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2016年 02月 25日

病院の窓ー泉(16)

本来このブログは、画廊を窓にして書かれる日記だ。
最近自らの病によって、孤独なシジフォスのような
忍耐と努力の多くの時間が入り込んできた。
夕刻から夜間10時までひたすら耐える時間だ。
本来毎日のように打ち込んだハミガキブログでは
ないけれど、ベッドの窓口からみた世界もまた自分
だと思い、記してみる。

50人近く並ぶ治療者の何人かと顔見知りになる。
私のベッドの両脇の方が最初のふたりだ。
席替えのように時々ベッドの位置も替わる。
それでもこのふたりはどちらかが隣だった。
ひとりはアクション俳優のような背の高いスラリと
した40代半ば位の男性である。
もうひとりはもう少し上の中年女性で、図書館の司書
か、女子高の先生のような静かな人だ。
ある時通院歴を聞いて驚いた。
もう30年近くなると言う。
もうひとりの男性は、20年を越えると言う。
通院したての自分は急に1年生になったようで、両隣
に敬意を感じた。
最近またベッド替えがあり、左隣はこの男性氏だったが、
右隣は30前後の営業系の男性だった。
ベッドの上で胡坐を掻き、おにぎりやお菓子を食べ、耳
にはヘッドフオーンでTVやスマホを見ている。
時に鼾をかき眠っている。
余裕だなあ、と感心して、親しい看護士さんにそう話した
ら、この人ももう長いのよ、と教えてくれた。
1年を越えたばかりの人は私だけらしい。
2年の人もいないと言われた。
凄えなあ~と思う。
ここの院長が巡回の時いつもオッス!とひとりづつに声を
かける理由が解った気がした。
一種戦友なんだなあ、病の戦場の・・・。
さらに看護士さんが言う。
先生は最近優しくなったわ、以前はもっと怒って恐かった
みたい。でもそれでみんな今があるのよ。
あなたも頑張って・・・。
ひゃあ~、そんなに生きられるか、と思う。
そう思って他の人を見ると老若男女様々な人の顔が見え、
みんな二桁の年数を超えて来た兵士(つわもの)に見え、
あらためてここは夫々のシジフォスの急坂・戦場なのだ
と思う。
整然と並ぶベッドと影の無い光と壁。
そして透析機械の林立する白一色の空間。
その明視の世界に個々のシジフォスの背負う重い石が潜ん
でいる。
みんなここでシジフォスの石を運び上げる頂上の束の間の
休息を得て、また裾の日常戦場へと向かうのだろう。
やはり挨拶は、オッス!だなあと感じ入った。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-25 14:31 | Comments(0)
2016年 02月 24日

行きつ戻りつー泉(15)

また真っ白な世界が来た。
行きつ戻りつ・・。
春の兆し、寒の戻り。繰り返し。

くしゃみと鼻水が連続する時が多々ある。
マスクをして、帽子を被り、紺の長いコートを着て
知人の店に入った。
誰だか判らないだろうと思っていたが、直ぐに判っ
ていた。
もう一軒別の日に別の店に入ったが、ここも同じ。
顔の半分以上は隠れ、おまけに帽子にあまり着ない
長いコートでも何で判るのだろう・・・。

昔谷口顕一郎さんと高臣大介さんが互いにモヒカン
刈りの鋏をいれてる最中の写真がある。
後ろからそっと撮った時、瞬間気配でふたりが振り
返った写真だ。
髪形も同じ、眼つきも同じ。
しかしケンと大介だ。
やはり外観だけで人は変わらぬ何かがあるのだろう。

色んな状況で人は変化を求めるが、基本的には変わらず
自分は自分なのだろう。
春だ、いや冬だとジタバタせず、これが俺さと腹を括って
取り巻く状況に惑わされず先ずは今日を生き抜く事だなあ。

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by kakiten | 2016-02-24 13:47 | Comments(0)
2016年 02月 23日

歩行ー泉(14)

通院や通勤で地下鉄・路面電車に乗る事が多い。
早くて便利だが、体調の悪い時は微妙に歩行との
相違を感じる。
歩く事は踵と爪先を地面に垂直に交互に押し前に
移動させるリズムがある。
リズムというより律動ともいえる身体の縦軸と
横軸の運動だ。
一方乗り物は横軸の移動だけが機械的エンジン
の力で移動・輸送してくれる。
それはそれで大きな利便性なのだが、身体性で
考えると必ずしも快適とはいえない。
目的地により早く到達するのは確かだが、足から
上だけの移動は時として体の不調を高める事もある。
都会の雑踏の中で歩く人の歩行は車のリズムに思える
時がある。
あれは歩行ではない。
老若男女を問わず目的とする場所に車輪ならぬ二足の
車ががむしゃらに移動している。
腕を振出し、靴の爪先を鉛筆の尖った芯のように突き出す。
黒い新幹線の鼻先のようだ。
踵の縦軸は激しく路面を叩きカッカツと音を響かせる。
都会で美しい歩行を見た事がない。
今は郊外の静かな路上でもそういうリズムの足音が多い。

凍てついた路上にも時として歩行の保つ律動がある。
前に横に滑らぬよう縦軸を確保しつつ前進するからだ。
歩行の基本に忠実でないと律動が損なわれ前に横に流され
転倒するからだ。
地面に垂直な縦軸の力こそ歩行の律動の基調・トニカである。
<地に足をつけて・浮き足立つ>などの言葉は、車機械社会
以前の先人の言なのだろう。
今は足の過保護と虐待の時代である。

時に無論便利さに感謝しながらも、時に速歩・緩歩を繰り返し
身体と風景を感じながら道を歩きたいなあ、と思う。
人間の心の泉・源泉は、きっと足にある。

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by kakiten | 2016-02-23 13:30 | Comments(0)
2016年 02月 21日

インフルエンザー泉(13)

軽いインフルエンザだった。
それでも一時透析治療中はカーテンで隔離された。
他の患者にうつるのを予防する為である。
4,50人同室で治療してる為万一に備える事と
、少し大袈裟だけどねと院長が言う。
咳も出ず熱も出ていないけど、ただの風邪ではなく
インフルエンザというだけで、隔離である。
2日間カーテンで囲われ、帰りも一番最後で人の
居なくなってから看護婦さんに付き添われて退院した。

この2、3年冬に通院が続く。
一昨年今も続く腎臓透析と昨年冬は左手首骨折、
今年はインフルエンザである。
腎臓も冬の臓器と呼ばれるそうで、冬と縁が深い。
山スキーをしたりと、冬は嫌いではないのだが、
近年冷える事が祟りとなって吾身に降り懸かる。
年寄りの冷や水と昔から言うからそういう時期
なのかも知れない。
しかし個人差はあるはずだから・・と大野一雄
の86歳の石狩川河口公演の入水熱演を思い出
していた。
白いドレスにハイヒールでアルヘンチーナの
亡霊に扮した大野先生は秋風吹く石狩川に入り
川の水を髪に浴び踊っていたのだ。
そして秋風に震える観客の為にアンコールを2回
ハワイアンで慰労してくれたのだ。
風邪といい凍った道の転倒といい、気力体力が
鈍っているとしか思えない。
週3回15時間の透析治療の疲れもあるだろうが、
そればかりではない気もする。
大野先生を思い出し、命への直向な感謝と奉仕を
身体の内から湧き出さねばならない。
命の泉は涸れてはいないのだ。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-21 14:25 | Comments(0)
2016年 02月 12日

泡沫(うたかた)の日ー泉(12)

(うたかた)という美しい響きが、泡沫ホーマツと
という現実となる。
手痛い落し物をしてガックリ・・・。
どこで落としたのか、2,3軒問い合わせたが
反応はない。
昨日は昨日と諦めるしかない。
<うたかた>も泡沫という日常現実に置き換え
れば惨澹たるものである。
そういう現実があるからこそ、(うたかた)という
美しい響きがあるのかもしれない、などと訳知り顔
をしてみる。
酒井節に酔っているのかな・・。

天気も昨日ー今日ー明日と目まぐるしく変わりそうで
寒暖差が激しい。
路面も凍りついたり、溶けたり、夜昼でも違う。
心も浮き上がり、下降と同調しているよう・・。
共なる時間(conーtemporary)を次にと
集中せよ、と心奮い立たせる。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-12 12:06 | Comments(0)
2016年 02月 09日

うたかた・白い光ー泉(11)

搬出を終え白い壁だけが光っている。
プラス4度の陽射しが揺れている。
泡沫(うたかた)の夢の痕。
ふっとまた酒井さんの絶唱が蘇るようだ。

 川の流れは淀む事無く うたかたの時 押し流してゆく
 昨日は昨日 明日は明日 再び戻る今日はない

 例えば君は待つと黒髪に霜の降るまで
 待てると言ったが それはまるで宛名の無い手紙

場所それ自体は、ただの場所でしかない。
そこを埋める熱い人と作品があって、はじめて
<ともに-con>を共有する。
場所自体は、<temporary-とりあえず>な
存在なのだ。
吉増剛造展「怪物君 歌垣」そして高臣大介展「みつめあう。」
場の天と地を掘削し飛翔し世界へ触れようとする展示だった。
吉増さんは6月東京国立近代美術館で、高臣さんはアジア第二
弾上海へとその飛翔を続ける。
contemporaryなその軌跡を、発射台のこの場所
は、再び<とりあえずーtemporary>なspace
に戻って、暫しの静かなただの場に戻るだろう。

 昨日は昨日 明日は明日 再び戻る今日はない

まだ余韻が残っているなあ・・。


 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-09 15:41 | Comments(0)
2016年 02月 08日

十年ひと昔ー泉(10)

図らずも10年ひと区切りの打ち上げとなった。
後期初日の大田ヒロさん。
そして昨夜の酒井博史ライブ。
どちらも十年前の円山北町最後の高臣大介展ラスト
のメンバーだった。
そして現在地にテンポラリースペースをその年5月
再開し10年。
高臣大介さんの話は自然とその事に触れて、熱く語っ
たのだった。
酒井さんの歌も心が籠もっていた。
普段締めに唄う曲を3,4曲も立て続けに唄う。
どれも泣けたが、「ファイト」絶唱と大介とふたりで
唱和した「ガンダーラ」は、いつまでも心に残る。
十年前もみんな唱和して「ガンダーラ」のサビを何度も
何度も合唱したものだ。
千本までの高臣大介の夢は続く。
声も嗄れ絶唱した酒井さんの「夢よ叫べ」「ファイト」
それはそのままこの場に居合わせた友人たちへのエール
であり、ここ十年の友情の証でもあっただろう。
そしてサダマサシの名曲を唄う酒井さんの絶唱が胸に
蘇える。

 川の流れは淀む事無く うたかたの時押し流してゆく

 昨日は昨日 明日は明日 再び戻る今日はない

高臣大介展「みつめあう。」最終日夜。
まさにそれぞれの人生を「みつめあう。」
最高の打ち上げの夜だった。

高臣大介、酒井博史、そしてこの夜共に過ごしてくれた
皆さん。

本当にありがとう・・・。

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by kakiten | 2016-02-08 14:52 | Comments(0)
2016年 02月 07日

次なる道ー泉(9)

最終日昼晴れる。
器主体の前期。
光と音主体の見せる後期。
2週を終える感想を聞く。
見る人が二度来てくれて話を二度聞くのが楽しかった、
と高臣大介さんが答える。
この後千本への夢は膨らんでいるようだ。
昨年ヴェトナムで初の展示をし、次にはシンガポール
とか香港とかの話もあると聞く。
南回りだなあ、とふっと思った。
彼の親友の彫刻家谷口顕一郎はかって樺太経由で
シベリアを横断し欧州へ向かった。
ガラス作家高臣大介は南回りで欧州へ向かうのか。
そんな気がしたのだ。
アジア・中東を経てガラスの本場欧州へ。
カットグラスや色彩ガラスの本場で透明な吹きガラス
で勝負するには、アジアでの多くの経験がきっと豊かな
種子となり独自性の栄養となる。
そんな気がしたのだ。
ぱっと飛んで行くのではなく、充実させながら己を磨いて
本場で勝負。
そんな夢が広がる。。
向こうは千年以上の歴史を有するガラスの王国である。
極東の島国の北の片隅からガラス棹一本透明なガラスで勝負
するには、それなりの納得のいく積み重ねと努力が必要だ。
今年三年積み重ねて三百本。
この狭い空間で、もう千本の展示構想は描いている。
千本までの道程は同時にアジア・中東を経た欧州までの道程
でもあるだろう。
北の島の街の場末の片隅から、世界へ向けて小さな発射台
が未来を見ている。
ミサイルなんかより、はるかに心豊かな発射台だ。

光があれば、世界に通用するさ。
今日も午前の南の陽射しを浴びながら、美しい光と影と光彩
を見せる野の泉を表現した透明なガラス房を見詰めている。

午後夕方近く雪降り出す。
一面白い粉雪。
雪の白い粒子とガラスの透明な房が唱和している。
従兄弟同士みたいだ。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-2月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 午後7時~酒井博史ソロライブ。

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by kakiten | 2016-02-07 13:42 | Comments(0)
2016年 02月 05日

プレスリーの歌ー泉(8)

奥の談話室で音楽をかけると会場まで音が響く。
従って展示中の作品との相性に気を使う。
今回高臣大介展では不思議とエルビス・プレスリー
のラブソングが良く似合う。
久しぶりに聞くエルビスは、どれも聞いた事がある
気がした。
身体が覚えているようだ。
中でも「愛さずにはいられない」には、大野一雄の
思い出が蘇る。
1991年秋石狩河口公演を終えた後横浜の自宅
稽古場でその頃からいつもかける曲がエルビスの
「愛さずにはいられない」だったと聞いていたからだ。
大野一雄が石狩河口で踊った作品名は正式には「石狩
の鼻曲がり」であるが、私達の作ったポスター他の
公示名は「石狩 みちゆき 大野一雄」である。
吉増剛造写真展のイヴェントで大野先生をお招きし
吉増さんと対談後初めて大野一雄の舞踏を見た私は感激し
、源流と河口への思いを先生にぶっつけたのだった。

 先生、河口へ一緒に行きましょう!

即座に大野一雄は応えた。「行きましょう」
その流れが「石狩 みちゆき 大野一雄」のタイトルに
なったのだ。
その思い出が、石狩以降稽古場でいつもエルビスの
「愛さずにはいられない」を流していると聞き、あらためて
この曲を聴いて、じ~んときた。
そして特に

 Take my hand take my whole
 life too
 for I can’t help falling in
 love with you

と歌うところで感動した。
これは大野先生の<みちゆき>そのものの応えではないか。
石狩川岸辺来札の野外公演の記憶を大事に大切にして下さって
いるのだなあと、嬉しかったのだ。
そんな今は亡き大野一雄の思い出も含め、エルビスの歌は、
私の中のアメリカとして、深く体に住み着いているようだ。

高臣大介のガラス展「みつめあう。」で不思議なエルビス体験
をしている、と思いながら気付いた。

そうか、<みつめあう>だものなあ~!

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」ー2月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-05 12:30 | Comments(0)
2016年 02月 03日

後期インスタレーション初日ー泉(7)

光の滴降る降る。
南の陽射し、西の陽射し。
午前から午後にかけて陽射しの変化とともに
煌めきが移動する。
ガラスの房の下方の溜りに光が虹彩を放って
宿り、揺らめく。
三百本すべてが一斉に煌めく短い時間がある。
陽光が雲で翳り流れ、また煌めく。
そんな光曼陀羅の至福の時がある。
外に吊られたガラスの房たちも路上の風に吹かれ
静かな音を響かせている。

午後7時、大田ヒロさんの演奏が始まった。
古い鉄の板を円で切り取った自製の楽器。
足を骨折して以来既成の打楽器は使えず、叩きたく
思う素材を見つけ自ら打楽器を創っている。
テンポラリースペースでは三度目の登場だ。
円山北町最後の高臣大介展、今の場所最初の大介展。
どちらも伝説的な名演奏だった。
坊主頭になり、袈裟のような黒の羽織を着込んだ大田
ヒロが静かに黒い鉄の円盤を撫でるように叩き出す。
小一時間深く内なる世界へと降り立ち、そして立ち上る
瞑想性に満ちた音の降臨だった。
ガラスとキャンドルの煌きの中で、掌(たなごころ)の音
が光臨していた。
演奏を終えてゆっくり着替えている大田ヒロさんに、大介
が近寄り、もう一度とアンコールをせびる。
いや~あと言いながら、手はもう一度服に伸び着替えに
入っている。
やる気である。
アンコールはほとんどしない大田ヒロ。
しかしここでの演奏会では二度ともアンコールに応えて
いる。
独奏で自家製打楽器を叩き続ける消耗で、ほとんど1時間
は、限界なのだ。
それを超えて打つには、何らかの新たなエネルギーが加わる
ものが発生した時だけだと思う。
高臣大介展では不思議とそうした時間が訪れる。
二度目の演奏は入魂の撃ち刻みで、長く止らない大拍手だった。

一吹き入魂。
一打入魂。
このふたり陽陰違えど、似てるなあ。
呼気・吸気の往還。
だから大田ヒロにとってこれはアンコールではないのだ。
あらためてふたりの深い友情を想った。
ガラスに注入される光の呼気吸気。
打楽器に注入される音の呼気吸気。
素晴らしい「みつめあう。」時空間だった。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-2月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-02-03 13:18 | Comments(0)