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2016年 01月 30日

掌に受け留める光ー泉(5)

色々な方が来て目の前に器を翳し、触れ具合と
光の濃淡を験(ため)している。
掌に触れ受け留める光の器。
同じ器でも微妙に形体が違う。
その分光の溜まり具合が異なり、形態も異なる。
目で触れて掌で握り具合を確かめている。
光をこんな風に楽しめる物が他にあるのだろうか。
ガラスの透明な器でしか出来ない、日常の中の光の
触れあいがある。
離れて目だけで鑑賞するアートもそれはそれである
けれど、植物なり飲み物なりを入れる事を想像して
何でもない行為に光を採り入れ豊かな時間を所有する、
そんな時間はファインなアート時空間と思う。
光を握り、・・・掴むなんて。
次回予定されているインスタレーションでは、器の要素
は消えて響きの要素が加わり、目と耳に触れる三百本の
「あふれでる」光の房が空間を構成するだろう。
透明な吹きガラスの交響曲。
高臣大介ガラス展「みつめあう。」は間もなく第一週末
を迎える。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-前期1月31日(日)まで。
 後期ー2月2日(火)-7日(日)am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/ffaz011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-30 14:45 | Comments(2)
2016年 01月 28日

凝縮する光ー泉(4)

透明なガラスの器が空中を浮遊するように
室内の天地に跳んでいる。
朝、昼、夕方、夜、光によって表情を変える。
透明な光の凝縮。
高臣大介の吹き技術によって、光は溜まり屈折し直進し、
世界に放たれる。
表面の微かな凹みも、翳となって水面のように揺れる。
本体と翳が重なり壁に揺れて、どちらが本体か定かでない。
光を掴む力。
そこに色彩も光彩となって瞬時に宿り、消える。
直進する光のふっと佇む瞬間を宿す光の媒体。
そして吊り下げられた「あふれでる。」の透明な房たちは
風や手で触れると、澄んだ音を発する。
音もまた瞬時に響き、余韻を残し消え去る。
瞬時瞬時の光彩と響き。
器の形を纏いながら体験する時間は、光の舞踏と音の
競演なのだ。
器という日常を経過して、純粋な光の虹彩の空間は次週の
展示でさらに非日常の空間に展開するだろう。

二週間、高臣大介ワールド「みつめあう。」全開である。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-前期1月31日(日)まで。
 後期2月2日(火)-7日(日)am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-28 12:42 | Comments(0)
2016年 01月 25日

千本への道程ー泉(3)

寒気の日が続く。
高臣大介展前期展示作業始まる。
前期は器主体の展示。
本人は京都で別の展覧会で夕刻到着予定。
スタッフが朝8時半から洞爺より会場入りし会場造り。
今年は前後期に分け後期はインスタレーションで、
あふれでるシリーズの透明なガラス房を三百本展示
構成する予定のようだ。
千本を目指すというこのシリーズ。
もはや彼の代表作・ライフワークと思う。
従って今回前後期に分けたのも、自然な分離だった
気がする。
用の器と非用の造形。
それが自然な流れとして、フィジカル→メタフィジカル、
アート→ファインアートのようにあるからだ。
身体性と同じように、頭が先ではない。
胴体(内臓)が先である。
内臓が生命の基盤を構成して、それから手足・頭が成長
し出す。
原始生物の形態をみても胴体部分に後から触手が生えてくる。
卵だってお玉じゃくしだってそうだ。
胴体が在って外の世界と触れる感覚触手が毛のように
発達してゆく。
人間も頭・手足・眼が胴体に内蔵された臓器に繋がり
成長を続ける。
赤ちゃんを見れば大人になる過程がそのまま当てはまる。
心臓や他の内臓が可動し初めて生命が始まる。
それから外界との関係性を保つ五体五感の成長が大人化
の過程だ。
芸術も胴体・内臓に当たるコンセプトがあって外界への働き
かけという表現の技の回路を保つ。
アートがファインアートとなる由縁である。
フィジカルーメタフィジカルというのは、もっと直裁に
その事を現している。
いわばフィジカルにあたる根を抜きに、メタ・花だけを
見る傾向が多い。
それを先人は、
<秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず>と戒め
たのだ。
<秘する>とは見えない内臓のようなものだ。
地下の見えない<杭>不在の高級マンション。
<産地>の偽装された高級美食。
<高速・安価>が売りの<高速>バスの<収益>構造。
他にも同じ構造の<秘すれば>が花とはならない
ただの隠蔽構造は枚挙に暇が無いだろう。
フィジカル希薄なメタフィジカル。
ファインだけを追い求めるアート志向。
カルチベート(足元を耕す)事を抜きにしたカルチャー(文化)
の標榜。
結果優先の直線高速社会。
そうした社会構造に職人(アート)は、秘された花のように
ファインを自らに宣言し、ファインアート(花)を志す。
それがガラス作家高臣大介の「あふれでる。」千本挑戦である
と、私は思う。
千本までの道のりその過程こそが、ファインな秘する花への
道程なのだ。

「みつめあう。」
 -みつめあうのは いつも自分自身だ。

+高臣大介ガラス展「みつめあう。」-1月26日(火)-31日(日)
 前期器を中心に:2月2日(火)-7日(日)後期インスタレーション

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-25 14:50 | Comments(0)
2016年 01月 21日

後日談・寒気廊ー泉(2)

露出した指先に寒気が凍みる。
悴んで鈍い痛み。
水道は凍っている。
止水のバルブも回らない。
ポットに入れておいた水を沸かす。
そのお湯をバルブに注ぎ緩める。
ストーブを点火し部屋を暖め、トイレは電気ストーブ
を点け排水槽の氷を溶かす。
それら一連の作業を終えて当たり前の日常が戻る。
多少気温は上がったが、室内は依然として冷え込む
毎日だ。
展示の無い日の日常風景。
合間を見て夕方からの水・金の通院とその前の時間に
寒さへの対応が日常だ。

先日、勤務先休日の村上仁美さんが最後の片づけをする。
作品に使ったコウゾの樹皮を束ね、やつと終ったわと言う。
大木のように立っていた樹皮は束ねられると、思いの外
小さくなる。
幹無く根も無く枝も無いのに、コウゾの皮は樹皮の位置に
構成されると、そこに木の存在感が生まれていた。
外され束ねられると、皮は皮だけの存在となり、小さく
薄い存在となる。
たまたまTVでコウゾの皮から和紙を創る東秩父の村の
映像を見たが、自然のコウゾの木の形は正しく展示して
いた形態と同じだった。
樹皮は皮膚のように自然にそうして立っていたのだろう。
吉増さんが、吉本隆明の追悼で語っていた、”没後の恩人”
という言葉をふっと思い出している。
吉本隆明の26歳~27歳に書かれた「日時計詩篇」を
筆耕し続けている「怪物君」草稿を見事にあしらいコウゾ
の樹皮を纏い作品化した村上作品の芯には、この追悼と再生
への深い想いが宿っていた気がする。

山田航さんの”ハイウエー”を連呼する詩の絶叫も見事だった。
吹き抜け階上から録音された朗読と唱和し競う階下の生の朗唱。
最終週の3日間幾度連呼した事か。
その度に朗唱は巧みとなり磨かれた。
その内のひとつを写真家の竹本氏が動画に収め、作業を終えた
村上さんに見せてくれた。
初めて見、聞いた村上さんは、感動している。
年末年始の仕事多忙で吉増さんとも会えず今回の山田さんの朗唱
も初めて聞いたのだ。
鈴木余位さんは、オープニングと最終日片付け後山田さんの朗誦
は撮影もしていたから、これで初めて3人の今回の作品が3人に
共有された事となる。
竹本さんの山田航動画はその内Uチューブで公開される事だろう。

「怪物君 歌垣」展後日。
一度倒され新たに完成したコウゾの樹皮の作品は見ずに帰京した
吉増さんからFAX通信来る。

 1/9ケイオーの三田にて仁美さんのお心の姿の天に舞うよう
 なミゴトな空気を文さまのケータイでのぞいていました・・・
 「歌垣」の命でしたね。

冷えこんだ冬の空気が支配する日常の底で、いまも熱い底流が
伏流水のように流れていた。
その底流はまた泉となって、26日から始まる高臣大介展で
熱く溢れ出るだろう。

吉増さん、鈴木余位さん、村上仁美さん、山田航さん、そして
品切れともなった名作フライヤーを制作してくれた中嶋幸治さん、
酒井博史さん、要所要所的確な助言で会場構成を5年前の展示か
ら支えてくれた河田雅文さん、本当にありがとう御座いました。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-1月26日(火)-31日(日)
 前期器を中心に。2月2日(火)-7日(日)後期インスタレーション
 を主に。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-21 13:02 | Comments(0)
2016年 01月 16日

泉という透明な骨ー泉(1)

2012年2月「ヌプサムメムー野傍ノ泉池」と題した
展示を清華亭とテンポラリースペースの2ヵ所を使い展示
した事があった。
展示作家は九州の鉄の造形作家阿部守とガラス作家高臣
大介である。
展示場所の清華亭はかって泉が湧き北大構内を流れる
川の水源となった場所である。
テンポラリースペースはその川筋に立っている。
この展示は今月末から展示の高臣大介「みつめあう。」展
の原点ともなったものである。
その前々年2010年に清華亭に繋がる植物園ー伊藤邸
の泉池の水脈・エルム(春楡)ゾーンで新たに伊藤邸が
高層マンション化する問題が出て、反対署名運動を私は
同士とともに立ち上がらせていた。
西の大倉山から見下ろすと無機質な灰色の石のような
高層ビル群の街に、ひと筋の南北に伸びる緑の帯が見える。
それは大通り公園ー植物園ー伊藤邸ー偕楽園緑地ー清華亭
ー北大構内と繋がる都心に残る貴重な札幌の森と泉の記憶
の帯である。
私達はこの緑の記憶を遮断しない為に「札幌緑の運河エルム
ゾーンを守る会」として、高層ビル反対運動を続けていた。
冒頭のヌプサムメム(野傍ノ泉池)とは、この一帯の風土を
表わしたアイヌ語の地名である。
そうした一連の流れの中で、高臣大介のガラス作品は、清華
亭の庭のエルムの巨木等の梢に水滴のように吊るされ展示さ
れた。
そしてその翌年の個展「あふれでる。」では、作品はさらに
進化しより太く純粋な水波のようになり、百一本となって
会場中央に吊り下げられた。
その後「ひびきあう。」「とめどなく。」そして今回の
「みつめあう。」に至るまで作品の数は年々増え続け二百本
を超えている。
本人は千本まで目指すと宣言している。
透明で硬質なこのガラスの水波・水房。
器性はなく純粋な形象のこの作品を、今彼はライフワークの
ひとつとしているかに思える。
10年前千葉から移住し洞爺湖月浦に工房を構えた彼は、地形
風土の違う新たな天地でその相違に周囲からも自らも意識させ
られる事は多々あったと思う。
工房火災の不運もあり経営の苦労もあっただろう。
その中清華亭展示の後、ふっと呟いた言葉が印象に残っている。

 泉の温度は変わらないんだって。
 人は夏に冷たく冬には温かいと感じるが、泉の温度は
 いつも常温なんだ。

この時彼は何かを掴んだと思う。
自分は自分であふれ出れば良い。周囲に惑わされず俺は俺の
表現を続ければ良い。
そんな発見・自覚が千本を目指す泉の水波・水の房シリーズ
となっていったと思う。
今回初めて器の展示と水波・水房の展示を別けて二部構成と
したのもその自覚の顕在を感じる。
さらに今回の展示表題は「みつめあう。」で<みつめあうのは
いつも自分自身だ。>と案内状に記している。
かってのヌプサムメム(野傍ノ泉池)から、今ひと筋の川が
流れ出た気がする
千本を目指すように、この川のひと筋もまた太く大きくなって、
世界という大海に向かい流れてゆくだろう。
森を育て土地を潤し大海原の世界へ。
一人の作家の成長は、一本の樹、ひとつの泉のように世界を潤す。
一棟の高層ビルとは対極の位相なのだ。

一本の木が千本の樹を目指すように、千の葉を茂らせれば、
大介よ、千の葉。
君の故郷千葉かもな・・・。
冗談だけど???

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」-1月26日(火)-31日(日)
 前期・器を中心に。2月2日(火)-7日(日)後期・インスタレーション
 am11時ーpm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-16 15:40 | Comments(0)
2016年 01月 14日

身体と衣装ー土(28)

大野一雄の「石狩の鼻曲がり」を吉増剛造展「怪物君
歌垣」最終日に、訪れたブラジル生まれの平田美智子
さんと久しぶりに見ながら、ずっと感じていた事がある。
最後のアンコールで、大野一雄が白いドレスのアルヘン
チーナの衣装のまま川から舞台に上がり、ハイヒールを
脱ぎ「エストレリータ」を踊るシーンだ。
ハワイアンの名曲を、85歳の水に浸かった身体が逆に
観客の寒気を労って踊るのだった。
そしてさらにもう一曲「ラ・パロマ」を踊るのだ。
この時大野さんは舞台の隅に立ち、大きく舞台を空けて
観客の参加を促していた。
最後は一緒に踊ろうよ、という心遣いだった。
勿論誰もそこへ上がる勇気のある人はいなかったが、その
心は十分に伝わっていたと思う。
終了後マイクを手に感謝の言葉を述べる中、その最後に出た
言葉は、今日は皆さんと一緒に踊っていたという感謝の言葉
だった。
9月15日敬老の日石狩河口はすでに秋の気配濃く風の冷たい
日だった。
多分200人近くの観客を含め最年長の大野一雄が水中に入る
熱演の後、寒さを労わるハワイアンの名曲を2曲も踊り、労わり
の言葉をかけて終わる。
そのシーンがやはり心に沁みたのだった。
ハイヒールに白いロングドレス。
それはみな水浸しとなり、重く垂れていた。
舞踏を志した切っ掛けともなった南米アルゼンチン生まれの
踊り手アルヘンチーナ。
鮭の生と死を踊った後、その生命への賛歌は、憧れのアルヘン
チーナの亡霊となって夕日の水中に舞うのである。
このダンスという西洋舞踏を身に着ける強靭な身体。
そこには洋とか和とかいう領域を超えた大野一雄という強靭な
存在があった。
西洋のダンスの世界では肉体の綺麗な30歳位までがダンサー
の限界という。
大野一雄が本格的に舞踏を始めたのは40歳を過ぎてからだ。
しかも本格的海外公演は70歳を過ぎてからである。
そして絶賛される。
大野一雄の舞踏はダンスではなく、舞踏という国際語となる。
衣装は身体の一部となり、只の扮装ではない。

吉増剛造の「怪物君 歌垣」の草稿を村上仁美さんが包み直す。
折りたたまれた草稿から絵の具の染み出た薄い白い紙。
それを使い再び産着のように本体の草稿を包み込む。
草稿の下地には吉本隆明の日時計詩篇がびっしりと大骨・小骨
のように書き込まれてある。
その文字上に様々な色彩が塗り籠められている。
それが染み出て、外を包む白い薄い紙に浮き出ている。
日時計詩篇を骨とする体に纏った衣装のようだ。
折りたたまれ包まれた草稿がその時、踊る大野一雄とその衣装
のようだと感じていた。
「石狩河口/座ル ふたたび」で始まった「怪物君」の展示。
その原点がふっと見える気がした。
大野一雄の身体化したモダニズムの日本。
吉本隆明の思想化した日本近代。
それを骨として内臓と皮膚を創る。
吉増剛造の内臓・血肉・魂その物だなあ、と思った。

こうして吉増さんの五臓六腑に等しい六つの大草稿は村上仁美さんに
包まれて、送り返されたのである。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」ー1月26日(火)-31日(日)
 器を中心に:2月2日(火)-7日(日)インスタレーションを主に。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2016-01-14 15:33 | Comments(0)
2016年 01月 12日

怒涛の3日間ー土(27)

吉増剛造展終わる。
金曜日予告無しに映像作家石田尚志さんが来廊。
そこから怒涛のように意外な人が訪ねてきてくれ
濃い3日間だった。
吉増展には毎回オープニングに顔を出す石田さん
だが、今年は勤務先の大学の都合で無理と聞いて
いた。
ただ今回の展示は見て欲しかった。
それだけに不意の訪問は嬉しかった。
残念ながら金曜日は夕刻から透析治療で私は席を
外した。その前にモエレ沼公園のイサム・ノグチ
と灯りのコラボ展を終えた高臣大介さんが来て彼と
イサム・ノグチのモエレ沼公園の紹介を石田さんに
告げる事はできた。
横浜美術館、沖縄美術館に続き、札幌での石田展の
場所を模索していたからである。
そして翌日石田さんは余位さんとともに、モエレ沼
を長靴で散策し午後顔を出す。
札幌では3回の個展をしているが、いずれも季節は
夏である。
しかし今回のモエレ沼公園訪問で、冬の展示にも心が
動いてきたようだ。
そんな話をしているとひとりの男性が入ってきて、車を
前に停めていいかと聞く。
その顔を見て石田さんが大きな声を出す。
東京国立近代美術館の保坂健二朗氏だという。
吉増さんの6月予定されている美術館の担当者だ。
今回は「石狩シーツ」の舞台石狩河口を訊ねて来たという。
想いは現実、現実は想いだ。
早速今回の展示で思っていた「怪物君 YY小屋」構想を
話す。
そして吉本隆明を偲ぶ会での吉増さんの挨拶の録音を
聞かせた。

吉本隆明という日本近代の深い底流と吉増剛造という日本
近代のモダニズムの本流とが、「怪物君」という大草稿の
中で稀有な出会いを根を紡ぐように添い遂げようとしている。
そこを是非展示のメインに据えて頂きたい。
そう熱く伝えた。
あっという間に帰京の時間となり、偶然同じ時刻同じ便の
石田さんと保坂氏は空港へと去っていった。

翌朝美術家の中嶋幸治さんがオープニング以来の顔を出す。
彼は吉増さんとの新たな親交を心から喜んでいる。
それも今回の傑作フライヤーがコンセプトを含め高く評価
されたからだ。
そこへひとりの背の高い女性が来る。
じっくりと作品を見ている。
声をかけ聞くと東京からこの為に来たと言う。
吉増さんとはブラジル大使館の縁で日系ブラジル人の作品
解説をお願いした事があると言う。
1994年石狩に数ヵ月滞在し名作「石狩シーツ」を制作
した吉増さんの動機にはその前年までのブラジルでの2年
がある。
故国を遠く離れた移住者が保つ純粋な望郷の国への想い。
その深い純粋なナショナリズムに当時の吉増さんは、自分自身
への日本に深い危惧を抱いていたと想像する。
そして帰国後ブラジルへ発つ前年経験した大野一雄の石狩
河口公演の舞台の傍らに身を寄せ新たな作品制作を試みた
と思われる。
それは自らの蘇生を賭けた石狩行だったと思う。
ブラジル・サンパウロ生まれというその日系女性に大野一雄
の石狩舞踏公演のヴィデオを見せた。
食い入るようにじっと画面を見ている。
私も久しぶりに大野一雄を堪能する。
そして今まで見過ごしていた服装の変化に目が行く。
最初赤い和服の着物の雌鮭は子を産み死を迎える際には洋装の
赤いドレスに着替えている。
そうして見ていると、音楽も津軽ジョンガラとクラシックの洋楽
が交互に流れている。
それらが何の違和感もなく聞き過ごし見過ごしていたのは、圧巻の
大野先生の舞踏の力の所為もあるだろうが、この舞踏の世界では
近代の和と洋が石狩河口の自然の中で、少しの無理も無く一体化して
あったからなのだ。
これだなあ、と思った。
吉増さんが、もう一度自らに確かめ確認したかったもの。
日本のモダニズムの揺るぎない立ち方。
ダンスとはまた違う舞踏という国際語にもなっている大野
一雄の舞踏。
歌舞伎の伝統も含めた白塗りの女装、そして衣装の早変わり。
それらが西洋クラシック音楽と少しの違和感もなく鮭の一生
を演じ生と死の感動を与えていたのだ。
吉増さんの今回村上さんに送られてきた折りたたまれ絵の具
の滲み出た鮮やかな紙に包まれた怪物君歌垣の6個の草稿。
これらはあたかも踊る大野一雄の着る衣装のように、この時
吉本隆明の近代という容体を彩っているものに見えてきた。

ブラジル生まれの平田美智子さんは、半日以上話し見て聞いて
夕刻搭乗時間近く急ぎ空港へ向かい別れた。

濃い終りの3日間だった。
次なる吉増剛造、拠って立つ吉増剛造。
その過去と未来を告げるような訪問者だったなあ。

*高臣大介ガラス展「みつめあう。」前期:1月26日ー31日
 器を中心に・・。後期:2月2日ー7日インスタレーションを主に。

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by kakiten | 2016-01-12 13:12 | Comments(0)
2016年 01月 06日

冬の遺書(Ⅱ)ー土(26)

吉本隆明の日時計篇162番目「冬の遺書」を
朗読する吉増剛造の録音を聞きながら思っていた。
吉本の詩を一字一字書き写し、時には二度三度と
写経のように筆耕し思いを重ねる。
この修行僧のような孤独な作業を経て、ふたりが
出会っている世界の回路は何か、と問う声だ。
日本戦後近代をある意味で代表するようなふたり
の天才。
その回路はきっと掌だなあ、と思う。
指先の手ではなく、宇宙を抱く掌。
吉増剛造の日時計篇筆耕もまた掌の仕事。
そしてその吉本の詩行を読み砕き、そこに文字を添え
色彩を与え言葉の声を発する。
まるで吉本隆明という食を咀嚼し自らの内臓で吸収し
エネルギーに変えようとしている。
この孤独で直向な作業の積み重ねが「怪物君」と呼ぶ
現在六百余葉に及ぶ草稿である。
テンポラリースペースで「ノート君」「怪物君」「水機ヲル日・・」
怪物君 歌垣」で4年続いた展示は、みなこの草稿を基と
している。
そこで今年6月に予定されている竹橋の国立東京近代
美術館の吉増展では、この吉増・吉本の怪物君部屋
が在ってもいいのではないか、と思えるのだ。
ポイントは、吉本の「冬の遺書」を朗読し語る吉増の
あの録音である。
これをトニカに吉本と吉増の怪物君ーY・Y小屋のイメージ
である。
Y・Yだから、今回の展示と同じように他の作家も入れる
展開が良い。
GOZOCINEも含めた吉本と吉増の掌(たなごころ)小屋
である。
これは折を見て提案しようと思う。

*吉増剛造展「怪物君 歌垣」-1月10日(日)午後5時まで。
 通常qm11時ーpm7時。
 :鈴木余位(映像)・村上仁美(花)・山田航(歌)。
 :フライヤー制作 中嶋幸治 酒井博史
 ;会場構成 河田雅文

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by kakiten | 2016-01-06 14:34 | Comments(0)
2016年 01月 04日

正月過ぎてー土(25)

正月3日過ぎて初めてパソコンに向かう。
大晦日元旦は自宅にドボ~ン。
2日は透析通院。
3日は食糧補給で円山のスーパーへ。
申年らしく正月3日去る、そして4日初ブログ。
遅い年賀状の束を受け取り、友人たちに思いを
馳せる。
もう通り一片の儀礼的年賀状は来ない所為か、
賀状一葉其々が今を生きてる匂いがする。
どこかでゆっくり会いたいねえ~という声がする。
800葉近くも来ていた頃も、賀状のデザインひとつ
にも個人的と仕事上の付き合いの違いが感じとれた。
今はメールの賀状も多いが、これも一斉に同文を送信
するから、個人的な相手への温もりが薄くなる。
やはり一葉一葉の年賀状にはその差が出る。
印刷されたものでも一言書き加えられた言葉で伝わる。
遅ればせながら、返礼兼ねて届いた分から遅い年賀状を
書こう。
そしてこのブログを読んで頂いている方々。
今年もよろしくお付き合い下さい。

ある意味で歴史的な出会い。
吉増剛造と吉本隆明の映像と声と絵画立体草稿の稀有な
出会いの現場を見る展示は10日まで続きます。
続いてこれも従来からすると画期的な二部構成高臣大介
展が引き続き始まります。
「みつめあう。」展です。

今年は届いた年賀状に拠れば、数年ぶりの藤倉翼さんの
個展も宣言されていたので、楽しみに待っています。
尾道の野上君もね。
さらに今年2月頃出版予定の山田航第二歌集を主題に
前回第一歌集の時と同じ作家に、また一首選び自分の作品
で表現してもらう展覧会も予定しています。
あの後みんな大きく表現に転機が起きて作品と人生が変化
してきたから、山田航とともにその後を確認したく思います。

また私も、細々と確かな一歩で頑張りますね・・・。


*吉増剛造展「怪物君 歌垣」-1月10日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。
 :参加作家 鈴木余位(映像)・村上仁美(花)・山田航(歌)。
 :フライヤー制作 中嶋幸治 酒井博史
 :会場構成 河田雅文
*高臣大介ガラス展ー前期1月26日-31日器展・後期2月2日ー7日
 インスタレーション。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2016-01-04 14:34 | Comments(0)