テンポラリー通信

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2009年 01月 18日

生活ということーmata-pa(冬の年)(14)

昨日もチQさんから電話がきた。赤い土、緑の海。そう語る落ち着いた声音。
こんな風に炊事や洗濯、掃除をした事は無かったと言う。
何かが彼の中で確実に変わっている。
民宿に住み込み、日常の雑事を仕事としてする日々が、確実に今を生きる
ラデイカル(基底的な)な玄(くろ)の縁取りを心に生んでいる。
そしてそれが彼の心に、生活の基底を形作ろうとしている。
奔放な美術家の生き方に生活の縁取りが、根毛のように顕われてきている。
未知の遠い島、未知の人たち。そこで働き、絵を志す。
生活の第一義がシンプルにある。
携帯電話の料金未払いで少し連絡が切れるかもしれませんと、
言って話は終った。
先日某私立大学で長年教授会が行われず、文部科学省に勧告されたというニ
ュースがあった。著名な美術家や音楽家の多い大学である。
もともと学者と芸術家は別のジャンルの人である。
大学に寄食し生活を安定させ、芸術をも志すという二足の草鞋を履いて、世間的
地位と名声のふたつを併せ持とうという世間知に長けた処世術を巧妙に纏った芸
術家が、やりそうな事であるのだ。
教授会の会議など本来芸術家が参加しそうもない。いい加減にお茶を濁して誰か
が纏めてくれればそれに越した事はない。そんな思惑が見え隠れするニュースだ
った。この場合生活とはラデイカルではない。寄食する処世としてある。
真に芸術家であるなら、生活とはもっとシンプルでラデイカルな現実であるのだ。
私はチQさんの言葉に滲んだ生活の太い縁取りのような、落ち着いた声の在り処
にむしろ生活を感じていた。すべての大学教授兼芸術家がそうだとは思わないが、
生きるという基底を処世術や身過ぎ世過ぎの具にして欲しくはない。
オホーツクの父の海で夏働き、流氷の冬は絵を描こうという佐々木さんの決意や、
自分の描きたい絵の為に沖縄へ移住したチQさんの生活の在り様の方に、よりラ
デイカルな生活を私は感じているのだ。
世間でいう公的有名性はこの場合問題ではない。
ひとりの人間として、個として共感できるのである。
今日で最終日。ふたり展の最後の日。
仕上げた赤の作品をイーゼルに置き、佐々木さんはこの作品の名を「朱雀」と名
付けた。南の神の名である。
ふたりの今回の友情を象徴する命名であった。
ランド!ホップする時。いい時間だった。ありがとう!

*佐々木恒雄×チQふたり展「ランド!ホップする時」-1月18日(日)まで。
*高臣大介ガラス展「gla_gla CANDLE show」-1月27日(火)-2月8日
 (日):あらひろこカンテレ演奏ー27日(火)午後7時半~1000円
*佐藤義光花個展「別世界」-2月10日(火)-15日(日)
*野上裕之彫刻展ー2月17日(火)-22日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-01-18 12:34 | Comments(0)


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