テンポラリー通信

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2017年 04月 06日

春の彩(いろ)ー暗渠(1)

八木さんの遺族高橋均さんから連絡があった。
八木伸子さんの姪にあたるお母様が亡くなられたと言う。
遅れていた八木作品選んで明日こちらへ。
母上の死後ご多忙中申し訳ない気がする。
ほぼ毎年この時期に催しているふたりの展示。
追悼の意味もあるが、私の家に遺されていたふたりの絵画
おふたりの死後この2点に触発されたのが一番大きな理由
である。
生前保次さんは抽象、伸子さんは具象と分けられていたが、
そんな事はない。
ふたりが追求したのは札幌の色彩・彩(いろ)だったと
感じたのだ。
だからおふたりの命日に近いこの時期に所蔵するふたりの
色彩・黄と緑の燃えるような彩を基点に、私の知る範囲で
ふたりの作品を所有している人たちに呼びかけ展示を試み
ている。
これまでご遺族の高橋さん、そして友人の小杉山竜一、
平川勝洋の両君が参加してくれた。
かって本屋さんにギャラリーを開いていた小杉山さんは
多くの八木夫妻の絵画を所有していて、その内の何点か
をこれまで展示している。
さらに高橋さんは夫妻の遺された作品を管理し保管して
おられるので、今だ未見の作品が展示される。
今回はお母様への追悼の想いも交えて選ばれると想う。
萌えるような黄と緑の八木保次・八木伸子の彩(いろ)。
これを基調低音にふたりを愛するそれぞれの絵画所有者
がこの短い春の夏の始まりを唱和したい。
そんな気持ちで続けているのだ。

*彩・八木保次・伸子展ー4月11日ー23日
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-04-06 13:19 | Comments(0)
2017年 04月 02日

春という浮き世ー湿地帯(30)

まだ見ていないが、SNSで福寿草の写真が見ら
れるようになってきた。
古いアイヌの人たちが考えた一年は、冬の年・夏
の年という数え方をしたらしいという。
*知里真志保「地名アイヌ語小辞典」
春と秋は夏の年に含まれ、春は夏の年の初め
秋は夏の年の終りである、とも記している。
春秋はふたつの年の境に広がる朧なる界(さかい)
・浮き世と思える記載だ。
私は実感としてこの考えが好きだ。
それは学生時代最初に東京で感じた春の印象に拠る。
春が長い。
梅・桃・桜と春がゆったりと流れている。
それまでの春は、待ち遠しく待つ時の方が長く、それ
は雪融けの汚れた雪道とともにある。
そして桜の開花と共に百花繚乱の夏の年が来る。
この淡く短い冬と夏の界(さかい)のような春を、色
彩で意識させるのは、腐れ雪の汚れた土を割って咲く
福寿草の花の燃える黄彩だ。
札幌の春を象徴する喜の黄彩(きいろ)だ。
モノトーンのグレーの冬世界を割く黄金の黄。
正に冬の終わり、夏の始まりを告げるふたつの界
(さかい)の浮き世の花である。

春とは、微かな気温の変化に期待を込め暖かさを待ち
望む待機の時間が大半だ。
そしてそこに福寿草の喜・黄の花が頂点のように在る。
梅を愛で、桃を愛で、桜を愛でる長い春は此処には無い。
先人古アイヌ民族が考えた冬の年・夏の年という考え方
は、この地の自然と生活に根差した確かな感覚と思う。
見えない界(さかい)の間(あわい)は、空気や光、水
のように、札幌の春という衣装を纏っている。
この自然に根差した源感覚を電気人工エネルギーや東京
カブレの風俗に浸食されてはならない。
そう思う。

*彩・八木保次・伸子展ー4月初旬予定(ご遺族の方逝去により遅延)
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-04-02 15:32 | Comments(0)
2017年 03月 31日

作品の移住ー湿地帯(29)

写真家のT氏が台湾のアートフェアーから帰国し来る。
展示した作品図録を含めすべて売れたという。
その話を聞いて昨年13年ぶりにここで個展をした京都
在住のK君が今年ドイツで作品すべて売れたという話を
思い出した。
作品には作品が根付く国がある。
ふたりはそんな国を見つけたのだという気がした。

T氏の作品は8ミリフィルムのワンシーンを定着した
淡く朦朧とした画調の写真作品である。
しかしその切り抜く構成は剛直で明晰な力を秘めている。
この作品の二重の秘めた魅力が台湾人の心を捉えたと思う。
中国大陸から南海の小さな島に移住した中国民族の小国。
その国の人々の心の底にある遠い故国への深い望郷。
その心の底の二重性にT氏の作品の朦朧とした現実風景と
秘められた確固たる心的構造性が共鳴したのではないか、と
感じたのだ。
一方K君の絵画作品は、超リアルな写真とも見間違うような
日常風景描写を特徴としている。
そこに札幌から京都へ移住した影響か曽我簫白の浮世絵の人
物が出現する洒脱な画となっている。
欧米的な日常のワインやキャンドル、トースト等の食卓風景
に着物姿の浮世絵風の人物が跋扈するのだ。
ドイツの人にはワイン、キャンドル等は伝統的日常の風景
であるから、そこに非日常な異国風体の人物が跋扈する
非日常に何を魅力として感じたのだろうか。
そこにはEUの危機を始めとする過去の大戦記憶等が潜んで
いる日常・非日常の二重性現状が透けて見える気がする。
ふたりの作品がふたつの国で受け入れられた背景には、ふたり
の作品が保つ秘めた二重の日常性の本質が居場所を得たから
と思われるのだ。
TとKの作品には全く相似性はない。
Tの写真作品は一件朦朧とした幻想的な画調である。
一方Kの絵画は写真と見紛うような超写実的な絵画である。
ただそこに共通するものがあるとすれば、共に表面にある
特徴とは正反対の非常に意志的な構成力・日常を見据える
冷静さ、諧謔性が秘められている事だ。
台湾の人にはT氏の作品の秘められた剛の精神が、ドイツ
の人たちにはK君の洒脱な諧謔の精神が、ふたりの二重性
を秘めた表現がどこかで共鳴し根付いたに違いない。
ここで昨年末3点しか動かなかったK君の作品がドイツで
完売し、ここで売れた事のないT氏の作品画が台湾で完売
した事に、逆に日本という国の暢気さをある種強かに感じ
ているのだ。
僅々百年余の二度の近代化という日本の欧米日常。
それが当たり前の日常風景となって、そこに開国・敗戦と
いう二度の非日常は見えなくなっている。
そして伝統的な歴史風景も日常から遠い淡い物と成っている。
欧米近代化日常の、本当は脆く淡い実体すら見えてもいない
現実がある。
そうした土壌に二人の作品は根付かず、遠い異国にその
根付く土壌がある。
これこそが本当の作品による国際化ではないだろうか。
オモテナシのホスト国家の脳天気の楽天性などに真の国際化
などは望むべき筈もない。

*彩ー八木保次・伸子展ー4月初旬予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-31 15:16 | Comments(0)
2017年 03月 28日

札幌の彩(いろ)ー湿地帯(28)

春の気配がしてきた。
もう何処かで福寿草は咲いただろうか。
固い氷雪を割って腐れ雪の間から、燃える喜・
黄の花。
そしてフキノトウの緑が揺れる山裾・雪原。
山の斜面も雪が沈み、黒い森の樹肌が林立する。
樹間にキタコブシの梢、白い花が光る。
白い世界に陰影が刻まれ、冬の終わりがくる。
やがて百花繚乱・色彩の夏の始まる、
この冬の年・夏の年の境界こそが札幌の短い春。

八木保次・伸子さんの追悼の季節がやって来た。
2012年2月相次いで亡くなられた八木保次
・伸子夫妻。
この札幌生まれの稀有な夫婦画家が、東京池袋から
札幌に帰ったのは1970年代後半。
ここから札幌の彩(いろ)がふたりの画業の大きな
中心としてあるのだ。
八木伸子さんの描く白は、1年の半分を覆う冬の色だ。
保次さんの描く色彩は、冬の年を超え夏の年の保つ激し
い自然の色彩乱舞を思わせる。

白黒と百花繚乱の境目のようなこの時、毎年ふたりの
追悼展を催している。
私の家が所蔵していた2点のふたりの絵。
それは伸子さんの福寿草のような黄色、そして保次さん
のフキノトウのような緑色の絵画だ。
そこに私の友人達が所蔵している小さなコレクションと
遺族の方の収蔵品を持ち寄り毎年開く。
ふたりに捧げる基点には、いつも北の春の光彩、夏の年と
冬の年の境界(さかい)の色彩ー黄と緑のふたりの作品が
輝く灯明のようにある。

*追悼・八木保次・伸子展「サッポロの彩(いろ)」ー4月4日ー16日

テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-28 16:10 | Comments(0)
2017年 03月 25日

滲め雪ー湿地帯(27)

霰が降ったり、湿め雪が舞ったり、道は湿地帯。
漏れる陽射しに近づく春も感じるが、身体に感じ
る春はまだまだ遠い。

透析の通院もあり雪道もあって、自転車に乗らず
地下鉄や地下街を利用する事が多い。
その中で電気エネルギーに依存した日常を時々考える。
一度自宅の電気が切られた事があった。
夜遅く帰って暗い室内に電気のスイッチを入れても
灯りが点かない。
真っ暗で温風ストーブも点かない。
玄関のドアーに給電停止の請求書があった。
遅いのでその日はそのまま就寝し、翌朝早く近くの
コンビニで支払い、指示された電力会社に電話する。
コンビニの支払場所をレシートに表示された番号を
伝えると、直ちに灯りが戻り、全てが動き出した。
マンションの一室がピンポイントで管理されている。
熱も光も音も食料庫も・・・。
個人生活、社会生活も電気エネルギーが管理している事
は間違いない。
電車、地下鉄、エスカレーター、エレヴェーター、
交通媒体も電気を抜きに全ては成り立たない。
さらに様々な情報媒体、食料管理も家庭の冷蔵庫やTV、
電話等もすべて電気エネルギーに依存してある。
その電気エネルギーを産む燃料は石炭・石油・原子力
の消費で購われている。
それら自然資源から得た巨大な力を人は利用し操作して、
豊かにもなったが同時に恐ろしい喪失と背中合わせに生
きている。
ビルの中、地下街、地下歩道、電気が消えた街は真っ暗
闇の世界だ。

電気の無い夜の部屋で、物置の奥から出した旧式の温風
の出ないストーブに火を付けた。
その赤い炎を見ながら、思った事である。
個室も都市も、人為的3・11とは背中合わせの日常だ。

*追悼・八木保次・伸子展「さっぽろの彩(いろ)」ー4月4日ー16日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-25 15:31 | Comments(0)
2017年 03月 24日

心の踵(かかと)ー湿地帯(26)

それぞれ旅立ちの3人が集まった。
今日朝ベルリンに帰国の谷口顕一郎さん、4月1日
九州大学入学で旅立つ野崎翼君、そして札幌で新た
な作品活動を展開している瀬川葉子さんの3人だ。
世代も作品領域も違う3人が何故か共通する心がある。
凹み彫刻谷口さんの作品の折りの考え方、雑紙を美し
い曼荼羅作品に仕立てる瀬川さん、そして折り紙を
巧緻な造形作品にする野崎君。
この野崎君の才能に最初に注目したのは谷口さんで、
優秀な若者がいるよ、と私に告げたのだ。
その野崎君を瀬川さんに紹介し作品を見て仰天した
瀬川さん。
その昨年の展示を野崎君が見に行き、3人の接点が
生まれた。
さらに谷口さんは以前ここで展示した瀬川さんの作品
に触発されその作品を購入し、自らの彫刻の素材とし
て新たな彫刻を創ったのだ。
その作品を見た瀬川さんが感激しそれを購入すると
いう交感過程もあったのだ。
九州・ドイツへと旅立つ谷口、野崎君に瀬川さんを
加えて、ささやかな見送りの夕を昨日午後開いた。
それぞれ誰が言うのでもなく、各自作品を持ち寄り、
鑑賞しながら、会話が弾んだ。
そしてそれぞれの生活の根の話、その中で創作する
心の踵(かかと)のような生の歩み。
そこに性別もそれぞれの生活の相違も年齢も超えた
キラキラした汗のようなものが溢れ、波打っていた。
これから九州大学へ進学する野崎君も、育児・家事
を抱える瀬川さんも、異国で作品活動を続ける谷口
さんもすべて有りの儘語り、苦労は苦労とし、なお
かつ共通する創る喜びを伸び伸びと発語し嬉しそう
だった。

別れの前の束の間の小さな宴。
ゆったりと3人の心の踵(かかと)・美しい軸足が
走っていた。

*追悼八木保次・伸子「札幌の彩(いろ)」ー4月4日ー16日
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-24 15:00 | Comments(0)
2017年 03月 23日

踵(かかと)を問う時ー湿地帯(25)

朝から流れる国会中継を見ながら、証人喚問の人物に
トランプ米大統領となにか似た匂いを感じていた。
アメリカ イズ ファーストと瑞穂の国というふたり
の理念的なものの言い方にもある共通性を感じる。
原発を開発し他国に売り込んだアメリカ。
その原発を安全神話で普及させ海外輸出までし、今日
の東芝の危機を招き、同時に瑞穂の森を山を海を汚染
している日本。
そんな国の理念的美化と現実とが思想的に対峙する事
なく共存している点だ。
踵(かかと)と爪先がバラバラのような、踵の理念的
美化、空洞化が浮き足だって見える。
United States of America
合衆国と訳された<合衆>とは、移民の国を顕す
<united>であり、<of>の筈だ。
そして多くの移民・民族の一つの民族に偏らない共通
の夢としてアメリカンドリーム(自由・平等・博愛)
の精神がある筈だ。
その人類の夢でもある人種・民族を超えた国・世界造
りが、一国国家主義へと<united>も<of>
も変質しつつある。
<瑞穂の国>も恵まれた美しい自然の山野、川海を顕す
理念の筈だが、今放射能汚染で喪失しつつある福島の
原発事故状況を考えれば、今までの原発推進と今に至っ
てなお再稼働を進める状況を見れば、ここでも理念は
瑞穂の国とは逆の方向に偏りつつある。
目先の爪先の視線と軸の踵(かかと)の拠点がずれた
まま浮き足立っているのだ。
このズレを強引に卷引するものは、非常に権力的な志向
を伴うと思われる。
この臭いの拡がりは、蟻の1穴のように日常にも感じる。
爪先立って前へと転倒を免れようとし、さらに浮き足
立つ爪先・目先に奔る現実が見えてくる。

*追悼・八木保次・伸子「サッポロの彩(いろ)」ー4月4日
 ー16日
*吉増剛造展ー「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-23 19:13 | Comments(0)
2017年 03月 21日

<爪先・踵>考ー湿地帯(24)

ほぼ同時に送られてきた3人のDVD、本内容予告、詩集
を見ながら、共通する今を思っていた。
小林重予さんのDVD「心の庭で 言の葉を囁く」は、
自然・生物・人に接する柔らかで愛に満ちた基本姿勢が
深く感じられる内容である。
彼女の造形作品とはまたひと味違う二人の優れた散文朗読
者によって、彼女の肉声が伝わってくるようだ。
冬眠する熊の話や甘栗が好物の祖母の話などは、特にユー
モアに満ちていながら現代社会を鋭く撃つ。
朗読される11編全ての話にそうした現実社会への彼女の
立ち位置が踵のように確かなのだ。

吉増剛造さんの新刊「火ノ刺繍」(響文社刊)は、副題に
2008-2016と表示されている。
しかしその大半は2011年を基点とした3・11以降の
対話15回・詩・論・エッセイそして吉原洋一氏による
2011年2月ー2012年2月までの吉増剛造を各地で
撮った写真で構成されている。
2011年12月から始まった「石狩河口/坐る ふたたび」
展を基本底流とする「怪物君」に至る現在までの吉増剛造の
精力的な軌跡が網羅されている。
3・11以降を今生きる詩人のラデイカルな精神の踵(かかと
)を刻むような本となるだろう。

桑名正和さんこと白島真の詩集「死水晶」(七月堂刊)は、
1974年から2016年まで書き記した詩を一冊に纏め
人生の軌跡そのもののような詩集である。
特に長文の歌人福島泰樹の後書きが、桑名さんとの交流を
通して福島自身の短歌絶叫活動とも重なりある時代とその
高揚が脈打つように躍動し熱く書かれていて印象的だ。
東京で生まれ長じて札幌で会社を興し今は岐阜に住む彼の
心の踵(かかと)そのもののような詩集である。

3人3様の心の踵。
それは時代を生きる心の爪先が、精神の踵(かかと)を構築
し時代の地に足を根差す果敢なる記録のように思える。
踵(かかと)は根であり拠点であって、爪先は視線でもある。
3人の視線と拠点が、交流した人・時代・社会を通して今と
いう時代を深く照射し歩いている。

*八木保次・伸子追悼「サッポロの彩(いろ)」ー4月4日ー16日
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-21 15:14 | Comments(0)
2017年 03月 19日

3っの軸足ー湿地帯(23)

相次いで3人の今、軸足のように感じる、本予告、DVD
、詩集が送られて来た。
一つは小林重予さんの絵画とその前で語られる童話のよう
な物語朗読の映像。
もうひとつは8月発刊予定の吉増剛造さんの「火ノ刺繍」
の予告内容フライヤー。
そして今は岐阜市に住む盟友桑名正和さんの17歳から書
きためた全詩篇を収めた詩集。
それぞれが今を生きる踵(かかと)の時間を顕している。
小林さんのDVDは、ふたりの元女子アナが交互に小林
さんの絵画の前で文を朗読し聞かせるというイヴェント
の収録画像だ。
自然・生物に対する小林さんの基本的立ち位置が、紙芝居
でも見るように絶妙のふたりの語りで綴られている。
この語りを音だけで聞いていても、心地よい。
吉増さんの本「火ノ刺繍」は、3・11以降の自らの生の
原点を問うた2011年一年間の記録写真・対話・詩等を
収めたものである。
この本のタイトルともなる展示はすでにテンポラリーで
延びつつも5月に予定されている。
この6年間の集大成とも言える展示であり、本と思う。
桑名さんの詩集は17歳から折々に書き続けた詩の集大成
詩集である。
齢60歳を過ぎて人生を総括するかのように、生きてきた
全時間の軸足を見据えている。

三者三様の生への踵(かかと)の視線が、深く心に響く。
自然・時代・人生と過去現在に渡るそれぞれのラデイカルな
交震が深い深度を保って伝わって来る。

*八木保次・伸子追悼「サッポロの彩(いろ)」ー4月4日ー16日
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-19 14:31 | Comments(0)
2017年 03月 15日

春めいて・・・-湿地帯(22)

青空が続いて雪融けが進んでいる。
ニューヨークを始め季節外れの大雪の処もあるという。
でも大きくは間違いなく春へと季節は進む。

岩手の菅沼ロクさんの便り。
萬鉄五郎美術館で吉増剛造さんに会ったという。
写真が添付されていた。
写真私に送って、と伝言し風のように去っていった
とロクさんが書いている。
今年春・秋の展示予定の巨匠ふたり。
なにかほのぼのとするふたり出会いの便りだ。

時と場所を超えて人と人が繋がる。
春のこれから咲く花、和らぐ樹、草もまた、冬を
越えて繋がる徴(しるし)なのだろう。
♪この道は~、と、ぽっと、ホッと時の花が咲く
ような時間が良い。
ゆっくりだが確かな開かれる時間が良い。
伏流水のような見えない時間も含めてその時が良い。
封印ではなく、蕾の固い抱擁。
ある光とともに開く。
それは、封印の為の封印ではない。
閉じつつも開く為にある時。
そんな美しい季節がまたやって来る。

人間は封印に多くの時間を掛け知恵と技術を使い
もするが、自然が静かにゆっくり唄っている事も
知っている。

 この道はいつか来た道
 ああ、そうだよ
 あかしやの花が咲いてる

*八木保次・伸子展「春の色」ー4月予定
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月初旬~

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-03-15 15:08 | Comments(0)