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2017年 10月 31日

往く・来るー最前列にして最後尾(27)

日曜日夕刻、菅沼緑さん岩手へ発つ。
大小十数点の作品を梱包し、車の屋根・車中に積み込む。
手伝いながら色鮮やかで軽やかに見える作品が、実に丁寧に
堅牢に仕上げられている事が手に伝わる。
色彩や曲線の形状とは違う、がっちりした堅牢な構造だ。
荒く息を吐きながら、梱包し緩みなく縛る。
丁寧緻密にして剛直、荷造り・梱包もロクさんらしい。

ロクさんに聞いた故郷鎌倉の山と湘南の海岸の話が、今も
心に残る。
山半分表は森林、裏はスパッと削ぎ落し宅地。
歴史ある風景とリゾート住宅街風景。
舞台の書き割りのように、山の裏表風景が二分される。
自然の有機的な境界が、面のように背景化・背後化する。
境は界(さかい)という空間性を喪失して、境面になる。
海岸もまた同様という。
陸と海の境は、ビーチとして整備される。
海岸はリゾートの境面。
この故郷の風景がどこかロクさんの作品構造に見える。
鮮やかな面の色彩と曲線の構造体。
そしてその立体を支える切断面繋ぎのケレン味の無い
構造。
今回の北海道の旅でロクさんが強く心に刻まれたのは、
自然と都市の間に横たわるより有機的な境界の相違だ
ったと思う。
自然的生物である人間。
社会的生物である人間。
このふたつの存在与件が激しく対峙して現在が在る。
長いこれまでの歴史が遺る歴史観光都市鎌倉は、自然
への畏怖と共存して歴史風景が在る。
一方近現代の都市鎌倉は自然を破壊し都市化が浸透し
観光リゾート化を続けている。
山地帯表裏する風景はその象徴である。
しかし鎌倉のような長い歴史ある都市と違う北海道
は、近現代そのものが海・山と向き合っている。
そこに近現代の可能性を見るか、その破綻を見るか。
歴史の感傷でもなく擁護・逃避でもなく、素で自然と
近現代社会の境界(さかい)を感じたのではないだろ
うか。
ロクさんが発った後そんなことを想っていた。

*ホピ&カチーナドール展ー11月1日(水)ー5日(日)
 am11時ーpm7時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



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by kakiten | 2017-10-31 14:34 | Comments(0)
2017年 10月 29日

鎮魂・癒しー最前列にして最後尾(26)

昨夜ロクさんから初めて聞いた湘南の話。
鎌倉の自然風致地区の山の裏側は、スッパリと
切断され住宅地造成が広がっている。
歴史的自然の側とその反対の裏側のギャップ。
札幌ではその境が緩く共存しているが、鎌倉
ではバッサリ切断され芝居の書き割りのようだ
という。
湘南の海岸も観光客のシーズン前には、トラク
ターがビーチ清掃に入るという。
観光・レジャーに徹底した自然管理の実態だ。
さらに夜の湘南に集まる暴走族の所業等、湘南・
鎌倉の観光レジャーの実態を聞かされる。
山裏側半分の話は、観光地売り物のイメージと
その舞台裏を象徴する話だった。
札幌でもかって三角山を全部削り宅地化する
動きがあったという。
確かに山裾の南一部は削り取られたままの状態
が今も残っている。
破壊は自然保護運動により撤回されたと聞く。
鎌倉の歴史・自然にはその事がもっと徹底して
山地半分をスパッと自然保護造成・宅地造成と
舞台の書き割りのように二分して背景化してい
るのだろう。

湘南のような南の人間が北へとあこがれる気持ち
は、手つかずの自然への憧れと重なって感じる。
私は北の人間だが、北海道でも道西に属するから
何故か道東・オホーツクへの関心があるような気
がする。
南は北へ、西は東へ。
これはある種の心の磁極・磁場なのだろうか。

ロクさんの作品の明快な立体断面でありながら、
暖かく軽やかに舞う作品群を見ながら、自然地形を
効用に拠って観光と宅地とスパッと切断する近代文明
に対する彼の心の痛みと慰撫を感じていた。
今回の作品群は彼の故郷への鎮魂と癒し・願いかも知
れないと思う。

*菅沼緑展ー10月29日(日)午後5時まで。
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日ー5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2017-10-29 13:53 | Comments(0)
2017年 10月 28日

サムライ ロックー最前列にして最後尾(25)

展示最終週菅沼緑さんは、画廊を飛び出し富良野、芸術の森
北大構内等あちこちを徘徊している。
先日夜は、佐佐木方斎の家にも行ったという。
十数年ぶりの北海道長期滞在。
音威子府に移住して来た時とはまた違う北の秋を満喫して
いるようだ。
菅沼緑ー通称ロクさん。
みどりではなく、ろく、ロク、ロックさん。
繊細にして一徹頑固な人。
湘南カントリーボーイに生まれ、北・音威子府に’80年代
移住し、厳寒の地に心折れ故郷鎌倉に戻り、2000年岩手
花巻に居を移す。
学生時代より彫刻を志し、父上もまた彫刻家であったという。
そうした父子同じ彫刻への見えない葛藤が、彼の移住への
エネルギーをどこかで燃やしてしているのかも知れない。
時に感じる直截な思考・行動力は、反発し求める心の力、夢を
追うサムライのように思える。
北海道初期、夢のサムライ村橋久成や岡崎文吉等の生きた
北の風土にどこかロックさんも感応している気がする。
明治初期開墾・開拓の自然と人間の直なる対峙。
その明快さ、シンプルな風土に惹かれる彫刻家がいる。

彫刻とは何かを常に問い続けて来た。
アカデミックな回路に拠らず、自分が作品と納得する回路
を模索し続け、思う表現行為を続けて来た。
今回の展示作品も合板を張り合わせた立体に一面一色の色
を塗り大小様々な形象を壁に組み合わせたものである。
すると空間は自体がひとつの色彩・形象で刻まれた立体と
なる。
この建物自体がすべて紅葉した蔦に包(くる)まれている
から、内外呼応する色彩立体の彫刻(チョーコク)空間に
もなっている。
岩手から二十数年ぶりにここへ来るまで、こうした風景を
きっと想像もしなかっただろう。
多分音威子府に居た時とは違う時間が在る。

今週のロックさんには、作品と同様、外界と手を携えて
闊達に交感する時が流れているかのようだ。

*菅沼緑展ー10月29日まで。最終日午後5時閉廊。
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日(水)ー5日【日)。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2017-10-28 13:07 | Comments(0)
2017年 10月 26日

両雄再会ー最前列にして最後尾(24)

佐佐木方斎さんが来る。
80年代方斉の編集した「美術ノート」にロックさんが
投稿していて久しぶりの再会だ。
ロックさんの岩手での土澤アートプロジェクト。
方斉の現代作家展キューレート。
ロックさんの街角美術館の企画編集。
方斎の「美術ノート」の編集。
そして本人自身の作品創作活動。
と、この二人には共通する点がある。
今回の菅沼緑さんの作品の保つ明快さと単色の色彩配置
などは、佐佐木方斎の初期作品「格子群」をどこか感じ
させるものもある。
勿論違うのだが、世界に対する活動の開き方に、同じ
DNAを私は感じていた。
しかし両雄ほとんど黙して語らず。
私は敢えて席を外し2階でパソコンに向かう。
時々耳を澄ましふたりの話声が途絶えつつも、ぼそぼそ
続いている事に安堵したりする。
時間差はあるが、このふたり最後は大喧嘩か肩叩き合う
仲となるだろう。
おっ、談笑の声・・・。

どちらもまだ真に希む真の作品は顕れてはいない。
ロックさんの木と剥き合った彫刻。
方斎の色彩と剥き合った絵画。

湘南カントリーボーイと道東カントリーボーイの
人生流浪のふたりは、ぼそぼそと声が途絶えつつ
今も話込んでいる。

+菅沼緑展ー10月29日まで。
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日(水)-5日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き

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by kakiten | 2017-10-26 16:53 | Comments(0)
2017年 10月 24日

故縁ー最前列にして最後尾(23)

茅ケ崎の竹中英俊氏が来る。
東大出版の仕事をしていて、出張の多い多忙な人だ。
5月吉増剛造展の時初めてお会いし、その時茅ケ崎と
いう彼の住所に明治の治水学者岡崎文吉終焉の地を思
い出し、その後竹中さんの友人浪江出身の原田洋二氏
と出会い、彼の故郷を想う号泣にも立ち会ったのだ。
不思議と人との縁を繋ぐ人だ。
実際彼とは同じ早稲田出身で、しかも下宿先が同じ戸山
ハイツだったりもした。
今回はさらに私の大学時代の先輩門倉弘氏と丸山真男の
仕事をしたと聞いて吃驚した。
私の新学年の頃の輝ける先輩だった門倉弘さん。
その懐かしい先輩の変わらぬ情熱と生き様が竹中氏の話
の中で晩年の様子から見事に浮かび上がゥてきた。
政治哲学と文学に造詣の深かった新聞会の先輩である。
今回は私の手元にある唯一残された新聞会集合写真を見
る事が大きな目的だ。
輝ける先輩達鈴木・門倉・山元・寺田・成沢他が写って
さらに少しトッポイ当時の松岡正剛の顔もある。

竹中氏と知り合い、私の内なる小さな国が見えてくる。
3年程前再発見した蛇行を基本とする自然工法護岸の
治水学者岡崎文吉。
その岡崎の昭和20年終焉の地茅ケ崎の縁。
早稲田出身で下宿先も同じ戸山ハイツ地域の縁。
そして福島・浪江出身で故郷の為に心魂注いでいる
原田洋二氏との出会い、その今年5月の号泣の縁。
そして今回は懐かしい先輩の晩年の変わらぬ活動姿勢、
最後の立ち位置まで髣髴とされる死直前の話も聞いたのだ。
僅か2,3度顔を合わせただけなのに、私の内なる心の郷
・土が呼気を発し胸を叩いている。

心の郷土、心の里。
そのランドは、私の内にあった。
久しぶりに古い友人・先輩・仲間との写真を見ながら、
今という時の故(ゆえ)、自分の心の故国を想った。

*菅沼緑展ー10月29日(日)まで。
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日(水)-5日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2017-10-24 17:30 | Comments(0)
2017年 10月 22日

色気ある人ー最前列にして最後尾(22)

菅沼緑展もあと一週間を残すだけとなる。
板で張られた様々な立体形に単色の強い色彩。
この単純明快さは、以前の工芸的とも思える
木の彫刻形態とは違う。
変わらないのは、ある種のユーモア感溢れる形象だ。
そこにあるユーモア感・色気のようなものは、変わらない。
そう書いて、あっこの人はニヒルだが、強い色気の
ある人だなあと思う。
その色気が柔軟な形象・色彩として、シンプルに
溢れている。
大学時代に色彩のある彫刻をしていた、と聞いた。
しかし彫刻の先生から、木彫の指導を受け褒められ
それに伴って色彩は姿を消したと聞く。
指導通り実践する素直な人でもあり、同時にそれに
反発する反骨の人でもある。
その素直さと反骨性が、多分鬩ぎ合って色気として
顕れている気がする。
1980年代に見た木を彫刻し、繋ぎ、ユーモラス
な形象を創っていたあの諧謔性は、その時代の彼独特
の色気だったという気が今する。
今は形象も色彩も隠さず堂々と色気に挑戦している。
ただ色気と言っても、隠されたそれではなく、明快
な明るい色彩と形の強い主張なのだ。
きっと近い将来、もうひとつ作品が変わる事だろう。
ある秘められたニヒルな視角が、怒り・墳怒として
新たに彫刻・彫りの刃が顕れるかも知れない。

*菅沼緑展ー10月29日まで。
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2017-10-22 16:41 | Comments(0)
2017年 10月 21日

寡黙な手の人ー最前列にして最後尾(21)

菅沼緑展初日、自宅マンションのガス暖房が止まり、
一日半立ち合い。
ガス漏れ微量だが、ガス管取り換え作業が長引く。
管が旧形で今の管と交換するのにサイズが違い、埋め
込まれた壁内部を掘り返し外す手間ができた為だ。
先ず表面のタイルを剥がし、内部のコンクリートを
ひたすら削り、旧菅を露出させ新しい管に換える。
ガスという給湯・煮炊きの火のインフラも、土台と
なる設置構造は手仕事と実感する。
壁のタイルを剥がし、奥のコンクリートを壊し古い
管を取り外す途中、”あっ、鉄筋だ!”と作業員が叫ぶ。
<鉄筋コンクリート>という言葉を思い出す。
この鉄筋は管の取り換えに邪魔である。
鉄筋を取り除くのも手で、ヤスリを掛け切り落す。
30cm四方位の穴なので、十分に力が入らない。
ずっと立ち合い見守っている内に、ふたりの工事人
に不思議な友情のようなものが湧いて来た。
翌日モルタルで穴を塞ぎ終了。
帰りに吉増剛造展「火乃刺繍」活字凸版のフライヤー
を年配の手仕事人に差し上げた。
これも活字印刷という手仕事ですよ・・・。
するとそれまで無表情だった仕事人の顔が崩れ、柔ら
かく良い笑顔になった。
もうひとりの若い社員には好きだという手塚治虫の
ブラックジャック特集の漫画雑誌をあげた。
ドアの外に出て二人の少し燥いだ声が聞こえた。
嬉しそうで満足そうな声だった。

*菅沼緑展ー10月29日まで。
*ホピ&カチーナドール展ー11月1日ー11月5日

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by kakiten | 2017-10-21 16:56 | Comments(0)
2017年 10月 18日

菅沼緑展始まるー最前列にして最後尾(20)

岩手県在住の作家菅沼緑展始まる。
形象はシンプルで柔軟、色彩は強くて暖かい大小の
作品が舞う。
見上げる吹き抜けに在る作品も含めて、入った時から
色彩と形に抱かれるような気がする。
私の知っていたロクさんとは変貌していた。
小さな木の彫刻を数多く集合し並べ、木の繊細さ、闊達
さを表した作品群とは違う、
大きな単体で木材そのものの質感に拠らず、単色の色彩
の強さ、樹木が保っている柔軟性がより強く空間を掴んで
跳んでいた。
鎌倉で生まれた男の北海道・音威子府ー岩手・花巻と生き
る中で削ぎ落としてきた明るさと剛(つよ)さの明快さが
色と形に出ているような気がした。
クヨクヨしていないなあ、ロクさん。
お逢いした初めが、1980年代だったと思うけど、札幌
は音威子府を去る時の途中だった。
鎌倉の名家に生まれ北へと憧れ、挫折し、そして岩手へと
北志向の彫刻家は、その間何を得て何を喪ったのか・・。
その答えが、今回のシンプルにして強い単色の色の強さに
顕れている気がする。
紅葉の蔦の画廊で内から溢れ出るように、作品たちが
秋の光とともに煌いていた。

*菅沼緑展ー10月17日ー29日まで。
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2017-10-18 14:32 | Comments(0)
2017年 10月 15日

秋の訪問者ー最前列にして最後尾(19)

夏が終わり短い秋が来る。
壁の蔦も一気に紅葉が進む。
もう山には初雪が降っただろうか・・。

茨木の妹たちに続いて栃木足利美術館のS氏が来る。
11月3日から12月24日まで開かれる吉増剛造展「涯テノ
詩聲(ハテノウタゴエ)」の打ち合わせだ。
札幌国際芸術祭北大博物館に続く足利美術館での展示。
2011年から始まった吉増剛造の3・11以後の仕事
ひとつの集大成に入っている。
来年は沖縄美術館もあるが、この足利美術館の展示がひとつ
の区切りと思われる。
その所為もあるのだろう、この展示の最終日のトーク
セッション「札幌の古・水・道(フシコ・ワッカ・ル)」
に私も招かれている。
1994年「石狩河口/坐ル」で始まり、2011年「石狩
河口/坐ル ふたたび」-「怪物君」に至る23年間に及ぶ
ひとつの節目。
私如き浅学菲才な者が博学多才な天才詩人とトークなど
考えられもしないが、唯々節目にいつも立ち会ってきた経過も
踏まえ、見て、聞いて、今回も立ち会う事が責務だろう、と
決心していた。
トークタイトルも多分吉増さんの意向で決められたと思う。
私は私の札幌で生きて来た自分のありのままを引っ提げて
そこに立つだけだ。
タイトルに札幌の二文字があるのも、その辺を見通しての
配慮と思われる。
12月24日の正式なご招待とその打ち合わせをS氏とする。

その二日後、札幌国際芸術祭で吉増さん他の展示キューレー
トをした東京現代美術館のYさんから不意に連絡が来た。
芸術祭の後始末があったのだろうか、今札幌で朝寄りたい
という。
テンポラリーに急ぎ着くと、もう玄関前に荷物と本人。
宿屋が近くだったと言う。
それから2時間弱終わった吉増展をはじめ色んな話をした。
聡明で柔軟な感性をもつYさんは、今回の芸術祭でも屈指
の優れた仕事をした人だ。
その自覚と喜びがきっとここへ来てくれるエネルギーな
のだと感じている。
大友良英氏とともに今芸術祭で得た忘れ得ぬ知己である。
他にも映像の宮崗氏、音響の牟田口氏とも長い付き合い
となる予感がする。

芸術祭運営自体には種々の批判もある。
それはそれで正当な場合もあるが、問題はいつも作品と
人である。
そして場の再発掘・再発見という場の問題も関わるのだ。
さらにその事はいつも自分自身のその場、今回の芸術祭
でいえば、札幌で生きている自分自身の場が問われる事
でもあると思う。
その意味でも足利美術館での私の出番のタイトルがすべて
を象徴している。

病躯・老躯に鞭打って頑張ろう・・。

*菅沼緑展ー10月17日(火)ー29日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2017-10-15 16:55 | Comments(0)
2017年 10月 14日

心のランドー最前列にして最後尾(18)

ブログの欄外に出てくるランキング欄。
そこに11年前の「さゆらぎて立つ」という2006年
4月6日のブログが載っていた。
なんとなく開けてみると、テンポラリーを今の場所に
決めたばかりのある一日が綴られていた。
発寒川を石狩河口まで村岸、酒井君と3人で追尾した前後
の私の日常だ。
コメントも3通ほど入っていて、人の心の温かい地場が
感じられる。

昨日妹たちの訪問後、故里(ふるさと)の里・郷を考えて
いたから、ああ、この心の地場も小さな俺の故里だなあ、と
思った。
自然とともに共存した故郷ではなく、人はもうひとつ心の
片隅にランドのような磁場を保つ。
かって人は過酷な自然野生と闘い、そこに界(さかい)の
ような緩衝地帯を故郷として創ったのだ。
それを時に風土という言葉で表した。
生きる大地に固有の風景・村落・社会・文化。
日本ではそのゾーンを<お国>と呼んだ。
お国訛り、お国自慢、お国土産・・・。
世界的流通・物流網を基底に、時代はグローバルな世界と
なり、自然への畏怖を前提とする思考から、自然の克服・
制御・防災の社会概念へと変わってきた。
風土という自然と結びついた社会概念は後退し、都市という
人工環境に重点が移動してきたのだ。
個々の個人的風土<家>という概念も薄れ、モノとしての家
という家屋の存在感も都市化とともに消滅しつつある。
では人の心の地場はどこにあるのか。
故里(ふるさと)のように、風土として自然とともに存在し
た社会自然は急速に消えつつある。
しかし消えない、消せない何かがある。
心が意思し継続している源流と河口のようなもの・・・。
例え途中過程がいくらショートカットされようとも、湧き出
し流れて世界へ触れようとする心の泉のようなもの。
そうした見えない力の磁場。
そんなもうひとつのふる里・ランドを、人は今も造り続けて
いる気がする。

11年前今の場所に移る直前のブログを読み返し、思い返し
ていた事だ。

*野上裕之アーカイブー10月15日まで。
*菅沼緑展ー10月17日(火)ー29日(日)
*ホピ&カチーナドール展ー10月31日ー11月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2017-10-14 13:32 | Comments(0)