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2016年 05月 29日

暖かい友情ー鉄橋(37)

やっと少し肩の力がほぐれて素直に冷静に吉増展への
文章が出てきた。
美術館に委託された美術手帳の編集者は根気よく優秀で
ビシビシと指摘してくる。
自分のどこか遠回りしている表現、、引用・人の名前の出所
の明確さを欠く曖昧さ。
気が先だって文が跳んでいるのが解る。
吉増さんの「怪物君」映像から引用してブンタと記載しても
第三者には誰の事やら解らないだろう。
字数を気にして、それらを省く怪しさが文章全体にも及ぶのだ。
一徹な活字職人の風貌を菅原文太と、会う前イメージしていた
吉増さんが初めて酒井君に会った時発した言葉
”あれ?お前、文太でないのか!・・・” だった。
実物はより若く小太りで笑顔の可愛い青年だった。
それ以来酒井君をブンタ、ブンタと呼ぶのである。
それが今回の文章の肝ともなる4回目の個展に送られてきた
制作プロセス映像5本目のGOZOCINEで非常に印象的に発せ
られていたのだ。

 ねえブンタ、マサさん、ナカジマさん、こんなにみんなで遊べる
 なんて考えてもいなかったよな・・・。

これから始まった高揚感は

 とうとう、この歳になって、アタシもやっと詩人になり始めたぜ!

と続き、さらに

  タケミツさん。タキグチさん、キドッテルンじゃないよ!

と絶叫する。
もともと敬愛していた武満徹、滝口修造への揶揄に至るのである。
この場面は吉増さんの近代(モダニズム)への肉薄の折り返し点
として重要な意味を保つものと思う。
何故1994年ブラジルから2年の滞在を終え帰国後詩を止めよう
とまで思い、「石狩河口/坐ル」を実行したか。
さらにその14年後「石狩河口/坐ル ふたたび」が始まったかを
解く上で大切な引用なのだ。
2010年から6年間5回に渡り続けられた「怪物君」への道程には、
1994年に遡り、さらに1991年の大野一雄石狩河口野外公演に
遡り、明治の西洋化、敗戦後のアメリカ化というふたつの近代を
視野に置かなければならないのである。
提示された枚数・文字数を考えれば、私には力及ばぬテーマである。
しかしそこを何とか基底に据えなければ書く意味がない。
なんとか肩の力も少し抜け急ぎメール添付で送信と思ったら、添付が
うまくいかない。
今のパソコン提供者S氏に急遽電話する。
背後にがやがやと人の声が響く。
宴会のようだった。
ススキノだけど小1時間したら行ってあげるよ。と言う。
何かの集まりで申し訳ないので、明日日曜日だから出版社も休みと
思うので明日で良いです、と電話を切った。
それから何度か添付を試みたが解らず、もう帰ろうと下におり玄関に
立つと自転車のS氏が居た。
今日締め切りでしょう、今日やってしまいましょう・・。
それから小30分、無事原稿は送信された。
感謝である。

パソコンベテランのS氏にしてもアクセスソフトが違うともう直ぐには
回路が開かない。
その一つの回路を決めるまで機械は言う事を聞いてくれない。
マシーン・ファッショだなあ。
現代は国家単位ではなく、個単位のファシズム、帝国主義の時代だ
なあと思う。
優れた活字職人というイメージから菅原文太の風貌を想像していた
ギャップがブンタという愛称に変わる友情回路。、、 、
飲み会を切り上げ、跳んできてくれたS氏の友情柔軟回路。
頑として決められた機械一回路。
この差異をもう少し深刻に我々は思考すべきと思う。

今日も地下鉄でスモホ写録片手の多くの人を見ながら思うのだ。

*「石狩 1994 吉增剛造」展ー6月5日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休(水・金都合により午後3時まで)
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel.fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-29 15:36 | Comments(0)
2016年 05月 26日

愚痴と甘え・・・ー鉄橋(36)

通院先の病院から東京竹橋近くの病院の紹介が示された。
お茶の水の病院である。
午後4時半までに手続きし治療だ。
こちらの夜間治療と変わらない。
吉増さんのレセプションは午後3時から5時までなので、
時間に追われる。
そして治療終了後宿屋、翌日飛行機で帰札と考えている
内に思わず愚痴った。
たまたまそれを聞いたHさんが一瞬厳しい口調で叱責した。
昨夜の透析治療の疲れが残る中での事だ。
一瞬弛んだ精神に活が入った気がした。

ある吉増関係者が行かなくなった今回の吉増展の案内状を
回してくれる。
それを使ってまで、行く人がいるかどうかは不明だが、その
配慮の好意は有難く嬉しい。
通院日と重なるし、私が引いて代わりに誰かに渡そうか、とも
愚痴の中には含まれていたから、一層人の気持ちが沁みた。
招いてくれた気持ち、叱責する気持ち、共にいくという気持ち、
役に立てたいという気持ち・・・。
本論を忘れ、愚痴を漏らす身勝手な甘えを痛感した。
そして今日美術館テキスト「現代の目」掲載予定の原稿添削
のメールが届く。
久しぶりに厳しく校正・添削・指摘の文字が並んでいる。
1991年秋の大野一雄石狩河口公演から始まる文章は
思いが先に立ち、文章がしばしば飛び跳ねているのだ。
2010年「石狩河口/ルル ふたたび」から始まった5年間
の思い、それに先立つ1994年最初の「石狩河口/坐ル」
の原点考察。
凝縮する思考時間と文字化する錬磨が不足している。
その甘さを痛烈に添削された校正者の疑問が証明する。
ほんと、未熟だなあ。
愚痴と甘えのナイーブハズバンドーチューシンビンフ・・・。
これも敏夫の愚痴だ。

*「石狩・吉増剛造ー1994年」ー6月5日(日)まで。
 am11時ーpm7時・月曜定休:水・金都合により午後3時閉廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503  
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by kakiten | 2016-05-26 15:11 | Comments(0)
2016年 05月 24日

東京・・・?ー鉄橋(35)

通院先の病院で今回の東京行き申請した。
招待状を見せ説明する。
事前にも口頭で話してはいたが・・・。
隣のベッドの若い男性が最近1週間東京方面に出かけていて、
これは私用の旅だったらしい。
私もその流れで考えていたらしく、院長はへばったか・・、と呟いて
いたので、えっ?と聞き直した。
一泊で通院日にわざわざ東京まで行くはずもないだろう。
しかも東京でも透析治療は欠かせないのである。
遊ぶ余裕などない。
ましてレセプションなど華やかな席は苦手で疲れるばかりである。
今回は招いてくれた気持ちを考え、ねばならぬとう気持ちが強い。
札幌の十倍の速度で走り回る東京には何の魅力も感じない。
ただこの地で培ったひとつの文化の根が、公的にも大きな花を
咲かし公開されようとする時、深く関わった根のランドとして立ち会
わねばという気持ちがあるだけである。
花人として自宅庭の巨大な根を展示し、次にはコウゾの木の皮を
使い絵の具滴る草稿を展示した村上仁美さんと私を招待した吉増
さんの気持ちには、正に此の根の精神(こころ)が潜んでいると
感じる。

出来得れば、渾身込めたフライヤーを二度にわたり制作した中嶋
幸治君、当初より展示構成・フライヤーデザインに関わった河田雅文
さん、さらには活字の技術を駆使して献身的に印刷をしてくれた通称
ブンタこと酒井博史君、新作「流星のハイウエー」の山田航君とも一緒
に行きたい。
しかし同行者は2名までなので、無理である。
行きたいと行かねばならぬ、とは微妙に違う。

様々な心模様を波紋のように広げて、吉増剛造展は来月7日より東京
国立近代美術館で始まる。

*「石狩・吉增剛造」展ー6月7日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel.fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-24 15:38 | Comments(0)
2016年 05月 22日

夏日続くー鉄橋(34)

連日30度近い夏日だ。
沖縄より暖かい日もあったという。
来週以降はまた平年に戻りそうだが、リラ冷えとか急に
寒くなると嫌だな。

この前のブログを読み、心配してy君が電話をくれる。
東京での治療先探しましょうか、という内容だった。
これは今の通院先から、病院同士のネットで最適な場所を
探して貰っているから・・と返事した。
釜爺・貧爺を気遣ってくれてありがとう。

先日名刺入れが2冊ともパンパンに膨れあがって、取り出す
度に中からこぼれ落ちるので一冊整理した。
旧い名刺の上に新たな名刺を重ねていたので、盛り上がって
いたのだ。
旧い名刺には自分の来歴が反映している。
暫し手を止め記憶を辿る。
そんな時間が二日も続いた。
多くの転職を重ねた友人の名刺。
その当時の取引先や金融関係のもの。
ギャラリー関係・美術関係のもの。
そしてジャーナリズム・マスコミ各社のもの。
その中にFMラジオのパーソナリテイーだったKさんの
名刺もあった。
今はもう東京に転居して札幌にはいない人である。
もういらないなあと思い、捨てる方に別けた。
すると今日東京で展覧会をしている高臣大介のブログで
そのKさんとばったり会った話が載っている。
FBでもKさんが興奮してその顛末を記していた。
そういえば、大介の取材とFM出演でふたりの接点があった
のを想い出す。
なんというFM局だったか、名刺があればすぐ分かるのだから
こういう時にやはり旧いからと言って捨てられないものである。
札幌銀行などもう今はない銀行もあるので、そういう時機的な
名刺もあるけど個人的友情の残る名刺は個人の交友の歴史
として残さなければならないモノもあるのだと思う。
私の小さな名刺のレトロだなあ。
幾重にも重ねられた名刺の間に、その時戴いた小さな手紙の
ようなメモも挟んであった。
今も交友の続く人、そうでない人。
自分の生き方の縦糸に、その時々横糸のように人が交差する。
名刺はその織物の細い・太い糸の名である。
Kさんと大介の興奮ぶり読んでいると、北円山時代の人模様が
鮮やかに甦り、三者三様のその当時の人生模様も縦糸として
煌めくのだった。、

*「石狩・吉增剛造」展ー6月b5日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休(水・金都合により午後3時に閉廊)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel.fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-22 13:17 | Comments(0)
2016年 05月 21日

「声ノマ」吉増剛造展ー鉄橋(33)

東京国立近代美術館の吉増剛造展の案内状が届く。
多彩な活動のすべてを「声」を主題に万華鏡のように
展示が企画されている。

 彼は詩人であると同時に、「声の真」を求めて「声の間」を研究する
 「声の魔」でもあるのです。

                  (展覧会フライヤーから)

水彩ドローイングのような「怪物君」生原稿、多重露光の写真。文字が
打刻された銅板のオブジェ、GOZOCINEと呼ぶ映像、学生時代から
の日記、朗読・思い・着想を記録したカセットテープ、これらが一堂に
展示されるようだ。
従来の文学館での展示とは少し異なり、声を主軸とする音と視覚的な
作品が主となるのは、美術館という場所の所為もあるのだろう。
吉増さんの<声>というものを視覚的に顕在化する展示は、公的には
多分初めての意欲的試みと思える。
確かにテンポラリースペースでの5年間、その展示中はいつもヨシマス
の声の真・間・魔に満たされていた気がする。
今の「石狩・吉増剛造」展でも「石狩シーツ」の朗読がどこか響いている。
送られてきた封書には開会式・特別披露の招待状も同封されていた。
6月6日(月曜日)・・・!!。
通院日である。
東京で治療を受けねばならぬ。
レセプション、治療と緊張する時間をなんとかクリアーせねばならぬ。
日帰りは無理なので、一泊して翌日帰札。
今まで5年間の吉増展集大成でもある。
行かねばならぬ。

<・・・ならぬ>が続いてしまった。
健康平常時には、どうって事もない旅が5時間の治療制約で負荷が
高まるのだ。
週の月・水・金通院日を水難・金難と冗談めかしていたが、月曜日は
女難ならぬ声の魔難とでも冗談にしようか。
何故なら、”来てね・・”と、声が聞こえるからだ。
そして招待状で2名まで参加できるようなので、マサ・ブンタ・中嶋
山田君の誰かも誘ってみようかと思う。
介添兼だなあ。

美術館としても画期的な、現役の詩人の作品展。
その活動の原点で深く関わってきたこの場の声なき声を<真>と
して会場の<間>に届けねばならぬ。

*「石狩・吉増剛造」展ー6月5日(日)まで。
 :am11時ーpm7時:月曜定休:水・金午後3時まで。
ー「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」ー6月7日(火)ー8月7日(日)
 休館日月曜日・7月18日は開館。7月19日休館。
 am10時ーpm5時観覧料1000円大学生500円:二度目以降は
 一般430円・大学生130円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-21 14:35 | Comments(0)
2016年 05月 20日

同時代という旗(Ⅱ)ー鉄橋(32)

最近手の届く範囲の範囲を思う。
それは五体五感の許容する触れる世界。
健康で行動範囲が広ければ世界もその分広がるし、
行動範囲が狭まれば、世界もそれなりに限定される。
しかし現代はある時期から、行動範囲に関わりなく
仮想現実範囲をも提供するようになった気がする。
そこには道具という手の延長の存在が、機械という
増幅装置に代わり本来手の届かぬものがあたかも
手に届くかのように機能している。
先日山里さんが十能という石炭時代のストーブの
道具をFBに載せていた。
石炭ストーブの石炭を補給する際に使われた小さな
スコップのような鉄の道具である。
石油時代になりそれは消えた。
今はプラステックのポンプがそれに変わる。
石油時代は多くの道具がプラステックに代わり、ご飯
を盛るヘラもそうである。
他の多くの調理道具もそうだ。
これらは安く大量に製造され軽く便利である。
しかしその製造や破損時にはもう人の手は及ばない。
製造は型で機械的に量産され、破損時には修理は
無理で捨て去るしかない。
素材そのものが工業化学製品で、木や鉄のような自然
素材から離れているからだ。

存続の危機にあるレトロスペース坂会館に展示されて
いる多くの物のほとんどがそうした手の届く範囲で作ら
れた日常にあった道具・嗜好品である。
我々の時代というのは、この手の範囲の境目を含む
時代空間と思う。
山で言えば裾野のように、今を頂上とする記憶の裾野
にこれらの道具・モノたちが息づいているのだ。
contemporary(同時代)とは、この記憶の裾野も含め
た時間・空間を言うのではないのか。
最先端のナウ・今だけが、高嶺の白雪の如く崇められ、
まるで裾野・中腹の喪失した鉄塔のような薄気味悪い
山を想像する。
そういう薄気味悪い現代とはあらゆる場面で現実であり、
裾野・杭を喪った高層マンション、産地偽装の高級料理
データー偽装の低燃費自動車、大都市重視で中小都市
切り捨ての高速鉄路。
かっての手紙・電話よりはるかに便利なパソコン・スマホ
といった伝達道具も2,3年で廃棄・交換に迫られ、手で
修理も出来ない最新機械だけが価値ある代物となる。
痩せ細る先端だけの時代。
レトロとは懐旧趣味を言うのではない。
時代の記憶の裾野・根の復権をいうのだ。
尖った黒い靴先のように、突っ走る先端だけを現代と思うな。
紅衛兵が振り翳す毛語録のようにスマホ写録を振り翳す
最新機械ファショは、あまりにも脆弱な単細胞回路である。
ニューはすぐにまた新たな新に取って代わられるだろう。
新旧の区別は時代の一現象に過ぎない。

レトロスペースに集結したモノたちは、時代の裾野・中腹の
記憶である。
それらが存在意思するものは、同時代という時間の山脈
からの木魂なのだ。
手の届く範囲を忘れるな、手の届かない物の怪に支配され
るな。手の届く同時代を思い出せ。
便利・簡単・最新の狭い一点に時代があるのではない。
それは狭い痩せた尾根、すぐ転げ落ちるぞ。
そんな色んな声を発している。
手の届く範囲を超えた向こうには、大都市風俗帝国主義と
機械回路個人ファシズムの気味悪い世界が広がっている。
その境目を意識してこそ、contemporaryという同時代は
意味ある意識なのだと思う。

*「石狩・吉増剛造」展ー6月5日まで。am11時ーpm7時:月曜定休
 :水・金午後3時まで。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503、
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by kakiten | 2016-05-20 13:34 | Comments(0)
2016年 05月 17日

同時代という旗ー鉄橋(31)

旧国道5号線、車のショウールームが多く立ち並ぶ国道沿いに
坂ビスケット、ベル食品などのある一角にレトロスペース坂会館
がある。
一見怪しげな人形とかが飾ってあるのが見える。
内部は山のようにジャンルを問わぬ近代の生活・日常・趣味嗜好
の物品たちが、所狭しとひしめいている。
かって身近に存在した多くの物たち。
父母・祖父母とともに日常に同じ場所で呼吸していたこれらの物
は、何時の間にか身の回りから消え、記憶の片隅に住んでいる。
その記憶が突如、物としてたくさんの量として目の前に過激に
出現する。
一個二個ではない。
同じ用途のものが種類を変えどっと陳列され、他ジャンルの物もまた
ひしめいているのだ。
懐かしいという感傷では括れない、ある過激さがこの蒐集の量には
籠もっている。
そのレトロスペースが今立ち退きの危機にあるという。

館長の坂敬さんは全共闘世代の闘士だったという。
その精神が、このレトロスペースには生きている。
最前線から最後尾へ。
しかしその目は背を向けず真っ直ぐ前を見据えて、後方にじりじり
進んでいる。
お会いしてそんな感じを抱いた。
只のマニアやコレクターではないのだ。
時代全体を抱きしめ、切り捨てられる価値の尊厳を死守している。
自らとともに歩んだ時代総体を、物たちの中に価値として見ている。
最新性という用の一点だけで、それ以前は旧いと切り捨てる価値観
の根と闘っているのだ。

現代美術をコンテンポラリーアートと言うようになった。
かってはモダーンアートと言ったと思う。
最近ではモダーンは近代となり、モダーンアートミュージアムは近代美
術館と呼ぶ。
新旧ではなく、temporary(とりあえず・・)な断片が、ともに・・・(con)と
結集して同時代を意味する、一時の最新性に囚われない時代性を表意
したからと思う。
とすればレトロスペース坂に集積されているモノたちは、我々の生きている
時間の周辺で日常化していたかってのとりあえずな日常そのものでもある。
それらが集積して、ある時間を、ある時代を無言で縁取っている。
新旧の一点で切り捨てられた存在が、トータルとして生きてきた時代を
顕している。
父母、祖父母の想い出、自らの幼少期、、青春の記憶。
それらすべてを含めて、我々が今生きている時代なのだ。
その同時代性を新旧の一点で切り捨て去る事の愚かさと闘う姿勢が、この
レトロスペースには深く濃く感じられる。
坂館長が個人的趣味やマニアックな蒐集家ではない所以である。
最前列で在った物達が、何時の間にか最後尾にいて忘れ去られ消去される。
そうした時代の偏向を、同時代への愛としてモノたちの包含する時代の記憶
として、モノに偏らずすべてを留めるコンテンポラリーな精神の蒐集なのだ。
またそうして集まってきたモノたちであると思う。

最前列で最後尾
背後には黒々と街の灯

坂敬館長は正に最後尾の最前列、都市帝国主義、個的ファシズムからの
解放区としてレトロスペースを造り闘う闘士であると思う。
モノたちの用という使役を同時代という記憶・心に変えて闘うラデイカルな
闘士である。

 道端に 咲きし名も無き花なれば 踏まずに行こう我と重なる
                             
                             坂敬「言葉集」から

 *「石狩・吉増剛造」展ー6月5日まで。am11時ーpm7時:月曜定休:水・金午後3時
 
 テンポラリースペース札幌市帰宅北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-17 15:12 | Comments(0)
2016年 05月 15日

内臓言語・筋肉言語ー鉄橋(30)

SさんとMさんが相次いでこの秋までにご出産と聞く。
どちらも9月予定の山田航第二歌集「水に沈む羊」を主題とする
展覧会に予定していたが、今回は無理と思っていた。
するとMさんから参加したいと連絡があった。
さらに年末年始会場使えるかとの問い合わせもあった。
初子誕生で里帰りと同時に個展もする気がした。
フイジカルな生誕とメタフイジカルな創造。
すごいな、そして嬉しいなあ、と思った。
札幌第二の実家だぜ。
なんて勝手にイメージしている自分だ。

Mさんに刺激されもうひとりのご懐妊組Sさんにも連絡した。
Mさんの話をすると、Sさんも刺激を受けたようで山田展検討する
と応えた。
それから四方山話になり、何度も再放送されたNHKの胎内時の
子供の話をした。
頭部だけが未完成で未熟なまま出産するのは、二本足の人間
に特有のものという。
他の動物は頭部もすべて基本的に完成して出産するらしい。
四つ足でない人間は産道が狭く、頭部が柔らかな状態でないと
出産に支障を来すからだという。
そして子供が胎児の時は、親に負担をかけない為に、昼夜逆転
した生活リズムで生きているという。
従って生まれた後もしばらくはそのリズムが続き夜泣きとなる。
また頭脳の発達も始まり、先ずは自我の形成があり反抗期が
形成される。
そして外界・他者への思いやり、配慮といった脳部分が発達
してくるという。
これら子供特有の現象に母親がひとり責任を背負い込み悩む
の必要はないという科学的検証だ。
人類誕生以来培ってきた身体の構造を赤ちゃんは担って
生まれてくるのである。
そしてさらにかってあった社会的相互扶助の習慣が消えて行き
つつある事も警鐘していた。
Sさんはこの話をしたら、参考になるわと喜んでいた。

先日Mさんと待ち合わせし、Mさんの車を待っていた。
見覚えのある銀色の車体が止まっていたので、すぐ助手席に乗った。
すると一斉に悲鳴のような声が上がった。
同型の車だったが、違う人の車だった。
夜だったので内部が見えず間違えたのだ。
その時運転席にいた男性は、「これはタクシーではない!」と言った。
後部座席の子連れの女性は、「これは内の車です!」と言った。
後で女性と男性の吃驚して咄嗟に出た発想の差異を想い出す。
タクシーという社会的インフラの目線。
家の車という個人的内向きの目線。
男の筋肉言語と女性の内臓言語の発生の差異がよく出ている気がした。
MさんもSさんも今胎内の内臓言語に耳を傾けている日々である。
赤ちゃんという新たな生きた内臓が、やがて外に現れる。
そして五体五感・五臓六腑を成長させ、同時に人間として第六の臓器
脳を成長させ、第六感も備えMさんやSさんのように第六体の創作とい
人間ならではの作品・創造も担っていくようになるのだろう。

人と人は究極の処、内臓の付き合いだなあ・・・と思う。
筋肉言語でもそう言うじゃないか。
腹を割って話す、腹蔵無く付き合う、・・・と。

*「石狩・吉増剛造」展ー6月5日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休:水・金午後3時以降休廊。

 テンポラリースペース札幌市帰宅北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-05-15 12:02 | Comments(0)
2016年 05月 14日

五月晴れー鉄橋(29)

道沿いの枝に触れて歩いた。
新緑の葉と桜がまだ咲いていた。
瑞々しい時間。
野に山に庭に路に命の色が彩る。
夏の年(サク・パ)の始まり。

命といえば、この世に命を受けた日が昨日だった。
FAXやライン、電話と多くの方からメッセージを戴いた。
不思議なことに女性が多い年と男性が多い年がある。
どういう年周りなのか分からない。
どちらが多いにせよ、こんな黄昏れ男に・・と感謝である。

一年、一年新緑を燃やし、花を咲かす草木のように
自分もまた、日々そうありたい と願う一年である。

*「石狩・吉増剛造」展ー6月5日まで。

 テンポラリースペース札幌市帰宅北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-05-14 14:50 | Comments(0)
2016年 05月 12日

肌寒い日ー鉄橋(28)

暖かいと思えば、また肌寒い日。
風が音立てている。
疲れがどこか澱んで体の底に沈んでいる。
健康時どうと言うことなくやり過ごせた事が、種々の制約で
迷う事が生まれる。
仕事・身体からくる制約。
その調整を考えているだけで、苛々が重なる。
東京行、洞爺行。
どちらも一泊予定だが、通院の振り替え段取りや動向
者との兼ね合いもあり、予定が落ち着かない。

そんな時ふっと石狩河口の大野一雄の舞踏が浮かんでくる。
沈む夕陽に向かって踊る真っ赤なドレスの大野一雄。
そして夕闇の迫る水面にアルヘンチーナの亡霊に扮した
白いドレスの大野一雄。
夕闇の青が次第に大野一雄の白いドレスを蒼に変えてゆく。
太陽は真っ赤なゼロとなり、地平線の雲の彼方へ沈む。
界(さかい)という世界が凝縮し、一瞬一瞬輝いた時間。
風が流れ、光が流れ、鳥が翔ぶ。
その宙で大野一雄が舞っている。
豊かなゼロのシーツ(舞台)。
海も陸も、光も闇も、生と死も、今も昔も、外も内も、その境界
がゼロに融け今だった。
中心に在るのは生命の光輪。

その日の潮の干満を調べ、満潮時に舞台が沈まぬよう、干潮
時に舞台が高過ぎないよう、水に入る大野一雄の為に舞台を
造った。
かって船着き場だった名残の棒杭が点々と残る来札の浜辺。
その棒杭に沿って舞台は造られた。
あの仮設舞台こそ手書きの罫線・草稿だったような気が今する。
吉増剛造が筆耕する吉本隆明の文字は、川に沈んだ棒杭。
その舞台の上で「怪物君」吉增剛造の絵筆が踊っている。

「石狩河口/坐ル ふたたび」を想い、感じていた事である。

*「石狩・吉增剛造」展ー6月5日まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。水・金午後3時で休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 テl・ファx011-737-5503
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by kakiten | 2016-05-12 14:39 | Comments(0)