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2015年 05月 30日

道迷うー屋根(5)

以前何度か行っているので案内状も持たずに熊の木彫り展
と明日で終わる山里稔展を見る為朝自宅から出かけた。
地下鉄東豊線に大通り駅で乗り換え、環状通り東で降りる。
この辺から迷いが生じる。
とりあえず左に進み、うろ覚えの銀行が見え左折する。
すると堂々たる寺院の屋根が見えた。
あっ、旧元村街道にある寺だ。
それで自信を持ち、思い出しながら歩く。
しばらく歩くも幹線道路によくある路上店の大きな店舗と
看板が続き、記憶にある風景が見当たらない。
目印のもうひとつの大きなお寺が見当たらないのだ。
疲れてきたので元の道に戻り駅を探し戻る。
帰りは札幌駅で下車し、南北線に乗り換えギャラリーへ。
しかしこの東豊線と南北線を繋ぐ地下通路が長い。
ただただ途中申し訳程度にベンチなど置かれているくらい
何も無く長いのだ。
久しぶりに普段使い慣れない地下鉄路線と行き慣れぬ街を
迷う。
そしてこの地下通路と街路が共通して感じたのは、車道と
人道の違いこそあれ、ともに記憶を呼び覚ます個性の無い
無表情な一般性に覆われている事だ。
地下鉄駅を降りて歩き回った街路の目立つ路面店は多くが
誰でもどこかで見た事のある看板である。
唯一茨戸街道(元村街道)沿いの寺院の屋根だけが、その
地の風景を想起させてくれる存在だった。
帰って案内状の地図を見て、そこから一本旧街道に沿い戻っ
た道が正しかった事が分かる。
久しぶりに歩いた道には何軒ものチェーン店が出来て、街の
風景を変えていたのだ。
一方東豊線と南北線を結ぶ連絡通路は、文字通り長い通路で
あって二本の地下鉄を結ぶだけの道路である。
東豊線の方が後に造られ南北線よりさらに深く掘られて出来
ているから、その勾配差も連絡路を長くしている。
人を流すだけ、車を流すだけを基準に造られた道の無表情さ
は、直進する事だけを人に強いり、記憶の風景を思い出し
探し回る者には誠に冷たい。

地下鉄駅を間違えたか、と一時は思ったのだが、それは環状
通り東という駅名と似た新道東、北13条東、東区役所前と
東のオンパレードの駅名だったからでもある。
この地域はかって元村街道を通り茨戸まで歩いていたから
風景としては頭に入っているはずだったが、地下鉄を経由する
と、もう何だか知ってはいるがその土地の見えない看板風景の
壁の街となっていた。
それは電飾看板が壁に並ぶ地下通路と同じ構造と思う。
あっ、そうだ。
そしてどちらも屋根がない!
顔無しだな。

+佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日
 (火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-05-30 14:09 | Comments(0)
2015年 05月 29日

早や夏日ー屋根(4)

夏本番前に夏が来る、
背広が要らないくらい。
しかしこの上着がないと、種々のものが納まらない。
最近はリュックを担ぐ事も多いが、細かく直ぐ使用する
ものは、背広の収納が楽だ。
保険証やら財布小銭入れ、ライターに煙草、キーホルダー
等は背広のポケットが良い。
最近ではカード類も多く、これは左胸の小ポケットに入れる。
内ポケットにはお札や保険証に銀行通帳、外ポケット左右に
小銭入れ、キーホルダー、支払い期日の近い請求振込み書
とかその日必要な書類、さらに内側の小さな左ポケットに
は煙草箱にライター他。
一つの手提げバックくらい物を装着できるのが背広の上着だ。
遊び着というか軽いタウンジャケットだとポケットが少なく
小さめで、何か落ち着かない。
山シャツはその点胸ポケットが大きく山での行動には機能的
に出来ている。
ジーンズやズボンのお尻ポケットに財布やらカードを入れて
る人もよく見るが、これは安全性において疑問で落ち着き
がない。
急に夏日になって背広の上着の事を意識していたら、私には
背広とは様々な物を装着する何かであって、単なる寒さや暑
さに関係なく存在する物の様である。
その分背広を脱ぎ捨て山や野を歩き回るのが楽しかったの
だろう。

佐佐木方斎未通知展示4日目。
相変わらず朝から晩まで画廊へ通勤の方斎。
居酒屋ゆかりの店主から差し入れのあった日本酒をちびり
ちびり・・・。
彼には極楽の時間かもしれない。
昨日来た山田航さんが、色彩の豊富さ、特にピンク一色の
正面の大きな作品に驚いていた。
Y氏の撮ってくれた会場写真ブログ・テンポラリーフォト
でも色彩が綺麗に他の作品も掲載されている。
私はデジカメは苦手なので、Y氏が見かねて、会場写真だけの
ブログを立ち上げてくれたのだ。
このブログの文章だけではどうしても足りない部分を補ってくれ
遠くにいる方々には感謝されている。
東京のM氏、パリのK氏、ベルリンのT氏からは、よくそんな
感想が寄せられる。

先日スコットランドに住むロジャーアックリングの日本編を担当
するメイボン尚子さんから渋川・福田篤夫さんが出したロジャー
の図録が送られてきた。
ロジャーを偲ぶトークに招かれたという。
時間なく札幌には寄れないけれど、次回はきっととメッセージが
添えられていた。
図録は2冊購入したので、その内の一冊をという事だった。
美麗で丁寧な図録である。
ロジャーの生涯の代表的な個展・展示の一覧が巻末に記されている。
2003年テンポラリスペースという記載を見つけて、ふっと涙目・・
、嬉しかった。

ともに企画したプラハプロジェクトの大橋拓氏よ、
君が死んで同じくらいにロジャーもあの世へ、
ともに雲の上で石狩を語りあっているかい・・・。


+佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日(火)
 -14日(火)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜めどおり西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-05-29 13:30 | Comments(0)
2015年 05月 28日

ドライウエイトー屋根(3)

ボクシングのウエイトランクのように、体重の規定がある。
水分と心臓の胸郭容量比から割り出された適正体重をドライ
ウエイトといい、当初はかなり低いウエイトだった。
それが体質改善とともに少しづつウエイトが上がった。
モスキート級からフライ級へとでも言えるだろうか。
設定された体重を超えてはいけない。
それが低いとそれだけ難行苦行となる。
減水し食事のカロリーと質も管理しなければいけない。
この辺がボクサーの生活と似ていると思う理由だ。
階級が上がるという事は、身体の容量が増したという事で
身体は大分楽になる。
昨日治療に従事して2度目のランク上げがあった。
健康時の体重には遠く及ばないものの、透析治療中としては
ボクサーの階級上げと同じ位減量苦行の緩和になるのだ。
水分を取り放題で、処理は腎臓さんに任せてきた日常に比べ
余剰水分を自分自身と透析治療で管理しなければならない。
必要にして適正な水分を内臓・筋肉他に蓄えるという点で
目的は違うけれども、ボクサーの試合前の減量・筋肉鍛錬に
プロセスは似ていると、思っている。
ボクサーと違うのは自分の生命を守る為の闘いで観客はいない。

Tさんの為一週早く展示を終えた会場に、例によって方斎氏が
毎朝出勤してくる。
案内状は来週火曜日からなので、来る人もいないのだが、それ
でも自分の作品が並んでいるから気が落ち着かないのだろう。
夜までビールと酒と煙草で談話室に寛いでいる。
一年に一度のことだ、と呟いて悠然としてる。
私は通院や所用にちょうど留守番に居てくれるので、都合は良い。
そして野郎ふたりでいると、色んな話が出来る。
しかし彼の話は重複が多く、大抵出だしでその後の展開が分かる。
失われた十年ではないけれど、彼もまた’90年代末から2000
年代初頭まで失われた時間があるのだ。
そこからの回復にここ数年の努力が作品を通して表われ、それが
今現在とどうクロスするかが、今後の本番となるだろう。
格子群・自由群・余剰群という初期の傑作をどう乗り越えるか。
去年は部分群を発表したが、私の勝手な命名では、奔放群か氾濫
群などが見たいなあと思っている。
生活次元ではもう散々見てきた奔放・氾濫だが、作品においては
まだ見ていない気がするからだ。

格子という枠から時代を含む自由と余剰を表現した方斎が、今己
自身と向き合い、柔らかな色彩で自由群と格子群に向き合い、かっ
ての余剰群に重なる部分群を昨年発表した後は、それら全てを包含
する自由奔放・無頼の色彩ではないのか、と妄想する。
そんな仕事が来年も方斎が出来るかどうかは、私自身も含めて分ら
ない。
その意味では彼も私も立場の違う、明日のジョーだなあ。


*佐佐木方斎展「Primary Painting」ー6月2日(火)
 -14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-05-28 14:40 | Comments(0)
2015年 05月 26日

柔らかな彩(いろ)-屋根(2)

深い色彩が並ぶ。
一見するとそれぞれが単色のようだが違う。
「格子群」の格子を取り去った色彩だけの世界だ。
そしてその色彩の色の深みが、格子の凝縮・緊迫感から
解かれて、キャンパスの中一杯に満ちている。

佐佐木方斎展「Primary Painting」展示2日目。
友人のTさんがパリへ行く日程がちょうど会期と重なる為、
先に展示を早めて今週作品を並べる。
1070年代から方斎を見ているTさんである。
今回の展示も見逃せないのだろう。
見た後電話が来て、今回の作品私は好きです、と明言した。
長い時間色んな事があっても、人は作品を通して人と繋がる。
誰よりも方斎の作品を見てきた人の一言が沁みた。
今回の作品の色のようだ。

DMはすでに刷られ送られているから、今週の展示は
非公開である。
それでも今他会場2ヶ所で展示中のY氏が来て、恒例の
テンポラリーフォトの撮影に来てくれた。
撮影しながら、時々”いいなあ~”と呟く。
”これは理屈じゃないんだよね”
同じ世代の同じ美術家同士の心の交流があった。

今回の絵画はなにか暖かさを含んだ色彩である。
蓄積された絵の具の質がそう感じさせるのだろうか。
その層の深みの柔らかさに「格子群」の成熟がある。
刺すような緊張感・緊迫感は消え、色彩だけが空気のように
漂っている。
色の殻を抜けた彩(いろ)だなあ。
一色だけど一色ではない。
多色だけれど一色の内面が顕れた多色。

明日以降この浮遊する色彩と対話しながら、まだまだ言葉を
探す内なる対話は続く。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」6月2日(火)
 -14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-26 15:05 | Comments(0)
2015年 05月 24日

佐佐木方斎展示ー屋根(1)

佐佐木方斎の展示が始まる。
「Primary Painting」。
80年代の代表作「格子群」をモチーフに、色彩を
画家の第一歩として見詰める新作群である。

ここまで8年かかったなあ、と感慨が湧く。
私が今の場所に移動を決めるほぼ同じ時期方斎宅を訪ねた。
ベッドに臥せたままの方斎はかっての風雲児の面影はなく
豆乳と煙草の新生をねだる哀れな姿だった。
しかし居室の本棚に並んでいた’80年代の資料と作品
集はこの作家がまだ死んではならない事を示唆していた。
そう思った私はそれ以来未発表の旧作を毎年展示し、彼を
奮い立たせてきたのだ。
そしてとうとう昨年、新たな新作を描き上げ、今年は
その名も「プライマリーペインテイングー最初の、基本の
、描く事」として再生したと思える。
「格子群」の一点を案内状に取り上げた事にも、その
原点を見詰める気概が伝わってくる。

明日以降如何なる展示が顕れるか、楽しみである。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日(火)
 -14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 
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by kakiten | 2015-05-24 17:00 | Comments(0)
2015年 05月 23日

屋根と空(Ⅱ)-斜道(35)

屋根の下には、それぞれ壁と窓と入り口がある。
人間でいうと顔と胴体だ。
つまり建物はヒューマンスケールで建ち並んでいる。
頭の屋根の上には空が広がる。
こういう家並みには、通りが息づく。
歩く人は自然と家を見、屋根と空を見る。
従って歩き方もゆっくりで、ゆらゆらと逍遥する。
この人の有り様は、市電の車中に似ている。

小樽の運河もこうした街並みが水面に写る風景で街と
共存していたのだろう。
藤森茂男の描いた運河がそうだった。
空と建物と屋根、浮かぶ船の影が、画面の半分を占め
ていたから。

アメリカが摩天楼の街区を捨て、ショッピングセンター
を郊外に造っていった理念は、建物の高さが地上2階、
地下を入れて3階までがヒューマンスケールである、
という考え方だった。
昔全米の代表的なショッピングセンターを視察した時
語られた講師の言である。
M・M・Mというマーチャン、マーケット、何とかM
というツアーだった。
さらにこの講師がにゃりと笑って言った言葉は今も忘
れない。
MMMは、メーク、モアー、マネーの略だ(にゃり・笑)
買い物という最も人間的な行為の空間。
そこに摩天楼の高層ビル群を断念し、郊外へモールという
人工の川や森のある遊歩道を備えたショップ街を造る。
その時建物全体の高さを2階までとするヒューマンスケ
ール・等身大が基本とされたのだ。
摩天楼の高層ビル群もまたアメリカの夢だっただろう。
多人種移民国家であるUnited State of America
は、富を得る事こそが共通の夢だったから摩天楼は
正にその象徴だった筈だ。
自由の女神とその向こうに立つ摩天楼。
これこそがある時代まで描かれるアメリカのイメージその
ものであった。
そのアメリカが高層ビル街を捨て、ショップという最も人間
的な行為の街を、等身大の街として理念したのだ。
日本では高層ビルも、ショッピングセンターもと、両方を
機能的な面のみで盛んに取り入れ街を改造している。
そこには高層ビルから低層へ移る相反する理念の闘いがない。

私は小樽を訪ね思った事は、通りの多いこの街はすでにアメリ
カがモールとして造った理念がもう歴史的に存在している、と
思った事だった。
古来日本人が門前町や寺前町、停車場通りとして育んできた
通りを言わば摩天楼化し、地下化する愚を冒していると感じる
のだ。
札幌はその典型である。
私が帰国した後、市の中心部は高層ビル化し、通りは消えて
地下歩行空間が広がり、地上の通りは車がメインの車道となっ
て地上店は消えていく。
同時に郊外にショッピングセンター紛いのものが建設され、
新札幌などと命名された。
駅前通り、狸小路、東屯田通り、裏参道等々前からあった
日本的モールは廃れて、タワー化したビルショップや
プラザという名の囲い込んだ空間に吸い込まれている。
この構造はスマホに外界を吸い込まれて歩く現代の意識構造
と同じなのだ。
高層ビルという資本のタワーに、理念無き富の欲望が吸引され
その欲望のまま吸い込まれ吐き出される。
通りを失った街は、購買の欲だけが優先する街となる。
余計な空も低い屋根も要らない街となる。

二つの街を見て思う事は、発展進歩とは何か、という問いである。
人には色んな意見があるだろう。
小樽は寂れて、札幌は繁栄している。
それも一面あるだろう。
しかしその繁栄の基となったアメリカでは、断念と展開があって
摩天楼とモールが生まれたのだ。
理念無き模倣に継続は生まれない。
いつかまた日本にも札幌にも、通りを懐かしむ本来の心が蘇るに
違いない。
文化の問題として、思想の問題として街を見詰めなければならぬ。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日(火)
 -14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-23 14:55 | Comments(0)
2015年 05月 22日

屋根と空ー斜道(34)

小樽で藤森茂男の遺作他を見て通りを歩く。
外人坂を上り水天宮に着く。
急坂の向こうに海が見える。
海・坂・空・屋根・・・。
近景と遠景が坂を伝って織り込まれるような風景だ。
地図を見ると幾つもの通りがある。
通りが生きているのだなあ、小樽はと思う。
最近通院で電車と地下鉄を乗り継ぐ事が増えた。
そのふたつの公共交通の違いは風景だ。
市電の方が狭くて遅いけれど、窓外を流れる風景が
人を落ち着かせ優しくすると感じている。
地下鉄の窓外は遮断された地下トンネルで、人はみな
自分の内側に閉じる。
その閉じた分だけ人は自己の殻に閉じ篭るのだ。
そして自分の殻の中で自己中心のタワーやプラザのよう
に自己ファシズムになってゆく。
その中心にあるのが今多くの若者が手にしているスマホ
の存在である。
この時スマホは唯一の小さな彼らの窓である。
最近私はそうした片時もそこから目を離さない姿を見て
思うのだ。
移動・移住・移民の<移>は、もうすでに<写動・写住・
写民>の<写>となりつつあるのではないか、と。
屋根が消え、空の広がりが喪われ、ビルの壁と地下通路の
電飾の壁が支配する都市風景の中で、電気の小さな窓に写
る外界の情報のみが外窓である。
自己は生きた外景とは繋がらず、五感の指先と目だけが
外部の情報を支配する。
自己は、狭い視界に限られ自己タワー化した自己中の世界
に閉じるまま肥大化する。
やがてそれは自己ファシズムのようになり、他者を排撃す
る事にも繋がるだろう。
そんな近未来がもう、訪れているようにすら思うのだ。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」6月2日(火)
 -14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-22 15:08 | Comments(0)
2015年 05月 21日

赤い運河の赤ー斜道(33)

ブログを打ち込み、山田、酒井君が来て慌しくその後夕刻
病院へ。
4時間半の透析で疲れ果てる。
ぼんやりした頭で透明な管を流れる血を見ていた。
透析されて薄くなった血の色。
その色が頭に残っていた。
今日ふっとパソコンに向かい思い出している。
あれは、一昨日見た藤森茂男の赤い運河の赤の色だなあ。
死ぬ前に夫が描いた運河は真っ赤な運河でした・・・。
そう新聞連載紙上で奥様が語っていた記憶が、自分の中でこの
赤を強烈な赤としてイメージされていたのだ。
しかし実際に見た赤い運河は沈んだピンクに近い薄明のもの
だった。
その色が透析中の透明な管、ガラス管の血の色に似ている。
死の前病床にいた藤森茂男がこうした血の色を見ていたので
はないか、と想像もする。
病んだ自分と同じように、運河の風景も病んでいる。
そうした想いが、あの赤い運河を描かせたように思う。
透析された運河なのかも知れない。

もう大分以前になるが、その当時私は道新に書いている。

 例えば、時計台の風景には、本来その東方にあった豊平館の広がり
 と高さが必要である。時計台を保存し、札幌の象徴とする発想には
 すでに現実の時計台が痛々しいまでに周囲の風景から滑り落ちてい
 る落差を前提としなければならない。・・・・
 <時計台>とは、すでに埋め立てられ、すでに解体された無名の家屋
 の別名であり、「保存」の名の下に今、仮の像を結んでいるに過ぎない。

 「小樽運河」を守る会は、保存に力点を置いている。しかし、鮭を例に
 とれば、鮭の「保存」と鮭の「再生」とは別の次元に属する問題である。
 鮭が川に再生する為には、川を変革しなければならない。それは生きて
 いるものにとって必然の事である。

 街と建物もまた、鮭や川と同じ様に一体となって生きている。
 <時計台>が、街の中に沈んでいっただけ、私達の<都市>も
 また、無名の家屋とともに沈んでいる。「保存」が「再生」と同義
 とされる楽天的議論の内に、今私達が住んでいる<都市>の問題が
 不在な事だけは確かである。

保存と再生は別次元と題して当時の小樽運河問題に触れ書いていた
文の一部である。
小樽運河を自らの住む札幌の視点で時計台の場所保存と移転問題に
引き寄せ書いたものだ。
すでに時計台は現地保存で決まっていたから、時計台を取り巻く風景
は埋め立てられて、時計台はその中に沈んでいる状況であった。
運河全面保存か部分保存の渦中で苦悩した藤森茂男の苦悩も、そこに
あっただろうと思う。
小樽運河全面保存と同時に「小樽潮まつり」の仕事も試みたのがそうだ
と思われる。
保存は再生ではない、を基調に論じたこの一文は今もそんなに古くは
ない問題を含んでいる。
この問題を考えた事が、伊藤邸高層ビル化問題で、「札幌緑の運河エ
ルムゾーンを守る会」の運動にも、今繋がっていると思う。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」-6月2日(火) -14日(日)
am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-21 14:50 | Comments(0)
2015年 05月 20日

藤森茂男の小樽運河ー斜道(32)

7月5日まで市立小樽美術館で開催中の「小樽運河・いま
むかし」展を見に行く。
Mさんの快適な運転で高速道路を走る。
新緑の山々が近づき時に高速道路の傍まで迫る。
天空を滑空しているような感じだ。
以前滝口修造展を見に行って以来の小樽行きだ。
あの時は下の国道5号線を走った。
それはそれで小樽・札幌の後志と石狩の境を経てゆく
地上の感慨があった。
しかし今回の高速道路は地上より高いところにある為山の
新緑の青さが遠くから近くへと迫るように広がってくる。
そして小樽に近づくと海だ。

着地するように小樽へ入る。
今回の目的は運河全面保存運動に献身し、最後に真っ赤な
運河を描いて死んだ藤森茂男の遺した絵画を見る事だ。
私がこの人を知ったのは、奥様の自分の歴史を語った新聞
連載の文章によってだ。
その中で運河全面保存運動に邁進する夫の事を女性らしい
優れて優しい感性で支え語っていた。
そこから見えた藤森茂男の壮絶な生き方に深く共鳴したのだ。
そして死ぬ直前に不自由な右手に紐で絵筆を括り着け描いた
という赤い運河を是非この目で見たかったのだ。
美術館の2階のそれは特別陳列として他の作品とともにあった。
初めて見るこれらの作品はどれも心に迫るものがあった。
赤い運河は思ったほど赤い色ではなかったが、その薄さの分
だけ哀しみが深く漂っている。
それ以前に描かれた運河はどれも川の水の面が画面の半分近く
を占めていて、そこに浮かぶ船や建物を抱締めるように包んで
美しい。
この人は本当に運河を生活の風景の一部として愛していたの
だなあと感じる。
そして思う。
屋根と空の見える小樽の街。
それと同じように地に屋根が映り、遠くの山並みと近くの建物
の屋根の水の空のように運河を見ていたのだなあと思う。
この水面という空を屋根・船ともどもコンクリートで押し固め、
物流の車道に埋め立てる事に全面反対を貫いた、その気持ちが
これらの絵を見ると本当に良く分かる。
全面保存は敗北し、部分保存で今日の小樽運河がある。
部分保存でさえ今では小樽に欠かせない大事な風景である。
もしこれが無機質なアスファルトの人と仕切られたロードで
あったなら、小樽の街の魅力は半減以下となっていだろう。

この反対運動とほぼ同じ時期札幌では時計台の移転問題も燻って
いた。
そして移転は無くその南向かいに高層の札幌市役所ビルが建立
される。
これも風景の埋め立てと同じである。
時計台の塔屋までのたおやかな高さを引き立てた周囲の景観
はすでに豊平館の移転で失われており、さらに隣接する高層
ビルの建設でさらに景観が失われたのだ。
この後日本三大がっかり風景のひとつに時計台はなるのである。
この風景埋め立ての時、藤森茂男のような地元人は札幌にいたの
か、と今も私は悔しい思いがある。

+佐佐木方斎展「Primary Painting」
 6月2日(火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休

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by kakiten | 2015-05-20 14:12 | Comments(0)
2015年 05月 17日

春と冬のポプラー斜道(31)

ほぼ定刻通り及川さんと山田さんのライブが始まった。
狭いながらも満席の会場で、緩やかにトークが続く。
茨戸に立つ二本のポプラをテーマとするふたりの詩が紹介
され、山田さんが及川さんの詩を朗読し、山田さんの詩を
及川さんがメロデイーをつけ、唄う。
実際に歩いた風景そのものを歌にするのは難しい。
風景それ自体が詩であるからだ。
ふたりの歌を聴いていて、そんな物足りなさを感じていた。
本命は茨戸のポプラを離れてふたり自身の話になって、語ら
れ歌われた時だ。
山田さんは自身の長い詩を詠み、及川さんは京都の詩人の
詩に作曲した歌を唄った。
この時二本のポプラが揺れていた。
春のポプラと冬のポプラが・・・。
茨戸のポプラではなく、ふたり自身がそれぞれのポプラの
ようだった。
春と冬の二本のポプラは寄り添って、茫々たる原野が広がり
、風も川も原野も爽やかに流れていたのだ。

「何も決めてはいないけど、山田さんとのこうしたライブは
今後も続けます・・」と最後に語った及川さんの閉めの言葉
が、総てを語っていた。

表現とは何だろう。
一本の樹木。
それ自身、その存在感がもうひとつの表現なのだ。
人はその樹木から、霊感のように体内へその存在を受け止める。
霊感はスピリットとなって、再び表に顕れるのは熟成という時
間が必要だ。
ふたり自身が以前に創った作品を歌い朗誦した時、その立ち姿
はあのポプラのように体内から溢れ立ち顕れたのだ。
二本のポプラの精が、ふたりの創造の樽に仕込まれたのを目撃
したと、私は思った。
冬のポプラと春のポプラは、その季節の違いを感じさせつつ
最後には寄り添うように同じ時代に立つ二本のポプラであった。
この同時代性こそが、あの茨戸の二本のポプラも含めた、美しい
ふたりのライブだったと私は思う。

*佐佐木方斎展「Primary Painting」6月2日
 (火)-14日(日)am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-05-17 14:23 | Comments(0)