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2015年 04月 30日

二本のポプラをめぐるー斜道(17)

アキタ君の展覧会評を打ち込んでいた時茨戸の2本の
ポプラを探索した及川さんと山田さんが来る。
江別の秋元さんと合流し秋元さんの車でその後移動し
江別の飛鳥山も見てきたという。
及川恒平さんの戸籍上の生まれ故郷江別市飛鳥山。
明治の中年代アメリカから輸入されたポプラと本州から
移住した人が名づけた飛鳥山。
このふたつの移植・移住から、如何なるふたりの唄と歌
が生まれるんだろうか。

生活資材に伐採が続いた石狩原生林。
川の護岸に自然主義を唱え、蛇行と沿岸の原生林を大切に
考えた岡崎文吉が、当時伐採された跡地に植樹されたポプ
ラの木を称えた文章の残る茨戸のポプラである。
その場所にあった藤田農場の曾祖母を遠い先祖にもつ山田
航さんと記憶には無い生まれ故郷江別飛鳥山出身のフォー
ク歌手及川恒平さん。
このふたりが二本だけ残る旧藤田農場跡地と思われるその
地に立つポプラを見てどんな感慨を抱いて作品とするのか
深い興味が湧く。
さらに生まれた場所にあった飛鳥山という名から、東京にある
同名の飛鳥山を尋ね移住した先人と場所をテーマに先年
個展を開いた秋元さんが加わっての3人の道行きである。

移動ー移住ー移民のそれぞれの縦軸が垂心となって、作品と
いう<民>のランドを創る。
移民の移と民の間に広がるメタフィジックスはきっと郷とい
うランドなのだと思う。
岡崎文吉の描いた川のランド、移住者の夢が描いた北のランド
そして今細分化され線引きされた国家・街というランドとは
一線を画する垂心を地に深く刻んだ泉のような心のランド。
その垂心ランドを移動・移住・移民の<移>の文明に対峙させ
思考を続けなければならない。
それがカルチヴェートしカルチャーとなる文化の縦軸の極北
であると思う。

及川さんに岡崎文吉の記念番組録画を見せた後、所要で帰った
及川さんを除いてちょうど来ていた村上さんの車で、アキタ展
に向かった。
二会場の両方を見て久しぶりにススキノ界隈と創成川東部を
廻る。
今創成川イーストと称して新たなショッピングゾーンに喧伝
されているアキタ展「せかい」の飾られている場処。
ここでも新たな移動ー移住ー移民の人間サイクルが蠢いている。
しかし<移>ルは増幅されても、動→住→民というランドへの
確かな鼓動は聞こえないし見えない。
今風のファッションは移り変わって多彩だが、この地がかって
物作りの町工場街で鉄工場や竹細工、大きなものでは製麻工場
にビール工場が立ち並ぶ地帯だった匂いが消えている。
植物でいえば土壌を忘れて花と実の結果実益が拡がっているのだ。
カルチヴェート無きカルチャーである。
足元を耕すという地味な行為抜きに真の文化の創生はない。

アキタヒデキ展を廻りふたつの地域ススキノと創成川イースト
の近似性と相違を感じたのも面白い体験だった。

アキタくん、ありがとう。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-04-30 15:54 | Comments(0)
2015年 04月 29日

過剰なるⅢ-斜道(16)

アキタヒデキ展を見てきた。
力の篭ったフライヤーに触発され以展示前に多々書いたが
展覧会を見ると新たな感想が湧いて来る。
喫茶店脇のギヤラリースペースでは「こころ」と題された
写真がびっしり並んでいた。
ここでフライヤーをさらに纏めた小冊子を頂く。
この小冊子は自らの写真の来歴を5つのテーマで分け写真
と5っの文章で構成されている。
「ベトナム」「石狩」「旭川」「ベトナムと石狩と旭川」
「札幌」の5っである。
展示もその主題に沿って縦横にきちっと桝目のように整然
と並べられている。
一つ一つの写真が以前見たものも含めて新鮮で、オーラを
発している。
何だろうか、このオーラは・・・。
そして会場を出てからふっと思った。
あれは原稿用紙の桝目と文字だな・・。
文章自体も優れているが、写真の配置と一葉一葉の情感が
一行一行のように立っているのだ。
5っのテーマの設定と展示の配置は、正に文章の小表題と
文面のように構成され、縦書きの写真による原稿の感がある。
過剰なる人アキタヒデキが畳に正座しているかのようだ。
初めての写真だけの個展で、彼は真摯に自分の写真と向き合い
その来歴を整理し、そこに通底している自己史を述べている。
生まれ故郷の旭川時代、家を出て札幌の時代、そして異国ベト
ナムでの体験、そこから帰国した後歩いた石狩河口。
それらの魂の遍歴が文章と写真によって深々と語られているのだ。

彼にとって写真とは何であろうか。
写真は基本的にはポジとネガで構成される。
人の心もまた、記憶に刻まれた膨大な日々のネガ(陰画)で構成
されている。
そのネガ(陰画)の多くは心の奥に潜み、表へ他者へとは滅多に
姿を現す事はない。
その内面のネガがポジとして陽画となり、表に顕れるひとつの回路
が写真というものではないのだろうか。
旭川から札幌へ出てきた時代いつもポケットにウオークマンがあっ
たと彼は書いている。

 全てをシャットアウトして、イヤホンで耳を塞ぐ。周りの音
 など聞こえない。

そして写真と出会い世界とのつながり方を知る。

 写真は私に、悩みや我慢したって溢れてしまう苦しみと一緒に
 世界の美しさを教えてくれた。うまく生きられない私に、世界
 とのつながり方を教えてくれた。
 ・・・・・

この閉じたナイーブな青年の心が、写真という回路を得る事で同時
に自らの心のネガ(陰画)をポジ(陽画)に、外界・世界へと歩み
進んだ一歩一歩の足跡が、今回の展示を通底するトニカとなって鳴
り響いている。
私が原稿用紙と感じた会場構成は、きっとその自己史を語る生真面
目で真摯な作家姿勢の故なのかもしれない。

生きる事と表現の深い関係を文字と写真で烈しくも純粋に語った
稀有な個展として、この展示は長く記憶に残るだろう。

 今、ポケットには、ウオークマンの代わりにカメラが入っている。
 音楽が頭の中で鳴っている。耳はもう塞いでいない。

     (アキタヒデキ「こころ」所収<札幌>最終章から)

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-04-29 14:39 | Comments(0)
2015年 04月 28日

二本のポプラー斜道(15)

もう10年以上も前だろうか、茨戸周辺を茨戸街道を歩き
彷徨った事があった。
当時茨戸ハイランドというレジャー施設があったが、そこは
札幌を流れる多くの川が石狩川に合流するパラ・ト<広い沼・
広い河口(para+putu)>を意味する場所であり、
レジャーランドのイメージに飽き足らず、さらにその建物の奥
を歩いてみたのだ。
すると農場のような草原が広がり、旧石狩川の岸沿いにすっと
伸びた二本のポプラの樹が見えた。
爽秋の秋の空と叢の少し黄ばんだ大地になんとも印象的な高い
木立の二本のポプラ。
思わずカメラのシャッターを切り、写真に収めた。
そこからさらに奥の石狩川の三日月湖ペケレット周辺を歩き回った。
そんな遠い記憶の二本のポプラが明治初期の治水学者岡崎文吉の
残した川への思い溢れる漢文の文章によって蘇った。
蛇行を基本とする岡崎文吉の自然工法による護岸方法は当時から
最近まで世に認められず失意の内に北海道を去り、満州の大河で
その工法を実践するも、中国の政権交代によって今は跡形も無く
消え去っている。
唯一英文の学術論文で発表されたその自然工法がアメリカで認め
られ、今もミシシッピー川で実際に施設されているのである。
その岡崎文吉が札幌時代に藻岩山山頂から茨戸を望み、川面も
見えない鬱蒼とした森林が程なく消えたのを嘆いている。

 現今、藻岩山頂より展望を試むるものは、明かに本川流路を識別し
 水天相映するを視るを得へし。
 茲に於いてか、天然の調制作用を失ひ、風害を加へ、出水時には越流
 の流勢を激烈ならしめ、置土施肥の利を滅したるのみならず、壌土を
 洗掘して、沿岸の地表を流失せしめ、河岸の決壊を増大せしめ、延い
 ては河川の荒廃を来たしたることすくなからず。
    
   (「石狩川下流に於ける河岸原生林に就いて」1915年1月)

そしてこの当時輸入された新しい樹木ポプラを新たにこの地に植樹して
いる事を大いに喜んでいる。
この時の文章は漢文調の縦書きだが、ポプラの記述では「ポプラー」
とカタカナで文字がまるで躍るような勢いがある。
そのポプラの生き残りだろうか、子孫だろうか、二本の背の高い大きな
ポプラが岡崎文吉の護岸工法の残るパラトに立っているのだ。
私が歩いて見た二本のポプラが後日岡崎文吉の資料で再会し、来月
及川・山田のふたつのうたで蘇る。
不思議な縁である。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


 
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by kakiten | 2015-04-28 15:25 | Comments(0)
2015年 04月 27日

夏日ー斜道(14)

気温は何度あるのだろう、今年初めての暑さ。
花は一斉に咲いて、路傍の小さな花壇にも色とりどり
の小さな花が咲いている。
青空には桜の花が淡いピンクの色を滲ませている。
レンギョの勢いある黄色も路上にその枝を差し出している。
花爛漫、初夏の到来だ。
土の底の冬の体温はもう消えた。
コートもさすがに冬の間着ていたのを代えて、バーバリー
に着替える。
それも暑く感じるくらいだ。
夕方からの透析治療前、画廊に寄りパソコンを開く。
友人の酒井博史さんが絶好調でフェースブックに書き込んで
いる。
面白かったのは、屯田通りの西・東の相違とその間を南北に
貫く石山通の考察だ。
東屯田通りと西屯田通りがひとつの町で、そこには市場と
いう生活の中心が在ったという指摘。
そして石山通は硬石を運ぶ物流路でこの界隈の中心の道では
ないという指摘だ。。
長くこの界隈に住んだ人間の民度の高さが光る。
さらに東屯田よりも西屯田の方が下町であるという感覚も
住んでいる人間ならではの感性である。
読んでいてふっと思った事がある。
<民>という軸心だ。
移動・移住・移民と人の生き様を考えていて、頭の<移>に
対峙するもうひとつのものは、<民>ではないか、という事だ。
<移る>という現象の茎と根の部分で<動き><住み>、村民・
町民・市民・国民・民族となるある地域性をもった<民>と
いう根の広がりが在る。
それは同時に文化も根の踵とし、民芸や民話をも生む。
<移>がそれらの根っこから生まれた現象なら、<民>はその
反対の根の底に伸びる根茎のようなものだ。
<移>という風のような移りゆく横軸現象に対し、<動>と<住>は
根の踵の方で軸芯となって、縦軸でその行為を支えている。
そして究極には<民>という広がりを保ったある空間を土壌のように
創り出す。
酒井君の記憶に残る東屯田通りとは、札幌の一つの地域の<民>の
記憶なのだ、と思う。
それは私にとっての駅前通りとはまた違う、そのゾーン特有の<民>
の記憶なのだ。

大小、色様々な花々が咲き乱れる今の季節のように、人もまたそれ
ぞれの地域の<民>という花を保っていたに違いない。
それらの個々の固有性が根無しの<移>ルに薙ぎ倒されて、<動・住
・民>という根の張る土壌をも喪失しかけているのが現代という
時代なのだ。
酒井君の東西の屯田通りへの考察は、その意味でも貴重な証言・考察である。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-04-27 14:59 | Comments(0)
2015年 04月 24日

シラネアオイとアズキナー斜道(13)

帰国した谷口顕一郎夫妻が来る。
ちょうど及川恒平さんとのライブフライヤーを取りに
来た山田航さんとも再会し、作品取材の探索日程を
打ち合わせる事ができた。
路面の亀裂を素材とする谷口作品取材には、いつも
山田さんが随行していた。
私もそうだが、このメンバーが谷口さんには地元の
大切なスタッフである。
滅多に気に入った凹みが見つからないのに、このメン
バーだとすっと良い凹み・亀裂が見つかるんだ、と
谷口さんは話している。
本郷新賞受賞の作品の取材の時も谷口夫妻と山田、私
の4人で歩いたのだ。
それが契機となって新たな作品素材が見つかり、今度の
7月からの札幌彫刻美術館での個展へと結びつく。
個展に備えあと3ヵ月余り、さらなる作品制作と準備に
谷口さんは帰国したのだ。
今回は奥さんの彩さんも一緒で、先日私がD新聞に書い
た谷口さんの地下歩行空間に設置された作品論で、文中
彩さんのサハリン経由の欧州旅行記を無断引用した事を
詫びると、ドイツで送られてきた文を読み嬉しかったと
聞きほっとした。

これから7月まで札幌は一番良い季節を迎える。
もうすぐシラネアオイの透明な虹色の花が咲く。
そして上品な澄んだ甘さの山菜アズキナももう咲いてい
るだろう。
私の好みではこのふたつの植生が春の味覚と視覚を代表
する野草だ。
札幌郊外の近くの山野に普通に咲いているものだが、
他の山菜や花と比べあまり市場には出回らない。
それだけ保存が難しく、繊細な植生だからなのだろう。
どちらも水の澄んだ清流沿いに咲き誇っている事が多い。
そしてどちらも本州では亜高山地帯でしか見られないが、こ
こでは普通に川に近い山林に多く自生している。
車社会となり山裾までどんどん住宅街が延び、今はあまり
見かけなくなったが、住宅地の意外な陰に咲き残っている
場合もある。
これを見つけた時はちょっと至福の気持ちになるのだ。

谷口さんの凹み・亀裂もそうした自然と都市の境界に浮き
上がるラディカルな傷痕の徴跡でもある。
土という有機的な地面を破って咲く草花と、アスファルトという
フラットで無機質な人工地面を撃ち破って顕れる亀裂・凹み。
この対比の内に、作品の生まれる北の地を深く意識して欲しい。

そんな事を思っていた。

+及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2015-04-24 14:06 | Comments(0)
2015年 04月 23日

暖かい日ー斜道(12)

不意に鼻水とくしゃみが連続する。
風邪かなと思ったが、花粉症かもしれない。
病院で両手と両腕をタンクに入れて洗浄中に、不意に鼻水が滴る。
見ていた看護士さんから、涎を垂らさないで!と注意された。
涎じゃないぜ、洟垂れ小僧だい!とは言わなかったけど、この
時これは風邪ではないなあと感じた。
花粉症になった事は今までないけれど、どうやら体力落ちて
免疫性が低下しているのかもしれない。
マスクを付けると相当楽である。
何の花粉に反応しているのか分からないが、白樺でないかと
病院では言っていた。
遠くの山嶺以外は白い雪が消え、桜の開花ももう直ぐのようだ。
大型連休を前に雪が消えて、今年の春は早足である。
五月病にも早目に罹った気もするので、春ランランと気持ちも
軽く元気になれればいいのだが・・・。

先日久しぶりに宮の森のユースの森を歩いた。
まだ笹類が茂る前で乾いた土から一斉にエゾエンゴサクの青い
花が咲き乱れていた。
キバナノアマナの黄色と所々にニリンソウの白い花。
エンレイソウの姿も見える。
人目に触れぬ陰の方にあった水芭蕉は水が汚れた所為か、花の
痕は見えなかった。
この小さな丘のような地形の場所は自然がびっしりと残されて
ふっと住宅街の中の異次元である。
この界隈を抜けかっての丘の斜面を下って西28丁目まで駆ける
ように通勤していた頃を思い出していた。
裏道・仲道に古い古道が隠されていた。
それらは大体川に沿って歩かれ造られた蛇行する道である。
ふうっと振り返れば、必ず有名無名の山嶺が白く輝いていた。
あの嶺はきっと歩く人の岬、目印になっていたのだろう。
途中忽然とひとつの墓碑が現れる。
近くの地主の愛馬のお墓だと後に聞いた。
緩やかな斜面の丘はかって牧場でもあったのだ。
その頃まだ数頭の馬と牛がいた記憶がある。

琴似川源流の山裾に近い丘の道。
そういえば最初に福寿草が咲くのを見たのもこの道沿いだった。
古い洋館の鄙びて鬱蒼とした庭の朽ち葉と泥雪の間から黄金色の
花が湧くように顔を出していた。
周りはモノクロームな冬の色が支配している中に、黄色が喜び
のjoyのように可愛く力強かった。
そしてエゾエンゴサクの大群落を見た時は、野の星空のように
感じて感激した。
アイヌ語では野の花のことをノン・ノと言うが、星の事はノン・
チュウという。
この時期のエゾエンゴサクの群落は、正にこのアイヌ語の言葉の
響きのように野の花であり星だ。

5月16日夕方開く及川恒平さんと山田航さんのライブのフライ
ヤーが送られてきた。
「二本のポプラをめぐる二つのうた」-ライブこえのあるいっとき
フライヤーに描かれた二本のポプラの緑が清々しい。

宮の森の山奥から始まった私の札幌の発見の旅は、この二本のポプ
ラの立つ茨戸まで今も続いている。
明治の治水学者岡崎文吉の再発見とともに、こうして及川ー山田の
新たなモチーフとしても生まれ変わって創造される。
私の歩行もまたやむ事はない。

*及川恒平・山田航「二本のポプラをめぐる二つのうた」
 5月16日(土)午後5時~予約2500円。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-04-23 14:35 | Comments(0)
2015年 04月 21日

鷲のようにー斜道(11)

道南の松前に撮影で来ている映像作家の大木裕之さんが
一泊で札幌にも来てたようだ。
残念ながらこの日は定休日で留守する。
また水・金は夕方から4,5時間通院治療で留守する。
私らしく病気の水難・貧乏の金難で女難はない。
いつもこうしてふらっと予告無しに会いたい人が来る。
わざわざ8時間も松前からバス・列車に乗って来たのに残念。
もうひとりの大木さんの友人M夫人には会ったようなので
いずれ彼の最近の事も聞いてみたい。
大木裕之さんはいわば天才肌の映像作家である。
T大学建築出身の異色の人だ。
札幌では「メイ」という作品を5月の時期に撮り続けている。
出会いはもう10年以上前で、寒い冬の時だった。
その後2003年11・1~11・11まで滞在し制作された
「おかくれ」は、父上の死を悼む名作である。
それまでの大木作品とは一味違う骨太で繊細な作品であった。
どちらかというと、軟派なホモ的なイメージの強い人と思われ
勝ちな大木さんだが、本質は雄々しく猛々しい鷲のような人で
ある。
その鷲の雄雄しさと繊細さが、色々あったであろう父上の死を前
に札幌ー石狩の風景の中友人そして自分自身との心の漣を見事
に謳いあげていた。
思うにT大学建築科に入学するまでの大木さんは、きっと父上に
とって自慢の良い息子だったのだろう。
その彼が東京に出て訳の分からぬ映画など撮り始め、卒論も映像
という破天荒な生き方に変わり、父と子は疎遠となったと思える。
しかし父上の死によってそんな諍いもすべて懐かしい記憶となって
「おかくれ」は石狩の海の見える中で終わるのである。
映像私小説とも思えるこの作品は、札幌ー石狩の風景の中で可能
だった私たちと大木さんの出会いの記念碑的な作品でもある。
その後毎年5月に「メイ」と題された今も続く作品が創られ、ほぼ
毎年札幌へ来る事も続いている。
何年か前水戸芸術館で大木さんの作品上映があった時招かれ
対話に行った事があった。
その時は東京の石田尚志さんも一緒で、夜の打ち上げは顔見知りの
人も多々いてまるで札幌に居るかのようだったのを思い出す。

今年も「メイ」の制作・上映で5月札幌に来るのかどうか分からない
が通い続けた札幌への一区切りの時に差掛っている事は間違いない。
10年近く続けた作品「メイ」の中に、大木さん自身の歴史が人と風景
とともに刻まれているからだ。
それは大木さんだけではなく、我々自身の札幌と我々の歴史でもある
だろう。
今回は3年ぶりの札幌で、新幹線を契機に大きく何か変わっている事を
松前からの列車旅で感じたらしい事は伝わってくる。
札幌に安穏として住む我々こそ、彼の鷲のような鋭く猛々しい目を今こそ
必要とするものなのかもしれない、と思う。

大木さん、「メイ」は完成まで、続けさせましょう。
見たいです!

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by kakiten | 2015-04-21 13:50 | Comments(0)
2015年 04月 19日

まだ寒い春ー斜道(10)

空は晴れても風は冷たい。
光は伸びて日暮れも遅くなったが、空気には冬の余波が
続いている。
舗道から雪は消えて、目の光の世界は春。
鼻や皮膚の触感の世界はまだ冬。

ドイツの谷口さんから連絡がある。
今月21日帰国。
奥さんの彩さんと一緒で、飲むのが楽しみと。
前回地下歩行空間に作品設置時には、ひとりだけの帰国
だったが、今回は札幌彫刻美術館での個展の為新たな制作
も含めて7月まで滞在の予定のようである。
それに伴ない彩さんも一緒に里帰り。
10年前サハリン経由でロシアを経て欧州を目指したふた
りの旅は今もこうして往還の還路として続いている。
昨年の本郷新賞受賞以来新たな故郷との接点も生まれて
これもまた心の往還、還路となる。
彼が作品に好んで使う黄色。
短い一瞬のような北の国の春の最初の色。
その色を象徴する福寿草もまだ残っている時だ。
故郷への還り道に相応しく咲いて待っているのかも知れない。

谷口さんのもうひとり会いたい人のひとり山田航さんに、予定
より早く帰国するよ、と連絡する。
昨年の谷口さんの受賞作制作の現場を一緒に歩いた山田さんは、
今回も新たな制作現場を案内する事を予定しているのだ。
彼は今修士論文に集中する時期で、新聞連載、雑誌への寄稿
カルチャー教室の講師と多忙なる時にいる。
そんな彼がメールするとすぐに電話が来てこれから来るという。
藍の里からJRで遠いのになあと思う。
それだけ嬉しくて心待ちにしていて、私と話したいのだろう。
山田さんは来月中旬及川恒平さんと茨戸の二本ポプラをテーマに
歌と唄のふたりライブを予定している。
明治初期治水学者岡崎文吉が”ポプラー”と称えた当時の輸入木
ポプラが残っている場所である。
そこは昨年谷口さんがここで個展をした時に尋ねた文吉の護岸工
事痕コンクリートマットレスの残る場所からも近い。
フォーク歌手の及川さんは、今年から北海道を主たる活動拠点に
していくと話している。
その皮切りのようにふたりのライブが、あの明治の残された二本
のポプラとその場所を主題に行われる。
アイヌ語で、広い沼・広い河口を意味するパらト・茨戸。
トは同時に古くは海を意味したというから、河口に近いこの場所
は古くは人が上陸してきた入り口ともいえる場処だ。
正にnoーto(良い海)だ。
遠い昔の入り口の響きが残っている。
能登半島のnoーtoに繋がる<ト>なのだ。

戸籍では江別で生まれたという及川さん。
彼もまた数十年を経た還路にある。
江別ーイ・ぷッ:その(川・沼の)入り口。
さらに江別の入り口に当るパらト・茨戸に立つ近代の象徴ポプラの
二本の樹。
山田さんの先祖もまたこの地と縁が深い。
最初にこの地に農場を拓いた藤田農場は母方の実家。
もうひとりの先祖は江別の川向こう、石狩川の対岸当別というから、
ここでも古い地名の響きが当別・ト・ペッと響いている。
ひょっとしたら、山田航も及川恒平も谷口顕一郎も遠い縁でこの地
へ再上陸する今を迎えているのかもしれない。
意識的に自らの故郷を故郷として認識する事。
それが遠い昔から移動・移住・移民を繰り返してきた人類の最も
人間的な五体五感行為なのではあるまいか。
文明の機能上の部分的増幅進歩により、享受する機能ばかりが発達
して、人は自らの五体五感で経験する行為・汗を捨てている。
3人の表現者は図らずも今その五体五感そのものの入り口と作品の
境界の場に立ち、遠い再上陸の還路を辿っている。

5月。
燃える黄色・福寿草の短い春が過ぎ、爛漫の花咲く初夏が来る。
3人の優れた表現者の花もまた、花咲く時だ。

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by kakiten | 2015-04-19 16:50 | Comments(0)
2015年 04月 18日

減量と筋肉ー斜道(9)

腎臓は水を司る命(ミコト)だから、身体に必要な水分を
守り、余分な水分を排除して身体を維持する役割がある。
そこから導き出される目標とされる体重をドライウエイト
と呼ぶ。
もし余分な水分が溜まると、他の内臓に負担をかけ機能を
阻害することになる。
特に関係の深い心臓への負担が大きく、心臓の胸巾との比
率内ー余分な水分の許容範囲ーから割り出される体重が
ドライウエイトである。
これは健康時一般的な健康的体重の目安、身長から割り出
される体重とは大分異なる。
健康時の私の場合だと175cmを基準にすると、体重は
67kgがベストだ。
しかし今のドライウエイトの基準では54kgである。
腎臓に負担をかけず、他の臓器にも影響を与えない基準値
なのだ。
腎臓機能が衰え、悪い水が溜まらない為の水分量が反映さ
れている結果だ。
しかしこの体重基準は絶対的なものではなく、筋肉をつけ
貯水部が増えれば、あたかもダムのように体内の水分の量
は変わって、体重の基準も変化する。
従ってまるで減量中のボクサーのように、筋肉を維持しつ
つ、水分を控え鍛えていかねばならない。
要するに水太りを極限まで抑え、必要なる水分のみにして
基本的身体を造り維持する事だ。
まあ本当のボクサー程過激なものではないけれど、基本的
な水分との付き合い方は相当に似ている、と私は感じて
いるのだ。
筋肉が弱まり水が溜まるようであれば、ドライウエイトは
さらに減量を要求され、ひどい事になる。
だから筋肉を鍛え増量し、そこに水分の貯蔵ダムを確保す
る事は非常に重要な事だ。
その構造がボクサーと似ていると感じる訳である。
ただ違うのは命を賭ける対象が、自らの生命維持と闘いの
勝利という名誉の為という違いはある。
ボクサーとは違い、この自分との闘いは何の名誉もご褒美も
ない闘いである。
その分ボクサーよりも緩く誘惑に負け易い、自分だけ自分
のみの命そのものを守る闘いだ。
トレーニング場も日常生活そのものがその場である。
サウンドバックが水の入ったペットボトルであり、すべての
水系の容器だ。
小さな珈琲カップからあらゆる食器にそれはある。

自分の拙い病への解釈を記しながら、ふっと「明日のジョー」
を思い出していた。
最後の対戦シーンで相手も減量からきた疲労で倒れ、ジョー
もまた倒れる。
あんなふうに格好良くは死ねないけれど、ある意味で私もまた
明日のトショォーだなあと(笑)-思っている。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-04-18 12:04 | Comments(0)
2015年 04月 16日

過剰なるⅡ-斜道(8)

アキタヒデキさんのフライヤーに触発されて、過剰なる
事について思いをめぐらせ、石田尚志さん、吉増剛造さん
の事も浮かんでいた。
立場も世代もジャンルもみんな違うけど、共通していえる
事はそれぞれに過剰なる精神の持ち主である事だ。
より若い高向彩子さんも山田航さんもそれぞれの書道、
短歌の世界から自己に過剰である。
これらの過剰なる精神は、溢れて出て世界に触れようと
する挑戦の精神の発露でもあるようだ。
そしてさらに共通して言える事は、表現の中心軸には必ず
もともとの専心領域が独楽のように存在してある事である。
吉増剛造は詩人であり、石田尚志は映像作家であり、山田航
は歌人であり、高向彩子書人であり、アキタヒデキは写真家
であるのだ。
純粋に過剰である事は、この独楽の中心軸から溢れ出るエネ
ルギーであり、五感解放の虹のようにオーラの彩りを生む。
それを人は表現と呼ぶのだろう。
虹は消えるものだが、表現は各々の専心表現体によって消え
ずに作品として存在し続ける時もある。
吉増さんの「怪物君」と名付けられた大草稿群、石田さんの
映像作品の数々、山田さんの歌・評論・エッセー、高向さん
の鉛筆画・書・写真、アキタ君の写真・文章。
それぞれが専心・専門領域を軸にしながら溢れ出て過剰なる
表現の虹のオーラを放っているのだ。
そしていえる事は過剰なる精神が光を放つ為には、独楽の中
心軸に深く濃い強靭さが存在しているという事である。
先に名を挙げた人たちの誰もがより詩人で映像人で歌人である
事実がある。
吉増さんに至っては、先の個展の自写映像ヴィデオの中でも
”やっと俺も、詩人になってきたぜ!”と叫んでいる程だ。
若い高向さんやアキタ君は、今その専心領域への悩みや疑問
の闘いの迷いの中にいたのかも知れない。
その闘いの中で溢れ出て過剰なるオーラを表に表出したものが
表現として顕在化したのが、多分ふたりに共通する個展の在り
様だと思うのだ。
しかしふたりの先輩達は同じ修羅場を今も活き活きと闘っている。
段階こそ違え、同じ修羅場である事に相違は無い。

翻ってこの闘いは専心・専門領域の先端でも戦われるが、同時に
裾野の生活の現場でも戦われて在るものだ。
その一体性その連続性において私は彼らとのどうしようもない
友情のようなものを共有するのである。
高嶺の白雪に近い人も裾野の急坂に喘ぐ孤独な登山者も、ともに
過剰なる頂への挑戦の渦中にいる事は間違いない。

 テンポラリースペース札幌北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2015-04-16 15:19 | Comments(0)