テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ

<   2015年 07月 ( 19 )   > この月の画像一覧


2015年 07月 30日

英国からー窓(14)

英国から2通のメールが来る。
一通はエマさんという方からで、英国で出版予定のロジャ
ーアックリングの追悼本の日本での記録、そこに収録予定
の石狩・望来滞在制作を語った私のメイボン尚子さんのイ
ンタヴュー文を読んでのものだった。
もう一通はそのメイボン尚子さんからでエマさんについて
書かれていた。
13年前ロジャーが滞在制作した作品と滞在の様子は一冊の
記録集として印刷し出版された。
多くはロジャー本人に送ったから、エマさんはその記録集を
同時に読んで感動したのだろう。
滅多に撮影を許さないという製作時の写真。
ご夫婦ふたりでの海岸で流木を探す姿。
石狩・望来の独特の自然と空気が生んだありのままのロジャー
の姿である。
教え子でもあるエマさんには堪らない姿だったと思われる。
そんなロジャー夫妻の石狩での写真を他にも使わして欲しい
というのが主旨のようだった。
早速このきっかけとなったスコットランドに居るメイボン尚子
さんにエマさんの文を添付して相談する。
英語力に自信のない自分である。

当然作品が主体となる追悼本となるだろうから、極東の北の島、
断崖がそそり立つ小さな海岸で、夫婦で流木を拾い、レンズに
集光した太陽の光熱で焼き彫刻しているロジャーのありのまま
を捉えた写真と記録は異彩を放って見られるかもしれない。
束の間のロジャーアックリングと私達の友情が、13年の時を
経て、今また輝きを増そうとしている。
彼が製作しこの地に残そうとした作品群は今何処にあるのだろう。
13年前の無念さが、また蘇ってくる感がある。
作家の本籍と作品の本籍は同一ではない。
作品は作品の本籍を持つ。
その作品の記憶が、再びロジャーアックリングをこの地に
呼び寄せているじゃないのか・・・。。

*瀬川葉子展「FILE」-8月2日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-30 16:39 | Comments(0)
2015年 07月 28日

蒸し暑い日ー窓(13)

湿度の高い日が続く。
朝、流し場の三角コーナーの上金属の束子から黒い虫が
水音に驚いてスッスッと出て、元に戻った。
束子を巣にしてたのだろうか。
暑気に誘われどこからか出没して水に近い場所にぬくぬく
と休んでいたと見える。
沸かした高温のお湯を注ぎ始末する。
こう暑いと虫達も活発化する。
溜まった洗濯物を急ぎ洗濯機に入れ、出かける前にベラン
ダに干す。
ついでに枕カバーのタオルも干して、通院時に使うシーツ
タオル、枕のタオルも干した。
空をふっと見ると日が翳って雨でも降りそうな気配だ。
まあ良いか、となるべく雨が降っても少しは濡れ難い位置
に纏め、家を出た。

炊事洗濯というが、最近はちょっとした料理が楽しい。
何かで見つけた料理レシピを参考に挑戦してみる。
料理器具等が無いものもあるので、それを使わずに工夫する。
エノキ氷の長芋なんとかというレシピを見て、茸好きの自分
はこれを工夫して食したいと思った。
エノキ氷というのは、ミキサーにかけてその液を凍らせると
いう手順だが、ミキサーが無いので細かくエノキを切り弱火
で少量の水とともに煮詰める事にした。
後はレシピ通りオクラの輪切りと長芋の乱切り納豆を混ぜ、
ポン酢醤油を注ぎ鰹節をかけて出来上がりだ。
一晩冷蔵庫に入れておくと、冷たく汁もしみ出て良い味加減
になっていた。
料理は手際と下準備である。
味も調味料の量と油の量そして火加減を間違えると変わる。
段取り不足はすべてを狂わし、ありゃりゃのポイとなる。
病を得てから自分で自分の食事を考えるようになって、初めて
料理に目覚めた。
結果でなくて調理という過程に目覚めた、と言うべきだろう。
料理とは料ー量る・理ーすじみちで、過程抜きに美味い不味い
と言っていた自分がやっと少しは美味という本質への道に触れ
だしたという事だ。

その意味で、病にも感謝である。

*瀬川葉子展「FILE」-8月2日(日)まで。
 am11時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-28 12:06 | Comments(0)
2015年 07月 26日

一週目の終わりにー窓(12)

今日で瀬川葉子展も会期の半分を終える。
作品・人と出会いの多い一週間だった。
作品が人の心に入り、人が胸襟を開く。
そして自分の心の大切な事を語りだす。
身辺の小さくても大切な悩み・喜び・メッセージ。
人それぞれの生きている真ん中に触れて、発する言葉。
作家不在の時にも、作品を通して開いたその言葉を私は
聞いていた。
そして何といっても圧巻は昨日の加藤玖仁子さんのレク
チャー提言だろう。
話の中で不意に、ふっと口走ったここでのレクチャー
提案は、時間とともに嬉しく重く感じる。
今の場所に移転してから、陰ながらどれほどお世話に
なった事だろう。
ここでのレクチャーが実現すれば、それはこの場所の
陰の応援から表へと立つ意思表示でもあるのだ。
瀬川さんも喜んで、目を円くしながら絶対に手伝うわ
と感激していた。

写真家のM氏が二度目の訪問で来る。
一度目は他に人も多くいて、かつ予想外の初めて見る作品
への感動から、もう一度ゆっくり見る為に来たと言う。
幸い今日は誰もいなくて、ゆっくりじっくり手に取り多くの
作品を見ている。
ファイルという展示名は良いなあ、と呟いていた。
作品の収納する方法の在りかたを一言でファイルと名付けた
と思われるが、それにもM氏は感心しているようだ。
これは立体で一種の彫刻だなあ、とも呟く。
日常のある風景の中に光彩を取り入れ写真を撮るM氏と瀬川
さんの視点はどこか共通する点もあるから、彼には深く感じる
ものがあるのだろう。

M氏がまだ未練を残すような視線を残して帰った後、成清君
と見間違える青年が来る。
息子です、と言う。
あっ、瀬川さんの息子さんだ!
旧姓時代から今の瀬川さんを見ているのだが、こうしていきなり
大きな息子さんが現れると、その時間差が人間の形をして具体的
になり驚く。
後から来た瀬川さん自身も他の見知らぬ客と見間違え、あら!
と驚いていた。
私とすでに少し親しく話し、場に馴染んでいた息子氏は、家で
見るより大人びて見えたのだろう。

谷口顕一郎さんが来る。
見るなり興奮しているのが分かる。
その内会場左のコーナーの椅子に座り本格的に作品を見出した。
一点を選び購入したいという。
この形を自分の凹みの彫刻に仕上げたいと話す。
秋にはその2点をここに持参し展示したいと言う。
瀬川さんは本当に嬉しそうだ。
自分の作品が他の自分より若い作家の制作動機になるなんて
作品のエネルギーが伝わってふたりはそれまで無かった新た
な回路を結んでいる。

作品が人と人を結び新たな世界を生んでいる。
親子も友人も先輩後輩も未知の人も含めて、世界は新鮮に
開かれる。
良い時間だった。

*瀬川葉子展「FILE」-8月2日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-26 18:31 | Comments(0)
2015年 07月 25日

活性と下垂ー窓(11)

久しぶりに小樽の詩人高橋秀明氏が来る。
瀬川さんとも古い友人で5年前の復活個展にも
一緒に行っている。
今回じっくり見てくれて、一点予約してくれた。
瀬川さんも嬉しそうだった。
その後奥の談話室で話が弾む。
高橋さんも体調があまり良くないらしい。
自然と話は健康の事となり、多重臓器下垂症と
いう話が高橋さんから出た、
胃下垂じゃないけど、内臓が全て下に垂れる症状という。
逆立ちくらいでは一時的にしか対処できず、この
症状の時に活性化を内臓相互の関係性を強く意識して
みたという。
ストレスが溜まっていたんだろうなあ、と話す。
一方瀬川さんが女性のお喋りの効用を語る。
あの女性同士のお喋りが、ストレス解放となって、
それで長生きするのよ。
ふたりの話を聞いていて、同じ根っ子の話だなと思った。
内臓同士の関係性の活発化と女性の友人達とのお喋り。
個々が閉じて沈まず、相互の関係性を活き活きと開く。
内臓もまた他の臓器との有機的なお喋りを活き活きと
活性化させ落ち込み・垂下を防ぐ。
女性達の華やかなお喋りの爆発が、内臓の活性化と
繋がるのは面白かった。
日頃感じている内臓言語の女性言語と筋肉言語の男性
言語が図らずもふたりの話で符合したからだ。

今日加藤玖仁子氏が来てくれる。
寛いで普段聞けないような深い本質的な話をしてくれる。
驚いたのは、ここでレクチャーをしようか、と言ってくれた
事だった。
1980、90年代多くのレクチャーを試みていた加藤さん
の貴重な経験に基づく美術の話を聞く機会はもう絶えて久しい。
クリスト・ジャンヌ夫妻、ダニーキャラバン、アヴァカノビッ
チ等世界的な美術家との交流を積み重ねてきた人である。
その人の伝説の生の話が再び聴けるなんて。
札幌の秘めた財産である。
他の人が帰って、2階の吹き抜けの長椅子に瀬川さんと加藤さん
が座って静かに長く話していた。
まるで止まり木に止まった二羽の小鳥のようだった。

加藤さんも内臓が活性化してきたなあ、と嬉しく感じる。
佐佐木方斎、瀬川葉子さん、加藤玖仁子さんと続く再生は、
大いなる勇気と励ましともなる事だ。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503、
[PR]

by kakiten | 2015-07-25 16:06 | Comments(0)
2015年 07月 23日

掌の変幻ー窓(10)

瀬川さんの作品を見ていると、何故か優しい気持ちになる。
そして浮かんだ言葉。
掌(てのひら)。
千手観音の掌(てのひら)。
掌(たなごころ)。
一葉、一葉がそんな気持ちを伝えてくれるからだろう。

掌の変幻だな。

<hand>という五体のひとつの手ではなく、<てのひら
・たなごころ>という精神的な宇宙の掌だ。
本来手とはそういう掌なのだろう。
手がお釈迦さまの掌となる時、その柔らかな<てのひら>は
人間の住む平野に例えられるという。
腕から胸・肩にかけての斜面は山や谷に例えられ、平和で
優しい広がりが掌の開いた空間だ。
瀬川さんの掌が日常生活の些細で無用な紙片・紐等を重ねて
掌(たなごころ)の抱く珠のような作品を創っている。
これらの作品たちは、毬藻のように蔦に覆われた古い木造の白い
空間で、射し入る光とともに呼吸し安らいでいる。
作品と場が握手し、合掌している。
そんな幸せを感じる2日目の会場だ。

*瀬川葉子展「FILE」-8月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 te;.fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-23 13:52 | Comments(0)
2015年 07月 22日

日常曼荼羅・万華鏡ー窓(9)

瀬川さんの作品素材となっている多くの物が断裁された
布や紙切れ、そして糸屑などだ。
それらが透明なファイルの中で、掲げ翳すと多層で微妙な
別の輝きを放ち出す。
用を無化した素材本来が保つ存在感が色彩を伴って蘇えり、
重ねられた他の素材とともに、万華鏡のように掌の宇宙を
創り出す。

2階の長椅子の片隅には、ガラスの楕円のお皿に紐状の
ビニールの切れ端が、荒い網のように表面を包んでいる
作品があった。
漬物やほうれん草などちょっとしたお惣菜を入れる浅い
楕円のガラス皿も、小さな曼荼羅の世界に変身している。
壁に展示された3点の作品以外はすべて掌に乗る作品だが、
この掌の宇宙こそが今回の展示の肝でもあると思う。
五体五感を超える身体機能の機械的増幅。
それが現代文明の速さや大きさの発展の原動力なら、人は
今孫悟空のように金斗雲や如意棒を手に入れその超能力に
酔いしれている時かも知れない。
遠くまで一気に飛び、伸縮自在の道具の力に酔って、鼻高々
の自己過信を、自然というお釈迦様がお前の力はこの掌の中
で暴れているに過ぎないと掌を差し出す。
そんな掌の宇宙を瀬川さんの作品に感じるのだ。
宗教的な意味合いで言っている訳ではない。
人間が掌を忘れて如意棒や金斗雲のような増幅装置に酔いし
れていく現在を例えて思う事だ。
多くの簡単便利なインフラと消耗品に囲まれて生きる現代人
が、それら消耗品の掌に潜む素材の宇宙を要・不要の機能の
用・不用でのみ消耗・消費していく、掌の喪失を考えるのだ。
人が掌を復活させれば、他の物質もまた素材本来が保ってい
る素材の掌を蘇らせる。
野生の漆が人の皮膚に危害を加えても、人の掌はそれを漆塗り
という漆の優美な掌に変え、握手する。
そのような芸術・文化の掌の力を思うからだ。
日々大量に放出される多大なゴミたち。
そのゴミを生む人間の日常。
最たるものは核のゴミ、原発の最終廃棄物のように行き場の
ない恐怖ともなるゴミもある。
巨大なエネルギーを得てその用途は人間の用の繁囲を拡大した
が、消耗した後の処理は依然として未解決のままだ。
もう人の掌の届かぬゴミともなりつつある。
部分巨大化した人類の掌喪失の未来が見える。

瀬川葉子さんの家庭の日常から発した小さな掌の宇宙には、美術
ならではの大きな転換・再生の試みが潜んでいると思う。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-22 13:21 | Comments(0)
2015年 07月 21日

瀬川葉子展「FILE」-窓(8)

5年程前20年ぶりに制作再開した瀬川さん。
その個展を見た時、家事・育児の多忙な日常の合間
ふっと見詰めた捨てられる多くの雑紙。
それらに描いたり好きな形に切り込んだりして溜まっ
た膨大な紙が壁一面埋め尽くす展覧会だった。
壁に飾りきれないものも、積まれて沢山あったと思う。
その時台所やリビングルームから、雑紙を持ってぬっと
立ち上がる台所のジャンヌダルクのような強さを感じた。

それから瀬川さんの作品はより洗練され、雑紙は光を
透かす小さな曼荼羅のように煌きさえ放つようになって
深化している。
今回の展示は掌中の光の木の葉のように一点一点が
輝いている。
透明なビニールのファイル、透明なアクリルの箱等に
一葉づつ収納された作品は、見る人が自由に手に取り
光に翳して見る事ができる。
裏から見て、表から見て、その度に作品は透かせる光に
よって変化する。
百葉ほどもあるだろうか。
どの一点も目を遊ばせ飽きさせない。
光が葉となって、紙に変わり、再び翳す光に透き通って
掌中の光の木の葉となつているかのようだ。
繊細で優しく美しい見事な作品だ。

入り口正面の作品群は淡い青で統一され、一点づつ透明
なファイルに収納され、壁に虫ピンで留められたものと
机に無造作に置かれたものとが並んでいる。
左の北壁にはプラスチックの大き目の箱にビニール袋に
容れられた他の作品が数多くあって、見る人は自由に取り
出して宙に翳して見る事が出来る。
右の南窓には、硬質で透明なプラスチツクの箱に収められた
作品が4点窓辺に立てかけられてある。
窓外の蔦の緑とこの4点は静かで美しいハーモニーを奏でて
私はこの展示が一番好きだ。

日常の掌に触れる無用となった紙片が結晶しここまで鮮やか
な作品となってきた事に逆に作家の凛とした精神の存在を
感じる。
制作を途絶えて20年、そして再開して5年。
この歳月は作家を風化させるどころか、より強靭な精神性を
開花させて今回の展示に結晶しているからだ。

:瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-21 13:39 | Comments(0)
2015年 07月 18日

新幹線・五輪・新競技場ー窓(7)

国立競技場が白紙撤回になり、一連のドタバタ劇が一から
やり直しとなった。
東京オリンピックなのに、国が前面に出ている。
東京=国の首都=国家・政府という構図なのだろうが、
その分責任主体がバラバラだ。
最初にデザインを決めて、そこを金科玉条にする。
一番良いところをのみ強調して他の不都合には目もくれない。
これは新幹線も五輪開催も同じ構造で展開されている。
新幹線ならその最高時速のみを強調し、他の減速状況は考え
ずバラ色の速度ばかりを強調する。
その速さの効果に群がって新しい建設が集中する。
オリンピックも同様で競技者の速さ・強さを見る為に、多くの
新しい競技場や都市開発が群がる。
一種の全体主義・ファッショのような象徴万歳一点なのだ。
従って個の主体性は埋没し、責任もまた分散して見えなくなる。
山に例えれば頂上の高さだけが強調され、山の頂に続く中腹も
裾野も忘れて山を語るようなものだ。
新幹線も何時も最高時速で走る訳ではない。
競技者も何時も世界記録を出す訳ではない。
速度制限の所もあれば、人間不調の時もある。
最高時だけを競うのであれば、それは一般には程遠い特殊な
テストコースのような場所だ。
その特化した頂点を競う場の為に、裾野や中腹を捨象する多く
の改造が仕立てられる。
競技場・新駅の建設、それに伴う周囲の市街地改造。
かって札幌冬季五輪の時もバラ色の都市改造が進められ、今
誰も振り向かない廃墟のような施設は草に埋もれている。
さらに一度廃止した路面電車の路線をまた復活するという無駄
も進んでいる。
地下街と高層ビル街に市街地再開発し、旧来の公共交通電車の
多くの路線は姿を消したが、今またその一部を戻そうとして
駅前通の工事が始まったからだ。
高水位な地に立つ春楡の街路樹を大規模地下通路施設の影響で
取り外し、地下茎の浅いオオバボタイジュに変え、エルム(春楡)
の都と呼ばれた札幌独特の風景を喪失してきたのだ。
五輪という金科玉条の為に、些細な日常は切り捨てられ、速さと
強さを競う一握りの特別な競技者の為に身を削ってオモテナシする。
何時も最速・最強ではあり得ないのに、そこを下回る日常風土を
除去する一種の頂点ファシズムには気を付けなければならない。
安保法案の衆議院強行採決で、戦争への参加危機が懸念されて
いるが、同時にこうした意識上の全体主義的傾向こそが戦争へと
突き進む土壌ともなるのだ。
頂点のあらぬ理想ばかりを見詰めて、裾野・中腹の穏やかな日常
を捨象する危険だ。

酒井博史さんが優れた新幹線の考察をフェースブックに載せている。
最高時速のみ強調のまやかしを微細に検討し、論破している。
あまりフェースブックに相応しない長文の硬派の論だが、見事な
一文である。
最高速度の強調で結ばれる頂点とは、東京である。
そこと地上最高速度で繋がって、札幌は裾野・中腹をスリム化し
たスカイツリーかタワーのような東京直線風土となるのだろう。
それは風土とはもう言えない、亜東京、東京’、東京都札幌区。
そして札幌は北海道の東京として、道内の他の地方にタワー化スカイ
ツリー化する構造となる。

気持ち悪い話だ、

+瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-18 14:47 | Comments(0)
2015年 07月 16日

瀬戸際ー窓(6)

自然も人間社会も速度を上げて混乱を招いている。
そんなニュースが報道を埋めている。
速度を上げ台風と猛暑が押し寄せ、国会では法案
の早期通過を与党が強行採決する。
ロンドンや北京の競技場の何倍もの建設費で新国立
競技場を東京オリンピックの為日程を急ぐ。
大事から日常のインフラまで速度を上げる事に急な
事ばかりの世の中だ。
生活のインフラ・公共料金の支払いも、待った無し
で追いかけてくるし、日々の生活でも瀬戸際が続く。

そんな中、瀬川葉子さんの個展展示が始まる。
家事育児に終われ作品製作を一時断念していた瀬川
さんが、日常の中で生まれる雑紙を素材に作品を発
表しだしたのはもう4,5年前だったろうか。
作品は深化し、今回の展示は新たな立体の感がある。
それも美しい光と造形の羽葉のように軽やかな美である。
葉子さんという名前から学生時代、幼少期までハッパ
ちゃんと呼ばれていたあだ名がそのまま甦り、作品化
したかのような透明な可愛い美に満ちている。
見る人は文字通り、ひとつづつ透明なファイルに収納さ
れた作品を木の葉のように手に翳しながら光に透かせた
り、裏を返したりして見る事ができる。
ここでは速度に追われる時間はない。
しかし光は時間とともに移り変わり、作品もまた変化する。
強行するものは何も無く、掌の光の物質が光とともに変化
する漂う時が過ぎるだけなのだ。
「FOLE」と題された今回の作品たちは、瀬川さんから
贈られた雑多で多忙な速度に支配される日常を、ふっと翳す
行為で超日常へ変化する色と形の光の贈り物ともいえるだろう。

作品展初日前まだ展示途中で発語するべきではないのかも知
れないが、今日の美しい光と世の内外の速さの猛威に思わず
呟いてしまった次第である。
スピードは時として破綻の瀬戸際をしか生まない。
芸術文化は、その猛速に対峙しストップ・停留所を設ける
役割がある。
スピードアップではなく、ストップアップなのだ。
台風がそよ風となり、熱い光が木洩れ日となる時間である。
それは強行や強制の<強権>の時に抗う力を呼び覚ます。

瀬戸際の時間の続く自分にも、瀬川さんを始め多くの人に
公私共にこうした時間を頂いた。
心から感謝なのだ。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-16 17:19 | Comments(0)
2015年 07月 15日

通称ロスアンゼルス通り・豪邸街ー窓(5)

初日行けなかった札幌彫刻美術館展示谷口顕一郎展を
山田航さんと見に行く。
彼も作家に同行し作品素材採取に立ち会った「凹みスタ
ディー札幌」展だ。
地下鉄西28丁目バスセンターで落ち合いバスに乗り
美術館へ。
美術館の道はタイルで舗装され、谷口好みの亀裂・凹み
は見当たらない。
道の両脇は高級住宅街で豪邸が建ち並んでいる。
病院長、代議士、弁護士等の名士の自宅である。
立派な屋根瓦の本格的日本家屋もあれば、国籍不明の洋風
モダーンの豪邸もある。
その奥の一隅に本郷新のアトリエがあってその向かい角
が彫刻美術館である。
かって、冬美術館でその外庭を使い小樽のガラス工房の展示
を企画した事があった。
関西から来たばかりのガラス作家達は、雪を固めガラス
作品を嵌め込み、目ではなく手で触れる初めての雪中作業
を全身で楽しんでいた。
この冬の野外の作品展は、しばらくTVの天気予報の背景
にも使われる程好評だった。
ガラスを夏のものという固定観念から開放したからである。

それ以来だろうか、しかも夏個展を心してこの場所に訪れ
るのは・・。
館内は誰もいなくゆっくりと作品を見る事ができた。
初日に訪れたA氏が絶賛していた作品ドキュメントの映像
もしっかり見る事ができた。
展示で印象的だったのは、茨戸の旧石狩河口岡崎文吉の百年
前の自然工法コンクリートマットレスを作品化したものと
階段吹き抜けに吊って展示されたふたつの大作である。
岡崎文吉の百年前の護岸跡は、路上や壁の亀裂とは違い、
洪水からの被害を守る治水の為のものである。
その単礁ブロックは直線的なフォルムの繋がりで、従来の
谷口さんの凹みとは少し異質であるが、これが素直に造形
として美しく際立っていた。
昨年テンポラリーで個展した時にも展示されていたが、まだ
未完な部分があり、今回の展示で完成したと感じる。
もう一つの大きな作品は吊った展示の美しさである。
彼の作品は自由で奔放で、実は宙に浮く吊る展示が似合うと
以前から感じていた。
それが今回活きていると思い嬉しかった。
その他旧琴似川沿いに多くの凹みが作品化され展示されている。
どれも魅力的で谷口ワールドを形成している。
ドイツでの作品マップと作品も展示されていて、これまでの
図録の数々も揃えられ、今の時期の集大成としての展示とも
なって、彼には記念すべき節目の展示といえるだろう。

帰路久し振りに西28丁目駅まで徒歩で下った。
かって自宅が宮の森にあり、円山北町に店舗が在った頃毎朝
通った道である。
通称ロスアンゼルス通りと呼ばれる広い道には、豪邸と同じ
国籍不明の店舗・ブライダル教会・美術館が並ぶ。
朝からの猛暑でお腹も空き冷たい物が欲しくなり、この通り
の一軒中華の店に入る。
元気の良い声で迎えられ、少し待たされ奥へ。
声が飛び交い、活きが良いというより粋が無い。
何だか石油スタンドにいるような気分になった。
給油に入り出るまでのスタンドマン・ウーマンのあの元気な
掛け声である。
人間も給油という食事かと思う。
かって緩やかな丘陵に牧場が続き、川が流れ琴似村と呼ばれた
時代の面影はもうない。
そこから下りの小道も大きなマンションと思しき建物で道は塞が
れ消えて、路地裏も抜けられなくなっていた。
回り道をしてH中学のグランド裏に出てお寺の傍を抜け地下鉄
駅に出る。

谷口さんの「凹みスタディー札幌」展と豪邸と通称ロスアンゼ
ルス通りの無国籍・多国籍グローバルゾーンを同時に感受できる
小さな札幌の旅だった。
ピカピカのタイル舗装の舗道と時の経過が生む道や壁の自然の
亀裂を凹みと呼び作品化する谷口展。
対極にある価値観その両方の形象化した実物を、美術館と街路
を歩きながら経験できるのだ。
これは今札幌でしか味わえないものかもしれない。
谷口展を見た後は是非旧琴似川沿いの十二軒通りを経て歩く事
をお奨めする。
そしてさらに足を伸ばせば、十二軒ー二十四軒ー八軒と連なる
遠い時代の琴似川沿いの時代と集落の記憶にも触れれるだろう。
その経験は新幹線・札幌オリンピックへと突っ走る札幌の今を
深く対峙させて見詰める機会ともなる。

*瀬川葉子展「FILE」-7月21日(火)-8月2日(日)
 am11時ーpm7時・月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-07-15 13:25 | Comments(0)