<   2013年 06月 ( 23 )   > この月の画像一覧


2013年 06月 30日

40年のシュールー光・水無月(23)

1973年書肆山田の書き下ろし叢書「草子1瀧口修造」から
「草子2」の予告吉増剛造まで40年の時が流れていた。
ShuーzoとGoーzoのふたつの<ZO>の間の時間で
ある。
「草子2」が実際には出版されなかった幻の叢書であるか
どうかは未知であるが、今回の吉増さん本人の手紙からは
幻の予告であった感じが読み取れる。

  「草子」ウラの予告から四十年。
   命のような「ZO」展です。
   ロンドン、パリ(6/30-7/10)で
   見れずに残念ー。

と、昨日送られてきた手紙に書かれている。
21歳の青年瀧口を基点とした小樽発の瀧口修造展も今日で
終わる。
この後全国を巡回し、今展図録はすでに一度完売したという。
札幌では個人的にK氏のレトロなビルの一室で、「ZO」展
として来週後半から新たな展開が見られるだろう。
送られてきた「草子1」と幻の「草子2」の著者吉増剛造の
この為に書かれた一枚の草稿が、小樽から転送されるあの大
草稿370余葉とともに展示される。
ふたつの「ZO」を繋ぐ時間がK氏の空間であるなら、小樽・
札幌を繋ぐ回路を私は私なりに、今の展示を通してその連携
を模索して考えたい。
小樽モダーンに対して札幌モダーンとは何であるのか。
そこにある近代を問うのである。
「’古石狩河口から書きはじめて」と始まった今回の吉増剛造
の作品は、今も書き進められつつ現在400葉の大草稿となっ
ている。
その端緒は小樽の瀧口修造発掘の旅とともに3年前から始まっ
たものである。
従って小樽の瀧口修造と石狩・札幌の吉増剛造とは、並行して
これまでも見えないところで同時に進行していた。
その見えない連係が今回幻の「草子」1と2の関係として顕在
化したように思われる。
ふたつの<ZO>とは、ふたりの<造>をつなぐZOでもあり
同時にふたつの都市を繋ぐ像でもあるだろう。

 「古石狩」へのみえない径(ミチ)は、ミエナイ潮路でも
  あったのであって、いつもいつもオタル港にフネで着き
  ゼニバコ、・・・若生へのヒトシレヌ、・・・小径を
  辿った・・・「石狩シーツ」への小径でしたね。

瀧口修造「草子」とともに「ZO」展参加の意向を初めて伝えて
きた時の6月16日付けの吉増さんからの一文である。
40年の時を超えて見えない「草子」が開かれて、シュールな
<ZO>を発信し始めた。
ミエナイ潮路をふたつの都市の回路として。

*「記憶と現在」展ー7月21日(日)まで延長。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-30 16:20 | Comments(0)
2013年 06月 29日

生の空気圧ー光・水無月(22)

自転車の車輪に空気が入って快調に走る。
こうも違うものか・・。
今まで追い越されていたのは冬場に体力が落ちた
と思っていたが、車輪の力も大きい事が分かる。
見るからにスピードの出そうな車種は別にして、
どう見ても抜かれそうに思えない車に時々追い越
されていたのは、車輪の空気圧に拠る所が大きい
と分かる。
精神も空気圧が足りないと減速するから、用心。

瀬戸君が人を伴って訪ねて来る。
良く見るとその人はYさんだ。
数年ぶりである。
先日瀬戸君が瞑想の会でYさんと知り合い、あなた
ムラギシ君に似てるねと言われて、そこから私の事
にも話は及んだとは聞いていた。
瀬戸君は釧路の高校時代にムラギシの遺作集を読み
それでここを尋ねてきた縁である。
Yさんはその遺作集にムラギシの最後の個展会場写真
に白樺を抱いて耳を澄ます姿が写っている人だ。
人の縁は不思議だなあ。
離れていた縁がまた人を介して繋がる。
Yさんも気になっていたと見え、ムラギシの遺作本を
初めて手にする。
Yさんは自分が写っているページを開き、声を上げた。
あれっ、同じコサージュ!
7年前の写真の胸の花飾りと今日の花飾りが同じだった。
本人が一番驚いて、しげしげと写真を見ている。
そんな偶然が心を開いたのか、6年近い空白は一気に埋
まって昨日の続きのように話は弾んだ。
そして有山睦さんたちのモエレ沼公園でのムラギシ曲
「撓む指は羽根」の演奏を聞かせ、ムラギシ主演「モン
キーラブ」の映像等を見せた。
死者の声と姿が甦り、しばし沈黙。
その後閉廊まで話は尽きなかった。

東京の写真家Rさんより昨年末の吉増剛造展来廊時の写真
とボサノヴァのCDが送られてくる。
「ノート君」と題されたあの大草稿展示時の写真である。
そしてまるでそれに呼応するかのように、ロンドンーパリ
出発前の吉増さんからレターパックが届く。
中にはK氏スペースで開かれる「ZO」展に書かれた小詩
草稿と昭和48年書肆山田発行の書き下ろし叢書「草子1
ー瀧口修造 星と砂と 日録抄」が入っている。
そしてこの「草子1」の裏予告には「草子2」として吉増
剛造の名前がある。

 「草子」ウラの予告から40年、命のような「ZO展」
  です。

貴重な資料である。
瀧口修造、吉増剛造そして飯島耕一、大岡信、吉岡実
と続く刊行予定がひどく眩しい。

ムラギシ・タキグチと、死者が繋ぐ出来事が続いた。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-29 17:09 | Comments(0)
2013年 06月 28日

陽光が射してー光・水無月(21)

肌寒い小雨の曇り日の後、今朝は青空。
自転車の修理に行く。
単純な前輪パンクで、空気圧が不足していたという。
後輪も危険だったので空気を入れたという。
一冬放置していたままで乗っていたので気にはなって
いたから、やはり手入れを怠っていた報いである。
酔った勢いで舗道の段差を無視してドンと下りたのが
空気の抜けた原因と言われた。
朝から出費と時間のロスをして、懐も心も少しパンク。
直した自転車を走らせ、初夏の風と光を浴びて少し回復
する。
この走っている時がシジフォスの繰り返しの自由のように
幸福な時間なのかもしれない。
単純に車輪を漕いでいる一番純粋に自分でいる時間。
風景の中に生きて呼吸して感じている。
長い冬の時間、地下鉄やロードヒーテングの舗装された
<⇒>の道で閉じている時間を想起する。
街は天も地も直線の⇒に満ちている。

ゆるゆると下り坂が続き、左右の道の両側には2、3階
建ての古い石垣や煉瓦や木造の家並みが連なっている。
昔の屋号の残った建物でクリーム善哉を食べた。
小樽の瀧口修造展を見た帰り。
21歳小樽にいた瀧口の心の風土が美術館の内にも外にも
広がっていると私には感じられた。
美術館だけに特化されない瀧口の風土を感じた。
その事を経済発展に取り残された死に体と言う小樽人もいる
けれど、たとえそれが消去法で残されたものであっても、今
在るものは間違いも無く今在るのだ。
現象ー実体ー本質の三段階理論でいえば、あの街並みという
現象は瀧口修造の精神の故郷という本質に実体として繋がる
ものである。
死に体ではなくもしそれが繁栄する活動体であるなら、その
現象は如何なる本質を導き出すのか。
<⇒>の支配するペーブメントの街札幌。
白秋の「この道」の世界は消えて、<いつか来た道>も<ああ、
そううだよ>と呟く事も無い。
そうした<この道>がここでは”死に体”なのだ。
そこを起点に現象が始まる。
私はきっと小樽で瀧口展を見、堺町本通りを歩きながら札幌を
見詰めていた。
瀧口修造の精神を熟成した近代風土を本質として逆に現象現実へ
と遡行していく過程で実体としての札幌を見詰めていたのだ。

現象ー実体ー本質と久しぶりに学生時代に齧った認識論を思い出
していると、これがふっと佐佐木方斎の「自由群」「余剰群」
「格子群」の三段階に呼応して感じられ、不思議な因縁を感じて
いた。

車輪を無心に漕いでいる時間。
これが媒介概念であり、実体概念なのだろう。
現象と本質が限りなく無媒介に直結する金銭の収支のような
入り口⇒出口の下痢のような物流構造を本当は精神の死に体
というのではないのか。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-28 14:14 | Comments(0)
2013年 06月 27日

自転車パンクー光・水無月(20)

なにか嫌な予感があったなあ。
佐佐木方斎さんが来て、飲みに行こうとあまりに
誘うので、金が無いよと断ったのだが奢るという
のでついつい居酒屋ゆかりへ。
話は当然今秋の個展の話となり、今描き進んでいる
「自由群」の話となり「格子群」「余剰群」より前
に実は最初に描いたのが「自由群」だったと明かして
くれた。
それまで最初に直線の「格子群」があって、その切り落と
した余剰の色彩を円や方形の中に重ねる「余剰群」の後に
閉曲線の内に色彩を重ねる「自由群」が描かれ、この3部
作の最後が「自由群」だと思っていた。
それが実はそうではなく、「自由群」が先に描かれ、そこ
から円と方形の内に色彩を収束させ、最後に「格子群」の
一色10点の直線に収斂されていったというのである。
従って30年近い歳月を経て新たに描かれる「自由群」とは、
本当に方斎の新たな再出発となる作品となる。
道東の小さな山村から札幌に出て北大の数学専攻の青春時
彼の精神風土はまさに自由を謳歌し学生運動、美術の世界
を疾駆して純粋に広がっていた。
数学の純粋理論家の才能にも恵まれ、教授にはその道へと
強く誘われたとも言う。
3部作のタイトルともなった「格子群」「余剰群」「自由群」
とは、実は数学上の概念という。
多彩な色の閉曲線内での重なりが最初のスタートとするなら
、それは正に当時の佐佐木方斎自身の青春の時間そのもので
あったのだろう。
そこから方形と円の組み合わせの内に色彩を結晶させ、最後に
一色だけを十字架のような格子に収斂させていく。
数学上の理論的純粋抽象過程をそこに感じて、どこか納得して
聞いていたのだ。
私はそれまでこの真逆の過程でこの3部作を捉えていた。
私の所有しているこれらの作品集はすべて版画として制作され
たもので、その出版年が制作年と一致してはいなかった事にも
拠る。

そして「格子群」の直線から「余剰群」へ、そして閉曲線の中
の「自由群」へという順番は、札幌という直線の街で生まれ育
った私自身の思い込みも大きく作用していたという気もする。

ご機嫌な佐佐木方斎と別れ、少し酔い加減に自転車を走らせた。
途中夜間の道路工事の現場を避けて、段差のある道を勢い
つけて走らせた後前輪が急に重くなる。
やがて、車輪がガタガタと音を立てる。
前輪のパンクである。
やはり嫌な予感が当たった。


*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-27 13:16 | Comments(5)
2013年 06月 26日

古いビルと喫茶店ー光・水無月(19)

K氏の「ZO」展会場へ行ってきた。
まだ展示は出来ていず、雑然と物が転がっている。
場所は都心の仲通の古いビルの4階の一室。
エレヴェーターも部屋も都市の時を経た時間の撓みが
漂っている。
街中に今もこうした時の留まったような一角があるのを
知らなかった。
どこもスクラップアンドビルドのピカピカな空間ばかり
で、少しも落ち着く気がしなかったからだ。
札幌発祥の地に近いこの仲通の古いビルには、都会の放蕩
の緩やかな澱みが澱(おり)のように息をしていた。
昔シカゴの裏町を歩いた事を思い出した。
K氏の部屋からさらに上階に行くと、そこは大きなスピー
カーのある喫茶室で、外に開かれたテラスと椅子が心地良
い。時がゆったりと流れて、ああ、久しぶりに喫茶店で
寛いでいるなあ、と感じる。
スターバックスのような路面店とは正反対の、知る人ぞ知る
ような閉じた空間である。
札幌の都心にもこうした裏通り・裏建物がゆっくりと呼吸
していると知っただけでも収穫であった。
品のある寂れた空気が良い。
瀧口修造の記憶を札幌で展示するとするなら、ここはすっと
着地できる時間層が生きている。
さすがインテリ遊民K。
小樽文学館で瀧口の夢であったレトロな店が再現されていたが、
ここは札幌版レトロな裏町空間である。
昭和・大正ロマンのアメリカ版のような薫りをもつ裏街である。
そこに小樽にはないこの街での瀧口がある。
来月吉増剛造さんの大草稿の塊りが届きK氏の空間に鎮座し、
K氏の瀧口修造の記憶が散りばめられる時、ここはどんな
空間に変わっているだろうか。
小樽発瀧口修造展、その後の波紋展である。

+「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-26 12:56 | Comments(0)
2013年 06月 25日

閉じて、開いてー光・水無月(18)

支払いが滞り心も閉じる。
入り口と出口の均衡が崩れると、出口が脅迫する。
これに負けると心も閉じる。
出口ー入り口の回路は経済の回路で、都市を構成する
通底回路のようだ。
遮断と仮設の膝小僧を抱えるような時間が支配する。
都市のペーブメント回路は流れなくなったら弾き出さ
れて脱落。

  僕の前に道はない
  僕の後ろに道は出来る 
  ああ、自然よ
  父よ

と、百年前の1914年に高村光太郎は詩「道程」に書いた。
僕の前は、すべて世界へ開かれた入り口。
世界は入り口に満ちていた筈だ。
しかし何故人は開き、閉じてゆくのか。
もっと深く絶望せよ、と吉本隆明なら言うのかも知れない。
深く閉じて、深く開く。
Mへの追悼で私もかってそう書いた。
しかし心の垂直軸が揺れる時世界は津波のようにペーブメン
トの世界に呑み込まれてゆくのだ。

山奥の倒れた白樺の一本の樹を吊って、そこに耳を当てると
森の風傍を流れる川のせせらぎが聞こえる。
それがMの最後の個展だった。
会場ではみんなが白樺の幹を抱き、耳を澄ませた。
ひとりひとりの白樺を抱く事の共有・共時性が個に閉じつつ
外界に開くシンプルな行為であった。
Mの死後その数年前に友人に残した油絵が現れた。
それは、膝小僧を抱いている暗い赤と黄の色彩の宙吊りの
下半身だけの絵画だった。

閉じて、最後に開いたね、Mよ。

宙に浮いて揺れているような両足を掻き抱く骨のような両手。
それから数年最後となった個展では、両足は白樺となり
みんなが幹を抱き耳を澄ませた。
あの白樺はかってのM自身でもあり、同時に深く閉じ開かれた
M自身でもあったのだろう。

もう7年の歳月が流れた。
まもなくMの命日が来る。
私の前の道はあの時から、Mと寄り添うようにある。
そんな気がする。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 
[PR]

by kakiten | 2013-06-25 12:59 | Comments(0)
2013年 06月 23日

幟と旗ー光・水無月(17)

すつきりしない寒さと曇りの日が続いた。
心もすっきりぜず、月末病で憂鬱。
そんな昨日織りの作家Kさんが個展の案内状を
持って来てくれる。
大きな焼き立てのパンをお土産に戴き大きさと
その暖かさにほっとする。
Kさんとゆっくりと話すのは初めてだったが、共通
の友人がいて初めてという感じがしない。
話もこのハミガキブログを毎日読んでいてくれている
ので、話が直ぐ伝わるのだ。
元気ではっきりした人である。
個展のタイトルは「コンビニ幟に愛は残っているか」で
幟の布を糸にして織物作品を創ったらしい。
なにか非常に大胆で、本人も幟(のぼり)のような人である。
真っ直ぐに風を張らんで上を向く。

幟のような女性作家が来た日の夕刻十勝・芽室の長谷氏が来る。
小樽の瀧口修造展を見た後報告に寄ったと言う。
高校生向けに講演した瀧口の録音を聞いてきたという。
長谷氏は熱い人である。
雄弁ではないが、感じた事を熱く語る。
ちょうど来ていた教育大生の瀬戸君や歌人の山田航さんも
ただもう黙って聞いている。
瀬戸君も小樽の瀧口展を見た後ここに寄ったのだが、年配の
長谷氏の方が余程ストレートにその感動を語っている。
まるで旗のような人だなあ。
心旗めくままに、言葉の風を散華している。
十勝からこれはという展覧会には必ず来て、いつも熱く語り
帰ってゆく。
小樽へ行く前日もここへ寄り、今日は小樽の瀧口展の感想を
語りに来たのだ。

札幌と小樽の境、春香山近くに住む幟のようなKさんの来訪
と十勝の旗のような長谷さんの来訪が少し沈んだ心を奮い立
たせてもらった。
私も志の旗を掲げ心の幟を風に靡(なび)かせなければなら
ない。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-23 12:54 | Comments(0)
2013年 06月 21日

展示の記録ー光・水無月(16)

誰かがお金の話を呟いていた。
お金が人と人の間を妨げる。
嫌だなあ、他人事ではない。

気を取り直して今回の展示作品を記す。

 一原有徳 鏡面ステンレス+アセチレン焼+モノタイプ
       +フォートエッチング3点組作品。
       熱版「スパナ」。
 佐佐木方斎 「格子群」10点組作品・「余剰群」7点組
       「自由群」7点組。メタレリーフ 2点
  
 瀧口修造の資料として

 中川幸夫 オマージュ瀧口修造展「献花 オリーブ」図録
 瀧口修造著「瀧口修造の詩的実験1927-1937」(思潮社)
 瀧口修造1958-旅する眼差し(慶応義塾大学出版)

一原有徳さんは1910年徳島県に生まれ、1913年北海道真狩
に移住同23年小樽に移住し2010年100歳で永眠。
1960年頃美術評論家土方定一に認められ世に出る。
1923年10歳からずっと小樽に生きた版画家である。
佐佐木方斎さんは1945年紋別市生まれ1871年北大入学
で、1980年から北海道現代作家展を企画し同84年芸術総合
誌「美術ノート」を創刊し3年間編集した。
このふたりを展示したのは、瀧口展で感じた小樽と札幌をふたりの
背景に見たからである。
ふたりの作品を展示する事で、瀧口展で私が感受した小樽と札幌の
相違をふたりの作品を通して見詰める事を意図した。
一原さんは小樽の風土を母胎として作品を創造し、佐佐木さんは
札幌を精神の母胎として作品を創っている。
生まれはそれぞれ別の場所だが、その精神の故郷は小樽であり札幌
であると私は思う。

このふたりの作家の作品が伝える会場での相違と融合が、私の出来
得る限りの札幌からの今回瀧口修造展へのオマージュである。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。am11時ーpm7時。
 月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-21 16:05 | Comments(0)
2013年 06月 20日

母船のようにー光・水無月(15)

少し落ち込んでいた。
夕方人の気配がして出てみると、佐佐木方斎だった。
展示が気になると見えて珍しく間をおかず顔を出す。
新たに描いている「自由群」の話をする。
久しぶりにキャンバスに向かうと、絵の具が乾くのが待ち
きれなくて新たに描き足す。
すると絵の具が混じり色彩が濁って失敗したと言う。
新たな挑戦が始まっているようだ。

杉山留美子さんの亡くなった事を告げると、一瞬驚いて
自然と思い出話になる。
何点か彼女の作品を持っているという。
方斎コレクシヨン展もその内見たいと思う。
作品とは不思議なもので、その持ち主の磁力に集まってくる。
作品は作家の手を離れて、また別の光を放つものとなる。
今展示中の一原有徳さんと佐佐木方斎の作品もそうである。
個展の時に見えたのとは違う角度で作品が響き合っている。

瀧口修造の小樽の話になり、かって方斎が小樽の港で企画
した野外展の話になった。
その時8mmで映像を撮ったという。
それで昨年の吉増剛造展で流した多摩美の鈴木余位さんの
撮った8ミリ映像のDVDを見せる。
会期中ずっと流れていた映像である。
冬の石狩河口の猛烈な風の音が響く。
その時電話が鳴る。
なんと吉増さんからの電話である。
小樽・瀧口展に展示中の大草稿の塊を展示終了後こちらに
送るよう手配したと言う。
今後年末の吉増展まで母船のように、常時ここから発進する
草稿基地にしたいという。
札幌の「ZO」展の後7月末に東京・日本文学館に展示し、
その後再びここへ戻す。
すでに草稿は総数400葉となり、小樽に今展示中の369葉
からさらに今手元に書きつつある30葉は今月末の英国の詩祭
に持って行くと言う。
この大隕石のように進化しつつある大草稿の塊を、今後母港の
ように受け止め保管し発進させねばならない。
こりゃ大変だ。
毎年年末の連続個展に加えて、あの怪物のような大草稿の塊り
を増え続けてゆくまま受け止め続けなっければならない。
石狩河口の風の音が映像とともにビュービューと響く中、この
不意なる電話はさらに続いたのだった。

K氏のスペースで週末から予定されている札幌の瀧口周造を
主題とする「ZO」展にこの大草稿の塊りは来月展示される
予定で、場合によってはその後そのままテンポラリーへ移さ
れ展示続行という事になる。
ぐるんぐるんとこの隕石のような草稿の塊りは増殖しながら
とにもかくにも年末までさらなる増殖を重ねて巨大な草稿の
火の玉となって駆け巡る事となる。
こりゃ、大変だ。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-20 13:07 | Comments(0)
2013年 06月 19日

風落ちてー光・水無月(14)

亡妻の7回忌も過ぎ恥ずかしながら何の供養もできず、
時が過ぎる。
人の心の機微にも無知なまま、傍若無人な自分の生き
様を今更ながら振り返るのである。
死んだ女房も亡くなられた杉山留美子さんも思えば聖母の
ような赦しの心を保った人たちだった。
と、そのように思う自分が非常に自分勝手なエゴイスト
なのかも知れないと思う。
なにもかも彼女達は本当は見抜いて、ただ黙って見つめて
いただけでその寛容さに甘ったれていただけなのが本当の
自分だ。
同病相哀れむ気持ちが働いたのか、東京の山田勇男氏に
電話する。
折り良く在宅して杉山さんの死を伝える。
病状は聞いていたようだが、逝去は知らず驚く。
そして昔話となり、よく深夜酔って行ったなあと話す。
私はネクタイを鉢巻にして踊っていたと言う。
微かに思い出す記憶があった。
同病どころか恥の藪蛇である。

命燃える若葉・青葉の季節に、垂直に死者の眼差しが透き通る。
今郭公の澄んだ鳴き声はもう聞こえないけれど、見えないカッ
コウの声が生と死の界(さかい)に木霊している。

瀧口修造を悼む中川幸夫の「オリーブ」展の図録を、会場の
片隅に瀧口の著作と一緒にそっと置いて、「記憶と現在」展の
垂心の錘(おもり)とした。
中川幸夫の「献花」の文字が目に沁みる。
展示の一原有徳氏も中川幸夫も瀧口修造もみなもう故人である。
佐佐木方斎さんは手術後「自由群」の完成に命を燃やす。
俺と同じように気儘に生きてきた方斎よ、
せめても最後に浄化するような命の炎を燃やして良い作品を創れ。
偶然なのか必然なのか、この場の7年前の夏最初の展示は佐佐木
方斎の「格子群」、そしてムラギシ訃報の夏だった。

命が純粋に燃える季節。
死者もまた純粋に甦る。

*「記憶と現在」展ー6月30日(日)まで。am11時ーpm7時
 :月曜定休。
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
[PR]

by kakiten | 2013-06-19 12:59 | Comments(0)