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テンポラリー通信

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2009年 03月 05日

散乱するー弥生・三月(4)

朝ゴミ捨て場にカラスがいる。喰い散らかされて散乱。
火曜日は燃えないゴミの日。月曜日は燃えるゴミの日。
水曜日なのに何故?と思いつつテンポラリーに入る。
昼前すみませ~んと声がする。隣と一軒隣の人だ。ゴミ袋を持っている。
お宅のゴミでしょうと言う。中に捨てた郵便物があり、宛名がそうである。
え~っ、あの朝の散乱していたゴミはうちのものという事だ。
月曜日は定休日なので、ゴミは日曜の夜帰路に出している。
今週は野上さん搬出・佐々木さん展示で月曜午後3時頃から出勤したので、
燃えないゴミはその日の帰りに出した。その際ゴミ袋が残っていた記憶がない。
何故忽然と日曜の夜のゴミ袋が、水曜日に出現したのか。
しかし、郵便物の残骸から紛れもなく私の所のゴミである。
なにか悪意のような物を感じて、嫌な気持ちになる。
とりあえず謝ったが釈然とはしない。これまでもあれっうちのゴミが残っているな
と思った事はある。月曜朝8時半までにゴミを出すのは休みで無理である。
前日夜7時過ぎに置いておく訳だが、次の日朝一番に出される方のどなたかが、
カラスのように分別しているのだろうか。不燃ゴミを入れている訳でもない。
何故うちのゴミだけが収集されないのか謎である。
ゴミはかって何処にも辻々に簡易なゴミ焼却炉があり、焼いていた。
学校のグランドの隅にもドラム缶のようなそれがあったと記憶する。
それらが石油製品の普及で姿を消し、車によるゴミ収集、埋め立て・焼却の方法に
変わった。一般人の手からゴミ処理は離れていったのである。
埋め立て式ゴミ廃棄という言葉、landfillという単語は1970年代から登場する。
その前の辞書にはない。プラステイック製品が主流を占め、石炭から石油への
エネルギー転換の時期と一致するのだ。
現在の都市化、利便性とこのゴミとは表裏一体の関係にある。
かって人の生活の基盤を支えた自然領域、源流や河口、森林といった場所に
そのlandfill(ゴミ埋め立て処理場)が在る。
都市の傲慢は、かってその都市を支えた周辺の野山、河川を汚濁しているのだ。
自然に還元され得ない大量のゴミは、海を埋め、野山を埋める。
あの美しい海の函、沖縄でも珊瑚礁を埋め立て希少生物を追いやっているのは
都市の飽くことなき、経済消費の欲望である。そして、その欲望は限りなくゴミを
生む。アメリカのロスアンゼルス・ハリウッドは同時にゴミの川でも有名である。
投げ捨ての消費の豊かな街は、同時に雨とともにゴミの川ともなる。
河口近くの豊かな湿原が危機に瀕しているという。
このアメリカ式の大量消費文明は、同時に深刻なゴミ処理の問題を孕んでいる
のだ。日本も同じである。物質主義のロマンは色褪せ、ただの物質主義となって
破綻した現在のアメリカ式文明はもう終焉を迎えているのだ。
豊かさへの憧れはそのロマンを喪失して、ゴミというツケを我々に回している。
landfill(ゴミ最終処理場)とは、landというアメリカの夢としてあったものの対極
にある同時代的現実でもある。
日常の朝の不愉快は同時に、コンテンポラリーな本質として近隣の人との心の
機微にまで及んでいる。

*佐々木恒雄展「本日ノ庭」-3月3日(火)-15日(日)am11時ーpm7時
 月曜定休・14日(土)臨時休廊。
*小林由佳展「ソノサキニシルコト。」-3月17日(火)-27日(金)
*及川恒平ソロライブ「はざまの街から」-3月29日(日)午後3時~
 入場料3000円・予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-03-05 12:12 | Comments(0)


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