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2017年 05月 11日

「火ノ刺繍乃ル=道」展二日目ー暗渠(21)

夕刻通院治療に行く前札幌国際芸術祭で来札中の
東京都現代美術館藪前さん、音響コーデネーター
牟田口景氏が吉増さんとともに来る。
芸術祭の吉増展会場には北大総合博物館が充てら
れるようだ。
「札幌緑の運河エルムゾーン」だなあと、談話室
に飾ってある2011年の冬このゾーンを歩いた
吉増さんと私の吉原洋一氏撮影の写真を示しなが
らその話をした。
地から湧いた水は川となり母なる海へと向かう。
そしてその極く一部が空に昇り雲となり雨と成
って地に戻る。
そうした自然の循環が生み出す地形。
その自然身体の視点を、北大総合博物館でも活かせ
ないないかと考えている。
人間社会の原理と自然原理の接点を界(さかい)
として吉増展は胎むべきである。
それが現在進行中の「怪物君」制作のトニカと
も思うからだ。
吉本隆明全集3・月報吉増剛造「沈黙の言語」の
冒頭に

   にんげんは再び穴居して
  かぎりなく視なければならぬ

吉本隆明の「日時計篇」からの二行が引用されている。
この<にんげん>とは、水や地形と同じ自然存在として
の<にんげん>であるだろう。
吉増剛造の「怪物君」表現の基底を為すものは。人間
社会と対峙する<イシカリ>に表象される自然身体の
表現展開と思えるからだ。
2012年「石狩河口/坐ル ふたたび」で始まった
「怪物君」の道。
3・11という自然大災害と原発事故という大きな
基底構造の亀裂の谷間から現在がある。
社会的構造にある人間、
自然存在のひとつとしてある<にんげん>。
肥大化し巨大化したメガロポリスー人間社会のひとつ
の原点を、1950年の吉本隆明「日時計篇」に重ねて
、吉増剛造は<穴居>している。
戦後近代日本、そして明治近代日本。
そのふたつの裾野を今全力で<視なければならぬ>
それが「怪物君」の基調低音・トニカなのだ。
大通りー植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地跡ー清華亭ー
北大構内と繋がる「緑の運河エルムゾーン」
その中に建つ近代構造建築北大総合博物館として
自然身体に触れて展示は為されねばならない。

+吉増剛造「火ノ刺繍乃ル=道」ー5月28日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-11 13:30 | Comments(0)
2017年 05月 10日

吉増剛造展初日ー暗渠(20)

鈴木余位さんの見事な映像処理・構成と、村上仁美さん
の3ヵ所の場から採集した土の山造形が、何とも言えぬ
空間を現出している。
映像は昨年暮れの新宿ピットインでの大友良英との
コラボレーション、さらに入口に展示してある怪物君
制作過程映像が流れ、そして石狩・来札の川辺で採集し
た砂石の微粒子映像が、正面中央に設置された釧路パシ
クル湿原の石、大野一雄の踊った来札の浜の砂土、自宅
札幌北ノ沢の庭土で構成された丘頂上にその上部から投
影されている。
この映像は北壁いっぱいの吉増ー大友の大画面中央に
小さくモニター画面に流れ、さらに砂のような細かい
土の山にも流れている。
快晴の昨日は朝・昼・晩陽射しの方向、日没後の照明
と時々刻々表情を変え見飽きない。
夕方東京から吉増さん本人が現れ。大いに感動していた。
そして今年3月職を辞し独立した村上さんの為に大きな
和紙を広げ「花人」と揮毫し祝ってくれる。
きっと生涯の生きる旗印となるだろう。
夜今まで関わった多くの友人たち、さらに今回大友良英
氏が統括する札幌国際芸術祭の吉増展関係者等が集まり
遅くまで歓談が続いた。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃ルー=道」展ー5月28日まで。
 月曜定休・am11時-pm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-10 13:43 | Comments(0)
2017年 05月 07日

「札幌少年記」{Ⅱ)ー暗渠(19)

「われわれの身体が、空間のなかにあるとか、時間の
なかにあるとかと、表現してはならない。われわれの
身体は、空間や時間に住み込むのである。」
(メルロー・ポンテイ「知覚の現象学」)

薩川益明「札幌少年記ー石狩街道」冒頭近くの引用だ。
この時、<空間>とは、時代・社会と自然・風土という
ふたつの基軸回路によって構成されると思える。
身体は、自然・風土環境と基軸回路を通じ、同時に時代
・社会環境とも基軸回路を通じている。
自然の荒々しい野生を開墾し、風土として緩衝地帯を創
り上げ、そのゾーンを故里と呼び故国とした時代社会環境。
その時代社会環境がもたらす様々な制約・恩恵。
自然・風土と時代・社会。
このふたつが取り巻く環境現象の内に、人は<住み込み>
生きる。
薩川益明さんの「札幌少年記」には、時代社会が、自然
風土と分かち難く住む人と共に息付いている。
尖鋭な都市構造という社会構造がまだ緩く、自然・風土
がまだ緩やに存した時代、人が<住み込む>だ狭間の空
間なのだ。

 ・・・何輛かが連結され、黄色く塗られた車体をもつ
 ガソリンカーが、何故かいつでも南から北へ私の追憶
 空間を、かなりの速さでかけぬけてゆく。
 過去と呼ぶには、けたたましすぎる、一種の活気に溢
 れた音響を残して。

 このあたり、創成川の西岸は道路になっており、東岸
 はそのぎりぎりまで、商家が建ち並んでいた。
 裏側から見ると、どんな家業の家も、その後ろ姿は似た
 ようなもので、手押しポンプがあったり、洗濯物がひる
 がえっていたり、季節にはたいへんな数の大根が干され
 ていたりした。
                  「石狩街道」から

すでにこのふたつの空間描写に、現代の尖鋭な時代社会の
予兆と喪失をみてとる事が出来る。
けたたましいガソリンカーに、新幹線・高速道路の現代が、
似たような後ろ姿の家屋に、現代の高層ビル群林立が想起
される。
消えたのは、手押しポンプ、洗濯物、干された大根という
水と野菜という自然・風土の風物。
同時にそこに住む等身大の人影も消えてゆく。
メガロポリス(大都市圏)ゾーンと化した現代の社会構造
は、進歩と発展の名の下、自然・風土という空間を希薄化
し、われわれの身体の<住み込む>時間・空間の空洞化も
増幅してきたと思える。


*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-05-07 16:35 | Comments(0)
2017年 05月 06日

薩川益明「札幌少年記」ー暗渠(18)

今年4月亡くなった薩川先生の資料を整理していて、
分厚い葉書・封書の束の内に連載エッセイ「札幌少年記」
3篇のコピーを見つけた。
「石狩街道」「自転車のこと」「カーネーション」
の3篇である。
読み返し、昭和初期の中島公園界隈、北十二条界隈
の人と風物が体温を保って脈打っているのを感じる。

 北大正門前を過ぎて、北十二条の停車場で電車を
 降りると、まっすぐ創成川に向かって4丁ばかり
 歩く。広い道路はしんかんとして、どういうわけか
 私たちのほかに歩行者の記憶はまったくないのだ。
 何本かの高いポプラと、両側のしもたやの、少し
 ケバ立った灰色の下見板と、おぼつかない足はこび
 で、私たちの前をよこぎってゆく、乳房の垂れた野良
 犬と。
 こうした、少し寂しげな界隈の雰囲気は創成川にかか
 る十二条橋に近づくと、にわかに生き生きとした賑や
 かさを取り戻す。
 <十二条の家>の前には、石狩街道が南北に走り、そ
 の両側には、蹄鉄屋や、馬具商や、おやき屋、雑貨店
 やが軒をつらね歩行者も多く、とにかく何かの音が絶
 えることなく交錯していた。

母の実家十二条の家を訪ねた時の記憶に残る風景である。
創成川の西側に沿って立ち並ぶ家屋の記憶、そして蹄鉄
屋のフイゴの火、馬の蹄の焼ける独特の匂い等が記され
ている。

「自転車のこと」は、父が初めて買ってくれた新品自転車、
まだその頃級友の内で、自分の自転車をもっている者は
数える程もいない時代で天にも昇るほど嬉しかった事。
それは実は家業の牛乳配達の為の自転車だった事。
そしてその自転車の使えない冬場の配達苦労、届け先や回
収瓶に見える世間がまとう様々な香りや匂いを幼いなりに
嗅ぎ分けられるようになったと書いている。

「カーネーション」は、中島公園(中島遊園地)界隈の
生家筋向かい活動写真弁士の家の子守トシちゃんがくれた
極彩色のカードの想い出。
その内の一枚<カーネーション>の姿に激しく心撃たれた
記憶を記している。

 ・・或いはあの時子守のトシちゃんがくれた絵札の<カー
 ネーション>を通じて、抽象的な感受性というものが、花
 の姿に肉化されて、私のうちに宿ったのかも知れないと
 いまにして思う。  

<小地主、市役所の吏員、列車の機関手、活動写真の弁士、
呉服の行商、交番のおまわり、生花の師匠などが私の幼友達
の親のなりわいであった>という界隈で、時に隣で花札賭博
中の男たちが取り締まりから逃げ込んでくる事もあった。
そんな中で未知の花{カーネーション)は、<なんとも説明
しようのない切ない情感が、その花みずからの色に染め上げる
魔力をもっていた>と記している。

この3篇の文章には、かっての札幌のある界隈の感性の土壌
となった風景がみえてくる。
それは「石狩街道」冒頭の

 <空間>とは、もっと本質的に私たち人間の生活とかかわり、
  私たちそれぞれの肉体によって住まわれた、血の通う、具
 体的ななにものかでなければならない。

という言葉に収斂される。
このように自身の育った小さな界隈を故郷として語れる人は今
どれ程いるのだろうか。

*吉増剛造展「火の刺繍乃道(ルー)」ー5月9日{火)ー28日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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# by kakiten | 2017-05-06 18:31 | Comments(0)
2017年 05月 03日

ナイーブハズバンドー暗渠(17)

としおという名前。
八木保次・伸子展でおふたりのアトリエ兼住宅が
誰も居なくなって空き家となっていたので、ご遺族
の了解の下風情ある表札を頂いた。
竹素材の表札に3人の名前が彫ってある。
八木敏 保次 伸子。
敏さんとはこの家を建てた保次さんのお母様である。
華道家で号を一紅女という俳人でもあり、その教授で
生計を立て保次さんも育てた女丈夫の美しい方だった。
ざっくりと粋できりっとした色気が80歳近くでもあ
った方である。
まだ私が20代の頃家業を継ぎなにかの新年会の帰路
一緒に大通り公園を歩いていて、ふっと敏さんの手が
伸び私の手を握った。
手を繋いで歩いたのだ。
祖母程の年齢でもあり、少し照れながらも何かほんわか
した良い気持ちがした。
すれ違う人たちがみんな微笑んで見ているのが分かった。
祖母と孫の微笑ましい姿に思えたのだろう。
今回の八木保次・伸子展で、札幌芸術の森美術館での
八木保次・伸子展のポスターを展示したコーナーに
その表札も併せて添えた。
そして改めて八木敏と彫られた表札の文字に私の敏夫
という名の由来を見たような気がした。
祖父の代からのお得意さんだった八木敏さん。
その密かな感謝と敬愛が敏の夫という名付けになった
のではないかという妄想である。
遠い明治の私の祖父と同じ明治の敏さんを思ったのだ。

敏夫という文字を説明する時、わざと英語でナイーブ
ハズバンドなどと云う事がある。
これが意外と受けて、高臣大介さんなどはわざわざ赤字
で大きく描きからかってきた。
そんな経緯もあって<敏>の文字に敏感な私がいた。
それが今回の展示中八木家の表札を見ていて、遠い札幌
の祖父の時代と共に、孫の名前に籠められた想いも感じ
ていた気がするのだ。
因みに父も私も敏さんは、ちゃん付けで呼んでいた。
保次・伸子さんの作品とはまた別の、札幌110年老舗
の遠い人と人の流れである。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)
 映像構成 鈴木余位・花構成 村上仁美
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月20日{土)午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-05-03 12:57 | Comments(0)
2017年 04月 30日

喪失して根を降ろすー暗渠(16)

没後6年目の八木保次・伸子展。
今年は取り分け喪失が存在感を保つ年だった。
会期中懐かしい人の訃報が続いた。
薩川益明先生、画家花田和治さん、友人玉本猛夫人恵子
さん。
そしてなによりも6年前相次いで亡くなった八木夫妻
の今回の展示作品の存在感だ。
人には喪われて、なお根を張る存在がある。
遺された作品と同じように、人の生の髄骨にも身体の喪失
が気付かせてくれるもうひとつの蒼空がある。
生きた時間の心の呼吸が脈打つている時空だ。
作品にはそれが色彩・風景として純粋に息付いているが、
残された者には死者の記憶が、喪失を再構成するように、
かの人生の蒼空が根を降ろす。
喪失という死の結界がひとつの作品のように、かの人生
を凝縮し縁取るからだ。

北の桜の便りも聞こえだしたこの時季。
八木保次の桜吹雪とも夜桜とも見える乱舞する抽象大作。
八木伸子の新緑の夢「札幌大通り リラの季節」
今回展示されたこの2点には喪われた札幌の風物が根付
いて、在る。
長い冬の後の百花繚乱花祭り、そして新緑の都市風景。
その中を駆け抜けた人生の深い夢。
残された者にその夢の髄身が脈拍し蘇るのだ。

喪失と再生が大きなテーマである吉増剛造展「火ノ刺繍
乃道(ルー)」が5月始まる。
明治・昭和と二度にわたる大きな喪失を経験した近代日本。
その契機とも成った吉増剛造の2011年3月11日以降
の6回に渡る「怪物君」への展示。
その集大成の先触れ7年目の「火ノ刺繍乃道(ルー)」展
は、正に喪失と再生の深い時代への裾野を胎んでいる。
喪失を閉じる懐古とせず、再生の開かれた記憶として共に
生きる試行の展示なのだ。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日(火)ー28日(日)
 :映像構成・鈴木余位 花・村上仁美
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月20日{土)午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-04-30 14:50 | Comments(0)
2017年 04月 29日

心の難民ー暗渠(15)

「彩」八木保次・伸子展にご参加頂いた小杉山竜一氏
高橋均氏が作品を搬出していった。
空間はテンポラリー所蔵の2作品と資料他が残るだけ。
いつもそうだがひとつの展示が終わると、何とも言えぬ
余韻が残る。
今回は去りゆく余韻が薩川益明先生、花田和治さん、
玉本恵子さんと会期中続いた訃報とともに尾を引く。

八木伸子さんの80代晩年の「札幌大通りーリラの季節」。
こんな柔らかな夢の絵を、大通り公園に今描ける人がいる
だろうか。
ふんわりと品良く淡い札幌モダニズムロマン。
描かれた場所から200メートル程南の松本医院の子女。
そうした<住>という根が無ければ決して描けない故郷の
原風景なのだ。
現実の風景の向こうに80歳の伸子さんは何を見ていた
のだろう。
地下深く電車が走り、上げ底され高層化した店舗パックの
ショッピングビル群。
通りは何番街とプラザ化し囲い込まれて、人と商品の量数
のみが先鋭化した市街区。
人の<動>は移る<移>に増幅拡大化し、同様に<住>は
<移>に増幅拡大化した街。
その市街区の<移>の向こうに、自らが育んだ遠い夢の風景
を描き遺したかったに違いない。
絵画を志した夢を育んだ故郷の原風景札幌大通り。
3・11以降被災地で唄われた「故郷(ふるさと)」の歌。

 兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川
 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷(ふるさと)

野山だけではない、
街(まち)にも故郷は在ったのだ。
近代という西洋文化への深い憧憬。
その憧れを育んでくれた街。
油彩という新しい西洋の絵画表現を、柔らかなかな文字
のように滲み、淡く、上品に描き続けた。
近代モダニズムの種子は、静かに札幌という土壌に根を
降ろし続けていた。
その故郷の原点を伸子さんは、振り返り、自らを奮い立
たせていたに違いない。
自然に近い故里も、近代の夢を育んだ街も喪失しつつある
現代に、八木伸子「札幌大通り リラの季節」は、その
心根・故郷の存在を絵画に遺したと私は思う。
愛する保次さんに高く抱かれ、大通りの樹も鉄塔も空に
高く羽ばたいている。
こんな絵画を今札幌大通りに描ける人がいるだろうか。
札幌モダニズムの美しい夢の土壌を想うのだ。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日ー28日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-04-29 12:21 | Comments(0)
2017年 04月 27日

花田和治さん・・・・ー暗渠(14)

画家の花田和治さんが亡くなったという。
飄々として鋭く時に過激で、邪気のない人だった。
今の場所に移転する前自宅に臥せている佐佐木方齋宅
に私を案内してくれたのが花田さんだった。
当時世間に見離されていた方齋を変わらぬ友情で付き
合っていたのは花田さんだけだったかと思う。
私は初めて方齋宅を訪れ、寝たままの方齋を見舞った。
そして部屋に乱雑に置かれた彼の編集した「美術ノート」
全巻を改めて見て、’80年代疾駆した彼の業績を思った。
美術家として、同時に企画者として現代作家展の主宰、
さらに批評誌としての美術ノート単独編集発行。
’90年代以降病床に臥せ一切の活動を停止していた彼を
このままにしてはいけない。
そう思い初期代表作「格子群」を皮切りに、未発表の作品
の数々を次々毎年展示し、その後新作を発表するまで彼は
回復したのだった。
この方齋の復活には花田さんの変わらぬ方齋への友情の
存在が大きくあったと思う。
花田和治さんは、そういう温かで熱い心の人だった。
日本海沿岸の大きな漁師番家の血を引く生まれで、東京
芸大を出て画業一筋。
その画風はシンプルな線描と大きな構図で、やはり海・空
を思わせる豊かで深い構図が特色だった。
テンポラリースペース2004年の個展と、道立近代美術
館での秀作個展が忘れられない。
陸と海、空と山稜、人の心と心。
そうした界(さかい)の世界を、実にシンプルな描線で深
く印象付ける剛直でかつ柔軟な心の作家であったと今思う。
今少し、もっと花田番家の話や海の事など彼から多く聞き
たかった、としみじみ思うのだ。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日ー28日
*及川恒平×山田航ライブ「傘」ー5月13日午後5時~
 予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-04-27 12:12 | Comments(0)
2017年 04月 25日

「彩」八木保次・伸子展終わるー暗渠(13)

6年目の八木保次・伸子展終わる。
今回はふたりの生きてきた時代が伏流水のように
地上に溢れ、出会いの泉となった気がする。
初日26年ぶりのD新聞M記者の取材掲載。
そこから広がった未知のおふたりの知己との出会い。
遺され持ち寄った作品を通じて保次・伸子の生きた
時代と人が会場にいつも深く点滅していたからだ。
展示2日目の薩川益明先生の訃報も、冥土からの
訪問だったような気がした。

八木保次個人画集図録の編集者N氏の、おふたりに
最後まで寄り添った死前後の話も心撃たれた。
入院した保次さんと同じ病院に、後から伸子さんが
入院し、先に亡くなられた。
その死を知らされ、保次さんが一階違う病室を訪れ、
大声で奇声を上げ悲嘆の言葉を発したという。
その後伸子さんの後を追うように保次さんも亡くなら
れ、ふたりの60年近い歩みは止まったのだ。
保次と伸子が歩んだサッポロー東京ーパリ、そして郷土
札幌・宮の森。
遺された作品の内にふたりが生きた時代社会と自然風土
が今も燦々と点滅し呼吸している。
縁あり所有された未見の作品たちが、また明年ここに
集まって時代と固有の風土を語り出すだろう、
こつこつと6年続けてきた追悼の伏流水が静かに湧き上
がって、今という時代・風土を深く照射しコンテンポラ
リー(同時代)の深い裾野を浸してくれた。
作品が人を呼び、人が人と作品を呼ぶ。

保次さん、伸子さん、ありがとう・・・。

*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日ー28日。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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# by kakiten | 2017-04-25 14:06 | Comments(0)
2017年 04月 23日

浮き世ー暗渠(12)

ある時代、そこに生きた人の想念が息付いている。
八木伸子「札幌大通りーリラの季節」。
淡く全体を彩る新緑の緑。
そして中央に聳える鉄の塔。
その下方左下にリラの紫の茂みと白いシャツの痩身
な男性が紫に煙るような女性を高く抱き上げている。
そしてふたりが描かれた画面右端に西洋のものと思
しき街路灯がくっきりと描かれている。
公園両側の建物は省かれ、白く塗り潰された方形の
姿が浮かんでいるだけだ。
空には鳥が数羽舞い淡い空の青世界が広がる。
この輪郭の霞のような筆致に、私は伸子さんの母上、
松本春子の仮名文字の世界をふっと想い出していた。
輸入された新しい文字文化・漢字の世界。
そこに掠れと滲み・省化の独自の和文字創出。
そして明治の西洋化という近代の中で、新しい都市に
生まれ生きたある純粋な想念を思うのだ。
油彩という西洋描法にカナ文字のような淡いの筆使い。
そこには西洋と伝統の対立・亀裂はない。

明治に入り江戸という町は東京という都市に衣を替える。
江戸城は皇居となり、貨幣鋳造地の銀座は煉瓦が敷かれ
ガス灯の灯る西洋通りとなった。
明治以降開拓使が置かれ近代とともに開かれた札幌という
新しい都市には、東京のように風土としての江戸はない。
蝦夷地の新都市札幌はその意味で東京近代より、より純粋
培養され具現化していたのかも知れないと思う。
しかし伸子さんの母松本春子、保次さんの母八木敏さんに
象徴される書道、華道、俳諧という伝統文化を母体土壌と
して、保次・伸子の油彩絵画は存在したと思える。
明治以降の近代の小さな花は「札幌大通りーリラの季節」
に見られる風土と成って咲いているのだ。
新都市サッポロは心のランドマークとして、晩年伸子さん
の淡やかな夢のように咲いている。
文化としての近代を、カナ文字のように柔らかく滲ませて。

*「彩」八木保次・伸子展ー4月23日(日)pm7時まで。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日ー28日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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# by kakiten | 2017-04-23 11:26 | Comments(0)