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テンポラリー通信

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2009年 02月 06日

死ぬるまでの闘いあるべしー如月(きさらぎ)の夢(5)

ネフローゼを患ったという友人が、ひょっこりと訪ねて来た。
アンナ・アフマートフ「夕べ」を訳した本をみやげに置いていった。
ロシアの詩人の詩を短歌にして訳すという画期的な本だった。
精進しているなあと感心する。
遠い昔、街角でふっと出会った友人が、今こうして歳月を経て大きく違う人生を
歩んでいる。昨年自宅を全焼し、その後腎臓の病を得て、なおかつ翻訳の優れ
た仕事を続けている。
飄然と彼が帰った後、本を開くと中に紙片が挟まれてあった。
そこには<まだまだ時はあり、死ぬるまでの闘いあるべし。>と記されていた。
冗談だろうが、イシカリ王と記され私の名前が書いてあった。
津軽の人よ、Kよ。私はとても王などではない。イシカリの孤児、サッポロ漂流人
にしか過ぎないのだ。そう、心で呟いた。
北大の学生時代寮の廊下をロシア語で朗唱しながら歩いていた彼である。
その話は同じ寮の友人の間ではつとに有名だったのだ。あいつはあの頃から
ロシア語に堪能だったと。これには後日談がある。あの朗唱はロシア語ではなく
実は津軽弁だったというのだ。津軽ロシア人、私はその話を聞いた時そう思った。
札幌生れの私にはない素質なのだ。ほとんど標準語に近い札幌の言葉は、イン
トネーシヨンと語尾の”だべ”くらいが違うだけで、津軽弁の濃い言葉とは比較に
ならないくらい平板である。お国訛りといわれる<お国>が津軽は濃いのだ。
サッポロは<お国>が薄い。さらにサッポロのど真ん中で生まれた私は、冗談で
よくシテイボーイだと言うのだが、その生まれた場所すらもう、他国籍企業の街と
なり、父・母・祖父・祖母の時代とも大きく違ってきている。
停車場通り、駅前通り、四番街と呼称も変わり、今ではパック化した商業ビルとな
って、ビル名の方が分かり易い街となった。そんなサッポロの街角で出会ったKと
今はこうして、それぞれの生き方の方向性の相違が大きな違いとしてあるのだ。
<まだまだ時はあり、死ぬるまでの闘いあるべし>
津軽ロシア人Kよ、私は、相も変わらずエセシテイボーイとして、このさっぽろを
深く生きる。それが自分の負荷した人生だから。時に”だべ”と語尾をキレ良く決
め津軽の濃い言葉に僅かに対抗しながら、移住者の末裔として、この場を生き
る。津軽の王よ、私、イシカリの孤児、サッポロの漂流者は同じように、心に多分
呟やいているよ。
<まだまだ時はあり、死ぬるまでの闘いあるべし>だべ!

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 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2009-02-06 14:52 | Comments(0)


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