テンポラリー通信

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2017年 09月 24日

「ことばの上を打つ音」ー最前列にして最後尾(7)

今福龍太の「ここではない場所」(2001年岩波書店刊)
の吉増剛造に関する一文に「耳を澄ます・・・」という
名文がある。

この日常の言葉が吉増剛造によって書きとめられると、すでに
それは特異な律動と音色のなかを飛翔することばとなって私の
周囲をめぐりはじめる。耳を澄ませる方角の彼方には声や物音
だけではない。湿気や風向きや、空気の動揺や、色の輝かしい
氾濫といったものさえもがちりばめられるように存在していて
、それらすべて、吉増剛造の耳の繊細なセンサーへと収斂する
ように吸い寄せられてゆく。・・・・
吉増剛造にとっての「耳を澄ます」とは、周囲の物音や気配を
自らのかたわらに引き寄せることによって自分の「心の形」を
つかみだす、もっとも原初的な詩的探求の行為にほかならない
ことが了解されてくる。

この優れた吉増論はすでに2013年から始まった「怪物君」
の仕事を予感していると思う。
<耳を澄ませる方角の彼方には声や物音だけではない。湿気や
風向きや、空気の動揺や、色の輝かしい氾濫といったものさえ
もがちりばめられるように存在していて>
という指摘は「怪物君」の草稿行為そしてその行為を撮るGO
ZOCINEそのものに凝縮されるようだ。
23年ぶりの「石狩シーツ」誕生の地でふたたびの朗読行為
を終え、11月栃木・足利美術館個展、12月空間現代ととも
にポンピトーを皮切りに欧州・英国ツアーが始まるという。

空間現代の音響とともに、<耳を澄ます><もっとも原初的な
詩的探求行為>の旅は始まっている。
「石狩シーツ」の先へーふたたび胎動している。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 am12時ーpm7時(火・木・土・日)
 am12時ーpm4時{水・金)・月曜定休・
*菅沼緑展ー10月17日ー29日
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日
*鈴木余位+村上仁美展「ふたたび、花、傍らに」ー11月16日(木)~

テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503



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# by kakiten | 2017-09-24 13:46 | Comments(0)
2017年 09月 23日

六年前11月のブログー最前列にして最後尾(6)

6年前2011年11月の吉増剛造展「石狩シーツ」に関する
テンポラリー通信を読み返していた。
11月から12月末まで、前期「石狩河口/坐ル」後期「石狩
河口/坐ル ふたたび」の展示記録である。
「石狩河口/坐ル ふたたび」展は今に続く「怪物君」SIAF
の吉増展の出発展である。
その原点として1994年「石狩シーツ」誕生時の記録を前期
では詳細に展示し感想を記している。
2011年3・11を経験して、17年の歳月を遡上し「石狩
シーツ」という詩篇が、ふたたび立ち上げってくる。
それが今SIAFの北大総合博物館会場で蘇り実っている。
その深い意味を、あらためて6年前のブログを読み返し、心に
深く刻まれるものを感じているのだ。
2011年からさらに17年遡った1994年の記録を展示した
6年前の<・・・ふたたび>の始まり。
失意と閉塞のブラジル滞在を2年で切り上げ帰国した詩人の孤独
な闘いは23年前に始まっていたのだ。
そして2011・3・11に啓示を受けるように、もうひとつの
闘いが始まっている。
恐らくブラジル日系社会で感受したであろう、明治後の近代化で
移民した人たちが、昭和中期の国粋・国家主義に犯される事なく
地球の裏側で保たれていた故国の精神(こころ)の純度。
その時現代詩人としての葛藤が、明治以降の近代と向き合い、敗戦
後の戦後近代と向きあう現在の吉増剛造の<ふたたび>の現在を
今に至らしめているのだ。
ブラジルで見た明治近代化に対峙する日本の原像。
2011年3月11日に見た戦後近代日本の実像。
このふたつの近代化に対峙する根の根源に吉増剛造は、大野一雄
と吉本隆明の存在を「大病院脇に聳え立つ一本の巨樹」のように
見ている。
この軌跡は一詩人だけの軌跡ではない。
私たちが普遍的に抱え込んでいる現在の基底に横たわっている
同時代の井戸の湧水だ。

ランドとしての故国は帝国圏構造に破綻し、戦後現在は大都市圏
主体のメガロポリス構造へ進み3・11に破綻の兆しを見せだして
いる。
「石狩シーツ」はそうした吉増剛造の奪還の基調低音(トニカ)
として、今も在ると思う。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 火・木・土・日ーam12時ーpm7時
 水・金ーam12時ーpm4時
 月曜定休。
*菅沼碧展ー10月17日ー29日
*ホピ・カチーナドール展ー10月31日ー11月5日
*鈴木余位+村上仁美展ー11月16日(木)~12月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-09-23 18:18 | Comments(0)
2017年 09月 21日

三岸と大友ー最前列にして最後尾(5)

三岸好太郎美術館の大友良英アーカイブ展を見て、
同館の三岸作品をこんなに近く感じた事はなかった。
札幌薄野生まれの三岸と大友が何故だろう。
タイトルの「お月さままで飛んでいく音 大友良英
アーカイブ+飛ビ出ス事ハ自由ダ 三岸好太郎」に
共通する<飛ぶ>がキーワードと思う。
三岸は晩年抽象画へ大友はノイズミュージックと音
の抽象へと<飛ぶ>・・・。
生きている時代環境は違えども、東北・北海道の
最後尾から時代の最先端へ飛ぶ表現モダニズムの
飛翔力。
その力がふたりには共通し共感しあうなにかを引き
寄せている。
敗戦を挟んだ昭和前半までの近代力、昭和後半の近代力。
その力がふたりの磁場に響きあっている。

琴似の語源コッネイ<kot{窪み)ーne(になって
いるーi{処)>に湧く泉。
その山側にあったというキムクシメムは正に現在の
三岸好太郎美術館の位置にある。
そして今の植物園に湧いたというピシクシメムとは、
兄弟のように似たメムであったという。
そしてこの二つの泉から湧き出た川は、ひとつになり
コトニ川本流を形成する。
そんなふたつの凹地に湧く泉のように、三岸と大友の
湧く力、飛ぶ力が東北・北海道という窪地から湧いて、
飛んで、かつ時代を跨ぎ共演している気がした。
時代で、ジャンルで、新旧で、故郷で、分断・分別され
ない<飛ビ出ス>力。
それがふたりの創造の泉力だろうか・・。
日本の近代も捨てたモンじゃない。
三岸さん、大友さん、サッポロでありがとう・・・。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 火・木・土・日am12時ーpm7時。
 水・am12時ーpm4時。金・am11時ー4時。
 月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-09-21 17:40 | Comments(0)
2017年 09月 20日

俊カフエー最前列にして最後尾(4)

過日夕刻谷川俊太郎の本を集めカフェにしている
俊カフエに行って来た。
この店を立ち上げた古川奈央さんは昔世話になった
古川善盛さんの次女の方である。
長女の糸央さんは人形作家で円山時代ギャラリー
で何度も展覧会を開いていた。
善盛さんは雑誌編集者であり、タコ部屋の当事者
の記録「実録 土工・玉吉 タコ部屋半生記」など
のドキュメント本、そして詩の村同人として詩集も
出版していた方である。
また私の高校時代の恩師薩川益明さんとも親しく、
薩川先生と再会したのも古川さんの詩集出版記念
の席であった。
そんな縁もあり何度かお会いした奈央さんのお店
に伺ったのだ。
初めて行く俊カフエは、なんと20代の頃年に一度
訪れた鶴岡学園栄養短大学長室のあった古い洋館で
はないか・・・!。
当時の学長鶴岡トシさんは、華道の師匠でもあり、
短大入学者全員に華道を必須科目として授業に採
り入れていた。
その関係で私の祖父の代からの家業花器・華道具
も教科書と同じ扱いで生徒用に華道具一式を入学式
時納入していたのである。
その報告に年に一度学長室へ挨拶に行っていたのだ。
その懐かしい鶴岡学園の建物のほぼ学長室の在った
処に、俊カフエがあった。
ギシギシ鳴る木の床、階段。
そして2階に谷川俊太郎関連の本が、詩集が沢山配置
された店が拡がる。
善盛さんのお葬式以来だろうか、奈央さんがエプロン
姿で立っていた。
お父さんの血だろうか、タウン誌の編集者から詩人谷
川俊太郎の本の店へ。
席に座り、色んな話を聞きながらそう思っていた。
吉本隆明が戦後詩人論の中で、プロフエッショナル
と呼べる詩人は3人いると挙げたのは田村隆一・谷川
俊太郎・吉増剛造だ。
田村隆一はすでに故人で、残りふたりの最前線基地
が、札幌に出来ている気がふっとした。
鶴岡先生ー古川善盛さんー奈央さんと札幌の歴史が
吉増ー谷川のふたりの詩人で、また繋がった気がする。
民間の古い古民家、民間の古い学園洋館で。
吉増剛造さんと谷川俊太郎の対談の載った雑誌もある
のですよ、と奈央さんが見せてくれた。
いつかそんな対談も企画したいね、と私は思っていた。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 火・木・土・日ーam12時ーpm7時。
 水・金ーam12時ーpm4時。
 月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-09-20 14:05 | Comments(0)
2017年 09月 19日

三岸好太郎美術館とキムクシメムー最前列にして最後尾(3)

過日三岸好太郎美術館の大友良英展を見てきた。
実に率直で素直な良い展示だった。
大友良英の音楽への幼い頃からの道程が、時代と楽器
・レコード・ソノシート・本・写真とともに、そこで
呼吸するように展がっていた。
ひとつの人生の泉がこんこんと湧き続け、流れていた。
2階には三岸好太郎の作品が並び、今の札幌の前に在
った札幌風景が浮かんでいる。
大通り消防署の望楼塔。
北一条教会。
そしてシュールな晩年の蝶。
札幌薄野遊郭街で生まれたモダーンボーイ三岸好太郎
と福島生まれのミュージシアン大友良英。
このふたりが<飛んでいく>を共通の合い言葉に、上下
の階を飛翔している。
昭和前半と後半のふたつの近代が手を携えて舞っていた。
展示物の傍至る処に大友自身の書き込みが貼られている。
何度も会場を訪れ、その都度書いているのだろう。

ここには戦後近代と明治後の近代が、そのロマンの純粋さ、
前衛さにおいて共感し響きあって共演している。
札幌という都市ならではの出会い空間だった。

帰路美術館周りを台風近づく気配の中見詰める。
敷地に続く知事公館・道立近代美術館の豊かな緑と起伏。
窪地の小さな丘が雨に濡れ、水を溜めている。
この辺りがかってのキムクシメムの位置。
コトニ川源流の泉源のひとつだ。
キム(山側)・クシ(を通る)・メム(泉池)
今の植物園に湧いたピシ{浜側)クシ{通る)メム(泉)
偕楽園(清華亭)伊藤邸に湧いたヌプ(野)サム(傍の)
メム(泉池)。
この3つの大きな泉から流れ出た川は合流し、ひとつに
なりコトニ川となる。
偕楽園の泉池から湧いた川サクシコトニ川は北大構内を
流れ、吉増剛造展のある北大総合博物館辺りにも繋がっ
ている。
大友良英と吉増剛造の近代を問う主題の展示場は、この
川を生んだふたつの泉池凹み(コッネイー琴似)にあっ
たのだ。
20世紀初頭まで存在した自然風土としての近代札幌。
そこに花開いた文化としての三岸好太郎の札幌ロマン。
その流れを顕すかのように、大友良英ー吉増剛造の近代
の岸辺を窪みの水源は触れていた。

三岸好太郎自身が設計したという美術館の美しい濡れた緑
の空気の中で、そんな事を夢のように考えていた。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 am12時ーpm7時(火・木・土・日)
 am12時ーpm4時(水・金)

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# by kakiten | 2017-09-19 15:20 | Comments(0)
2017年 09月 17日

伏籠(フシコ)・琴似(コッネ)ー最前列にして最後尾(2)

植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地跡ー清華亭ー北大キャン
パスを繋ぐ緑の運河エルムゾーンが、琴似川の琴似
(コッネ)の名発祥と深く関わっている事に気づく。
kotーne(コッネ)ー窪んでいる、窪み
アイヌ語表記の<窪み>の意味が<緑の運河エルム
ゾーン>に湧く三つの凹み地形のメム(泉)を源流
とする川たちの名に繋がっていたからだ。
豊かな伏流水の地サッポロ。
そしてかってはエルムの都と呼ばれた春楡の繁る森。
その地に海外からリラ、ポプラが根付き、本州からは
銀杏の木が根付いた。
豊かな水の地に近代の新しい木も馴染んだのだろう。
地形図に拠れば、FT・FH・FKの表記がある。
Fは扇状地の略、Tは豊平川(旧札幌川)Hは西の大河
発寒川、Kは琴似川。
この3本の川が札幌扇状地を生み、豊かな水を包んで
いたのだ。
近代とともに札幌川は古札幌川(フシコサッポロペツ)
伏古(籠)川となって古・籠る、伏した川となり、伏流
水が泉となって湧く窪み(コッネ)は、知事公館庭、
植物園・伊藤邸、偕楽園緑地跡・清華亭に僅かにその地形
を留めているだけとなった。
平坦で直線的な近代都市札幌の近代化の所以である。
ポプラやリラとエルム(春楡)や桂の木といった
もともとあった木もどちらも札幌を代表する樹木と
なって今にある。
人間社会はそうした自然共存を、戦争や自然破壊で
急速に狭く縮めてきた。
同じ近代の百余年。
一方の近代化は自己本位の拡大と破壊。
一方の近代は土地に根付き、魅了する木たち。
人間は近代化をもっともっと植物に学ばねばならぬ。

川は黙って籠り、伏し、泉は窪みに隠れ、姿を消した。
伏古(籠)川、琴似(窪み)川。
二つの川は、私たちに何を沈黙の内に語っているのか。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」-9月24日まで。
 am12時ーpm7時(火・木・土・日)
 am12時ーpm4時(水・金)
 月曜定休。
*菅沼緑展ー10月17日ー29日予定。
*ホピ・かチーナドール展ー10月31日ー11月5日。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-09-17 14:37 | Comments(0)
2017年 09月 16日

深く閉じ、深く開くー最前線にして最後尾(1)

今回の吉増剛造の展示・ライブ・パフォーマンス・対話
等の一連の活動・行動から感じるのは、俯瞰と裾野の両端
からの視座が深く、高く、ダイナミックに鳴動している事だ。

最前線にして最後尾 背後には黒々と街の火・・・。

そこには<ふたたび>という基調低音が響いている。
現在という起点が、過去を新旧という横軸にはなく、
<ふたたび>という現在の深度ー縦軸に新たなのだ。

それは個的全共闘・坂一敬氏のレトロスペース行為。
現代美術造形家山里稔氏の木彫り熊の蒐集行為。
場は違うが川俣正のふたたびの代官山プロジェクト行為。
これらとも連なる、時代のトニカ(基調低音)の営為で
ある。
1994年失意の帰国後に闘い掴み取った吉増剛造の
「石狩シーツ」の詩業。
さらに2011年3・11を機に戦後近代の出発点とも
いえる吉本隆明の初期詩業を徹底的に血肉化しようとする
「怪物君」の一連の仕事。
時とともに見捨てられ過去へと消去されつつある物たち、
言葉たち、行為たちを、時代の裾野から<ふたたび>の
最前線に命の鼓動・動悸を与え、時代を深く俯瞰する
心身隆起のアクションなのだ。

吉増剛造の四半世紀前独り籠もった石狩河口での「石狩
シーツ」再朗読の行為。
そして南西部源流域山中での夜の「石狩シーツ」朗読行為。
ここにも俯瞰する裾野の両端が秘められている。
さらに今回展示場の北大総合博物館エリア遠友学舎で
故山口昌男学長の札幌大学かっての同僚今福龍太とともに
語った琴似川源泉の飛翔する時間。
<ふたたび>のラデイカルな振幅がここでも振り子の
ように揺れていた気がする。

全生活領域の見捨てられつつある近代の諸道具、諸品。
それらをレトロスペースとして膨大に収蔵し展示してきた
坂一敬。
全学連・全共闘のかっての闘士だ。
今は実家の坂ビスケットを守りつつ、このスペースを維持
する。
たったひとりの、過ぎ見捨てられた物たちとの共闘。
この空間は、物を通底したたったひとりの全共闘最前線
なのだ。

時代が過ぎ居住空間は変化し、見捨てられてきた熊の木彫り。
その土産物としてしか見られていなかったかっての木彫の熊
を再発掘し大部の図鑑本を出版し記録を遺した山里稔。
彼もまた、時代の裾野からのラデイカルな視座を保っている。
本職は現代美術の造形作家であり、その視線は新旧・ジャンル
に流されず同時代の裾野を踏まえて、北海道の木彫り熊をコン
テンポラリーな軸芯として今に投げかける。

それぞれが、それぞれの物を、空間を、自己の基点にして同時代
の裾野を拡げ、同時代の深さ・高さ・拡がりを、個に発し閉じ開
いていく、時代に垂直なトニカ{基調低音)が見える。
私はそんな近代という名の火の芯が、いつか大きな炎と為る事を
信じて止まないひとりだ。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 am12時ーpm7時{火・木・土・日曜日)
 あm12時ーpm4時(水・金):定休月曜日
 
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# by kakiten | 2017-09-16 15:57 | Comments(0)
2017年 09月 15日

窪み・泉・川ー緑陰(25)

北大遠友学舎で吉増・今福、小篠さんのレクチャ
ーが昨夕あったという。
私はこの日一日ギャラリーにいて行けなかった。
夕方シャンソンの訳詩をしているM氏が来て
ここで受けた刺激をシャンソン訳詩の仕事に反映
させ一晩で書いたという一文を届けてくれた。
フランス固有の歌シャンソンを日本語化し歌詞に
するという仕事を続けているM氏。
できれば札幌固有の地名や言葉でシャンソンを
創りたいという。
そんな時私の話した日本近代における札幌という
テーマは刺激的だったようだ。
そこへ北大の講演会を聞き終えた友人たち5人が
一度に立ち寄る。
みんな良い意味で興奮気味だ。
吉増・今福の名コンビが北大という枠を超え
より本質的な話へと自由に飛翔したらしい。
吉増さんは前夜宿泊した北大傍ホテルの13階
から見た北大の地形を話の枕にしたらしい。
サクシコトニ川の水が溜まった池、大野池。
その窪みを語ったという。
ピシクシメム、ヌプサムメム、キムクシメム
の3つの窪地に湧いた泉。
そこから流れた川にはほとんどコトニの名が
付いている。
そして西部山岳地帯から流れ出た円山川、界川
等諸川と合流し総合的に琴似川となり、石狩河
口近くで伏古川と合流し石狩川に。
この伏古川も伏流水化した大河サッポロ川の
アイヌ語フシコサッポロペツを漢字文字化し
たもので時に伏籠と当て字されている場所もある。
琴似の語源がコッネイー窪地・になっている
・処というアイヌ語からきているから、琴似川の
名の原点は、三つのメムのあった北大植物園・
偕楽園・清華亭を源流とする窪地ゾーンが発祥地
なのだ。
吉増さんが北大傍のホテル13階から俯瞰した
窪地の感覚は、正に北大の広大な空間の原点を
見詰めていたと思う。
それは札幌という土地の<窪み・籠る>水の
大地、春楡(エルム)に代表される森の大地
の姿でもあるのだろう。
<19世紀後半まで><北海道が地球上で最も
美しい自然が豊かな島であったに違いない。>
(水越 武ー写真家 道新2002年12月3日
 夕刊記載)
と語られる自然が近代百余年前まで札幌にも
あっての今なのだ。
自然と直接対峙する札幌という近代。
北海道大学の広大なキャンパスとその界隈は、
そのまま自然を問い、近代を問い、札幌そのもの
を問うている。

吉増剛造、今福龍太、小篠隆生の3人が熱く燃えて
語ったコアにはその近代の厚い扉を叩く炎が燃えて
いたに違いないと思う。


「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで
am12時ーpm7時{火・木・土・日)
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# by kakiten | 2017-09-15 15:04 | Comments(0)
2017年 09月 13日

続アメリカ世(ゆー)-緑陰(24)

体制の中で慎ましく気丈に生きる民と公の差異が
如実に顕れるNHKの特番を見た。
今露わになった非公文書公開による沖縄の核装備。
日本本土は見て見ぬ振りの核米基地配置。
冷戦下本土優先沖縄切り捨ての政治論理。
沖縄のもうひとつのアメリカ世(ゆー)である。
人の論理よりも国家の論理が優先する現実社会。
Jimmy’sのパイやSPAM缶詰ポークを郷土
の味に定着させている民の健気さの方に愛情が湧く。
そして米軍の兵士たちも沖縄でタコスライスやCo
Coのカレーライスを好んで多く食べるという。
両方の好みが創ったハーフのような食べ物。
食を通した味の回路が、国家体制とは別に生まれ
ているのだ。
このふたつの人間の健全さこそが救いだと思える。
非公開文書が公開されて明らかになった<アメリカ
世(ゆー)の実態。
そして「アメリカのパイを買って帰ろうー沖縄
58号線に向こうへ」が明らかにした食としての
日米交遊。
食交流の文化と政治体制の落差。
この落差は沖縄だけの問題ではない。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主として」ー9月26日まで。
 am12時ーpm7時(火・木・土・日)am12時ーpm4時
(水・金)月曜日定休。

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# by kakiten | 2017-09-13 13:35 | Comments(0)
2017年 09月 10日

アメリカ世(ゆー)ー緑陰(23)

ー現代の沖縄は、三つの「世(ゆー)」を体験
してきたと言われている。最初は「うちなあ世
(ゆー)」と呼ばれ、琉球王朝が統治する独立国家
だった。しかし1879年廃藩置県により琉球は
処分され、王朝を失った沖縄は「大和世(やまとゆー
)」を迎える。・・・そして戦後は、戦勝国アメリカ
に支配され、「アメリカ世(ゆ)」となる。ー
    ー駒沢敏器「アメリカのパイを買って帰ろう」

この沖縄のアメリカ世(ゆ)時代は、本土より20年
以上長い1972年まで続くのだ。
民主主義という理念のアメリカの戦後日本近代化。
その近代化アメリカは、沖縄では理念より生活の<身>
の次元でもっと具体的に根付いている。
アメリカ直系の味覚、アップルパイ、ビスケット、
jimmy’sのソウルフード化がその一例だ。
もうひとつ代表的な例が、「SPAM」という豚肉の
缶詰である。
その他調理法も含めて、日常食生活にもアメリカが浸透
している。
日米戦争で最前線にあり、同時に戦後アメリカ占領時も
最前線でアメリカを受け止めた沖縄のふたつの世(ゆ)の
がある。
明治の文明開化とその破綻の近代、そして戦後という近代。
このふたつの近代の最前線にいつも沖縄という地がある。
サトマン君が土産に郷土の菓子として届けてくれた
jimmy’sのクッキーから、戦後近代のフイジカルな
食にまで達している近代の身を思ったのだ。
フイジカル{身も)メタフイジカル(心も)・・・。
私たちのデモクラシーは、そこまで骨肉化してあるのか。
安保条約上のアメリカではなく、本当のアメリカ発理念を
ソウルフードの一つとしてある沖縄のように近代を根付か
せているのか、と振り返るのだ。
20代後半私はショッピングセンターのみを主とする
研修に参加していた。
その時見たのは、タワービル都市(摩天楼)を創った
アメリカが、それをある面で否定し、ヒューマンスケール
という人間的高さに切り替える商店街ーショッピングモー
ル建設にひた走る現実だった。
多国籍民族の共通する夢、そのランド(国)建設。
その理念は日常的で<身>に即していた。
ひとつのnation{国家)より多民族のland
(国土)への夢が生きていた。
それが多種多様のショップ集合構造体ショッピング
モール建設に現れていた。
デイズニーランドもその夢の集合体の顕れと見えた。
そうした根のアメリカを私たちはどれ程身としているか。

サトマン君の沖縄土産はそんなアメリカを伝えてくれた
気がした。

*「大野一雄の記憶ー公演ポスターを主に」ー9月24日まで。
 am12時ーpm7時(火・木・土・日)
 am12時ーpm4時(水・金)

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# by kakiten | 2017-09-10 18:03 | Comments(0)