テンポラリー通信

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2017年 05月 18日

薫風・5月ー暗渠(25)

リラ冷え一転、初夏の暑さ。
光は強いが、陽の高さも天空中央に近づき入射角度が
浅く、思ったより会場の映写に影響を与えない。
吉増さんのモノローグの声が優しく響いている。
自然なのだ。
ふっと名前を呼ばれても、ああ画面の声だなあと、
馴染んでいる。
吉増さんから色鉛筆が届く。
好評の今回の色紙のようなフライヤーに酒井さん
と村上さんが少し加筆するように、との指示だ。
大判の真っ黒な厚手の紙に銀で「火ノ刺繍・・・」
が直筆凸版で浮かび上がっている。
裏には今回の展示情報と映像構成鈴木余位・花構
成村上仁美の文字が隅に。
残りの大きな余白にふたつの凸版の境が隠れている。
そこをフロッタージュするように擦って使う鉛筆。
それが送られて来たのだ。
フライヤーも一点づつがひとつの作品のようになっ
て渡される。
人に点彩が入魂して、火となる。
火ノ刺繍だなあ。

暑くなってきた。
夏の陽射しだ。
吉増剛造展二週目中日。

:吉増剛造展「火ノ刺繍乃ル=道」展ー5月28日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-18 14:46 | Comments(0)
2017年 05月 16日

リラ冷えな日ー暗渠(24)

寒気戻る中、吉増剛造展第二週に入る。
鈴木余位さんの映像、吉増さん自身のGOZOCINE
村上さんの薄いヴェールの丘、もうすっかりこの空間に
息付いている。
声が、音が、映像に映された吉増さんの怪物君の草稿が、
廊内に住み込み、光に空気に揺らいでいる。

 薄いヴェールの丘にたち、静かに"病い”を待っている

             (「花火の家の入口で」)

大友良英とのピットインでの競演で朗読される吉増さんの
詩の一節が何故か心に沁みる。
鈴木余位さんの大画面中央と砂丘中央に投影された砂粒が
揺れる小さなモニター画像が心臓の鼓動のように揺れて
空間に目の鼓動のような動きを与えている。
リラ冷えの静かな、ひと刻。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃ル=道」展ー5月28日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-05-16 15:45 | Comments(0)
2017年 05月 14日

時間差ー暗渠(23)

北欧のある都市でギャラリーや美術館の開館・閉館
時間が季節によって相違する話を聞いた。
現在展示中の吉増剛造展でもそれを適用すれば良か
ったなあと思う。
映像設定の鈴木余位さんも冬しかここに来ていない
ので、この時期一番日が長い事を計算していなかっ
たと思う。
北壁大画面が迫力を増すのは、やはり夕方以降の
時間帯である。
明るい時と暗くなる時の案配が、もう少し狭まって
も良いのだ。
開廊時間を午後2時、閉廊時間を9時でも良い気が
している。
北壁大画面の中央に設置された小モニター画面に
石狩来札浜の砂粒を顕微鏡レンズで水に揺れる様子
を早回しで撮影した画像は、中央の土の山頂点にも
同時に投影されているが、この心臓の鼓動のような
画面が明るい陽光の下では不分明なのである。
昼の光の存在感も良いのだが、同時に映像の際立つ
時間も見れた方がより展示の意図が伝わるからだ。
常時真っ暗で映像主体と偏るのでもなく、自然光の
土作品の存在感に偏るでもなく、両方を時間差で感
じて頂くには、開閉の時間を変えれば良かったと思
うのだ。

内容によって料(りょう)を量る。
一律にしてはいけない理(ことわり)がある。
料理だなあ、
勿論、量・利ではない理(ことわり)だ。
今日のように曇天・風雨の様な日には、昨日までの
五月晴れの日と違って自然の暗さが助けてくれる。
光と音が空間を創り変化してゆく。
そのそれぞれに宿る時間の推移に、映像・立体・声・
描画の時間が決して一律でない時空体に息付いている。
「火ノ刺繍乃ル=道」ー吉増剛造・鈴木余位・村上仁美。

心地よく飽きない時空間だ。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃ル=道」展ー5月28日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-14 13:33 | Comments(0)
2017年 05月 13日

ル=道ー暗渠(22)

吉増剛造展4日目、夕刻からの通院で酒井さんに
一時留守を頼む。
ちょうど小樽の橋本洋輔氏が来て、酒井さんと
話を繋ぐ。
私の留守中吉増さんから電話があった今朝聞く。
一作日夕札幌国際芸術祭の全体発表、記者会見に
臨席し翌日帰京する前だったらしい。
今日あらためて留守の詫びも兼ね本人に電話する。
記者会見では札幌で展示する今までの関わりを話
し、私の名前も出したよと云う。
1989年「界川遊行」のイヴェントから始まっ
た深く長い我々の交友。
それがまたひとつ札幌国際芸術祭の展示で結実
するだろう。
芸術祭に囲い込まれる訳でなく、これまでの生き
る表現の流れなのだ。
旧帝国大学という北海道大学の広大な敷地に潜在
する札幌扇状地の自然地形。
そこに見える自然身体としてのサッポロ。
札幌国際芸術祭という文化的社会イヴェントの中
で、如何に自然と社会の界(さかい)に風穴を抜
くか、が真摯に問われるのだ。
札幌という都市は、新幹線・オリンピック・芸
術祭と北のメガロポリス化を東京メガロポリス
と軌を一にしてある。
大都市圏(メガロポリス)帝国主義の今こそ、内な
る闘いは継続されなければならない。
「緑の運河エルムゾーンを守る」運動の内に、今回
の吉増展は位置づけられて、私にはある。

*吉増剛造展「火ノ刺繍のル=道」展ー5月28日まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-13 14:00 | Comments(0)
2017年 05月 11日

「火ノ刺繍乃ル=道」展二日目ー暗渠(21)

夕刻通院治療に行く前札幌国際芸術祭で来札中の
東京都現代美術館藪前さん、音響コーデネーター
牟田口景氏が吉増さんとともに来る。
芸術祭の吉増展会場には北大総合博物館が充てら
れるようだ。
「札幌緑の運河エルムゾーン」だなあと、談話室
に飾ってある2011年の冬このゾーンを歩いた
吉増さんと私の吉原洋一氏撮影の写真を示しなが
らその話をした。
地から湧いた水は川となり母なる海へと向かう。
そしてその極く一部が空に昇り雲となり雨と成
って地に戻る。
そうした自然の循環が生み出す地形。
その自然身体の視点を、北大総合博物館でも活かせ
ないないかと考えている。
人間社会の原理と自然原理の接点を界(さかい)
として吉増展は胎むべきである。
それが現在進行中の「怪物君」制作のトニカと
も思うからだ。
吉本隆明全集3・月報吉増剛造「沈黙の言語」の
冒頭に

   にんげんは再び穴居して
  かぎりなく視なければならぬ

吉本隆明の「日時計篇」からの二行が引用されている。
この<にんげん>とは、水や地形と同じ自然存在として
の<にんげん>であるだろう。
吉増剛造の「怪物君」表現の基底を為すものは。人間
社会と対峙する<イシカリ>に表象される自然身体の
表現展開と思えるからだ。
2012年「石狩河口/坐ル ふたたび」で始まった
「怪物君」の道。
3・11という自然大災害と原発事故という大きな
基底構造の亀裂の谷間から現在がある。
社会的構造にある人間、
自然存在のひとつとしてある<にんげん>。
肥大化し巨大化したメガロポリスー人間社会のひとつ
の原点を、1950年の吉本隆明「日時計篇」に重ねて
、吉増剛造は<穴居>している。
戦後近代日本、そして明治近代日本。
そのふたつの裾野を今全力で<視なければならぬ>
それが「怪物君」の基調低音・トニカなのだ。
大通りー植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地跡ー清華亭ー
北大構内と繋がる「緑の運河エルムゾーン」
その中に建つ近代構造建築北大総合博物館として
自然身体に触れて展示は為されねばならない。

+吉増剛造「火ノ刺繍乃ル=道」ー5月28日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-11 13:30 | Comments(0)
2017年 05月 10日

吉増剛造展初日ー暗渠(20)

鈴木余位さんの見事な映像処理・構成と、村上仁美さん
の3ヵ所の場から採集した土の山造形が、何とも言えぬ
空間を現出している。
映像は昨年暮れの新宿ピットインでの大友良英との
コラボレーション、さらに入口に展示してある怪物君
制作過程映像が流れ、そして石狩・来札の川辺で採集し
た砂石の微粒子映像が、正面中央に設置された釧路パシ
クル湿原の石、大野一雄の踊った来札の浜の砂土、自宅
札幌北ノ沢の庭土で構成された丘頂上にその上部から投
影されている。
この映像は北壁いっぱいの吉増ー大友の大画面中央に
小さくモニター画面に流れ、さらに砂のような細かい
土の山にも流れている。
快晴の昨日は朝・昼・晩陽射しの方向、日没後の照明
と時々刻々表情を変え見飽きない。
夕方東京から吉増さん本人が現れ。大いに感動していた。
そして今年3月職を辞し独立した村上さんの為に大きな
和紙を広げ「花人」と揮毫し祝ってくれる。
きっと生涯の生きる旗印となるだろう。
夜今まで関わった多くの友人たち、さらに今回大友良英
氏が統括する札幌国際芸術祭の吉増展関係者等が集まり
遅くまで歓談が続いた。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃ルー=道」展ー5月28日まで。
 月曜定休・am11時-pm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-10 13:43 | Comments(0)
2017年 05月 07日

「札幌少年記」{Ⅱ)ー暗渠(19)

「われわれの身体が、空間のなかにあるとか、時間の
なかにあるとかと、表現してはならない。われわれの
身体は、空間や時間に住み込むのである。」
(メルロー・ポンテイ「知覚の現象学」)

薩川益明「札幌少年記ー石狩街道」冒頭近くの引用だ。
この時、<空間>とは、時代・社会と自然・風土という
ふたつの基軸回路によって構成されると思える。
身体は、自然・風土環境と基軸回路を通じ、同時に時代
・社会環境とも基軸回路を通じている。
自然の荒々しい野生を開墾し、風土として緩衝地帯を創
り上げ、そのゾーンを故里と呼び故国とした時代社会環境。
その時代社会環境がもたらす様々な制約・恩恵。
自然・風土と時代・社会。
このふたつが取り巻く環境現象の内に、人は<住み込み>
生きる。
薩川益明さんの「札幌少年記」には、時代社会が、自然
風土と分かち難く住む人と共に息付いている。
尖鋭な都市構造という社会構造がまだ緩く、自然・風土
がまだ緩やに存した時代、人が<住み込む>だ狭間の空
間なのだ。

 ・・・何輛かが連結され、黄色く塗られた車体をもつ
 ガソリンカーが、何故かいつでも南から北へ私の追憶
 空間を、かなりの速さでかけぬけてゆく。
 過去と呼ぶには、けたたましすぎる、一種の活気に溢
 れた音響を残して。

 このあたり、創成川の西岸は道路になっており、東岸
 はそのぎりぎりまで、商家が建ち並んでいた。
 裏側から見ると、どんな家業の家も、その後ろ姿は似た
 ようなもので、手押しポンプがあったり、洗濯物がひる
 がえっていたり、季節にはたいへんな数の大根が干され
 ていたりした。
                  「石狩街道」から

すでにこのふたつの空間描写に、現代の尖鋭な時代社会の
予兆と喪失をみてとる事が出来る。
けたたましいガソリンカーに、新幹線・高速道路の現代が、
似たような後ろ姿の家屋に、現代の高層ビル群林立が想起
される。
消えたのは、手押しポンプ、洗濯物、干された大根という
水と野菜という自然・風土の風物。
同時にそこに住む等身大の人影も消えてゆく。
メガロポリス(大都市圏)ゾーンと化した現代の社会構造
は、進歩と発展の名の下、自然・風土という空間を希薄化
し、われわれの身体の<住み込む>時間・空間の空洞化も
増幅してきたと思える。


*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-05-07 16:35 | Comments(0)
2017年 05月 06日

薩川益明「札幌少年記」ー暗渠(18)

今年4月亡くなった薩川先生の資料を整理していて、
分厚い葉書・封書の束の内に連載エッセイ「札幌少年記」
3篇のコピーを見つけた。
「石狩街道」「自転車のこと」「カーネーション」
の3篇である。
読み返し、昭和初期の中島公園界隈、北十二条界隈
の人と風物が体温を保って脈打っているのを感じる。

 北大正門前を過ぎて、北十二条の停車場で電車を
 降りると、まっすぐ創成川に向かって4丁ばかり
 歩く。広い道路はしんかんとして、どういうわけか
 私たちのほかに歩行者の記憶はまったくないのだ。
 何本かの高いポプラと、両側のしもたやの、少し
 ケバ立った灰色の下見板と、おぼつかない足はこび
 で、私たちの前をよこぎってゆく、乳房の垂れた野良
 犬と。
 こうした、少し寂しげな界隈の雰囲気は創成川にかか
 る十二条橋に近づくと、にわかに生き生きとした賑や
 かさを取り戻す。
 <十二条の家>の前には、石狩街道が南北に走り、そ
 の両側には、蹄鉄屋や、馬具商や、おやき屋、雑貨店
 やが軒をつらね歩行者も多く、とにかく何かの音が絶
 えることなく交錯していた。

母の実家十二条の家を訪ねた時の記憶に残る風景である。
創成川の西側に沿って立ち並ぶ家屋の記憶、そして蹄鉄
屋のフイゴの火、馬の蹄の焼ける独特の匂い等が記され
ている。

「自転車のこと」は、父が初めて買ってくれた新品自転車、
まだその頃級友の内で、自分の自転車をもっている者は
数える程もいない時代で天にも昇るほど嬉しかった事。
それは実は家業の牛乳配達の為の自転車だった事。
そしてその自転車の使えない冬場の配達苦労、届け先や回
収瓶に見える世間がまとう様々な香りや匂いを幼いなりに
嗅ぎ分けられるようになったと書いている。

「カーネーション」は、中島公園(中島遊園地)界隈の
生家筋向かい活動写真弁士の家の子守トシちゃんがくれた
極彩色のカードの想い出。
その内の一枚<カーネーション>の姿に激しく心撃たれた
記憶を記している。

 ・・或いはあの時子守のトシちゃんがくれた絵札の<カー
 ネーション>を通じて、抽象的な感受性というものが、花
 の姿に肉化されて、私のうちに宿ったのかも知れないと
 いまにして思う。  

<小地主、市役所の吏員、列車の機関手、活動写真の弁士、
呉服の行商、交番のおまわり、生花の師匠などが私の幼友達
の親のなりわいであった>という界隈で、時に隣で花札賭博
中の男たちが取り締まりから逃げ込んでくる事もあった。
そんな中で未知の花{カーネーション)は、<なんとも説明
しようのない切ない情感が、その花みずからの色に染め上げる
魔力をもっていた>と記している。

この3篇の文章には、かっての札幌のある界隈の感性の土壌
となった風景がみえてくる。
それは「石狩街道」冒頭の

 <空間>とは、もっと本質的に私たち人間の生活とかかわり、
  私たちそれぞれの肉体によって住まわれた、血の通う、具
 体的ななにものかでなければならない。

という言葉に収斂される。
このように自身の育った小さな界隈を故郷として語れる人は今
どれ程いるのだろうか。

*吉増剛造展「火の刺繍乃道(ルー)」ー5月9日{火)ー28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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# by kakiten | 2017-05-06 18:31 | Comments(0)
2017年 05月 03日

ナイーブハズバンドー暗渠(17)

としおという名前。
八木保次・伸子展でおふたりのアトリエ兼住宅が
誰も居なくなって空き家となっていたので、ご遺族
の了解の下風情ある表札を頂いた。
竹素材の表札に3人の名前が彫ってある。
八木敏 保次 伸子。
敏さんとはこの家を建てた保次さんのお母様である。
華道家で号を一紅女という俳人でもあり、その教授で
生計を立て保次さんも育てた女丈夫の美しい方だった。
ざっくりと粋できりっとした色気が80歳近くでもあ
った方である。
まだ私が20代の頃家業を継ぎなにかの新年会の帰路
一緒に大通り公園を歩いていて、ふっと敏さんの手が
伸び私の手を握った。
手を繋いで歩いたのだ。
祖母程の年齢でもあり、少し照れながらも何かほんわか
した良い気持ちがした。
すれ違う人たちがみんな微笑んで見ているのが分かった。
祖母と孫の微笑ましい姿に思えたのだろう。
今回の八木保次・伸子展で、札幌芸術の森美術館での
八木保次・伸子展のポスターを展示したコーナーに
その表札も併せて添えた。
そして改めて八木敏と彫られた表札の文字に私の敏夫
という名の由来を見たような気がした。
祖父の代からのお得意さんだった八木敏さん。
その密かな感謝と敬愛が敏の夫という名付けになった
のではないかという妄想である。
遠い明治の私の祖父と同じ明治の敏さんを思ったのだ。

敏夫という文字を説明する時、わざと英語でナイーブ
ハズバンドなどと云う事がある。
これが意外と受けて、高臣大介さんなどはわざわざ赤字
で大きく描きからかってきた。
そんな経緯もあって<敏>の文字に敏感な私がいた。
それが今回の展示中八木家の表札を見ていて、遠い札幌
の祖父の時代と共に、孫の名前に籠められた想いも感じ
ていた気がするのだ。
因みに父も私も敏さんは、ちゃん付けで呼んでいた。
保次・伸子さんの作品とはまた別の、札幌110年老舗
の遠い人と人の流れである。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)
 映像構成 鈴木余位・花構成 村上仁美
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月20日{土)午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-03 12:57 | Comments(0)
2017年 04月 30日

喪失して根を降ろすー暗渠(16)

没後6年目の八木保次・伸子展。
今年は取り分け喪失が存在感を保つ年だった。
会期中懐かしい人の訃報が続いた。
薩川益明先生、画家花田和治さん、友人玉本猛夫人恵子
さん。
そしてなによりも6年前相次いで亡くなった八木夫妻
の今回の展示作品の存在感だ。
人には喪われて、なお根を張る存在がある。
遺された作品と同じように、人の生の髄骨にも身体の喪失
が気付かせてくれるもうひとつの蒼空がある。
生きた時間の心の呼吸が脈打つている時空だ。
作品にはそれが色彩・風景として純粋に息付いているが、
残された者には死者の記憶が、喪失を再構成するように、
かの人生の蒼空が根を降ろす。
喪失という死の結界がひとつの作品のように、かの人生
を凝縮し縁取るからだ。

北の桜の便りも聞こえだしたこの時季。
八木保次の桜吹雪とも夜桜とも見える乱舞する抽象大作。
八木伸子の新緑の夢「札幌大通り リラの季節」
今回展示されたこの2点には喪われた札幌の風物が根付
いて、在る。
長い冬の後の百花繚乱花祭り、そして新緑の都市風景。
その中を駆け抜けた人生の深い夢。
残された者にその夢の髄身が脈拍し蘇るのだ。

喪失と再生が大きなテーマである吉増剛造展「火ノ刺繍
乃道(ルー)」が5月始まる。
明治・昭和と二度にわたる大きな喪失を経験した近代日本。
その契機とも成った吉増剛造の2011年3月11日以降
の6回に渡る「怪物君」への展示。
その集大成の先触れ7年目の「火ノ刺繍乃道(ルー)」展
は、正に喪失と再生の深い時代への裾野を胎んでいる。
喪失を閉じる懐古とせず、再生の開かれた記憶として共に
生きる試行の展示なのだ。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)
 :映像構成・鈴木余位 花・村上仁美
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月20日{土)午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-04-30 14:50 | Comments(0)