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2016年 03月 29日

福寿草の便りー鉄橋(7)

何人かの友人が福寿草の写真をSNSに載せている。
黄金色に輝くこの花。
腐れ雪の中から、喜・黄として冬の終わりを告げる。
黄・喜・JOY・・。
今年の冬はいつもの年より寒気がきつく感じられた。
貧爺(ひもじい)状況と、紐爺(ひもじいー)のように人に
助けられ、冬の臓器・腎臓病の所為もあったのだろう。
寒さが鋭く身体を貫いていた。
街の路面から大半の雪山が消え、明るい日射しが注ぐ。
福寿草の輝く黄金色が心も暖める。
収蔵品「記憶tと現在」展で正面に並べた八木伸子さんの
作品は、まさにこの福寿草の黄の光彩に溢れている。
絵は福寿草そのものを描いている訳ではない。
私自身がそう感じているのだ。
また八木保次さんの黄と緑の抽象画は、私にはもう一つの
春の色・山辺に咲くふきのとうに見える。
具象・抽象の表現の差違はあっても、ふたりの追求したもの
は、本質的に色彩という光だったと思う。
その光はこの北の風土が生む光彩という光の彩り、光の色だ。
ともに札幌中心部で生まれ、若い時札幌を離れ後年札幌に帰り、
宮の森の山裾近く森と緑に囲まれそこで改めて発見した故郷の
光彩を、生涯通して追求したと私は感じている。
白や青を主体とする冬の光彩の作品も多い。
私が所蔵している作品は、ともに春を感じさせる作品だ。
そこでできうる限り、おふたりが相次いで亡くなられたこの季節に
所蔵の2点を起点に、友人知人ご遺族の手元に遺る作品と併せて
追悼の展示をしている。
今回「記憶と現在」展で初めておふたり以外の作品と併せて
展示してみた。
村岸宏明の暗い時代と個我の内面を感じさせる作品の傍で、
まるで人間社会や時代を囲繞する自然そのものの光彩のように、
ふわっと佇んでいたのだ。
村岸君が最初で最後の個展で使った白樺の木。
その白樺があった処と谷ひとつ隔てた所が八木ご夫妻の住まい
だった。
そんな近接感さえ感じさせて、3つの絵は並んでいる。
なにか、村岸君も幸せそうだなあ・・。

*「記憶と現在」ー3月29日(火)ー4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日(火)ー24日(日)
*鼓代弥生木彫平面作品展「駅」ー4月26日(火)ー5月1日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel011-737-5503
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by kakiten | 2016-03-29 15:16 | Comments(0)
2016年 03月 28日

良い出会いー鉄橋(6)

山田航さんとN君の初対面は良い出会いだった。
N君は新たに手作り製本の冊子やメモノート等も持参。
これがなかなかの傑作だった。
山田航第二歌集「水に沈む羊」(海の人発行1200円)も
すでに購入し何首か選び折り紙作品をイメージしている
という。
半年後テンポラリーで二回目の山田作品集を素材とする
展覧会を今企画している。
前回のメンバーに加えて新たなメンバーもこうして加わり
それぞれの作品が山田航の一首を作品で表す感性の競演
と作品世界の増殖ともなるだろう。
前回の第一歌集「さよなら バグチルドレン」では、参加した
作家のほとんどがターニングポイントを迎える転機ともなった。
作品の流れの大きな変化、生活上の転換・・・。
たぶん山田航の作品世界が保つ同時代的要素が、他の
分野の表現の根っこを刺激し触媒となった結果と思う。
もう一度その進化と深度を見比べてみたい。
新たにさらに若いN君のような世代が加わる事で、、言葉は
様々な立体となって対話の火花を散らす事だろう。
自ら選んだ作品にそれぞれの作品で応える。
彫刻あり、絵画あり、映像あり、写真あり・・・。
しかして共有するものは、同時代の自らの内にも漂う感性
の心体(ボデイー)だ。

京都のK君から電話ある。
奥さんから前に連絡あったが、今度は本人自身から正式に
個展の意向を伝えられる。
十数年ぶりの個展である。
札幌を出て京都へ。
そこで就職し良き伴侶も得た。
昨年から個展の打診はしていたが、仕事との関係もあり
実現できなかった。
内助の速攻もあり、奥さんのなつさんの方が決断が早い。
ドイツの谷口顕一郎さんをキューレートした事もあるやり手の
ギャラリストの大阪女性である。
谷口さんと同じ時期に札幌を離れたK君。
ふたりは親友同士でもあり、立つ前テンポラリーで個展をし
て、京都へ出発したのだ。
この十数年どう作品は変わり、変わらないか。
これも大変楽しみな個展である。

人の生き方・生き様と共に純粋培養されて、作品が存る。
一首に、一作品。
一個展に、一人生。
作品は、個の根の質そのものを問う同時代の回路である。

今年の短い秋は、燃えるコンテンポラリー斜め通り西向き
となるだろうなあ~。

*「記憶と現在」展ー3月29日(火)ー4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日(火)ー24日(日)
*鼓代弥生木彫平面作品展ー4月26日(火)ー5月1日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel011-737-5503

、、
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by kakiten | 2016-03-28 15:00 | Comments(0)
2016年 03月 27日

春風吹くー鉄橋(5)

収蔵作品を展示する。
コンセプトは「記憶と現在」。
それぞれの作家の個展時の記憶と現在単独に作品が
語りかける今という現在を今の目線で組み合わせ再構成
してみる。
作家個人に引き寄せられていた作品が、作家を離れて
作品自体の宇宙で他の作家の作品と交響し顕れる時空
がコンセプトである。
年齢も発表時の状況も個性も違う作品が発表時の作家の
囲いを離れて、作品自体が内包する宇宙を交叉させ空間
が生まれる。
この時キーとなる作品は作品自体が内包する宇宙に在り
作家自体は遠く背後に沈み額縁のような存在になる。
今回展示してキーとなった絵画はやはり村岸宏明の絵だった。
八木保次・伸子さんの絵画と並べ正面に飾った。
80余歳で亡くなられた八木ご夫妻。
22歳で亡くなった村岸君。
しかし作品はその年齢差を少しも感じさせないものと
私には映る。
札幌の北の春の色彩を抽象と具象で光のように追求した
札幌生まれの八木夫妻。
その晩年の瑞々しい色彩は、福寿草の黄とフキノトウの緑
のように今新鮮だ。
一方村岸君の暗い赤の背景に黒い両脚と白い骨のような手
だけの作品は、八木さんたちの北の風土への目線と違う時代
の目を示唆して感じられる。
そのどちらもが私たちを取り巻く今なのだ。
自然という固有の北の色彩環境。
社会という固有の同時代環境。
どちらもが日々日常に追われ見失う内と外の色だ。
端的に括れば、我々を取り巻く自然・社会の今を表現するもの。
個々の作品の深度が、一度に並べると少しも私には違和感なく
肩を並べて見ることができるのである。

大学受験を終えたN君から電話が来る。
これから伺いたい、という。
程なく、落ちちゃったあ~と、N君が来る。
一年浪人という。
理系ながら折り紙創作もする彼は、多感で優秀な若者だ。
山田航さんの第二歌集「水に沈む羊」も購入し読んでいる。
受験勉強で大変だろうが、この歌集を主題とする展示会には、是非
彼も参加してもらいたいと思っている。
今日ふたりの初対面もある予定だ。

記憶と現在。
記憶という過去と過去に埋没しない現在。
そのかけがえのない今を、ともに過ごす。
遠い夜空の風の渚。
鉄鋼綱の鉄柱にあたる打撃音。
ふっと振り仰いだ同じ視線の時間。
ふたりの今日の時間を、並べたばかりの「記憶と現在」の
会場で待っている。

*「記憶と現在」展ー3月29日(火)-4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日(火)ー23日(土)
*鼓代弥生木彫平面作品展「駅」ー4月26日(火)ー5月1日(日)

 テンポラリースぺーs札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-03-27 15:15 | Comments(0)
2016年 03月 26日

こん包・設置ー鉄橋(4)

吉増剛造展終日東京から訪ねてくれたブラジル生まれの日系女性
Hさんに収蔵作品2点を送る。
久しぶりの梱包汗をかく。
大野一雄の石狩公演ドキュメントを購入してもくれたので、当時の
ポスターと入場券完品をお礼に入れた。
一度お会いしただけだったが吉増ーブラジルー大野一雄そして
「石狩河口/座ルふたたび」ー「怪物君」と、彼女の訪問がその流れに
必然的な縁の糸で繋がっている気がしたからだ。

川俣正テトラハウス時代の友人S氏が替えたノートパソコンの不具合を
診てくれる。
もともと彼の所有物で、ウインドウズXpの不具合を聞いて提供して
くれたものだ。
まだ機械に慣れぬ私にもう一台縦型のモニターも持参してくれる。
今の電子機器は3,4年が寿命という。
長くゆっくりではなく、より速く消耗する消費・使い捨ての時代だ。
青函トンネルを潜り函館まで繋がっただけで、大騒ぎしている今日の
新幹線騒動。
札幌までは15年先だそうだけれど、速い、速いで見捨てられ消える
路線や駅の運命は、パソコンと同じ消費構造に思える。
駅が点のように、ポイントでしか無くなってくる。
高速化という直線化構造は蛇行を切り離す川のショートカットと
同様の自然破壊でもあるだろう。
黒い新幹線のような靴を走らせ、街に人が流れる。
ふっと空を見る。
地に佇み目を落とす。
そうした心の駅のような淀みの生命領域が喪われてゆく。
薄い透明なビニールのような時間が支配して、根の刻が細く痩せて
棘のような尖った先端のみが多くなる。

S氏やHさんのような心の入り江に助けられ、私の日常・生きる蛇行
はまたしばらく続くだろう。

*「記憶と現在」展ー3月29日(火)-4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日8火)ー23日(土)
*鼓代弥生木彫平面作品展「駅」ー4月26日(火)ー5月1日(日)

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel011-737-5503、、
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by kakiten | 2016-03-26 14:04 | Comments(0)
2016年 03月 25日

日時計編に浮かぶある風景ー鉄橋(3)

吉本隆明の初期詩編「日時計編」を読んでいると、
夕暮れの建築物の傍らを歩くある風景が甦る。
傷を胸に秘めたふたりの若い男女が、ふっと不意に
鳴る音に驚き、空を見上げる。
鉄柱に鋼鉄のワイヤーが風に揺れぶつかり、ビーン、
ビーンと音を立てる。
その音のする空の方向にふたりの眼差しが向かうのだ。
ガソリンスタンドの鉄柱の旗竿のポールだっただろうか。
旗竿の鉄のロープが風の海鳴りのように鳴っていた。
広い舗道と暗い建物そして夕暮れ。
暗く沈んだ心と街路。
不意の風の飛沫の音を軽い驚きで共有した時間。
そして半年後少女は上京し真っ赤なブレザーコート
を着て、彼の下宿を初めて訪ねる。
暗いペーブメント、風の音の飛沫のささやかなな驚き。
その小さなふたりの共有が、燃える赤い服となって
日時計のように指射している。

吉本隆明26歳~27歳の青年期に書かれたこの詩編
には、ビル群の影と夕暮れの闇、真っ直ぐ伸びる舗道
の仄暗い影が情景のように浮かぶのだ。
そしてタイトルにもある日時計という燃える赤の指針。
私には遠い記憶として原風景のように甦る点景だ。
風の飛沫、暗く沈んだ街、長く仄暗いペーブメント。
そしてふっと共有した軽い驚きの一瞬の時。
その後知る華やかなネオンの明るい都市の黄昏
の時間とは異なる街路の時だった。

吉本隆明が戦後復興の華やかなネオンの中で、孤独に
胸底深く見詰めていた日時計の世界とは、あの時の
私の胸の小さなしかし深い傷痕の記憶に何故か触れて
くる。
そして村岸宏明の遺した仄暗い赤を背景に浮かぶ両脚の
作品とともに、今甦る風景である。

*記憶と現在展ー3月29日(火)-4月10日(日)
*それぞれの八木保次・伸子展ー4月12日ー24日
*鼓代弥生木彫平面作品展「駅」ー4月26日ー5月1日
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-03-25 14:29 | Comments(0)
2016年 03月 22日

村岸宏明の絵ー鉄橋(2)

この場を通り過ぎ縁あって今収蔵品となっている作品たち。
それらを収蔵庫から出していると、その中に22歳で最初で
最後の展示した故村岸宏明の絵画が目に入ってきた。
個展の2週間後旅行中四国の鏡川で遭難死し、1年後
遺作展を催したとき高校時代の彼の友人から預けられた
作品である。
血のような暗い赤の濃淡を背景に膝小僧と両足だけが
立つているのか、吊り下がっているのか両方にも見える
黒い両足が描かれている。
その両足に白い骨のような両手が足を抱えようと膝から
下へと伸びている。
遺されたノートには、

 雲の向こうに細い月の昇りつつある午前3時
 まだ寒さ残る 白い外灯と
 雨垂れの音だけに今は
 膝をかかえうずくまる
 膝を抱えうずくまる
 膝を抱えうずくまる

という制作時の記載が遺されている。
この2002年高校3年の作品が不意に私の心を掴んだのだ。
それは若くして死んだという追悼の気持ちで見ていたこの作品
が、それ自体独立してすっと今の私の心を撃ったからである。
自ら立とうとしているのか、宙に浮いて立てずにいるのか、
白い骨のような手指が黒い両脚をかき抱くように這いまわる。
足下は黒い血のような液状の地が広がって背後に浸みている。
足の踵も爪先も大地を垂直に撃つてはいない。
その足下のグランドをこの両脚は必死に探し、着地せんと
訴えている。
同時にちょうどその時収蔵庫から出していた東北の村上善男
「常盤村紙円の繰り」と札幌の岡部昌生「砂沢ビッキ神の舌彫痕」
を見比べていて、その3点のアンダーグラウンド・立脚点の差異に
気付いていた。
作家の年齢やキャリアではなく、作品そのものが抱えている立脚
地の風景である。
村上善男は東北モダーンの作家らしく、和紙の古文書を下敷きに
糸で円を紡ぎモダーンでクラシックな不思議な造形を創っている。
また岡部昌生は北海道の先住民族であるビッキの作品を下地に
その木彫りの鑿痕を擦りだし独特のフロッタージュ作品に仕上げて
いる。
それぞれが生きている風土にしっかりと両脚を降ろし表現の背景に
据えているのが感じられるのだ。
同じ北方でもふたりの現代美術の風土の北海道と東北の違いが
よく分かる作品だ。
一方の村岸宏明の作品は、私にはもっと切実に直裁に感じられる。
拠って立つべきランド、それすら不確かな両脚。
その血の焦げるような足下と空気の中で宙に浮いている両脚。
それを支え抱きかかえようとする白い骨のような両の指。
その狂おしさ、切迫感が今心撃つのである。
和紙に残る漢文の伝統でも先住民族のアイヌの血を引く
木彫りの鑿跡でもない今という時代の難民のような足の下。

作家の年齢やキャリアではなく、作品自体が保っている固有の
世界がすべての先入感を取り払って、この時私にはリアルに感じ
られた。
ああ、この絵は今の私だなあ。

縁あって今ここにある多くの作品たち。
これらを今一度、自分の今の眼で再構成し展示してみようと思った。
そうMの作品が提案してくれた気がする。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-03-22 14:34 | Comments(0)
2016年 03月 17日

辛い3月、4月ー鉄橋(1)

寒暖の差を繰り返すこの時期になると、ふっと浮かぶ
歌がある。
福島泰樹の歌である。

 鉄橋のようにわたしは生きるのだ辛い三月四月を超えて

今年もまた、そんな3月4月を迎えている。
吉増さんの奥様マリリアさんから戴いた英文のメッセージの
書かれた白い封筒。
それに生活費を入れて内側胸ポケットに納めていた。
右側内ポケットには保険証や銀行通帳、左胸には現金類
といつも決めている。
これが忽然と消えて呆然とした。
こうなれば収蔵作品を売却してでも金策せねばならぬ。
何点かを選び道外の知人・友人に声をかけた。
作品には思いもあり、作品・人と出会ったときの個の時間
も息づいている。
もう背に腹は代えられない。
とはいえ、そんなに現実は甘いものではない。
普段から画商をしているわけではないので、段取りが
悪いのだ。

そんな四苦八苦の3月を送っていると、一個の小荷物が
届いた。
ほぼ定期的に送られてくるKさんからの差し入れだ。
中にはお味噌、お米、各地名産のお総菜、チーズ、甘味
類等が隙間無く詰められていた。
いつもそのきめ細やかなご配慮に感動する。
マリアの献心のようだなあ。
昔学生時代東京の下宿に届いた母親の小荷物のようで
もある。
お袋の他に当時の恋人から届いた小荷物も記憶にあるが、
それはほんわかしたハートのように曖昧である。
女房が他界した後本州に嫁いだ妹から小荷物が届いた事
もある。
これはパンツ等の下着類と佃煮だった。

Kさんからの定期便は食品も多いけど、下着類の時もあった
り、小型の掃除機の時もある。
母でもあり、妹でもあるマリアの愛だと思う。

古い友人であるOが心配してくれ、お互い辛い3月だなあ、と
メールをくれた。
その言葉に冒頭の福島泰樹の歌を思い出した。
Oを含めた友人たちとかって円山北町でこの福島のライブレコード
を出版した事がある。
レコードなので、ライナーノートは多くの人のたくさんの言葉を
抄録できたのだ。
その巻頭に掲げらた一首である。

この一首を選んだ時もきっと厳しい日常があったに違いない。
そんな時を超えて今に繋がる作品の保つ力を信じて今日も
また、<鉄橋のように生きるのだ 辛い三月四月を超えて>
と、自分に言い聞かせている。

 テンポラリースペース」札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-03-17 12:29 | Comments(0)
2016年 03月 14日

ハミガギブロッグ!イエー!ー泉(22)

2005年ブログを始めた頃ブログの意味が日記と聞いて
日記なら毎日だなあと思い、定休日以外はほぼ毎日打ち
こんでいた。
後に目黒の美術館のM氏が時々ブログを開くとものすごい
量で読むの大変だよ、と苦言を呈された。
それで私は日記だから、歯磨きと同じで毎日でしょう・・。
と答えたら、M氏は笑って、そうか、これはハミガキ・ブログ
だ!と命名してくれた。
その事が沖縄でロックをしているS君に伝わり、年賀状で
”ハミガキ・ブロック!イエー!”と書いてきた。
最近その集中力も失われ勝ちであるが、それはそのまま
テンポラリースペースのconの低下とも重なり、不徳を恥じる
気持ちである。
病と通院というハンデイがもたらした事もあると思うが、
続ける事は日常生活との鬩ぎ合いでもあり、時に重く
心が萎える時もある。
そんな時いつも胸に浮かぶ言葉がある。
大野一雄の<思いは現実 現実は思い・・>という言葉だ。
その<思い>が下向きになる事が問題である。

とここまで自戒もを込めて打ち込んでいたら、若い友人N君
から電話が入った。
今年高校を卒業し、京都か北大を目指している優れた若者
である。
どっちに決まったのか、色々な話がありそうである。
あ~!これこそが”思いは現実 現実は思い”の”思い”
なのだ。
また少し元気が湧いてきた。

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by kakiten | 2016-03-14 13:05 | Comments(0)
2016年 03月 12日

ふるさとー泉(21)

誰にでもそれぞれの故郷がある。
3・11を迎えて5年目の節目、多くの特集映像が流れる。
その多くが漁業や農業、林業といった自然とともに生きて
いた人たちのふるさとがキーワードである。
故郷とは何か。
荒廃した山野、原発事故の影響で無人となった街。
それらとともに、故郷とは、が語られる。
自然からほど遠い都市の故郷とは何だろう。
都会とは消費に基づく商業の街である。
そこにも<ふるさと>はあるのか。
私自身に即していえば、街の裏通り、中通りそして
何屋の何ちゃんと生業とその主の顔が見える風景が
ふるさとの姿だったような気がする。
少し遠景には三越などの大きな建築物があり、さらに
小学校や時計台などが立ち並んでいる。
電車も走っていた。
ふるさと、といえば

 兎追いし、かの山
 小鮒釣りし かの川

と自然にほど近い環境が浮かぶが、ある時代から都市のエリア
が拡大し、山も海も川もそんなに身近な遊び場では存在しなく
郊外というエリアに属するようになる。
郊外を生まれ故郷にした人は、外側に広がる自然の山野に
背を向け内側の都市の中央へ意識がある。
郊外とは住宅だけのゾーンであり、近隣の顔も生業もあまり
定かではない住まいのパックされた地域であるからだ。
今回の震災で登場する住民たちの多くは、農業。漁業・林業
町中の商店主などだが、ここにも住人の生業の顔が見えるのだ。
そこに<ふるさと>というコアが生まれる下地が見える。
郊外宅地には家の形は見えても、人の顔と生業は不透明である。
言わば住家の都市化である。
今私の生まれ育った場所に行っても、商品と建物ばかりで、そこに
人の住んでいた顔は無い・
あるのは失われた遠い記憶のみである。
そして思う。
私もまた故郷喪失者のひとりである事を・・・。
この生まれた場所をビル群に明け渡し、郊外の住宅地bへ引っ越し
その後の記憶はその時新築した家屋の姿が主に残るのだ。
そして近くの山の中を歩き回ったこと。
それは探検のようなひとりぽっちの行動だったから、<ふるさと>と
いう共有されるものでは無かった。

きっと現代人はわたしのような人間が、多くいるに違いない。
故郷喪失は前提で、郊外住宅団地に生まれ、都市の中央を見詰め
上の学校へ進み、さらに大きな都市へ企業へと中央志向は続く。
前のめりに郊外ではなく中央へと急き立てられるように生きる。
故郷喪失、心の難民のようだ。

身近な海・山・川・街とともに暮らしてきた人たちが、海・山・川の自然
災害を受ける。
そして大都市圏のエネルギー源を支える電力、原発事故で近くの
小さな街も山・川・海も汚染され閉鎖される。
都会人より<ふるさと>に恵まれていた人々の故郷喪失。
私たちはきっと今程度の差こそあれ故郷喪失の時代を生きている。
故郷喪失を心と体の難民として感じるかどうか。
被災者の明白な<ふるさと遮断>の映像を見ながら、そう自分に
問う自分がいる。

 テンポラリースペース札幌市北区来た16条西b5丁目1-8斜め通りにしむ気
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by kakiten | 2016-03-12 16:26 | Comments(0)
2016年 03月 10日

また寒い日ー泉(20)

まだ3月初めだから寒くて当然。
だが暖かい日がふっと入るので、その寒暖差に気持ちと
体が追いつかない。
それに電気機器のトラブルが続きなおさら輪をかける。
パソコンに続き、今度は電話が不調だ。
Faxの受信する電話機と1,2階で受けられる子機
付きの電話機が連動していたのが連動しなくなる。
留守録も作動せず、短く鳴って遮断するようだ。
今もfaxで連絡をくれる吉増さんや加藤玖仁子さんなど
FAX受信も欠かせないし、1,2階で受けれる親子受話器
もあった方がいいのだ。
メールとか普及してなかった時代のfax付電話機も捨てずに
使っていて、子機付は今の場所に来て購入したものだ。
物持ちが良い所為か、すぐスマホとかに切り替えられない
性分である。
手書きがそのまま送られてくるfaxにはfaxの良さがある。
とりあえず下にいても2階に駆け上がるようにして、fax付の
電話機を優先した。

電気機器が日常に相当な比重で加わっている。
私などはまだまだアナログ人間であるが、それでも日常の
インフラの多くが電気をエネルギーとするものだ。
便利で速い性能に吸い込まれて、手段の道具が機械という
主役となりつつある。
道具でなく主役に依存してしまう危うさだ。
その結果利便性という便利さと速さを代償に、直線的に何か
を省略して日常が構成される。
その省略が省略でなくなると、そこでまた機械という主役に
振り回されるのだ。
道具という次元は、電話ならfax付電話機までで、その後は
機械的電子機器の進化のまま新しい方が速くて便利という
利便性の一本道を直進するだけだ。
この利便性のペーブメントは、人の日常・思考回路にも今
反映して都市には矢印のように道にも建物にも歩行にもその
矢印本質が張り巡らされている。
五臓六腑の希薄な神経伝達の電波が直流する機械ロボットに
似る人間がペーブメントを猛進する。

道具の不調ひとつ、ふたつで、こうも苛々するする自分もまた
その人類の一員である事もまた間違いない事実である。

そうした苛々の続く中で、先日の高臣大介展最終日夜の酒井
博史さんのライブ映像を高臣さんのブログ見た。
中嶋みゆきの「ファイト」を歌った動画である。
この声・歌詞。
当日の感動が蘇る。
やはり声だなあ、そして歌い上げる心だなあ。
ちょうど来た山田航さんと見たが、彼が届けてくれたレトロ
スペースの坂館長のお土産坂ビスケットを頬張りながら、懐古
ではないラデイカルな時間を思った。
レトロスペースも親会社の方針で存続が危ぶまれているという。
片腕の副館長も首になり、館長ひとり闘っている。
そこへ先日訪ねた時、坂さんは非常に喜んでくれ記念にみんな
で記念写真を撮ったのだ。
その写真と坂ビスケット一箱を山田さんが運んでくれた。
坂さんは坂さんなりにこの会社のビスケットを愛している。
何故なら坂さんのお土産はいつもこのビスケットだからである。
山田さんは今連載中の「モノローグ紀行」でこのレトロスペース
を取り上げ、坂さん本人をテーマとするだろう。
人と物、人と場所、人と道具。
人が消えたら、感動は生まれない。
酒井さんの絶唱を聞きながら、胸が熱くなり思っていた。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-03-10 16:14 | Comments(0)