ~!と、疾走する。
曇天、風冷たく、これが真夏?というさっぽろだ。
境界を主題とするテンポラリースペースアーカイブス。
’90年代の個々の作家の挾間の挑戦が初々しい。
こうして夏の光にたまに晒すと、古いはずの作品にも、
油が注され、空気が入る。
ステンレス鏡面の一原有徳さんの3面の作品は、外界をもその鏡面に
取り込みアセチレンで焼かれた赤黒の紋様とともに、
不思議な空間を創っている。
御年80歳の作品。その新しい事への挑戦が若々しい。
村上善男さんの「常盤村紙円の繰り」は、
東北の深い土着と近代が交叉して華やかにして、重厚である。
その両脇を飾る韓国の黄宇哲さんの作品「figure study」2点は、
朝鮮半島の二分された内面を熱く個のゆらぎとして映し出している。
近くて遠い隣国。
間に置かれた村上さんの津軽モダーンが、遠い時代の交流を暗示
しているかに見える。
米国で生まれた日系人坂口登さんのニ連画「精神と野草」は、
母方のヤマトと合理の国アメリカとの対比が、スクエアーな画面と
ヤマト絵調の曲線が現実の二重の位相として、くっきりと表現されている。
写真家安斎重男の初期の傑作掌(てのひら)のジャコメッテイーは、
針金のような彫刻体と掌の柔らかな暖かさ、
その直線と曲線の対比に東洋と西洋が象徴される。
アナログとデジタルの対峙とも見えるのだ。
岡部昌生の「砂澤ビッキ神の舌彫痕」は、
彼のフロッタージュ素材への分岐ともなった作品である。
それまでフロッタージュ オン ザロードとか、ウオールとか、
何の変哲も無い壁・路上をひたすら擦り続けてきた岡部が、固有の名のある人、
固有の場所を主にフロッタージュしだした転回点の時期の作品である。
無名性から有名性へ。
その後ヒロシマ、ビッキ、イチハラ、ユウバリと、固有名の場・人へと
フロッタージュの対象を変えていく。
かって作家山口瞳が<巨大なボロ雑巾>と評した、場所まるごと汗水だらけの
行為の記録は影を潜め、よりシステマテイックな小さなフロッタージュ
そのコラージュ化、デザイン化の方向に進んでいく。
その転機ともなる境(さかい)の作品である。

こして<境界>をテーマに展示してみると、個々の作家固有の格闘・転機が
見え、その違いに現代の多様な価値観が見える。
もう簡単にグローバルだの国際化だなどと言うな。
個々の作家の個の内にこそ、真の境界が際(キワ)として、切実でリアルである。
個々の生き方を直視せずして、なにが表現といえるか。
分野も然り、個々の表現も然り。生きる場も然り。
安直に分類・越境するな。

*テンポラリースペースアーカイブス展ー7月21日(火)-8月7日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-07-22 13:17 | Comments(0)


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