「ほっ」と。キャンペーン

<   2015年 01月 ( 21 )   > この月の画像一覧


2015年 01月 31日

腑に落ちるー道行き(21)

内臓言語と筋肉言語。
そんな言葉の発する位置の差異を考えていると、一心に
手元のスマホを見詰めている人たちが人工の内臓言語を
見詰めている姿に見えてきた。
若い女性は特に深夜の暗がりでも、守り札のように前に
スマホを抱えて歩いている。
地下鉄内でも半数以上が手元の小さい箱を見詰めている。
これは情報の内臓透析だ。
本来の内臓言語が薄い箱型の端末装置に代行されて、外部
情報が電気的に映し出されている。
内臓言語を発するのは女性が多いが、その女性達がスマホ
という人工機器を得る事で本来の身体内から発する言語を
希薄にしつつあるのではないだろうか。
内臓言語は実は女性特有のものではなく、表現としても
多々あったと考えられる。
例えば納得する事をいう、腑に落ちる。
この腑とは臓腑の事である。
言葉の真の意味を身体で理解する、という例えである。
筋肉言語は外界に向かって作用するが、内臓言語は内に向か
って放たれる。
胸に沁み、腑に落ちるのだ。
そうした言語の本来保つ身体性が、スマホのような人工情報
透析装置によって身体の直接性を希薄にして目と指の操作だ
けで代行され、身体全体で感じる内外の直接性が希薄になり
つつあるのではないのか。

一心に胸の前の小さな箱を覗き込んでいる人を見ると、そんな
妄想が浮かんでくる。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-31 14:32 | Comments(0)
2015年 01月 30日

通院日記ー道行き(20)

腎臓治療と心臓内科と整形外科、3つの病院に通う。
病院三昧の一日。
手首の骨折はだいぶ回復して8割方治る。
昨日待ち時間に3時間治療面接に1分間という感じで
整形外科。
骨が丈夫で回復が早いですね、と先生に言われて、つい
先生のお骨折りのお陰です、と答えたら、ぷっと先生に
吹き出された。
骨折治療医にお骨折りとは、後から考えたら自分でも
お可笑しかった。
骨折治療にお骨折りでは意味が正反対だ。
靴の爪先にナイフを忍ばせた初期の007の映画に出てくる
ロシアの女スパイに似たこの女医先生とは、もうすっかり
顔馴染みになって今はとても可愛く見える。
腕の良い先生である。
今年は雪道転倒骨折者が記録的に多いらしく、病院は混んで
2,3時間待ちが普通だ。
私は次の予約も無く、あと一、二回チェックに来れば良い
との事だった。
リハビリーも無くて良いという。
リストサポーターだけはしばらく装着した方が安全という。
くれぐれも転倒しないようにと笑って注意された。

さらにもう一軒の心臓内科も大きな病院で待ち時間が長い。
採血・心電図・レントゲンとあちこち回り待たされる。
検査そのものは3分乃至5分とかからない。
さらにもう一軒の腎臓のほうは長い。
透析治療は5時間ほどかかる。
終る頃はぐったりする。
まるでシジフォスの時間だ。
そして治療を終えるころは猛烈にお腹が空く。
胃は健康である。
ただ食べ過ぎたり飲み過ぎると次の透析の体重チェック
に引っかかる。
即時間延長となり体重が管理される。
体重はドライウエイトが基本なので、水分の過剰は良く
ないからだ。
水分を管理する腎臓の命綱は水分である。
減量と闘うボクサーのような立場である。
最低限の水分で体重を維持する。
それがドライウエイトの基準である。
そしてカロリーは多く採り、筋肉は増やして水分の貯蔵庫
、ダムのようなものを身体に蓄え、体重を増やすのは良い。
水太りの水分過剰は良くないのだ。
こうしてもう一度一から身体を造ってゆく。
そんな気持ちで身体と内臓を見詰めている。
内臓は本当に身体の命(ミコト)だ。
最近この命(ミコト)の言葉に気付くようになった気がする。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-30 14:25 | Comments(0)
2015年 01月 27日

嵐去ってー道行き(19)

「とめどなく」展の嵐が去って、ガラ~ンとした白い静かな空間。
埋もれ火のように一昨日までのガラスの透明な光と声が沈んでいる。
「ガンダーラ」の熱唱、「夢よ 叫べ」の激唱、「ファイト」の絶唱。
大介の淡々としたこの10年を振り返る語りとともに、最終日の
夜の熱気が甦る。
昨年後半からは、中嶋幸治展「風とは」、メタ佐藤展「光景」、
秋元さなえ展「橋を渡って」山里稔の「山里稔と木彫りの熊」展、
吉増剛造展「水機ヲル日、・・・」と優れた個展が続いたのだ。
その間私は体調を悪化させ、おまけに利き腕の手首骨折と散々な
有様だったが、とにかくも支障なく刺激的な示唆に満ちた展示の劇
は恙無く展開されたのだ。
これらに先立つ谷口顕一郎展「凹みスタデイ#28」斉藤周展「日々
の形状」も忘れられぬ個展である。
どれもがそれぞれの表現史の一時代を画する力作展だった。

なにか今日が本当の年の終わりのような感じだ。
しばらくは身体の養生に専念して、さらなる次の展開に備える。
「とめどなく」展・・・、高臣大介よ、ありがとう・・。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/tax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-27 13:21 | Comments(0)
2015年 01月 26日

打ち上げー道行き(18)

谷口顕一郎さんが手作りのビーフシチュを持ってきたり、
ピザの持ち込みがあったり、チキンんなんとかのフライ
とか飲み物も含めて多くの差し入れが集まる。
午後8時の終了とともに乾杯。
打ち上げの宴が始まる。
程なくギター持参の酒井博史ワンマンショーが始まった。
途中から高臣大介さんも加わって歌い出す。
心のこもった円山時代の私のスペースでの思い出話を交え、
酒井君との最初の出会いの話をした。
2曲ほど歌い最後に円山時代最後に大いに盛り上がった「ガ
ンダーラ」を歌い出だす。
”ガンダーラ!”を繰り返す最後のところでは全員の大合唱
となり、熊谷氏は熊踊りをしながら中央のガラスの房に触れ
まくって、みんなの歌声とともにガラスの響きもまた合唱に
加わる。
さらに谷口さんも凹み踊りをしながら熊谷さんに代わって
ガラス房に触れ音色を出す。
音色と歌声渾然一体となり、大拍手の内にガンダーラが終
わった。
そして最後は酒井君の「夢よ 叫べ」。
そしてアンコールで「ファイト」が歌われる。
この最後の2曲はまた別の感慨を与える。
酒井君と出会った9年程前、よく彼が歌っていたのが「夢よ 
叫べ」だった。
大介さんも同じ思いらしく、今日は特別胸に沁みるなあと
呟いている。
テンポラリーの円山時代の最後、そして今の新たな展開。
そこに至るまでの色んな想いが、彼の胸中にも去来していた
に違いない。
正に”夢よ 叫べ!”である。
こうして記憶されるべき「とめどなく」展は終わった。

打ち上げの熱気は、あふれでるーなりひびくーとめどなく、
とその後も夜遅くまで続いたのだ。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-26 15:14 | Comments(0)
2015年 01月 25日

「とめどなく」最終日ー道行き(17)

多くの人が訪れて昼飯を食べる暇も無く大介さんが動く。
接客ー販売ー包装ー精算ーお見送り。
お客さんはゆっくりと作品を見ながら、光に映えるガラス
と触れて鳴る音色を楽しんでいる。
夜は蝋燭の灯り、昼夕は外光と日射しの移ろい。
以前にもキャンドルナイトというテーマで展示した事があ
ったが、この時は蝋燭だけで、あふれでる200本のガラス
房の中心もなく、なによりも響き渡る音がなかった。
触れて揺れ鳴り響く音と光。
それが見る人の心を捉え飽きさせない。
小さな子供が特に喜んで1、2階を走り回っている。
親の方が保護過剰ではらはらしているが、子供は作品に
触れる事も無く走り回る行為自体を楽しんでいる。
音が鳴り、梯子ー階段を昇り降りするスリルを楽しんでも
いるのだ。
子供は身体全体で作品と会場の雰囲気を感じ取っている。
大人は身体よりも頭で意識的に作品を見ようとして、その
分作品自体との間に距離が生まれている。
それはそれでひとつの価値観の在り様だが、それで欠落する
ものもある。
五感で感じ取る身体性である。
作家は全身全力を使って作品を創る。
頭だけや身体の一部だけではない。
感覚も五感をフルに働かせ仕上げる。
その行為のプロセスに子供の動きが一番近い処があるのかも
しれない。

今日で最終日。
最後の夜はどんな打ち上げが待っている事だろうか。

*高臣大介ガラス展「とめどなく」-1月25日(日)午後8時
 まで。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-25 13:45 | Comments(0)
2015年 01月 24日

芳名録ー道行き(16)

2cm近い厚さの芳名録帳が昨日で14冊目を終えた。
テンポラリーの歴史である。
同じ部厚いノートを通しで使っている。
朝都心のお店で新たに15冊目のノートを購入する。
14冊目の最初の展示は、何故か円山時代の最後の展示で
高臣大介展だった。
その後のノートの余白が埋まり、このノートの最後も高臣
大介展だ。
不思議な偶然である。
北円山で訴訟に敗れ店を閉じる時、執行官の強制執行に
立ち会ってくれたのも高臣さんだった。
円山時代の最後と今の場所での最初はともに彼の個展だ。
恩義に感じてそう決めていたのである。
そんな彼とともに作家としても友人としても共に闘い、成長
してきたかと思う。
自分は何も出来ないけれども、彼の作品の土壌としてこの場を
支え掌の役割はしてきたかと思う。
冬の定番として雪と氷柱とともに毎年透明なガラス作品を発表
し続けている。
それは円山北町時代から変わらない。
そして彼のライフワークとも言うべき「あふれでる」が千本の
作品を目指して始まっているのだ。
私もまた札幌市内ではあるけれども、移住者のひとりである。
同じ札幌でも西部円山地域と今の北部とは地形が違う。
円山の前の生まれた場所、都心の地下歩行空間の上の駅前中心
部ともまた違うのである。
移動し移住し異なる顔を見せる札幌を自分は見てきた。
見えない川を辿り、今は見えない風景を見詰めてきた。
札幌の身体を有機的に部分ではなく全体像として見ようとしてきた。
そんな行為の中で多くの優れた作家達と心を通わせ作品製作の
掌として受け止めてきたと思う。
左手の掌として右手の掌を合掌のように今後も受け止めて、志を
共有していきたい、そうありたいと思っているのだ・

*高臣大介ガラス展「とめどなく」ー1月25日(日)まで。
 am11時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-24 11:55 | Comments(0)
2015年 01月 23日

蝋燭灯す夜ー道行き(15)

今回は始まる時間を1時間遅らせ、その分夜8時まで
延長して展示している。
夕刻から電気を消して蝋燭の灯りだけの展示となる。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に透明なガラス作品が炎の
明かりを透かせて人影が揺れる。
ガラス夜会のようだ。
昼・夕方・夜と時間によって作品の見え方が違う。
天候によっても昼は太陽光の射し方で違う。
ガラス作品ならではの光の演出だ。
夜は来る人もなにか妖しげな影のように揺れる。
特に女性はそうだ。
お酒も入ってますます夜の展示は妖しく揺れるのだ。
昨夜も”カワイイ~”を連発する甲高い声の女性と低い
声の女性が来て、声だけを上で聞いていて苛立った。
体内内蔵言語の”カワァイイ~とコゥアワイ~”。
2階吹き抜けに上ると”コゥアワイ~”
作品を見て感激すると”カワァイイ~”が連発される。
体内の内臓言語に敏感な女性ならではの絶叫である。
一方男は危険だとか安全だの目線で、絶叫はしない。
男は概して筋肉言語で外界に主点があるようだ。
暗闇に蝋燭が揺れ、女性の甲高い声が響く。
もうそれだけで妖しい夜会なのだ。
ガラスが保つ光を透過する世界が小さな異世界を現出して
高臣大介展は今夜も暮れてゆく。

*高臣大介ガラス展「とめどなく」-1月25日(日)まで。
 am12時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-23 12:39 | Comments(0)
2015年 01月 22日

あふれでるものー道行き(14)

あふれでるもの、あふれでようとするもの。
かって湧き出ていた泉池の跡。
そこに建つ明治天皇の休息所・清華亭。
鮭も産卵の為に上ってきたという場所だ。
アイヌ語で「ヌップサップメム:野傍の泉池」。
今は涸れてしまったその場所で鉄を使う美術家
阿部守さんと高臣大介が展示したのは、もう4年
も前だろうか。
この時創ったガラスの房がその後の展開の原点となる。
今は見えない泉を主題とした時、彼の心に深く刻まれた
思いとは、環境が変わっても変わらず突き上げてくる
疼くような<あふれでるもの>の想いではなかっただろ
うか。
それを確認した時、このひとりの移住者は変わらぬ自分
の作家としての信念・軸心を確認したのである。
現実の泉はもう水を溢れ出さないけれど、彼の心の泉は
さらなる<あふれでる>を形象し100本から1000本
を目指して創り続ける。
それは高臣大介自身が尽ぬ泉ともなっていくことだ。
美術家とか芸術家がその存在理由を他と違って知らしめる
ものがあるとすれば、喪われた現実の泉に対し見えない泉
を創り出すその差異にあるだろうと思う。
高臣大介が現実環境の差異の中で、変わらずに確認したもの
とは、そうした内なる自分の泉・創造の原点だったのではな
いだろうか。
千葉から移動し、洞爺に移住し、地域住民として生きている
今、変わらぬ軸心は自らの内にあるガラスを吹き続ける創作
への熱い思いである。
それが見えない泉と重なっている。
このモチーフはもうライフワークとなるだろうと思う。
あふれでる・溢れ出ようとするもの。
その絶えざる心の泉はこれから先いかなる場所であっても
絶える事無く溢れ出す事だろう。
そうした可能性を感じさせる展示だ。

+高臣大介ガラス展「とめどなく」ー1月25日(日)まで。
 am12時ーpm7時。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-22 13:35 | Comments(0)
2015年 01月 21日

雪明りー道行き(13)

猛吹雪でJRも不通。
そんな中ちらりほらりと人が来る。
人が絶えた午後正面のガラス戸に映るガラスの房が綺麗だ。
早速大介さんが激写する。
内部の温度でガラスが少し曇り、そこに内側のガラスの房の
束が映っている。
午後の光がちょうどあたり幻想的な光景を生んでいる。
包み込むような虚と実の二重画像だ。
地面からの雪の光の照り返しと西日の光が不思議な映像を
浮かばせている。
夢中で撮影する高臣大介さんにガラス作家である事の幸せ
を感じていた。
ガラス作家で良かったね、と声に出すと黙って頷いていた。
そして来年のテーマが浮かんだよ、と言った。
「つつまれる」だという。
変わるかもしれないけど、いずれそうしたテーマで展示を
したいという。
200本がさらに増えて300本となり、400本となる。
そうした中で主題が深まってゆく。
そしてこの作品のきっかけとなった静華亭庭での「野傍の泉池」
についても語りだした。
泉の湧く水の温度はほとんど年中変わらない。
しかし外気は夏・冬と温度は変わる。
それによって水温は冬暖かく夏は冷涼に感じる。
その泉に移住してきた自分と同じようなものを感じると。
移動・移住・移民と考えていた自分は、なるほどと思った。
<移る>はそれぞれの軸心を深めて変わる<移る>なのだ。
動く事を決意した後の<移る>。
住む事を続けた後の<移る>
地域と繋がりを広げた後の<移る>
同じ<移る>でもその行為を支える軸が違うのである。
同時に場所は変わっても変わらず湧き出しつづける自分がいる。
そんな泉の水と同じ信念を環境の違いとの比較で語ろうと
しているだろう事を感じていたのだ。
展示の作品数やテーマの変化の<移る>の奥底に変わらず
泉の水のように高臣大介がいて、季節の移ろいのように外の
取り巻く環境は変わる。
その度に泉の外の水温のように感じる温度も<移る>のだ。
それが移住から移民へと軸心の<住>と<民>が深まってきた
大介さんの実感でもあるのだろう。
<移る>という現象はそれを支える動・住・民の軸心によって
その現象の表われを深化させている。
それが同じモチーフで展覧会を続けさせる力であるだろう。
千葉から洞爺という移動・移住の変化の中で高臣大介が掴んだ
変わらぬものと変わるものとの間を貫いている作家魂であるの
だろう。
この言葉を聴いて、ああ~大介さんも根を下ろしたなあと思っ
ていた。
変わらずあふれでて、変化してゆくのである。

*高臣大介ガラス展「とめどなく」-1月20日(火)-25日(日)
 am12時ーpm7時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-21 12:56 | Comments(0)
2015年 01月 20日

大吹雪の初日ー道行き(12)

大雪の初日。
先が見えないような猛雪。
会場には200本のガラスの房が中央に並んでいる。
触れるとしばらく澄んだ音が鳴り止まない。
揺れるが連動してしばらく余韻のような響きが続く。
高臣大介ガラス展「とめどなく」。
外は豪雪だが、雪の白い光が透明なガラスを映して
光の骨のような光の花のような透明な光景だ。
水の骨、光の骨、空気の骨。
豪雪になってすべてが透明な骨のように凝結して在る。
左右の掌が中央に寄り添って祈りの形をとるように
高臣大介の両手から祈りの透明な房が生まれた。
「とめどなく」は千本を目指す、これからへの祈りと
継続の誓いでもあるのだろう。

<あふれでる><ひびきあう>そして<とめどなく>
と3年続いて同じモチーフで作品展が続いている。
現在200本のガラスの房が千本になる頃どんな世界が
構築されるのだろうか。
千葉から洞爺に移住して10年。
高臣大介のひとつのライフワークが生まれている。
移動・移住・移民。
<移民>という新たな定着・文化が根付こうとしている。
とめどなく・ひびきあう・そして、あふれでる。
タイトルに表された澄んだ言葉の響きは、そのまま千本へ
のトニカともなって今後も響き渡ってゆくだろう。
冬・豪雪。
この地でしか生まれ得ない冬の透明な骨。
それに相応しい初日の猛吹雪だ。

*高臣大介ガラス展「とめどなく」-1月20日(火)-25日(日)
 AM12時ーPM8時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2015-01-20 12:51 | Comments(0)