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2014年 08月 31日

岡崎文吉展を見るーポプラー・葉月(18)

秋晴れ続く日曜日、時計台で催されている岡崎文吉展を見に行く。
観光客が賑わう中、久しぶりに時計台2階ホールへ入る。
窓がガラス越しに屋根の庇を見せて光っている。
今のビル構造には無い光景である。
不思議な落ち着きと安心感が窓を通して室内に漂っている。
時計台そのものの展示パネル・映像と並んで、岡崎文吉の資料
が手際よく陳列されていた。
山田航さんの新聞連載「札幌モノローグ紀行」のコピーとともに
岡崎文吉の漢詩とその現代語訳、谷口顕一郎さんの茨戸での岡崎
式護岸工事跡の作品設定写真及びテンポラリーでの展示写真など
も同時に展示されている。
時計台の鐘の映像が流されている所為もあり、会場全体が少し
暗めで岡崎の資料が読み辛いのが難点だった。
主役が時計台そのもであるのだから、観光名所の場所としては
仕方の無い事である。
開拓使時代の札幌農学校の卒業生である岡崎文吉に縁ある時計台
だから場所としては申し分ないのだ。
しかし岡崎の現代における位置を考えれば、彼の業績はもっとそれ
自体として光を充てるべきである。
いつか単独でテンポラリーで展示を試みたいという気持ちをもった。

時計台を出て今話題の北3条広場を通る。
道庁赤レンガ前の通りがプラザとなって人が群れていた。
旧開拓使通りが通りよりも道庁前広場のようになり、連結する
ビルと一体化して在る。
道庁とプラザの間の車通りはちょうど北海道マラソンで交通規制
が引かれごった返している。
マラソン規制はさらに北大構内まで続き、途中の清華亭に立ち寄
るのにも苦労する。
清華亭では国際芸術祭のMさんの展示が為されていた。
庭のハルニレの大木には目もくれず、室内に電気的作用の静寂が
演出されて鈴が鳴り扇風機が自動的に回り光が点滅するといった
ものだった。
建築当初から今も変わらず同じ場所に在るこの時間を蓄積した
建物にこうした装置はもっと控えめでも良いと思う。
ここに座っているだけで無音の時の音が響いてくる。
そして明治の建設以前から立つ庭のハルニレの巨木をみている
だけで、時の経過と静寂を感じる筈である。
ここでも控え目ながら電動のアートプラザが演出されているよ
うだ。
清華亭という場所と建物が保っている長い時の通りを室内の
プラザに囲い込んで開いてはいない気がした。

大通り駅からの地下通路、時計台の観光地、北海道マラソンの
交通規制、北3条オプラザ、清華亭の和室の電気的静寂装置と今の
札幌の断面を歩いた一日だ。

*中島幸治展「風とは」-9月23日ー10月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2014-08-31 16:57 | Comments(0)
2014年 08月 29日

秋晴れーポプラー・葉月(17)

澄んだ光と風が燦々と降り注ぐ日。
ふらりと故村岸宏昭君旧知の青年が入ってくる。
ここを訪れるのは7年ぶりという。
映像作家大木裕之氏とも縁ある人のようで、高知にも
滞在していると言う。
村岸の追悼本を購入してくれて、暫し彼の話をした。
聞けば本人は北大出身で自ら歌と演奏を続けていると
いう。
今日の天気のように透明感のある好青年だった。

札幌市環境局主催で岡崎文吉展が時計台で始まった。
山田航さんの短歌作品や谷口顕一郎さんの茨戸の
岡崎式護岸マットレスをテーマとした作品も展示され
ているという。
来月10日には例の1999年STV40周年記念番組
も再上映するという。
ここで約1年前に発掘した映像が再び岡崎文吉とともに
日の目を見る事はとても嬉しい事だ。
百年前からこの地において、人間が如何に自然と向き合
ってきたかを先人の知恵とともに見詰める良い機会である。
ひとりの人生、ひとつのテーマを深く掘り下げてこそ見え
てくるものがある。
川の蛇行を基本にして護岸を考えた岡崎文吉の自然工法
の理論原理は、現在の護岸だけではなく街路にも通じる
都市論にも繋がり、文化の問題として問い返されるべき
ものだ。
ショートカットが主流の文化風土は近代も今も変わらず
君臨しているからだ。

この斜め通りをふらりと立ち寄った青年のように、人も
また本来蛇行するぶらぶらぶらりが必要なのだ。


*中嶋幸治展「風とは」-9月23日ー10月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2014-08-29 14:41 | Comments(0)
2014年 08月 28日

波紋・・・-ポプラー・葉月(16)

「友人の死」の波紋が次々と広がっている。
人は死を迎えた時に死という額縁に入り、しがらみ無く
純粋に見詰められる存在となるのだろうか。
生きていた時の一番輝いていた時間が後光のようにくっきり
と故人の人生を浮き彫りにしてくれる。
その記憶の光が亡き人を懐かしむ泉のように存在するのだ。
猥雑で煩雑な表皮は消えて、純粋な生きた骨格だけが透明
に澄んで見えてくる。
その湧き上がる心の骨に向き合って、人は思わず懐かしむ
言葉を思わずかけるのだ。
生という相対性から死という絶対性に囲繞された時、生前
の一番純粋な部分が結晶して光を放っ。

そんな友人・先輩・恩師たちの死をこれでもう何人見詰めて
きた事だろう・・。
そして思う事は、生きている時に悔いなく付き合いできたと
思える今を保っていたかという自分への問いである。
100%は勿論ないけれど、本質的な心の交流は決して絶や
してはいなかったと自問するのである。
そうした故人への思いを、追悼する友人達の思いのメッセー
ジから沢山受け取っている自分がいるから。

大橋拓さん、もう一度歩きたかったね。
石狩の国の山野・海辺を。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 yrl/fax011-737-5503
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by kakiten | 2014-08-28 13:56 | Comments(0)
2014年 08月 27日

友人の死ーポプラー・葉月(15)

友人でフリースペースプラハ主催の大橋拓氏が亡くなったと
K氏から連絡がある。
長く闘病中なのは知っていたが、いつもこのブログのフェー
スブックにイイネを押してくれ、先日の谷口顕一郎展にも
初日に来ると連絡してくれたのだが見えず、気にはなって
いたのだ。
山鼻に在ったプラハという名の元病院だった建物で自由な
美術家の為のスペースを切り盛りしていた頃の元気な姿が
目に浮かぶ。
その後この空間は閉鎖されそれから再び新たな場所をずっと
探し続け、途上で病に倒れ療養しながらも新たな場所を探し
続けていたのだ。
一緒にした仕事としてはイギリスの現代美術家ロジャー・ア
ックリングの滞在制作の企画が懐かしい。
石狩の望来の山本旅館に1週間滞在し制作したロジャー・ア
ックリングも先日亡くなったと聞いたから、思い出のふたり
が相次いでこの世を去った事になる。
さらに奥三角山の戸谷成雄の野外作品を案内してみんなで
山中を駆け登った頃の記憶も蘇る。
この頃から彼は体力弱く最後尾だったなあ。
プライドは高い人だったが心根は優しい理想家だったと思う。
もう一度自分の理想のプラハプロジェクトを場所をみつけ
展開したかったのだろうと、その志の半ばを心から惜しんで
静かに冥福を祈りたい。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日ー10月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-08-27 17:46 | Comments(2)
2014年 08月 26日

山の畑ーポプラー・葉月(14)

写真家のY君が畑で収穫した野菜を私の留守中玄関に届け
て置いてくれた。
留寿都のK氏も時々黙って玄関に届けてくれる。
ふたりの心優しい友人たちのおかげで、最近は新鮮な野菜
を調理し食する事が多くなった。
そのY君からのメールに山の畑に熊が出て玉蜀黍がみんな
きれいに食べられたという。
山といっても盤渓という中央区の住宅地に近い山地である。
車時代になり急速に開けた高級住宅街に近く、自然豊かな
場所なのだ。
広島の土砂災害の多かった地域にも似た川と山の迫る処で
もある。
水・空気・光という生命を囲む透明な三大有機体が最近は
洪水・台風・猛暑と自然の猛威の牙を剥きだして災害を多発
してきている。
それに熊という動物の野生も加わってきた感があるのだ。
人間が自然と直に向き合うという事は本来非常に大きな危険
と向き合う事と同義である。
従って人は長い時間をかけてその中間に緩衝地帯を創造して
きたと思う。
それを広く捉えて人間社会と自然世界の間のような空間を故郷
と呼んだのだろうと思う。
里山や防風雪林・小さな川や小さな庭の木に至るまで、人に優
しい人の為の亜自然帯を文化として創ってきた。
自然をその野生から人に親しい存在として囲い込んできたのだ。
あたかも野生の漆が漆塗りとして手元に優しくなるように、狼
のような野生が愛犬として人の生活の一部になるように、人は
自然と直で生に向き合う事を逃れる術を蓄積してきたのだ。
その自然への畏怖と知恵を今捨てて、諸に自然の野生と向き合
う愚を重ねようとしている気がする。
日常から自然への畏怖の回路が消えて傲慢な力の破壊が文明の
名の下で山野・海・空に及ぶ。
その破壊の何倍返しかが、最近の自然災害として顕れているよう
な気がするのだ。
自然化した人間社会・自然と人間の緩衝地帯としてのそれぞれ
の国の故郷の喪失がその象徴・証でもある。

*中嶋幸治展「風とは」-9月23日ー10月5日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2014-08-26 13:35 | Comments(0)
2014年 08月 24日

屋根と通りーポプラー・葉月(13)

黒澤明の遺した20世紀後半の札幌の映像を見て、屋根のある
街並みと通りを思っていた。
私の祖父の時代の店のキャッチフレーズには、停車場通りの
文字が見える。
父の時代にはそれが駅前通りだった。
私の時代にはもうそこは四番街という呼び名に変わっていた。
通りよりもビルに店がパックされたビル主体の街となった。
JRタワーに象徴される、通りよりも地下と高層階に人を集
める上下へ吸引する構造である。
ひとつひとつのビルが人を地下と高層階へと囲い込む上下
の通りへと変わったのだ。
従って地上の通りは消えて、屋根も消え、駅もまたショッ
ピングの回路となってきた。
古くは門前町・寺前街・駅前通と呼ばれたのは、神社が
お寺が、駅が人を呼び寄せるコアとしてあり、そこに至る
道が通りとして街となったからである。
コアとなる神社や寺、駅はその求心力として頭のようにあ
っても自らが物を販売したわけではない。
信仰や旅の移動の拠点として人が集まるコアだったのである。
そこへ行く為の導線が通りという回路だった。
そしてその通りには表と裏さらに仲通もあって、軒下が並び
有機的な町並みを作りだしていた。
黒澤明の残した映像にはそうした街が映し出されている。
冬が舞台なので尚の事裏通りの道は雪で天地を狭くしている。
屋根から雪が垂れ下がり、氷柱が軒下を貫いて地面へと伸び
ている。
鉛色の空に灰色の雪が舞い表通りの大きな建物も怪物のように
蹲って暗いのだ。
牧歌的な夏の北海道とは全く正反対の冬の都市札幌の通り
である。
人々は寒さに肩を竦め防寒具を身に纏い俯き加減に前を歩く。
そしてふっと明るい照明の灯る喫茶店やレストラン、時にラー
メン屋へと身を寄せる。
それらが立ち並ぶのが表・裏通りなのだ。
店は同時に店主の顔があって、商品を通して人と人が出会う
処でもある。
屋根と同じくらい人と人の顔・頭が通りには見えてあったのだ。

ドストエフスキーの濃い人間関係の相克のドラマ「白痴」には
この当時の札幌の冬の街景は正にぴったりの背景だったに相違
ない。
後年「影武者」のロケで再び札幌を訪れた黒澤は吐き捨てる
ように「ここはもう私の知る札幌ではない」と言ったという。
そこからさらに街は変わり、明るい通路・雪の見えない地下空
間・屋根の見えない高層ビル群と通りも氷柱も暗い軒下も消え
て明瞭で明視の空間のみが拡大してきた。
しかし人間の心の明暗も自然の猛威もより潜在化して、軒下の
氷柱よりさらに深く見えない闇の中に潜んできているような気
もするのだ。

*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-08-24 15:00 | Comments(0)
2014年 08月 22日

冬の軒下ーポプラー・葉月(12)

広島県の土砂崩れの被害が連日報道されている。
自然の恐ろしさをあらためて思う。
この自然の猛威に対する畏怖感を我々は普段消してぬくぬく
と生きている方が多いのが実状だ。

1951年制作の黒澤明の映画「白痴」の背景は当時の札幌
が舞台である。
この映画に描かれた札幌の風景について先日聞かれる事が
あった。
映画自体はドストエフスキーの同名の原作をロシアから札幌に
置き換えて翻案して映像化したものである。
そのロケ地として札幌の風景があり、今は無い多くの建造物と
ともに映し出されている。
人間の内面の奥の暗い狂気や情熱が冬の札幌の街の風景と重な
って物語は進む。
この札幌のロケ地となった場所のほとんどが都心部であり、その
ほとんどが今は無い。
駅前の鉄道管理局の堂々たるドーム状の屋根、煉瓦造りの五番館
電車道にラッセル車の走る表通り。
そしてさらに印象的なのは三船敏郎扮するロゴージンの家赤間家
の在る裏通りの風景である。
屋根が迫り雪が深い。
氷柱が太く軒下を圧している。
冬という自然が凶器のように氷柱の形をして迫ってくる。
この映画はその意味では冬という自然への畏怖が風景としては
主役になっている。
危険で怖ろしい畏怖の対象としての冬。
そうした自然が軒下に、屋根の高さに日常的に在った時代。
そうした街の中の自然との接点をこの映像は、残しているのだ。
表通りの堂々たるモダーンな建築物にも必ず屋根が見える。
裏通りにはより風土としての容赦ない冬が軒下を深く雪と氷柱で
貫き道を埋めている。
冬という自然への畏怖感が間違いも無くまだこの街に日常的に隣
り合っていた時代のシーンなのだ。
現在の同じロケ地にはもうその畏怖感は見あたらない。
裏通りの風土は消えて人と物の搬入口になり、表通りは地下通路
と高層ビル群が立ち並び、屋根も軒下もない街となった。

自然との接点である屋根や軒下を持たない街が、進歩と発展だけ
で解釈できるかどうかはよくよく考えてみなければならない。
つい前の時代まで直に自然と接する事の畏怖・敬意を街も人も保
っていたのではないだろうか。
黒澤明の遺した札幌の風景にはそうした街の記憶が埋もれている。

*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-08-22 14:12 | Comments(0)
2014年 08月 20日

秋の気配ーポプラー・葉月(11)

今朝卸売り市場の琴似川暗渠の路上で蜻蛉の横切るのを見た。
今年初めての蜻蛉だ。
曇り空に風涼しくもうどこか秋の気配を感じさせる。

吉増剛造さんに年末年始の展示了承の返事を出す。
今月初めにお手紙を頂いてから、先日のファックスまで
返事が遅れていたのだ。
昨年暮れの石田尚志・鈴木余位両氏の傑作映像参加の影響
もあり、今年は余位さんの海外留学で余位さんのいない事も
どこかで影響したのか3年続いた吉増展は今年は無しの気
持ちだったのだ。
そこを見透かすように、吉増さんからの新たな展示プランの
畳み込むような提案である。
先日のロンドン展で精力的にこの展覧会を企画し動いた
イタリア在住のOさんと東京K大出版局のMさんの強力コン
ビが加わって、「Sapporo Dear Monster」という
Mさん姉妹をキーパーソンとする新たな「怪物君」展示プラ
ンを提案してきたのだ。
延々と続く吉増さんの大草稿、その始まりから毎年趣向を変
えて展示が続きこの吉増さんのライフワークとも言うべき仕事
に最後まで多分付き合うだろう運命を感じるのだ。
来年は国立現代美術館で大吉増銅造展が企画されているという
情報もある中で、その核心となる展示をこの小さな貧しい画廊
が発信を続ける事を絶やしてはならないだろう。

見えない川の上を今年も蜻蛉の番(つがい)が飛ぶ事だろう。
川の記憶が小さな水溜りを命を産む場所に変える。
そう信じて蜻蛉が生きるように、この場もまた作品という命を
育む水場となっていく。

*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-08-20 15:07 | Comments(0)
2014年 08月 17日

発する声の磁場ーポプラー・葉月(10)

心が声という音の形象をして、声は音声という物の形象を
空中に凝縮して集まってくるような、素晴らしい日だった。
及川恒平×山田渡ライブ「こえのあるいっとき」。
文字が声を纏い、声が文字を纏う。
山田さんの朗読も及川さんの歌声も文字が音声となり
声は時空を超えて今日という時を刻み廊内を満たしたのだ。
聴衆も10人に満たない少数ながら、及川フォークの歌詞
提供者田中綾氏、糸田ともよ氏が目をキラキラして参加し
こぼれんばかりの笑顔を見せていた。
たっぷり2時間休み無く及川・山田の語りと朗唱、歌唱は
続いたのだ。
若い山田さんが長歌や岡崎文吉の漢詩を朗読し、及川さんが
西条八十や吉田一睡の詩作品を歌うといった世代・時代を超え
た声の跳躍が見事な時間を創りだしていたのだ。
山田航の成長、及川恒平の成熟とこのふたりのコラボレーシ
ヨンはコンテンポラリーに深化している。

同日ニューヨーク留学中の鈴木余位氏より21葉の葉書の便り
が届く。

  今日、ニューヨークおわりの日にしてジョナス・メカスさん
  にお会いすることができました。これで私のニューヨークが
  完成したように思いましたが、なんだかこれだけじゃない
  気分になりました。試作として、朱のアメリカ10枚、黒の
  アメリカ10枚を送らせて下さい。受取人になって下さい。
  明日トルコへ発ちます。第二章へ新天地へ行ってまいります。

一枚づつ切手を貼った葉書が約20枚届いた。
急いで書いた所為だろう、住所に未記載があり何通かはまだ未着
である。
吉増剛造展で非凡な映像作品を創ってくれた余位さんの熱い報告
である。
来年の帰国時真っ先に初の個展をここでしたいと言って旅立った
事を思い出している。
そして同時並行するように、吉増剛造さんからも年末年始の恒例
の大草稿「怪物君」展示の打診が届いていた。
草稿枚数は526葉に達し止まらずという。
いくらヨタヨタ貧乏画廊でもこれらの人の熱い想いには応えずには
いられないというものである。
紙の上から文字が声となって立ち上がっている。
葉書・封書・ファックスと、ここでも「こえのあるいっとき」の
時間が燃えている。

*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日。
*秋元さなえ展ー10月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

  
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by kakiten | 2014-08-17 14:54 | Comments(0)
2014年 08月 16日

こえのあるいっときーポプラー・葉月(9)

フォーク歌手及川恒平さんと歌人山田航さんのライブ
「こえのあるいっとき」を夕方に開く準備の為会場作り
に出る。
久しぶりに日が差して暖かい。
山田航の短歌に及川恒平がメロデイーと声を載せ歌う。
ふたりのコラボは2年前にも試みている。
1983年生まれと1948年生まれの世代を超えた
競演である。
歌人は文字を声に変え、歌手は声を文字へと寄り添う。
声の在り処が同時代を創る。
如何なる音声空間が生まれるか、楽しみである。

お盆の最後の日の夕べ、声が空間を満たす。
きっと懐かしい死者達も喜んで空に佇む事だろう。
石田善彦・村岸宏昭・斉藤千穂・宮本すみこ・菱川善夫
みんなそっと聞いてくれる事だろう。

*及川恒平×山田航ライブ「こえのあるいっとき」-8月16日
 午後5時~2500円。
*小谷俊太郎展ー8月延期
*中嶋幸治展ー9月23日ー10月5日
*秋元さなえ展ー19月28日ー11月9日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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by kakiten | 2014-08-16 13:14 | Comments(0)