テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2018年 09月 19日

地震の後ーシジフォス(35)

右肩の腫瘍を切開手術をした後抜糸し、念の為周囲を除去し
明日はその手術後の抜糸がある。
透析治療の合間も病院通い。
悪性でなく転移性もないというが、気持ちは良くない。

地震後の雑然とした2階資料室。
良く見ると、棚の資料類が相当数床に落ちて手付かず。
分厚く重い資料ファイルが、整理を待っている。
少し不安定だった上の棚板の資料が多い。
大野一雄さん、吉増剛造さん、川俣正さん、と重鎮揃い
に、石田尚志さん、谷口顕一郎さんと若手作家も。
他の作家資料も棚の中で斜めに傾いて寝返りを待っている。
厚い紙のファイルは、重くて手強い。
上の棚より下の中段の安定する棚へ移す必要性を感じた。
ワイルドガーデンならぬワイルドライブラリーだな。
高臣大介さんを見習って、お前も少し身の周りを、自耕
(cultivate)せよ、とのお告げかも知れない。
床の資料ファイル取り上げ目を通し、忘れていた資料に
目を奪われ、整理が沈殿する日々だ。

沖縄の豊平ヨシオさんのように、一冊のファイルにも満た
ない人もいれば、大野一雄さんや吉増剛造さん、岡部昌生
さんのように十数冊の人もいる。
しかし資料の厚さだけが、全てではない。
今年5月の沖縄行がその事実を物語っている。
どの資料ファイルも私には貴重なテンポラリースペース
なのだ。
そして棚に蹲って居た資料たちすべてが声を発する。
故なくして存在はしないと・・。
表現者の種子たち一粒一粒が、地中の芽のように熱く
脈打っている気がした。
ワイルドライブラリー。
私も手を加え、再耕土の鍬を揮おうと感じる・・。

地震もまた、天地からの大いなる啓示である。
気付かせてくれた洞爺・月浦の主にも感謝する。

*村上仁美×吉増剛造展「ハナヒト ト 火ノ刺繍」-10月2日(火)-7日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




[PR]

# by kakiten | 2018-09-19 13:29 | Comments(0)
2018年 09月 18日

木と花・火とガラスーシジフォス(34)

3連休の一日、洞爺湖の高臣大介GlaGla工房に行ってきた。
洞爺湖町月浦、工房の東斜面にある通称ワイルドガーデン。
洞爺湖を望む斜面自然のままの庭の前に、テラスを設けたという。
その自然を活かす造園を花人村上仁美さんに依頼したという。
その話を聞いて、ああ、彼も千葉から移住して自身の故里・里山を
創ろうとしているなあ、と感じた。
これは立ち合いに行かねばならぬ、そう思った。
実は未だ私はゆっくり工房・住居の周りを見た事がなかったのだ。
十年以上前、彼の個展の打ち上げの勢いで深夜初めて何人かと訪れ、
朝早く帰ったのと、一昨年の結婚式に出席の際の2回だけだった。
今年子供も生まれ、ノバラと名付けた高臣大介。
自然ぞのままだったワイルドガーデンにテラスと庭構成を加える。
これも彼には大きな転機、生きている地への自耕土(カルチャー)
が試みられている、と思った。

やや斜面の土地に設置された白いテラス。
床の上には木の枠組みだけの屋根があり、そこから透明なガラス作品
「野傍の泉池」が2,3本組で十数組ぶら下がっている。
風に揺れて澄んだ音を奏でている。
緩い土の斜面が洞爺湖へ向かい広がっていて、ススキの長い穂が靡き、
名も知らぬ樹木、草花が揺れている。
花人村上仁美さんは、そこに15種類程の苗木・蔓・花を配置した。
コクワやキタコブシ等という。

移住し根付き、自分のランドを創っているなあ、と感じる。
太陽と土と植物を、自分の里山・古里のように耕している。
工房では自分の呼気(風)に拠る、火と水のガラス制作。
草木茫々の大地は、光と風の萌える木と草花。
彼は自らの等身大の故里を耕していた。
それは作品の為の自耕地でもある。
こうした個人の確たる行為の内にこそ、主体的な自立・自行がある。
高臣大介のライフワーク「ヌプサムメムー野傍の泉池」、伏流水の
湧く野の泉は、自らの工房・住居の敷地構造にも、再生されたよう
に思える。
泉の水滴は、彼の吹くガラス。
自宅・工房は野傍の自然。
愛娘ノバラとともに、彼の小さな故郷・ランド創生に立ち会えて、
何か励まされる幸せな一日だった。

*村上仁美×吉増剛造展「ハナビト ト 火ノ刺繍」-10月2日ー7日

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-09-18 15:12 | Comments(0)
2018年 09月 12日

地下で・・・。-シジフォス(33)

朝地下鉄に乗ろうと、ふっと暗い事に気づく。
宣伝の電気看板が消えている。
此処は地下なのだ。
本当なら暗闇の中・・。
9月6日未明の地震・停電が、もし昼の時間なら此処は暗闇。
そして阿鼻叫喚の闇。
ひとつの発電機、ひとつの発電所に集約されている社会構造。
そこに恐怖を覚えた。
地下街と連結したタワービル消費・支店街。
表通り・裏通りが閑散として、プラザ・タワービルが街を
構成している。
他の様々な分野でもジャンル・タワー構造で、その矛盾が
パワハラ・セクハラで墳出している。
一極集中の日本の近代構造が形を変えて、より身近な、通りと
いう自由な街路・回路が磨滅している。
石炭・石油・原子力をエネルギー源とする社会インフラが、
電気エネルギーに拠ってエネルギーのタワー・プラザ構造を、
今回の地震→一電力所→全道停電の構造でも明らかにしたのだ。
電源喪失→照明・電話・水道(高層ビルの場合)停止と一蓮托生。
日中であれば、地下鉄・電車・信号・上降機も停止。
地下は本来の暗闇が支配し、地震も五体五感を恐怖に。
電源回復途上で道東の小さな古い稼働停止中のジーゼル発電機が
再開されその地方の電力をいち早く回復させたという。
一極集中でなく、それぞれの自治こそが、本当の民主主義だ。
母校早稲田大学から、戦後創設された新しい学科、自治行政と
新聞学科が政経学部からいつの間にか消えて、戦後民主主義の
旗印が消滅してきた予兆だった気がする。
代わって台頭してきたグローバルという旗印のタワー構造と
文化のプラザ構造。
ともに囲い込みの一局集中構造だ。
街の構造も然りである。
ダイエーが消えて、イオンへ。
時に一極構造は、タワーとなり、プラザとなり、その中で
帝国主義戦争ならぬ競争・戦争を、帝都→首都圏に戦場を変え
東京電力→東北フクシマ、関西電力→北陸フクイとエネルギー
経済の植民地を生んでいる。
メガロポリス首都圏→沖縄基地もまた、自衛という名のタワー
構造である・
故郷に錦を飾るーという都⇔故郷という循環する回路が閉ざ
され、現代という<conーともに>無き時代が見える。

*村上仁美・吉増剛造展「花人ト火ノ刺繍」-10月2日ー7日

 テンポラリスペース 札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


[PR]

# by kakiten | 2018-09-12 14:25 | Comments(0)
2018年 09月 09日

宮腰麻子展最終日ーシジフォス(32)

台風だ、地震だと、電話・ネットも繋がらず、今週
から始まっていた宮腰麻子展について触れずにきた。
書と色を組み合わせる異色の作家の初個展である。
火曜日4日スタートで、木曜日6日未明に全道停電。
幸い会場の作品には損傷なかったが、終日公共交通が
不通となり、木・金と無人の会場だった。
しかしそんな中電気も回復し。朝晩と多くの人が訪れ
最終日の今日も朝から人が絶えない。
きっと本人には忘れられぬ初個展となるだろう。
自宅での震災影響、個展会場での停電影響と、個を取り
巻くそれぞれの苦労話・会場の作品感想とが交互に交わ
され、ある面では本当に活き活きと話が交叉している。
不意の災害に拠って感性が解放された分、作品を見る目
が開いているからだ。
信号の消えた交差点でアイコンタクトだけで、車同士の
人間性が解放されコミュニケーションが成立していたの
と同様な世界が顕れていた。

共通の不幸が逆に相互の会話の基盤となり、笑い聲絶えな
い停電・停水・余震の3日目、宮腰麻子展最終日である。
会場は心の避難の集会場。
作品と作家は、炊き出しご飯とカレーのようだ・・。

*宮腰麻子展「Je sais mon」-9月9日午後6時まで。
*村上仁美・吉増剛造展「花人ト火ノ刺繍」-10月2日(火)ー7日(日)

 テンポラリスペース札幌市北区北16西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-09-09 12:54 | Comments(0)
2018年 09月 08日

地震と停電ーシジフォス(31)

<ブラックアウト>という非常装置が陥穽となり、
胆振大地震の影響で、全道で電気が切れる。
日常生活が如何に電気エネルギーに依存していたか。
電気力喪失と同時に揚水ポンプで水を汲み上げていたマン
ションの水道も停水し、仕舞い込んでいた電池ラジオの声
だけが外界の様子を伝えてくれた。
2018年9月6日(木)午前3時未明。
激しい揺れで目覚め、その時点で点いていたTVで地震
を知った。

それから2日。
ようやく電気も通じ普段の日常が戻る。
しかし以前とは何かが違う。
友人の車に乗せてもらい街中を走ると、信号が消えた
街角で、運転者同士が目と手で挨拶を交わし交差点の
ルールを自然と守っていた。
車が人間の顔をしていた。
石油エネルギーと電気エネルギーに代わり、人間の顔
をして労わりあっている。
そして暗闇の中で聞いたラジオの声。
被災地からの実況にも、被災者の声の真実味が、暖かく
肉声として響く。
目に映る映像に奪われていた声という音の感覚が、研ぎ
澄まされて、胸に届く。
こうした非常時に、人は五体五感の肉身に戻るのだ。
インフラに依存していた過剰な鎧が外され、一対一の個
の身体が適応している。
五感が本来の身体性に還り、皮膚感覚とともに活き活き
と蘇ってくる。
公共的な人の声を、こんなに親密に感じる事は近来少ない
経験のように思える。

大地震・電気のブラックアウトという非日常の現実の中で、
普段生活という日常が露わにしたものは、我々の日常が保
つ虚構の内側に在る本来の人間の在り方が自然に顕在化して
いるという経験である。
思えば地震・停電の一日前に記した競走馬を運ぶ大型トラック
の運転者と馬頭観音を祀った人間の話は、予兆のようにあった。
原子力エネルギーを持った鉄腕アトムの時代から、馬力エネルギー
は人間から離れ、我々の社会的インフラの主力エネルギーは、石炭
・石油・原子力となってきた。
その功罪を、問われている時代だ。

 空をこえて、ラララ 星のかなた
 ゆくぞアトム ジェットの限り
 心やさしい ラララ 科学の子
 十万馬力だ 鉄腕アトム

        作詞 谷川俊太郎
 
人間アトムは、何処へ向かう・・・?

*吉増剛造・村上仁美展「花人ト火ノ刺繍」-10月2日(火)-7日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



[PR]

# by kakiten | 2018-09-08 14:35 | Comments(2)
2018年 09月 05日

人間尺度の忘却・磨滅ーシジフォス(30)

Mさんが運転中事故にあったという。
愛車で走行中、横から来た競争馬運搬車のトラックに
後部ドアーに接触され、左半身が痺れるという。
相手は、初めから脅し口調で高飛車で自分の非を
認めない。
結局警察に連絡し、保険会社に任せたという。
Mさんの話では普通に運転していて急に後ろ横に
ドスンときた。
どうやら前にいた車が急にウインカーを点滅して右に
曲がり、それを避け前に出ようと横に振り走行中の
Mさんの車を見落とした事が、衝突の原因のようだ。

私は20代で運転を止めている。
切っ掛けは、車の速度への違和感が勝ったからだ。
それは運転しない今も変わらない。
運転上手な多くの人は、違和感よりも快感の方が
勝っているのだろう。
しかしこのスピードに慣れると、あたかも自身の速度
と身体の方が認識してくるように思う。
操作した機械エネルギー速度が、自らの身体の力と
錯覚するのは実は恐ろしい事と思う。
舗道を飛び出し、車道を歩けば解る事だ。
当然だが速度が身体と車では違うのである。
その身体が車を操作すると、あたかも自らの身体が
速度を増しているかのように疾走る。
この身体力を超える機械エネルギーが、人に人それ
ぞれの身体尺度を錯覚させ磨滅させている現実がある。

競走馬を運搬するプロの運転者、自らの非を認めない
傲慢さが見えるのは、車の大きさと運転のプロという
車主体の奢りが垣間見えるからだ。
しかしこの傾向は現代社会全般に見る多くの傾向でも
ある。
多発する暴風雨・台風・猛暑の自然現象にも、人の機械
エネルギーを使用した対自然との関係から生じた摩擦も
多い気がするからだ。
身体尺度を基本としていた時代。
馬を祀り馬頭観音とした。
馬力でお世話になった人間の感謝の気持ちである。
そこには生き物同士の深い畏敬と愛の回路が在る。
しかし何時の頃からか道具は人の手の延長の恵みでは
なくなり、それ自体が独自のエネルギーを保った機械
となり、機械能力傾倒・最新・最速の消耗品となって、
同時に人は人間尺度を忘却し、機械能力の操作に身体性
を移動しつつある。
それに併せるように、外に在る自然環境も内に在る
身体自然環境も、車道と舗道の区別、損傷の大きさの
怖れとして顕れる。
風や水の猛烈な凶暴さ。
それは人間が身体尺度のエネルギーを超えて、機械
エネルギーの増幅で得た富や力と反比例する、剥き出
しとなった野生の力なのかも知れない。

人が新しい効率の良い機械に取り換えるように、次々と
身体尺度を磨滅し機械に乗り換えて身体力を消滅しつつある。
今から馬力に感謝する時代に戻れる訳もない。
新しいエネルギー、新しい機械。
原子力にその発電力は、正にその未来への象徴だろうか。
高速の車が凶器となるように、高速発電の原子力エネルギー
は人間尺度の磨滅を増幅し、安心・安全の裏側、恐怖・危険
の両刃の剣となって向き合う時代だ。

競争馬を運ぶ大きな車と接触事故を経験したMさんの話。
かって観音ともなり、馬力を尊称された馬。
それを運ぶ大きなエネルギーを保つ大型車。
そのエネルギーの大きさを背に、女性と見てパワハラ紛いの
傲慢さで、捲くし立てたと言う運転者。
人もまた野生を露わに、機械エネルギーを背に心の暴力・戦争
を発し出している。

*宮腰麻子展「Je sais mon」-9月9日(日)まで。
 am11時ーpm6時
*村上仁美・吉増剛造「花人ト火ノ刺繍」展ー10月2日ー7日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


[PR]

# by kakiten | 2018-09-05 13:36 | Comments(0)
2018年 09月 04日

&(アンド)という×1(架ける位地)ーシジフォス(29)

ケン&アヤー名での個展を望んでいた私にとって、ふたりの原点
となる欧州行、稚内ーサハリン経由のシベリア横断ー欧州に至る
彩子さんの書いた旅日記・写真の公開出版はずっと気になっていた。

思いあぐねて交流あるK出版社のTさんふたりに話をした。
これまでも大野一雄石狩河口公演記録や夭折死した村岸宏昭
遺作集にも全面的に協力し出版してくれた過去があり、今回
も発行・発売元を引き受けてくれた。

私がケン&アヤ名での個展で拘っていたのは、札幌から欧州へ
の道程、稚内ーサハリンーシベリアを経由して行ったふたりの
勇気と決断の旅の記録を同時に公表する事だった。
(&)とは同時に自己と他者を繋ぐ(志)、架ける位地(×1)
の事だと思うからである。
札幌から欧州へ。
その道程のほとんどが陸の道である事を選んだふたりの勇気、
そしてその道程を貫き通した行動力。
そこには二人を結ぶ強い(架ける位置=×1)があったからだ。
男女平等という民主主義の大基本には、差別・区別に陥らせない
<架ける位置=×1>の<志>の共有が在るからだ。

バッハを終生愛したモダーンジャズピアニスト・ジョン・ルイス。
彼は人種差別とクラシックージャズのジャンル差別に抗して
最晩年奥さんのチエンバロ奏者ミリアナとふたりで、バッハの
ゴールドベルク変奏曲を演奏し世に遺している。
そしてそのジャケットには、ジョン&ミリアナ=ルイスと記され
ている。
また梱包芸術のインスタレーションで著名なクリスト・クロードは、
社会主義圏国家からアメリカに亡命し、奥さんのジャンヌとともに
様々な場所で建物・島・橋等に梱包芸術を展開した。
それらの作品は、クリスト&ジャンヌ=クロードの名で公開
している。
ここでも社会的・歴史的差別を超える<架ける位置=×1>が
梱包という容(かたち)で作品化し、作者名にも反映している
と思う。
2×1=2の<×1>とは、コンセプトであり、思想であり、
民主主義の根であると思う。
男女平等という民主主義の大基本。
それは違いを白紙にする事ではない。
違いは違いとして閉じず、違いが開き、共有する<架ける位置>
を顕す事。
最も人間的な思想的営為の位地なのだ。
誰にでもすぐに出来得る事ではない。

私は谷口顕一郎と彩子のふたり名の個展には、原点として
あの稚内ーサハリンーシベリアー欧州への旅の記録を是非公開し
て欲しいと念願している。

このふたりの故郷・札幌から世界へ架けたふたりの位置の記録を。

*宮腰麻子展「Je sais mon」-9月9日(日)まで。
 am11時ーpm6時
*村上仁美×吉増剛造展「花人ト火ノ刺繍」-10月2日ー7日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
5丁目斜め通り西向き tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-09-04 14:25 | Comments(0)
2018年 08月 28日

展示・その後ーシジフォス(28)

400人を超える人たちが留まった12日間。
作品が搬出された後、がら~んと白い壁。
作品の呼気と人の吸気が埋まっている。
この埋もれた白い背中の時間も、この場の宙の時。

2階吹き抜け廻廊の長椅子あるいは床に座り、床を
抜いた吹き抜けからの眺めを楽しんでいた人たち。
腰を下ろすと空間の保つ尺・寸の身体尺度が甦る
のか、みんな長居していた・・。
6畳間の畳床が抜けて、天井から今も裸電球が電灯
コード・スイッチとともにぶら下がっている。
六畳で三坪の世界、ちゃぶ台置いて一升瓶傍らに
お酒を飲んだ時もあったのだろうか。
床を抜いた吹き抜けには、見えない一坪(3・3㎡)
一升(1・8ℓ)が漂っている。
空白の吹抜けに漂う長い歴史の身体尺度。
身体の奥の何かが目覚めて、坐っていた人たちも
きっと一緒に、漂うモノに心身を任せていたのだ。
今は無い斉藤周さんの実家住居。
その家屋の記憶と共に、ある時代までの人間尺度が
時代を超え響き合っていた。

身体ひとつにも、積み重ねた時の記憶が埋もれている。
何もない白壁ひとつにも、重ねた記憶が沈んでいる。
時に一枚の絵画が、その記憶の扉を開くのだ。
天井が抜けた吹抜け。
それを繋ぐ梯子、階段。
剥き出しになった梁、屋根、家屋を支える太い梁木。
訪れた人の身体の記憶、受け入れた場所の構造の記憶が
呼気・吸気のように、埋もれた同時代の息を生んでいた。

斉藤周展「継ぎ」搬出一日後の、呟き・・・。

*宮腰麻子展「Je sais mon」-9月4日(火)-9日(日)
 am11時ーpm6時
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



[PR]

# by kakiten | 2018-08-28 14:09 | Comments(0)
2018年 08月 26日

斎藤周展「継ぎ」最終日ーシジフォス(27)

ひとりの表現者にとって節目ともなる展示が
最終日を迎える。
様々な世代の人たちが本当に切れ目なく訪れ
様々な感慨を保って帰って行く。
先ずはこの空間の吹抜けの非日常性に驚き、
そして身体感覚が言葉を越えて、何故か納得し
並べられた絵画作品と交響し、感応を抱いて
帰路に着く人が多い気がした。
課外授業の一環として大挙訪れたH高校現役の
若い世代の人たち、斉藤周さんの父上と同じ世代
の人たち、共に世代に関わらず今回展示の作品と
会場構造に驚き、納得しつつ帰ったように思えた
のだった。

私たちの日常は何時の間にか、尺・寸・坪、合
・升の身体・風土基準から産まれた人間尺度を
沈ませ、一坪は3・3平方m、一升は1・8Lと
ここの6畳間の床と同様、頭を吹き抜けにした
日常を生きている。
押し入れも床の間も構造を残したまま畳の床が消え、
吹抜けとなった空間に非日常を感じながらも、時間
とともに体に埋もれていた身体感覚が応答しだし、
ゆっくり寛いだりしていたのだ。
MとLの日常の底に、尺・寸、合・升の畳間、一升瓶
のような日常が横たわっている見えなくなった日常を
身体が直観しているからだ。
戦後コカ・コーラ世代以降の若い世代の人たちすら、
身体の奥のDNAが甦り、吹き抜けに足を投げ出し
寛いでいた。
斉藤周さんがメインとして今回描いた父上がアトリエ
兼住宅として建てた2階建ての木造住宅百号の油彩。
今は無いその家への想いが、この古民家構造の吹抜け
画廊空間と交響し、現在という日常を撃っている。
ニセコの山、もう一つの斉藤さんの父上の記憶・父の背
中を思わす絵画が、共に宙を舞い家を抱き交響している。
この会場空間は、どこかで訪れる人たちの心の奥の扉を
敲き、小さな記憶の底の扉を開いていたと思う。
小さな故郷・ランドを、今回斉藤周は自分の国・領土と
して作品に顕在化したと思う。

自らの小さな文化(カルチャー=耕土)をランドとして
踏み占め、一本の若木のように斉藤周の作品世界は開い
てゆくだろう。
見えない父の背中の空を、ノックするように・・・。

*斎藤周展「継ぎ」-8月26日(日)午後7時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

[PR]

# by kakiten | 2018-08-26 12:41 | Comments(0)
2018年 08月 24日

「継ぎ」展の中日ーシジフォス(26)

二週目木曜日は斉藤周さんのH高校生徒さん集合。
女生徒ばかりだった。
男女共学だと思うが・・・。
斎藤先生、学外授業の一環としてギャラリーでの
自分の作品を前に簡潔にその意義を話す。
その後私を紹介し、今回の展示について語る事を
招請する。
私は彼女たちが集まって来た時吹抜け2階に上がり、
こわーい、と言いながらもそれを楽しんでいる様子
を見て、日本人の身体尺として構成されている古い
家屋の構造を説明した。
その事を前提に2階吹き抜け縁に腰を下ろし足をぶら
ぶらさせながら聞いている彼女たちを見上げながら話
し出した。
1・8リットルが一升、3・3平方メートルが一坪と
本来の尺・寸、合・升の基準がこの建物には生きてい
る事そしてその寸法・尺度が体の中に生きている事を
2階に上がり、落ち着く気持ちで解ったでしょうと話
し始めた。
民族それぞれが固有の測定基準を持っている事。
それが今回展示の斉藤さんのお父さんが造ったアトリエ
兼住宅の構造にも生きていて、そこを生家として育った
斎藤さんは、父と家を再発見するかのように今回の展示
のメインとして今は無い家を描き上げたのだと話した。
それは懐古ではなく、自分という存在の足元・父と家と
いうランド(郷・里)の再構築なのだと続けた。
足元から自らのランドを再構築している行為は、決し
て懐古ではない。
今は無い住宅・アトリエのあった木造の住宅。
その百号の油彩の周りに小さな10号の絵画が跳んでいる。
父の背中を見詰めた幼少期のニセコ・比羅夫の山、そこにも
実家の家屋が跳んでいる。
斎藤周さんは、自分の世界の足元の土壌をこれらの絵画に
カルチヴェートするようにして表現し顕在化したのです、と
話を続けた。
故郷・故里というゾーンが喪われつつある現在。
表現者として自らのルーツ(根)、小さなランドを見詰める
事は、生きる事と深く関わる大切な行為だ。
若い女性の皆さん方にも共通するそれぞれの小さなランドを
これを機会に見詰めて欲しい、と話を閉じた。

上手く伝わったかどうかは解らないけれど、その後も2階に
上り”こわ~い”と下に降りることなく雀の巣のように喋って
いる様子を見て、なんともなく嬉しかった。
十数人の女生徒たちが次の課外授業先へ散った後、遅れて
ひとりの男子生徒が来た。
彼は美術部でもなく、ドラム奏者という。
斎藤周さん曰く、とても優れた演奏をするという。
絵画と会場にきっと音を感じようと、吹き抜け2階、1階
と耳を澄ましていたのかも知れない。
男の子の方が、ナイーブだなあ、と彼を見ていて思う。
絵の中の家屋と画廊の古民家と両方の木造家屋に、彼は音
・響きを探していたような気がした。
なにも話しかけなかったけど、30分以上一人で居た。

*斎藤周個展「継ぎ」ー8月26日(日)まで。
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



[PR]

# by kakiten | 2018-08-24 10:57 | Comments(0)