テンポラリー通信

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2009年 01月 16日

交錯するーmataーpa(冬の年)(12)

若い花屋さんの夫婦が来て、じっくりと中川幸夫の作品集「華」を見ていく。
話すと円山の以前のスペースの近くのお店だった。
今も、朝自転車でよく前を通っていた場所だ。
中川幸夫のこの本が出版された頃生まれた人たちだったが、
花材から作品を丹念に読み込んでいる。こんな風に本を見てくれるのは嬉しい。
作品に年齢はない。
チQさんから午後電話がある。ちょうどFMアッップルの取材中だった。
西表島に着いて、マングローブの林が見えると話していた。
こちらは氷柱が見えると応えた。
何か日々の出来事を、言葉にならずも語りたい、そんな気持ちが伝わってくる。
ほぼ毎日電話がくるのは、まだふたり展の会期中という事もあるだろうが、それ
だけではない心の昂ぶりを伝えたいのだと思う。
佐々木さんが淡々とインタビューをこなしている。明るい女性のインタビュアーが
リズム良く質問を放つ。仕事自体を楽しんでいるようだ。
放送終了後少し話す。ふたりの作品に感じている事を話すと、目がキラキラして
面白がった。特に古い札幌市街図の二条市場界隈の碁盤の目の構成が、今回
の佐々木さんの絵の配列と同じ3×3の構図である事に吃驚する。
しかもこれらの絵は、この場所の地下某ライブハウスで描かれた絵なのだ。
しかもこの話にはおまけがあって、その3×3のふたつの固まりの絵群の中央に
置かれた絵を予約した人は、二条市場で幼少期を過ごした人だったのだ。
勿論この話は後から分かった事である。
会期前に描かれたこの絵群は、現在会場で描かれている絵とは明らかに違う。
きっとこの絵群を佐々木さんは無意識の内に碁盤の目の構成で、ここを去る今
札幌の都市構造を見切っているのである。
しかしそれは、札幌のさっぽろではない.道庁を主体とする都市としての札幌で
あり、自然身体としてのさっぽろではないのだ。その事を今さっぽろで生きる我々
は自覚しなければならない責務があるのだ。
ランドとしてのいしかり・さっぽろをである。
ここまで書いていると、岡部亮・新明史子夫妻が来る。
ここでもまた、不思議発見である。私が新明さんの昨年個展時に購入した小さな
ボックス型の作品に描かれていた母子の絵は、網走時代のオホーツクの海を背
景に撮られた写真を元にしたものだと言うのだ。
この作品は私の死んだ女房と娘のようで、何となく惹かれたものであるが、ここで
網走が背景にあるとは思わなかった。作者しか知らない事情である。
江差からお父さんの仕事で次に引っ越したのが網走だったと新明さんは言う。
そして、オホーツクの海で撮った家族の写真が、この作品の原型と言う。
次に来た人は、中島公園幌平橋近くで生まれ育った人で、今は中の島に住むと
言う。初対面だったが、チQさんのフアンの方で、この人とは札幌川、古札幌川
の話で盛り上がった。旧スペースも知っていて初めてお会いした気がしなかった
のだ。時間の軸が交錯して不思議な空気が濃く漂っている日。

*佐々木恒雄×チQふたり展ランド!ホップする時」ー18日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区来た16条西5丁目1-8斜め通り西向
 rwl/fax011-737-5503
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by kakiten | 2009-01-16 16:38 | Comments(0)


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