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テンポラリー通信

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2009年 04月 26日

小樽と札幌ー歩行の縦軸(23)

小樽のSさんが来る。佐佐木方斎展以来である。
グループ展等で名前だけは知ってはいたが、こうして会って話すのは初めてだ。
前回は方斎さんも一緒だったが、今回はまったくふたりだけで話した。
もう展覧会をする気もなくなっていたが、ここでやってみようかという気になってい
ると、ぽつりと話す。何かがSさんの心を動かしている。
楽しみに待ってますと応える。
3年続いた佐佐木方斎展で、過去2回と違うのはこうした方斎さんと同世代の人
たちが動き出したという事だ。
今まで斜に構えていたこれらの人たちが、むっくりと起き上がり正面を向いてくる。
そして、彼らがみな小樽の人たちという事である。
札幌などよりもっと古くから開け、民の街として活気のあった小樽は、明治の中期
汽車の開通とともに道庁のある札幌への港、入口として次第に札幌にその中心を
奪われていく。しかし官を中心とする街札幌より、はるかに本来民の力の濃い街で
ある。隣接する後志国の中心小樽と石狩国の中心札幌は、ある意味で二都物語
としてそれぞれの相違を競い合う性格もある。
内陸の都と海辺の都(港)である。
札幌と小樽との間に汽車の開通がなければ、札幌は石狩川河口の海が入口であ
ったのだ。しかし石狩は遠浅の海では大きな船の入港は難しく小樽の方が物流上
有利で、汽車との連結で中央官庁のある道都圏に小樽港は組み込まれていく。
ふたつの都市は、エリアとしても後志と石狩で相違し、街の性格も違う。
もし小樽が小樽として、政治経済上の中央主権を抜きに札幌を見据えれば、
さっぽろにもまたいい刺激を与え得るのだ。
関西の近接する三つの都市、神戸・京都・大阪は、まったく性格の違う都市でありな
がら、それぞれが違いを発揮しあい活発である。
小樽もまたそのように存在すれば、さっぽろもまたその特色を培う事となる。
小樽在住の詩人高橋秀明さんに、赤岩の龍の胎内めぐりを案内してもらった事が
ある。断崖絶壁のその道は、点々と仏の洞が繋がる険しい道だった。
沖に白い航跡を見せて船が行く。
その時私は札幌と小樽の違いをふっと理解した気がした。
さっぽろの古い道は、西の山並みが目印のようにある。
さっぽろは内陸の街である。
小樽は坂の街で海の街であるから、海の目線に目印がある。
坂も海坂なのだ。
そして狭い陸の土地に民間の富豪が所有する能舞台やアールデコの近代建築
がひっそりと今も残されている。
札幌の歴史的建造物は官の物が多い。民の物はたちまちにマンシヨン等の高層
ビルに変わり消え去る。
しかし小樽には官のものもあるが、圧倒的に民のものが多いのだ。
ここにもふたつの都市の性格の違いがある。
ふたつの都市のゾーン、界(さかい)がくっきりすれば、それぞれが固有に開く。
小樽が頑張ると、さっぽろも少し変わり得るかもしれないと、微かな希望のように
、Sさんの熱い気持ちをどこかで期待し、聞いている自分がいたのだ。
違いは違いのままに、新鮮な界(さかい)を保ちつつ新たなニ都物語を、と願う。

*熊谷榧展「北の山と人」-4月21日(火)-5月3日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休・休廊

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-04-26 12:47 | Comments(2)
Commented by 高橋秀明 at 2009-05-01 01:07
中森さん、小樽と札幌の違いは、なんと言っても、明治四十年に啄木が次のように言い当てている。中森さんも同じことを言っているから、もちろんご存知のことだろうけど、一応引いておきますね。岩崎正への手紙の一節。

「総じて小樽は忙しき市に候、札幌に『都』の字を用い候う小生は、この小樽をば『市』と呼ぶの適当なるを覚え候」
Commented by 中森 敏夫 at 2009-05-01 10:56
いえ、浅学非才の身、知りませんでした。
一緒に歩き感じた事が主です。特に赤岩散策で。
自然環境としての相違が印象的でした。


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