2017年 02月 05日

凝縮した時間・抱擁ー広い河口(21)

土曜日午後、旧友工藤正広氏企画の北海道文学館
{「手仕事の日本」と民芸の思想}展を見に行く。
そして初日の三浦正宏氏講演を聞く。
柳宗悦時代の古い写真をスライド上映しながら、民芸
の時代と思想を語る。
変わらぬ訥弁だ。
長身に少し貫禄を増してはいるが、その口調は変わらない。
講堂は満員で見知った顔もいる。
講演終了後展示を見る。
懐かしい民芸品の数々が凝縮して並ぶ。
「点描・秋田・手仕事」「海青舎の民芸」展等毎年
展示し続けたエッセンスのような民芸作品が並ぶ。
柳宗悦の貴重な資料も多いが、殆どが三浦さんの収蔵
する民芸品だ。
遠く時間を経て毎年の展示の為に全国から蒐集した
彼の努力の結晶が輝いている。

展示室を出て入口近くに戻ると三浦さんの姿を見る。
挨拶に近寄ると、手を挙げて近づき握手。
軽く抱擁される。
一緒に来た津軽出身の美術家中嶋幸治さんを紹介。
講演を聴き興奮している中嶋さんが一気に語り出す。
そして自ら制作販売予定の手作り製本の冊子作品を
リュックより取り出し見せている。
三浦さんも同じ東北人の中嶋さんの人柄を直ぐに
感じたようだ。
その時ふっと顔を横にして”中森スピリットは健在
ですか”と聞いた。
”ええ、勿論”と中嶋君が応える。
すると三浦さんが再び私の方を向き、顔をくしゃく
しゃに笑顔で抱擁した。
時間が凝縮して跳んでいた。

 精神分析的には、男性は身体を持っていない。
 言い換えると、男性の身体は透明で、日常的には
 身体性をほとんど意識していないんです。
    (精神科医斉藤環対談集NHK出版)

文月悠光さんのエッセイ「洗礼ダイアリー」に引用され
ていた一文である。
三浦さんの二度の抱擁にその答えがある。
時を超えた今を抱く直接性こそが、男の身体性ではないか。
時空を超え同じ<志>に触れる、その触れる直接性。
その直接性こそが身体性なのだ。
一度目の抱擁で発した言葉は、”昔展示した作品ばかり
ですよ・・”
そして二度目の抱擁は無言。
それは中嶋君に変わらぬ友の志を確認をした喜びを呑み込ん
だ無言、そして抱擁。

短い時間の再会だったが、十数年の我々の空隙は豊かな時空
に抱擁されていた気がする。
円山北町時代、恩師菱川善夫先生の紹介で出逢った三浦正宏
さん、現在の北大傍のこの地で出逢った中嶋幸治さん。
このふたりを繋いで私は自分の今を抱擁している。
三浦さん、中嶋さん、そして今回の三浦さんの展示を企画し
てくれた旧友工藤正広、ありがとう・・・。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月14日(火)ー19日(日)
*中嶋幸治「分母第2号販売・展示「特集メタ佐藤ー包み直される
 風景と呼び水ー」3月4日(土)・5日(日)。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-02-05 16:34 | Comments(0)
2017年 02月 03日

風景というカルチャー(耕土)ー広い河口(20)

その地固有の風景も掛け替えのない文化である。
そこには先人の険しい自然と闘い、調和を獲得し
た借景の美がある。
月寒丘陵の台地に酪農の地を切り開き、今も美味
な牛乳と農作物を市民に直売している八紘学園の
敷地を野球球団に提供する話が札幌市から出ている
と報道された。
黒沢明の札幌を舞台とする映画「白痴」でも、その
丘の坂道の風景シーンは印象が深い。
八紘学園の坂道だけでなく、他にも多くの昭和20
年代の札幌の風景がこの映画には映されていた。
北大近くに在った有島武郎邸、札幌駅の陸橋、旧
札幌駅前、五番館、二条市場界隈、中島公園・・。
それらの風景は凍てつく太い氷柱とともに、不思議な
異国情緒の近代風景を画面に映し出していた。
北国の自然風土と近代モダニズムが融合した札幌という
街の固有の美しさがこの映画の大きな主役でもあった
と思う。
ドストエフスキー原作の白痴を札幌に置き換え制作さ
れたこの名作は、公開時大幅にカットされ黒澤明の怒り
を呼んだ。
しかし未発表のシーンも含め、この映画の大きな主役は、
かってあった札幌の都市と自然の織りなす稀有な風景で
あったと思う。
その時代を今に残す唯一と言っても良い八紘学園の敷地を
一プロ野球球団の練習場に売り渡せとは、どういう事なのか。
近くに在る札幌ドームとの兼ね合いと思うが、ドーム建設
時併設された野外美術群通称「アートグローブ」と同様に
なんらこの地の自然との融合性、文化の創造性が観じられ
ない。
この頃から際立って、自然との境を敬意と畏れを抱いて
界(さかい)を創るという借景の美学が絶えてきた気がする。
なだらかな丘陵地帯の特色を活かし、酪農の地を切り開いた
官の北大農学校とはまたひと味違う民間の酪農場。
その丘陵・酪農風景もまた札幌の風景文化遺産である。
そこには札幌東南部独特の月寒丘陵の自然が活きている。

荒々しい自然野生を借景とし、先人はカルチャー(耕土)
として風土を活かした。
機械力インフラに全てを委ね、自然への畏敬の念を捨て去る
人間の傲慢さをこの頃から突っ走って、今がある気がする。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月14日(火)ー19日(日)
 am11時ーpm7時。
*中嶋幸治展「分母」制作・販売ー3月4日(土)、5日(日)。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-02-03 15:00 | Comments(0)
2017年 02月 02日

声の往来ー広い河口(19)

行く人来る人と交感の多い1月が過ぎた。
作品を携えドイツへ、フランスへ、そして手仕事展の総決算
のように秋田からと人の往来が続く。
太田ヒロさん、小林東さんの逝去という逝く人の知らせもあった。
「百年の予定」展という福井から帰省した森本めぐみさんの
乳飲み子を抱いた年を跨いだ展示もあった。
なにかみんなある境を超え、メッセージ(声)を発している。

人は境(さかい)を意識し界(さかい)を超える生き物だ。
時に、絶対的境(さかい)あの世からも、声が届く。
10年前23歳で死んだムラギシの声も聞こえる。
彼が最後の個展で展示した白樺の幹。
それは円山川源流の不動の滝傍に倒木としてあった樹だ。
そして個展終了後その白樺は中の川源流へ埋葬したと聞いた。
円山川はある地点で界川と合流し琴似川となる。
琴似川支流のサクシコトニ川は植物園、伊藤邸、清華亭の泉
を源流とする。
そこに、ヌプサムメム(野傍ノ泉池)を原点とする作品をライフ
ワークとする高臣大介が見え、琴似川暗渠の路上の亀裂をモチー
フとした谷口顕一郎の姿も見える。
私には3人が遠く冥界を超え、川を通して界(さかい)を接し
交流しているような気がするのだ。
そしてムラギシが自ら埋葬した展示後の白樺の樹の一部は、
中の川源流から発寒川を通して石狩河口、茨戸(パラト)へと
声が届いているかに思える。
そういえば太田ヒロの自宅は、琴似川の源流のある山中である。

川を通して合流する天地の有機的な声の往来が聞こえる。
パラト(広い河口)は、入口・出口。
人の往来は途絶えても、見えない声の入口・出口の往来が
今も聞こえる気がする。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月14日(火)ー19日(日)
 am11時ーpm7時。
*中嶋幸治展ー3月4日(土)・5日(日)「分母」冊子制作・販売。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-02-02 15:26 | Comments(0)
2017年 02月 01日

ハンブルグへー広い河口(18)

昨年末13年ぶりに里帰り、個展をした橘内光則さんが
ドイツ・ハンブルグで今月展示と聞く。
あの欧米日常風景に浮世絵の人物が舞う作品が彼の地で
どう評価されるのか、興味津々である。
彼の絵画の背景にあるワインやキャンドル、トーストに
目玉焼きが憧憬で獲得した日本近代の日常ではなく、本
当の長い継続の日常風景に置かれるのだ。
浮世絵の人物も今の日本にはいわば異国であり、日常化
している洋食風景も僅か百年にも満たない日常である。
当然ドイツでは日本での反響以上に浮世絵の人物に好奇心
と興味の中心が注がれる事だろう。
その時試されるのは、この絵を描いた橘内光則自身の内な
る日本であるに違いない。
西洋化近代百年の日本自身が、個として問われる。
日本に居ては曖昧に流されて強靱に意識しないものが、凝縮
して作品として問われるのだ。
その現実に橘内光則は耐えられるか。
今回のハンブルグ展は爪先立った分だけ本人自身への負荷
も大きく跳ね返って背負う事になるだろう。
しかし、そこから本当の出発地点と思う。

国際化とはホスト気分や異国情緒の緩やかなものだけではない。
相違という違和感の絶壁も在るのだ。
橘内光則はきっと難民のそれをどこかで感受する事だろう。
それが今、最も真摯な経験となる。
オリンピックや芸術祭のように、ホスト気分で浮き足立っては
駄目だ。
内・外の違いを受け止め、本当に深く自分が始まる。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月14日(火)ー19日(日)
 am11時ーpm7時。
*中嶋幸治作品展ー2月末術~
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定。

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# by kakiten | 2017-02-01 14:46 | Comments(0)
2017年 01月 31日

手仕事展の友情ー広い河口(17)

かって円山北町時代毎年続けた秋田手仕事展。
秋田に留まらず日本各地の民芸の優れた手仕事を、
時にテーマを決め発掘し紹介し続けた。
その主催者の三浦正宏さんから便りが届く。
来月2月4日から3月26日まで北海道文学感
で開催される「”手仕事の日本”と民芸の思想」展
で展示と講演で1日から5日まで来札するという。
展示招待券十数枚と滞在中の訪問希望が記されていた。
彼と再会するのはもう十数年ぶりだろうか。
手仕事という観点から見れば、この日本の中に
も多くの国がある。
その日本の国内国際芸術祭をコツコツと続けて
きたひとりが彼であり、その努力の披露が札幌の
地でもあったのだ。
その成果が大きな展示会に結実しつつ今回ある。
ジャンルの枝分かれはあっても、その基本にある
のは、それぞれの地に生きる人の手の仕事の精華
である。
三浦さんにはこの間の私の小さな発掘、明治の治水
学者岡崎文吉の自然工法の護岸工事の記録(STV)
や山里稔さんの労作「北海道木彫り熊の考察」
(かりん舎刊)等を見せてあげたい。

定めた方向性や生き方は違っても、自分の生まれた
故郷・自然を踵として歩んできた眼差しの磁場は共有
している。
彼は秋田から、私は札幌から、地場に拘り地場を越境
し手の根源を見詰めてきたと思う。

<量の利>をベースとするパブリックアート祭やパブリ
ックオリンピック、そして高速公共新幹線等で揺れる札幌
に、<料の理>を手仕事として見詰め直す。
三浦さんの来札はそんな一陣の風を与えてくれそうだ。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月14日(火)ー19日(日)
 am11時ーpm時
*中嶋幸治作品展ー2月末予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定

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# by kakiten | 2017-01-31 14:23 | Comments(0)
2017年 01月 29日

一滴の源流ー広い河口(16)

信州の山間に生まれたふたりの作家に聞いた事がある。
ひとりはあの日の昇る山の向こうに憧れていた。
もうひとりはあの日の沈む山の向こうに行く事を夢見ていた。
谷を隔て直線にすれば僅かな距離だが、二人の眼差しの
方向は正反対だった。
山間だけではなく。平らな街でも同じような事がある。
僅か数百メートの街の隔たりでも原風景となる街の
ランドマークが違う。
私にとって物心付いた時の路面電車、さらには小学校の
近くにある公園・洋館・時計台が街の原風景だった。
そこから僅か数百メートルの商店街に育ったS君にとって
は、近くに拡がる歓楽街ススキノ街が原風景だと聞く。
人にも源流の一滴のような人生の始まりがある。
信州生まれのふたりが見た朝陽・夕陽に分かれた夢の方向
にあったのは大きな都の存在だ。
この原風景の一滴経験がその後の人生領域の根として活動
半径の色合いを支配している気がする。

どんな大河にも源流の一滴がある。
それら小さな支流が合流を繰り返し、大きな流れを生む。
人間もまた個々の源流の一滴の原風景から、同時代という
潮流を創っていく。
そして時に時代の早瀬に押し流され自分自身を見失いそうに
なった時、原風景のあの源流の一滴を思い起こし追求し、再
構成する。
誰の為でもない。
自分自身のアイデンテイテイーの為だ。
個は源流の一滴を再構成する可能性を常に保っている。
またその真摯な個的誠実さを保たねばならぬ。
個的源流の一滴を同じ色に染め上げる愚を犯してはならぬ。

時として社会は大きな流れを同じ流れの一滴の集合体に
染め上げようとする。
オリンピックや新幹線、国際芸術祭等の場合もそれがある。
ショップやビル群に見られる街風景も同じである。
街も風景も個の源流が消えている。

違う事が差別・分別となり、多様多彩とならず只の集合体・
烏合の衆の、量的価値観に支配されてくる。
素材から生まれる料(りょう)でなく、物量の量(りょう)
からだけでは、美味は生まれない。
<料の理>ではなく、<量の利>を勝ち誇る世の中だ。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月近日決定。
*中嶋幸治作品展ー2月予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-01-29 16:20 | Comments(0)
2017年 01月 27日

四つの掌(たなごころ)ー広い河口(15)

十数年ぶりに岡部昌生、中川潤両氏と、円山北町の居酒屋
で会う。
円山北町時代なにかと集った場所だ。
現在地近くに在った居酒屋ゆかりが昨年12月で10年の
営業を終えた所為もあり、急遽以前よく行った居酒屋にな
ったようだ。
中川さん経由で岡部氏からの誘いである。
私としては、10年前のこの地での闘いの記憶もあり、旧い
場所へはあまり近づきたくなかったが、このふたり揃っての
珍しい誘いともなれば断るわけにいかないと観念した。
居酒屋楽屋は内部の様子も昔と変わらず、オーナー夫婦も
懐かしい姿のままだった。
メニューも以前より充実し品数も増えていた。
遅れて到着した岡部氏は周辺の街の変化に道に迷ったと言う。
登山家の中川氏、美術家の岡部氏、そして私とそれぞれが生ま
れも生き方も異なる3人だが、テンポラリースペース立ち上げ
の時以来多くの企画展示にチームを組んできた仲間だ。
ある時期以来個々の付き合いはあっても3人揃って会う事は
無くなっていた。
しかし久し振りに3人揃えば、もう自然と心が通じ時が消える。
岡部氏の愛知トリエンナーレでの鯉江良二さんとの再会の話に
始まり、彼の新たな札幌での制作プランの相談へと話は進む。
その話の中で中ノ川という札幌西北部の川の名前が出て驚く。
というのは、先に来た中川氏が少し興奮しながら見せてくれた
ある本には、高知県の川で遭難死した大学生の様子が書かれて
いたからだ。
この発見時の記述はどうみても村岸宏昭の遭難発見日の事だよ、
と興奮気味に中川さんは言う。
そしてその村岸が高知の鏡川で遭難死する2週間前テンポラリー
スペースで最後となる初個展を終え、展示に使用した白樺の幹を
自然に戻すかのように半分に切り埋葬したと聞いていたのが、中
ノ川源流だったのだ。
十数年3人一緒に会う事もなかったふたりから、期せずして村岸の
死とその作品の最後に関わるふたつの場所が顕れたのに私は吃驚した。
少し疎遠だった3人を冥界のムラギシが引き合わせてくれたような
気がした。

闘病以来久し振りに飲んだお酒は、勿論深く五臓六腑に沁み入った。
3人の、否4人の、心の掌(たなごころ)のような夜だった。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月日程近日決定。
*中嶋幸治作品展ー2月予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー3月末4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-01-27 13:48 | Comments(0)
2017年 01月 26日

純粋内臓時間ー広い河口(14)

週3回の透析治療を受けていると、この時間が
純粋な内臓時間のように思える。
健康時意識しなかった時だ。
気のあった友人とお酒を飲んでいた時間が、それ
に近いのかも知れない。
肝胆相照らす、五臓六腑に沁みわたる、・・。
腹を割って付き合う。
腹蔵無く語り合う。
濃い付き合いを内臓を比喩して表現する言葉は
意外と多い。
真の人と人の関係は内臓にあるのかも知れない。
男女の場合はもっとそれが直接性を保っている。
身体すべてから内臓の直接性にまで達するように
思える。
人工透析の5時間、頭は真っ白でひたすら腹筋や
左右の足の倒立、ブリッジ、うたた寝、ハンド
クリップ等身体に関わる時を過ごしている。
1時間おきに血圧測定があるので、睡っては
いられない。
かといって思考の時間でもない。
左手は点滴状態なので本を読む姿勢には慣れない。
ただひたすら内臓が黙々と身体内でこなしていた
時間を共にするのだ。
山中を疾駆したり、いい仲間と良い酒を飲んで酔
ったりした時に意識しなかった純粋身体内臓時間
をこの治療は与えてくれているらしい。

腎臓さん、五臓六腑・内臓さん、見えない命(ミコト)
と向き合う純粋内臓時間を明日もまた・・・。

*高臣大介ガラス展「奏なであう」ー2月近日予定。
*中嶋幸治作品展ー2月予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー4月予定。

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# by kakiten | 2017-01-26 14:24 | Comments(0)
2017年 01月 22日

3人の掌(たなごころ)ー広い河口(13)

秋田で民芸専門の海青舎をもつ三浦正宏さんと出会った
のは恩師菱川善夫先生の紹介だった。
三浦さんは秋田から札幌の工業大学で橋梁工学専攻し
卒業後地元の建築会社で橋を架ける仕事をしていたが、
そこに自然破壊の要素を感じて職を辞し、元々好きだっ
た民芸のお店を立ち上げる。
そして第二の故郷である札幌で菱川先生に札幌での展示
のプランを相談したところ、私の所を紹介してくれた。
そんな経緯で三浦さんは毎年当時円山北町に在った私の
ギャラリーで毎年テーマを決めた種々の民芸・手仕事展
を催した。
今も印象に残る展示には、祈りを主題とした展示である。
全国各地から豊穣を祈願した様々な民具が展示された。
その素朴で美しい祈りの形象は人間の合掌する素直で
素朴な結晶の燦めきのようで忘れられない。
さらに民芸番外編として企画された秋田の地酒全種類
展、駄菓子展も楽しかった。
毎年恒例で続いたこの展示は、現代美術とはまたひと味
違った手の仕事の醍醐味を純粋に伝えて、人の心を豊か
にしてくれた。
そんな三浦さんの展示が私が円山北町を去る事で疎遠と
なっていたこの10年。
来月北海道立文学館で柳宗悦「手仕事の日本と民芸の思想」
展が開かれその特別講座講師として三浦さんが来札する。
この10年三浦さんはひとりで小冊子「秋田手仕事たより」
を70冊以上も出版し続けていた。
そうした仕事に同じ東北津軽出身のロシア文学者工藤正広
氏が深く共鳴し今回の文学館の企画となったようだ。
工藤氏と三浦さんとは、円山の手仕事展で知り合い交流を
深めていた。
旧友である工藤正広、民芸研究一筋の三浦正宏、そして
三浦さんを紹介してくれた故菱川善夫先生、この3人の
縁が重なって柳宋悦の「手仕事の日本と民芸の思想」展
で3人の再会がある。
さらにここ現在地で知遇を得た若き津軽人中嶋幸治君も
加わって来た。

3人の掌(たなごころ)の再会、楽しみだ・・・。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月近日予定
*中嶋幸治作品展ー2月予定
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー3月末~4月予定

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# by kakiten | 2017-01-22 16:01 | Comments(0)
2017年 01月 21日

釧路・小林東さんの事ー広い河口(12)

釧路ジスイズの小林東さんが亡くなったという。
2,3回会っただけだけど、舞踏の大野一雄を最も尊敬し
北海道に一番多く招いていた人だった。
晩年の大野先生にも寄り添うように、添い寝するかの
ように親身な人という記憶が残る。
私が石狩河口で大野一雄公演をした時は、スペクタクルだ
と言ったと聞いていた。
大野先生と出会った頃の私は、札幌とは自分にとって何か
を、地形という自然の身体性を通して追求していた。
大野先生との出会いは石狩へという行動と共にあって、
それは大野公演のタイトルにも「石狩 みちゆき 大野一雄」
と名付けた事に象徴されている。
本来の大野先生の舞踏プランタイトルは、「石狩の鼻曲がり」
であって、鮭の生と死、誕生・再生を表現したものである。
都市化によって暗渠化された見えない川から河口へ源流へと
志していた当時の私を、先生は即座に理解し同意してくれた。
先生との行動は、正に石狩・道行きの感謝の気持ちが強かった
のだ。
道東の釧路に根を置く小林さんとはその点で少し大野先生と私
とは違う距離があったのだろう。
野外での石狩河口公演をスペクタクルと評した事に、その事が
顕れている。
私にとって大野一雄が道行きならば、小林さんにとって大野
一雄は添い寝のようなもっと深い存在だったと今思える。
何故なら大野先生は小林さんの喫茶ジスイズのカウンターで
いつも踊っていたと聞くからだ。
大野先生とは、そういう幅広い柔軟性を保つ自然体に近い
舞踏家だった。

今となればそんな小林東さんともっと、大野先生の事を
語り尽くしてみたかった。
石狩河口の公演映像も共にみながら、スペクタクルでない
石狩川の生と死と再生の舞踏風景を見て欲しかった。

この大野一雄の石狩河口公演を通して、今に繋がる吉増剛造
の昨年6月竹橋・東京国立近代美術館展を思いながら、小林
さんを想うのである。

合掌。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月予定
*中嶋幸治作品展ー2月予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー3月下旬4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-01-21 14:43 | Comments(0)