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2017年 07月 30日

チQ作品完成ー緑陰(7)

「脈」展最終日前夜チQ君の未完作品が完成した。
沖縄移住を志した8年前ここで描いた作品、そして
今年40歳の誕生日に描いた作品、その左右旧作の
まん中に同サイズの無地板を置き、両側の作品のエ
ッセンスを吸収しながら描き続け、やっと昨夜完成
したのだ。
左右の旧作は描き潰され外されて、まん中の一点が
ひとり立ち顕れてきた。
背後のブルーシートが外された白い壁に縦1・8m、
横90cmの作品が浮き上がる。
さらに先日のライブドローイングで描かれた岡田綾子
さんのマスクが周りを跳ぶように配置された。
最終日前夜やっと会場全体が<×1>を得て凝縮して
きたようだ。
作品ゼロのまま5人展に臨んだチQ君のある意味怠慢
さと同時にそこまで自分を追い込んだ覚悟のような
今回の参加行動。
それが最終日前夜やっと実を結んだともいえる。
その我が儘が他の4人にもあって、我関せずのペース
でそれぞれの独白のように作品が並んでもいた。
今回の5人展提起者鼓代さんからは、チQ君のブルー
シートを早く撤去し左右の旧作もなんとかしろ、と厳し
く指摘する動きもあったようだ。
唯一岡田作品だけが、他の4人の間を跳び繋いで会場の
一体化を演じていた。
会場一階正面に未完の無地の板がブルーシートをバックに
並んでいる我が儘な風景はやっと解消され、会場全体が
5×1=5の五人展へと空間を浮上させたのである。
5人展「脈」は、やっと脈動を打ち出した。

この新たに誕生した作品はチQ君にとっても新たな制作
活動の礎ともなる事だろうと思う。
軸足を得た縦軸の画面構造と巻き上がる色彩。
合掌の、掌(たなごころ)にも通じる心と身の踵(かかと)
ともなって、酒井博史の篆刻「掌」、藤川弘毅の死の凝視、
岡田綾子、鼓代弥生両女性の飛翔する線刻、色彩、造形の
花の芯の位相にも位置したと思える。

互いにそっぽを向いていた作品達が、人をも含めてある一体
感の空間へと再生した。
作品とは不思議なモノである。
僅々一週間の間、会場時空体は大きくその質を変えた。

*5人展「脈」ー7月30日午後6時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-30 13:07 | Comments(0)
2017年 07月 29日

「脈」ライブー緑陰(6)

昨夜音楽だけの「脈」ライブが行われた。
有山睦氏がキューレートしたトリオナオサズ。
ドラム・有山睦、トランペット・寺久保怜矢、
ベース・高橋里沙の3人。
寺久保君はまだ高校一年生、高橋さんは大学一年生
と若い演奏者である。
リハーサルで初めて音を聞いたが、新鮮で爽やかな
いい音を出していた。
寺久保君はヤマハ教室で旧友のジャズトランペット
奏者Iの教え子と聞き、その奏法になんとなく似た
ものを感じて親近感をもった。
リハーサルの後は私は通院で留守したが、ライブは
好評だったという。
他に酒井博史さんの弾き語り、やはり若い歌い手の
ヨシダレオさんが歌った。
今回は有山睦さんが若手演奏者を担ぎ出し、酒井さ
んが若手歌い手を担ぎ出す、という「人<脈>」
ライブだったと思う。
チQ君のライブドローイング、岡田綾子・鼓代弥生
さんのライブペインテイング、と参加者それぞれが
展示と同時にライブを試みた訳だ。
藤川弘毅さんは残念ながら入院中で顔を出せない。
今回の5人展は様々な綻びをみせつつも、今から将来
への個々の視座を浮き上がらせた事で深い意味を保つ
と、感じている。
チQ君は生きる方位の原点、8年前の作品を見詰め、
新たに描き出した。
酒井さんは活字職人として「掌(てのひら)」を文字
通り篆刻で「掌」と彫り、6年前の野上裕之との合作
彫刻両手の往・還と共に並べ、今を見詰めた。
藤川さんは自らの病を社会的な目線で廃材と共に見詰
め凝視した。
岡田さん、鼓代さんは成熟した女性の目線で、開かれ
た感性の跳躍表象を1,2階に跳ばしたと思う。

5人にとって「脈」とは何か。
それはまだ不明だけれど、それぞれの動脈・静脈とも
とれるし、若い才能と繋がる人脈もあり、己自信の生
きる脈動の検証もあり、それぞれのライブを通して浮
きがる課題は脈絡無いまま過去と未来に横たわってい
ると感じる。
あと一日。
5人それぞれのパルス(脈拍)だけは、間違いなく
聞こえた一週間だった。

*5人展「脈」ー7月30日(日)まで。
 am11時ーpm6時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

通して
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by kakiten | 2017-07-29 16:59 | Comments(0)
2017年 07月 27日

30,40代の風景ー緑陰(5)

昨夕の岡田綾子・鼓代弥生さんのライブドローイング
「マスク」は通院で残念ながら立ち会えなかった。
しかし今日会場へ来ると、なにか変化した雰囲気が
残っている気がした。
チQ君の作品が先日のライブペイン手イングで変化し
た所為もあるが、多分岡田・鼓代ふたりの女性の残り
香、羽ばたきの空気の痕なのだろう・・・。
F・Bに写真と動画が載っている。
鼓代さんがジャンベを叩き、岡田さんがマスクを描き
それを切り取っている。
岡田さんんの身の動きがなにか今回の展示と同じよう
に空を跳んでいる心地よさを感じた。
ある種の軽やかさが、軽薄ではなく、あるのだ。
そうか、その空気が会場に流れている。
30代、40代の踵の時間。
日常を地として、根の力踵に力の入る、5人の共通した
時間層が籠っていたのだ。
女性は20代とは違う羽ばたきの非日常を、
男はじっと凝縮する根茎の時を内に溜める・・。
このふたつの時間層が個々に閉じず、開いた空気層と
して小さな風を起こしていた。
これも小さな同時代。

個々の作品は場を共有する事で、次第に空間も変容し
風が立っていくようだ。
明日のライブでまたひとつ空間は広がるのだろう・・か。

*5人展「脈」-7月30日(日)まで。
 :28日(金)午後7時~ライブ「脈」トリオ演奏他
  参加費千円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
会場写真 TemporaryーPhot
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by kakiten | 2017-07-27 11:53 | Comments(0)
2017年 07月 26日

チQ・ライブドローイングー緑陰(4)

昨夕、チQ君のライブドローイングがあった。
高さ1・8m、幅90㎝の3枚の板が並び、左右2枚は
すでに描かれている。
左は四十歳の誕生日に描かれた最近作。
右は8年前沖縄へ移住を決意した時ここで描かれた作品だ。
その二つの絵に挟まれた無地の板に描いていくライブパフ
ォーマンス。
かって沖縄移住を決め、断念したこの間を見詰める、チQ
君の今がこの先を含めどう描かれるか。
8年前虎が黒い縁取りで浮き出るように描かれた作品は、
ここで板を横に設置し描かれたものである。
今回は3点の同サイズの板が、縦に並んで設置されている。
先に描かれた両脇の2点も含め、どんどん絵の具が重ねら
れ、3点一体の交わりの中で、真ん中の作品も埋められ
ていった。
8年前沖縄へ行くぞ、という爪先に力の入った強い気持は
黒い描線に顕れていたが、今回は肌色の中間色が主色と
なって3枚を繋いでいる。
そして出て来た縦の描線と黒を含んだ赤の黄色い塊が、精子
のように上へと立ち上がって見える。
1時間程のライブペインテングはそこで終了した。
後は会期終了時まで左右を切り捨て真ん中だけに集中して
黒を加え終える予定という。
8年前と同じ場所でのライブドローイング。
爪先の時から踵の時間へ。
そして横軸の空間から縦軸の空間へと描画の対象も変化
してきた。
好漢チQの人の良さだけでは救いきれない生きる軸心
の方位。
8年前のここに残されていた「白虎」と名付けた秀作
を土台に、今回何が見えたのだろうか。
「白虎」はもう塗り潰されて、なにも語ろうとはしない。

*5人展「脈」-7月30日まで。
 平日12時ー午後8時 (土)11時ー午後8時
 (日)11時ー午後6時。
 :26日午後7時~ライブドローイング「マスク」
  鼓代弥生・岡田綾子:参加費五百円
 :28日午後7時~ライブ「脈」酒井博史他:参加費
  千円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-26 13:47 | Comments(0)
2017年 07月 25日

5人展「脈」始まるー緑陰(3)

鼓代弥生・チQ・岡田綾子・藤川弘毅・酒井博史の
5人展「脈」始まる。
それぞれの今が見える。
しかし何故5人なのかは、見えない気がした。
5×1=5という、<×1>が見えない。
タイトルとなる<脈>が、本来そうなのだろうが、
脈は前段階にしか感じられない。
それぞれがある種才能を保っている事は、紛れもない
事実として作品の個性に感じる事は出来る。
しかし何故自分以外の他者と表現の場を共有し発表する
のか、その不可視の可能性への試行・視座が薄い。
多分その事を象徴するのは、チQさんの作品だ。
8年前の沖縄へ移住を決めた時、友人の佐佐木恒雄さん
とふたり展の最終日会場で完成させた作品。
それと最近作を左右に置いてまん中に同じ大きさ・同じ
材質の板が置かれている。
ここに会期中作品を仕上げる予定という。
8年前佐々木恒雄さんは、故郷網走への帰郷を決意し、
チQさんは沖縄への移住を決意していた。
その南北に別れるふたりの移住の決意。
その時以来佐佐木さんは、故郷網走で家業の漁師を継ぎ、
画業も切れる事なく作品を描き続けている。
チQさんは、その後沖縄から帰郷し、今だ遠くを見たりが
近くを見たり定まらぬ。
そうした意味でも、今回の設定はもう一度8年前を見据
える決意のようなものが漂っている。
しかしそれは個人の問題で、他の4人と同じとは言えない。
岡田綾子さんの様々な表情の縫いぐるみのような動物、人
の面形は、作者の喜怒哀楽を活き活きと伝えて、彼女の今
を宙に跳ばし、会場に陰影を刻んでいる。
この岡田さんの作品が一番会場に脈絡を施し盛り上げている。
酒井さん、藤川さんの作品は、それぞれ一点づつで、寡黙に
現在の今の自分を独白しているような自己凝視の作品だ。
藤川さんは、古びた掛け軸に廃品から人の足がはみ出ている
時代の死を凝視するような絵画作品を描いている。
酒井さんは「掌」という文字を篆刻し印字した作品。
その前に彫刻家の野上裕之との数年前の合作、野上さんの両手
の彫刻手首断面に篆刻した作品を置いている。
掌の復権がテーマという。
鼓代さんは板に彫りこみを刻み色彩を施した板画抽象作品。
こうしてみると、岡田さんの吹き抜け1,2階を自由に跳んで
いる作品が唯一場と関わっている作品だ。
5=5の並列化を救っているのは、岡田綾子さんの跳んでいる
ような面・縫いぐるみ・妖精のような立体作品であるだろう。

作品とは不思議なモノ・・。
個々の作者はバラバラでも、作品同志がどこか寄り添って
意図せぬ<×1>を醸し出してもいる。
この後行われる3日間のライブで、会場はまたどんな<×1>
を産み出すのだろうか・・・。

*5人展「脈」ー7月30日まで。
 :25日(火)チQライブpm7時~五百円参加費
 :26日(水)ライブドローイング「マスク」pm7時~
  鼓代弥生・岡田綾子ー参加費五百円
 :28日(金)ライブ「脈」pm7時~jazz・唄他
  参加費千円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-25 17:25 | Comments(0)
2017年 07月 22日

「石狩シーツ」の先へー緑陰(2)

北海道大学総合博物館吉増剛造展{火ノ刺繍ー「石狩
シーツ」の先へ}の展示準備が始まる。
それに先だって長編詩「石狩シーツ」誕生の石狩河口
で吉増さんが全編朗読を試みるという。
23年ぶりの新たな朗読。
「石狩シーツ」は再びどんな姿を見せるのだろうか。
地球の裏側で明治以降故国を深く抱きしめていた
ブラジル日系移民社会の人たち。
1992年その中で深い亀裂を感じた現代日本吉増
剛造の孤独。
そこから立ち直る為1994年初夏約半年石狩河口
に滞在し、この詩を書いたのだ。
ブラジルへ旅立つ前年秋見た大野一雄の石狩河口
公演「石狩の鼻曲がり」の舞台。
その記憶が傷心の吉増さんを招き寄せたと思う。
今回の「石狩シーツ」朗読は、鈴木余位さん撮影、
牟田口景さん録音で収録され、会場で流される筈だ。

そんな時石狩の主のような、吉増さんに大切な存在
中川潤さんとやっと連絡が取れる、
生粋の山男で北海道を代表する登山家のひとり。
そしてアイヌの自然観を実践する生き方を保ち、今は
石狩知津狩川口に住む男だ。
ちょうど週末は石狩に居るという。
昨年他界した英国の美術家ロジャーアックリングが
滞在制作した時も彼が寄り添ってくれた。
ロジャーは安心して彼に制作撮影を託してくれた。
ロジャーの死後英国で追悼本が編集出版されたが、その
中に私の文章とともに彼の撮影したロジャーの制作風景
も載せられている。
この本の編集者はこの写真に驚き、他の全てのロジャー
の写真を見たいと連絡が来た、
奥さんとふたりの海岸での制作風景は珍しいという。
作家に信頼される大きな包容力。
それは彼の生き方そのものが醸し出す包容力なのだろう。
吉増さんの詩にも何度か登場する稀有な存在である。

中川さんが来るというので、待っていると郵便屋さんが
色紙大の黒い吉増展のフライヤーを配達していった。
あれ、今頃なんで・・・?と思い見ると、吉増さんの
特徴ある文字が英字で躍っている。
うん?とさらによく見ると、なんとニューヨークの
ジョナス・メカス宛のものである。
住所不在で今頃フライヤー住所に戻ってきたのだ。
しかも不思議な事にこの日私は鈴木余位さんのニュー
ヨーク土産に戴いたメカスのTシャツを初めて着ていた
のだから・・・。
メカスと吉増さんの親交は深いものがある。
現在の「怪物君」草稿もニューヨークでメカスが購入
してくれたと聞いた。

「石狩シーツ」の先へ。
大野一雄、ジョナス・メカス、中川潤、石狩と大きく
宇宙の裾野が螺旋系の渦を巻き出したような気がする。

*5人展「脈」ー7月25日(火)ー30日(日)
 pm1時ーpm8時:鼓代弥生・チQ・岡田綾子・藤川弘毅・酒井博史

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 
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by kakiten | 2017-07-22 13:46 | Comments(0)
2017年 07月 19日

身{自然)も、心(観念)もー緑陰(1)

ベルリン帰国前日、谷口顕一郎さんが来た。
明年の札幌個展の打ち合わせをした。
私からの提案は、<ケン&アヤ>である。
以前からそういうサインで作品を発表したい
と彼は言っていた。
ただ彩さんの方が少し引いて遠慮している
らしかったのだ。
14年前サハリン経由で札幌から欧州へ向か
ったふたり。
その道中を日々記録した彩さんの日記は、今も
好評で何よりもふたりの大切な精神の糧ともな
っていると私は感じていた。
途中撮られた写真記録とともに、これはふたりの
大切にして原点ともなる記録である。
その事を誰よりも強く感じているのは、他ならぬ
ケンちゃんだ。
従って自分の作品のサインに、<ケン&アヤ>
と命名したい気持ちはよく分かるのだ。
私は来年の個展を機にそれを実現する展示を考え
たらどうか、と提案したのだ。

私は現在週3回腎臓5時間の治療を続けている。
この時間を私は自分の身体集中時間と考えている。
健康時意識が薄かった身体時間。
そのギャップを深く意識して感じるようになった。
例えば正月や祭日も内臓は休み無く働いている。
その為に決まった治療を時間集中して受けなければ
ならない。
すると多くの健康な普通人は訝しげに問うのである。
何故休日なのに通院するのですか・・?
祭日・休日は人間社会が決めた決め事である。
身体の時間は自然時間で、社会的なものではない。
人間は社会的存在であると同時に、先ず身体を保つ自然
的存在であるのだ。
心身一如、心身一体と言葉で表しながら、心という脳内臓
に主眼がいって<身>の方は軽視されがちなのだ。
<身も心も>と身を先に考えるのが、本来の順序という
ものである。
男と女という二つタイプの人間は、いわば<心・身>
というものを内包する人間を顕していると思う。
女性は身(自然ー内臓言語)をベースに、男性は脳(
社会ー筋肉言語)をベースに生きる生物と思える。
そのどちらかに偏重しても、人として不完全なのだ。
人は<身>という自然存在の言葉にも耳を傾けなければ
ならない。
同時に<心>という社会的存在の観念言語にも従わねば
ならない存在だ。
機能低下した腎臓代行治療という通院に、祭日でも?と
いう疑問は、この<心・身>の分離・社会的存在への偏重
から起きる素朴な疑問なのだ。
そうした考えもあった所為か、男性性・女性性の考えも
<身も心も>の問題と感じていたのである。
<ケン&アヤ>とは、男女平等という観念ではなく、人と
して生きるという観点で、最も人間らしい行為と思えた。

クリスト&ジャンヌという先輩もいるじゃないか。
堂々と<ケン&アヤ>で生きて下さい。
ねえ、ケンちゃん、アヤさん・・・!

*5人展「脈」ー7月25日(火)ー30日(日)am12時
 ーpm8時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-19 12:35 | Comments(0)
2017年 07月 16日

剛造六腑・・・ー泉=メム(22)

札幌国際芸術祭に吉増剛造さんが参加する事で、こちら
にも色々な余波・波及がある。
2011年から毎年連続した「怪物君」の流れがあるので、
当然といえば当然なのだが、私自身はずっと国際芸術祭に
は距離を置いて来た。
新幹線・オリンピックと並ぶ都市一極集中化の流れと位置
付けていたからだ。
札幌は北海道の東京にならなくても良い。
東京化という近代化とは、一線を画すべきと思うからだ。
しかし吉増剛造となると、彼の今邁進している仕事は、その
近代の裾野を抉る五臓六腑ならぬ剛造六腑の脳内臓腑消化・
吸収・咀嚼開示の全身行為で、その真摯な表現に嘘はない。
3・11以降「石狩河口・坐ル ふたたび」で始まったここ
での展開は、明治開国と昭和の敗戦のふたつの日本の近代化
の裾野を問い、立ち上げる全身全霊のラディカルな仕事だ。
六番目の臓器・脳の、知の咀嚼・分析・吸収を、自らのカメ
ラで生々しくドキュメントのように記録し提示する全身・全
霊の実践記録。
それは正に知覚による心の食物を、脳の唾液・胃液・腸液が
咀嚼・分解・吸収する詩人の格闘現場に立ち会う稀有で露わな
内臓言語の磁場宇宙であるからだ。
吉本隆明の最初期詩集1950ー51年「日時計篇」を、戦後
近代の原点素材として詩人は全身全霊の咀嚼・吸収を実践して
、今という時代を噛み砕こうとしている。
この非常にラディカルな行為の記録は、立ち会う事にこそ意味
がある。
描かれた草稿は身体の食材のように、残骸化し晒される。
吉増剛造は1994年「石狩河口/坐ル」展で、明治以降の近
代化の原点と向き合い、2011年3・11以降戦後昭和近代
とふたたび向き合い、対峙している。
それは自らの、産まれ生きて来た時代そのものを裾野から問い
立ち上げる孤独で直向な個の公開行為なのだ。
私はただただ立ち会うしかない。
そこには国際も芸術祭もない。
あるのは札幌という近代を生きてきた自分自身の現実の総体・
すべてである。
この間札幌響文社より出版された「根源乃手」に続き、同
出版社より続編ともいえる「火乃刺繍」が今秋出版される。
出版不可能と思われたこの数年の一連のここでの仕事が、見事
な造本・製本により2冊の書物となる。
そして札幌国際芸術祭での展示は北大総合博物館で来週にも
展示が始まる。
タイトルは「火ノ刺繍ー石狩シーツの先へ」。
大きな円環を見せるように、「石狩河口・坐ル」展で生まれた
長編詩「石狩シーツ」の彼岸を見据えている姿が見える。
大きな螺旋構造を感じる。
全身詩人の、喉の奥の螺旋だろうな・・・。

*5人展「脈」-7月25日(火)-30日(日)
 am12時ーpm8時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き 
 tel/fax011-737-5503

との格闘現場
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by kakiten | 2017-07-16 15:49 | Comments(0)
2017年 07月 15日

心身ー泉=メム(21)

漢字で書くと、<心身>・・と心が先に置かれるが、
ヤマト言葉で書くと、<身も心も・・>と身が先に
置かれる。
意味する事からいうと、後者の<身も心も>の方が
なにかしっくりくる。
時に英語で、フイジカルーメタフイジカルなどと云
う事があるが、その意味の説明には<身も心も・・>
が一番しっくりくる感じがする。
文字が中国から輸入され、ヤマト言葉は初めて文字を
もち表現される。
その時音訓両用の使い方が生まれ、文字もまたひらかな
仮名文字が生まれた。
ただの真似・模倣ではなく、消化し工夫した文化の力だ。
もし私が先に記したように<心身(シンシン)>よりも
<身も心も(みもこころも)>により共感性を感じると
すれば、私の中のヤマト言葉が生きているからだ、と思う。
ましてフイジカルーメタフイジカルという英語よりもっと
体温に近い。
そうした身体に本来馴染む言葉を、我々は随分粗末にして
はいないだろうか。
横文字を使ってなにか最新で格好良く浮き足立っている。
大体<横文字>という言葉ももう死語となりつつある。
解らない言葉の代名詞の総称がヨコモジだったが、街中
横文字表記だらけの時代である。
日本語すら縦書きは少なく横表記が全盛なのだ。
言葉の魂の種子が日常の土壌に深く深化せず、流行りの風
に吹かれて空に舞い、消えてゆく。

言葉だけがそうした状況に在るわけではない。
<心身共に>そうした状況に、自然・社会両環境において
置かれている気がする。
<身>は、この異常気象の常習化に、<心>は両極の貧富
差そして再びの<ノーモア>と横文字化される戦後近代の
不安に晒されている。
移動・移住・移民の主体性を喪失した心の難民状況が、都市
に始まり村落にまで、ノーモア・フクシマの戦後近代の波は
押し寄せているのだ。
<身も心も>挺して、私たちはその最前線で闘わねばならぬ。
極めて日常の個的最前線で、その闘いは闘われてあるのだ。

*5人展「脈」ー7月25日(火)ー30日(日)
 am12時ーpm8時

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-15 15:46 | Comments(2)
2017年 07月 14日

歯医者さんー泉=メム(20)

朝のフランスパンに始まり、歯応えあるものが
好きだ。
おかずを挟みガリガリ噛みしめる。
そして熱い紅茶をグビリ・・・。
一気に固いフランスパンが柔らかく溶ける。
そんなある日固い異物が口に残った。
被せた奥歯が外れたのだ。
いつもの歯医者さんに治療に行く。
円山時代徹底して予防治療を教示してくれた
敬愛する歯医者さんである。
網走出身で同じ網走の美術家佐々木恒雄さんの
月夜の漁師と舟の絵を今年購入してくれた。
その絵は今も治療台の前に展示されている。
そこで昨日は約2時間新しく被せる歯を調節し
嵌め込んだ。
何度も微調整し噛み合わせをスムースにする。
欠けた元の歯の亀裂に沿って幾度も幾度も調整
が繰り返される。
あくまで自歯を基本に補強する姿勢は、歯ブラシ
の磨き方、糸クロスの使用と予防を重視した
最初の治療姿勢と今も変わらない。
何度も歯の亀裂に合わせた調整作業、小走りに
治療台と研磨台を往復する先生を感じながら
ふっと谷口顕一郎さんの凹み彫刻を思い出して
いた。
路上や壁の亀裂をトレースし彫刻に仕上げる
彼の姿が、どこか歯医者さんの真摯な作業と
重なっていたのだ。
勿論目的は違う。
しかし亀裂を見詰めその形容をひたすらに
見詰め再生する姿勢は同様の真摯さが感じ
られるのだ。
芸術の事をファインアートと呼ぶ場合がある。
この時アートとは職人芸という意味で、それに
ファインがかぶさって、用のものではない美、
芸術という意味となるのだろう。
彫刻家と歯の医師は、アートの部分では同じ位
真摯に凹み・亀裂に対峙している。
何時かこの治療台に谷口さんも座したら良いな
あ~と勝手に思っていた。
オホーツクブルーの佐々木恒雄の絵画の前で
谷口顕一郎さんや中嶋幸治さんが目を瞑って
口中の海を漕ぐ歯医者の櫓の捌きを感じつつ
背を立てて見開いた目の前にオホーツク海の
青が広がる。
手仕事の真摯さを共有する不思議な治療経験
となる気がする。

*5人展「脈」-7月25日(火)ー30日(日)
 am12時ーpm8時

 テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-07-14 12:52 | Comments(0)