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テンポラリー通信

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2009年 02月 14日

臨界という壁ー如月(きさらぎ)の夢(13)

花の壁が完成する。記念撮影する人が次々とその前に立つ。
壁とは何か。壁とは仕切り、区別する塞ぐものである。
それが日常にある壁だ。しかしこの花の壁は人が喜び、見詰めその前に立ちた
くなる壁だ。ここには見えない入口がある。壁が開かれた存在である。
ハリーポッターの秘密の部屋、その壁の向こうには未知の世界がある。
嘆きの壁というのがエルサレムにもある。この壁の前で人は祈り、手で触れ頭を
たれる。壁は必ずしも、区切り分断するだけの物ではない。
臨界なのである。そのような壁を佐藤義光さんが創ったという事は、彼自身の夢
のなせる業(わざ)である。花屋さんが花屋という職業の壁を夢の壁に再構成した
のだ。商業ルートとしての花ではなく、花を通して開く自己自身の回路をそこに与
えたことである。花壁はその回路集積のようにある。だから、見る人はその前に立
ちその回路に身を委ねる。壁を見、壁の前に立ち、嬉々として秘密の入口に立つ
ように。この時壁は別世界への入口になる。
世界とは本来そのように新鮮に存在する筈のものである。
北の先住民族アイヌ語には、入口という言葉は豊かにあっても、出口という言葉は
少ない。出入り口は人間の人工物が生んだ非自然な概念である。
地下鉄・ビル・街の至る所にあるのは、出入り口である。精神的なものとしても、否
定から発する出口がある。来し方、現在を否定して出口を求める。競争社会では
早く結果という出口を求める。早足で過程を無視し、もたもたすると負け組とか言わ
れる。都心といわれる場所には、そんな人の群がカッカッと靴音を高く発て殺気立
って歩いている。忙しく携帯に耳をあて、傍若無人の自分だけの壁・密室を周囲に
廻らし歩いている。この壁は閉じた壁である。マンシヨンの密室構造と同じ意識の
遮断である。この閉鎖する壁を取り払えるか。そこにcon(ともに)と開かれるそれ
ぞれの現在・temporaryな状況がある。もっとも基底的なところで、自分の職から
生きている現状況から、その壁を開かれた壁にし得るかの闘いに個の価値もまた
あるのだ。美術とか、音楽とか世間に認知されたジャンルの問題ではなく、もっと
生きるラデイカルな基底でその事は問われてあるからだ。
contemporary(同時代)とは、その底流に棹さしているかを問う事でもある。
まあ理屈はどうであれ、花壁の前に立ち、ふっと自分自身の意識の壁を無化し
無邪気に微笑むだけでいい。その時遮断の壁は溶解し開かれた入口となるだ
ろう。

*佐藤義光花個展「別世界」-15日(日)午後5時まで。
*野上裕之彫刻展「i」-2月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-02-14 13:10 | Comments(0)


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