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テンポラリー通信

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2009年 05月 10日

進行中(仮設的)ー夢の中径(6)

展示を終えた後疲れたのか腰にきた。軽い腰痛。
お歳だね~と誰かの声が聞こえそう。
歳もあるけど、記憶の深みに沈む時間も重いのだ。
巻き物のように連続して写真を長く壁にピン止めしながら、
そこに浮かぶ顔、顔、そして街角の風景。
時間が逆回転して、今に在る。今に続く。
その渦巻きが心と体を揺らして、疲労が腰にくる。
ドキュメント№1後記にかって私が書いている。

ー今年の夏、暑かったという記憶はほとんどない。しかし、夏から秋へかけて、
ぼくらが目撃し、体験した事は季節とは逆にホットな出来事の連続だった。
川俣正は8月風のように訪れ、9月下旬風のように疾走っていった。その間安斎
重男は驟雨のように訪れ、川口淳は渓流のように駆け抜けていった。
今回川俣正の総括をするに当って、私の印象の表皮に残る風景とは、そのような
ものである。印象の記憶が、記録となって記述される時、それらが改めて、いかな
る意味を保ち、如何なる季節を象嵌したかは、関係したぼくたちすべての内部に
おいて、今後も重ねて問い返され続けなければならないだろう。-

正にその問い返しが、今、為されようとしている。
川俣正は同じドキュメント№1に次のように書いていた。

ー解体の作業が終り、借りてきた廃材を、トラックでもとのところにもどす。
このとりのぞいた家にはまた誰かが借りて住むことになるらしい。そして、何年か
して、ここも取壊しして新しい家を新築するという。こうやって、この街並みも、街
全体も変わっていくのだろう。とすれば、この今あるのはまさに仮設的なさまなの
であり、時間の差こそあれ、何らかの形でプロジェクト(都市、町、計画)は進行
中であることはまちがいないだろう。・・いつだって進行中(仮設的)なのだから。
そうであるなら、いったい何が重要なのか?現在まさに動いているさまの中で、
いかにそこで自分も含めて、そこが場として活性化するかということ。場などと
いう中性的な言い方ではなく、もっともっと身近な生活している現場ということに
おいて。・・そしてたぶん、村の祭りの楽しさは、村人にしかわからないだろう。ー

事実その後この家は、解体されカフエ・フリースペース「竹林精舎」になり、さらに
解体され駐車場となり、ビルの付随地となる。川俣の言う<まさに仮設的なさま>
で現実は進行していく。 
この40日間の仮設行為は、いわば川俣正が当時予見したとおり、現実に都市
、町、計画として<いつだって進行中(仮設)>を繰り返し、現在に至るのだ。
しかし、<生活している現場>の人たちの記憶に残ったプロジェクトは、また別
の<進行中>の軌跡を描いていく。
私自身も含めてそこを現場とした人間たちの、その後の始まりをみるからである。

展示後、この企画を最初に我々に提案した正木基さんと久し振りに電話で話す。
彼は今東京のM美術館にいる。当時は札幌のD美術館にいたのだ。
夭折の画家深井克美の発掘や湊谷夢吉・山田勇男の映像企画等、館内館外に
おいて優れたキューレートの手腕を発揮した人である。
今回の川俣展の報告も兼ねて連絡したのだ。
話している内に様々な人の話が飛び交い、現在進行中の企画の事にも話は及ん
だ。多くの人間の顔が浮かび、その後の消息が今に繋がる。
あの40日間は今も現在(仮設)進行中である。
テトラハウスが及ぼした記憶と記録は、今も工事中なのだ。
そんな思いを深くして、電話は終った。
あの地を離れ、北の一隅斜め通りのこの場所で、今<進行中>の自分を見詰
める。<都市、町、計画>は、今も進行中で川俣正の言い草を借りれば、
<ともあれ、今をどうにかするために何かをするしかない>

*川俣正アーカイブ「テトラハウス326」記録展ー5月12日(火)-24日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-05-10 13:02 | Comments(0)


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