テンポラリー通信

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2012年 09月 30日

鳥を放つー月暈・9月(22)

東京の大学を中退して美容師の道を選んだOくんが来る。
彼は現代詩手帖の投稿常連者でもあって、歌も詠む詩人
である。ペンエームは久石ソナ。
詩人文月悠光さんと友人で同年齢の21歳。
今はバイトしながら貯金し、来月から美容師専門学校へ通う
と言う。
いろいろこれからの人生設計を語り合った後彼が帰って
有山睦さんが来る。
今村しずかさんを誘い、今度の休日に石狩を歩きたいという
相談だった。
大野一雄の踊った来札の河岸から河口を抜け望来の海岸
まで海を今村さんに見せたいと言う。
そういえば、お姉さんの今村はまなさんは晩年山の自然に触
れ、世界を開き、それを描き語っていた。
その亡くなったお姉さんの本を再版し自らのCDも併せて発表
した今村さんの今後の活動の為にも、山と繋がる海の自然に
触れる事はお姉さんへの供養にもなり良いかも知れない。
そんな気がした。
日程を打ち合わせた後、有山さんがごそごそと鞄から一冊の
ノートを持ち出した。
山田航さんの歌集「さようなら バグ・チルドレン」を全部読み
気に入った歌の感想を書き留めたノートという。
選んだ十数首の作品にそれぞれ感想が短文で記されている。
歌に触発された思いが、彼のドラムソロのように短いフレーズ
で打刻されている。
思わず声に出して読んでみると、有山さんが照れて声を出した。
するとそこに作者本人である山田さんが顔を出した。
すごく良いタイミングである。
それから有山さんのノートを山田さんに渡すと、彼は本当に嬉し
そうにじっと読んでいた。
この日彼が来たのは、一昨年暮の野上さんの作品展「鳥を放つ」
に触発され創った作品をプリントして会場に展示する為に持参した
のだ。
この短歌8首は歌集にも収録されている。
その「鳥を放つ」9首を大きくプリントした紙を、早速会場の芳名録
の前の壁に貼付した。
こうして今週始った野上展は、M夫人所有の作品、中嶋幸治さん
の野上制作記録写真、竹本氏所有の作品と野上さんを思う人た
ちの気持が形になって集まり、充実した展覧会となってきた。
後は野上さんが今回の為に制作したという新作の到着を待つば
かりである。
もともと今回の展示は野上さんへのエールの意味もあって企画した
もので新作展を意図したものではない。
しかしそのエールの気持ちがこうしてみんなの気持として、作品や
写真短歌作品の持ち寄りとなって、空間が充実してくるのは誠に嬉
しい事である。
そしてそれに触発されるように、野上さん自身が忙しい中新作の製
作に着手し送ろうという気持になった事も嬉しい事である。
それぞれの心の<鳥を放つ>、エールの交換展ともなってきた感
がある。

 進水式の朝の、涙が羽根をもち南へ向かふ朝の 訪れ

 きゃんどるの位置をなおして窓ごとにかがよふ夢を鳥に見せたし

                 (山田航「鳥を放つ」)

*野上裕之展「彫刻の軌跡」-10月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-09-30 13:03 | Comments(2)
2012年 09月 29日

進水式ー月暈・9月(21)

尾道の野上裕之さんからのメール。
今朝は進水式でいつもより早出して出勤という。
水深が浅いと船底が擦れるので、満潮の時間でないと
船がスムースに進水しないから潮に合わせて早起きという。
同じ日の夕方網走の佐々木恒雄さんとも電話で話す。
今年は海が暖かく、南の魚が今も獲れているという。
夜から朝方海に出て昼過ぎ陸に帰り水揚げしてこれから
一眠りという。
ふたりとも仕事の合間に作品を創り、こつこつと発表している。
こうして具体的に日々の生活情報を聞いていると、それぞれが
本当に食う為の生活に追われながらも必死で制作に励んで
いる様子が感じられる。
<生き・活き>が生活の原義なら、このふたつの生活の在り様
とは一体なんなのか。
<生活>を社会経済的インフラ条件から、より本質的な個の
生き甲斐・命の充実に純化する為に表現という行為があるよう
な気がしてならない。
<生活>に纏わりつく条件的な附帯事情を削ぎ落として、本来
の<生き・活き>という生命の<生活>軸に根を洗い幹を伸ば
す、そんな行為が表現者の闘いではないのだろうか。
作品とはそうした人間の生活への純化行為の結晶とも思える
のだ。

そうした野上さんの作品たちが、今日も静かなモノクロームな翳
を光に吸わせて佇んでいる。
鉛の作品が黒い額装に映えて、白い壁に浮かぶ。
女房・子供を抱え汗まみれで稼ぎながら、ふっとその生活の垂直
な軸心において見詰め創った心の結晶のような作品たちは、鈍い
光を放ってもうひとつの船の進水式の錨のようである。

*野上裕之展「彫刻の系譜」-10月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2012-09-29 12:23 | Comments(0)
2012年 09月 28日

生活の原義ー月暈・9月(20)

<生活>をテーマに企画展を考えているという人が来た。
ただこの生活という言葉は非常に生っぽいので、それを
そのままタイトルとする事には躊躇いがあると言う。
なにか別の言葉でタイトルを考えたいという。
生活はそれぞれ個別な具体的状況があり、より本質的な
ところで、<生活>を主題としたい。
今展示中の尾道の野上裕之さんもそうだが、来年個展予
定の網走の佐々木恒雄さん、大阪で個展を終えたばかりの
藤谷康晴さん、とそれぞれの美術家の職業を考えるとその
生活はまったく個々の状況にある。
船大工に漁師に港湾労働である。
そこにどう<生活>という本質概念を設定するか。
企画の趣旨は非常によく分かるのだが、それをどう主題化して
企画展とするかは、組み立ての努力次第に懸かっている。

そこで昨日ふっと寝ながら「生活」という文字を考えていた。
どちらも分解すれば<生き生き・活き活き>という文字である。
漢和辞典で調べると、
「活」はー水が勢いよく流れる音をいった。形声文字。
「生」はー土と草木の芽生えからくる形象文字。
とある。
するとこの<生活>という文字は、土と水の大地の根源的な
要素からくる勢い良く溢れる様子を意味して出来たと考えられる。
正に<生き生き(土・草木)><活き活き(水・流れ)>と大地の
生命の顕れとして、<生活>があるのである。
私たちは生活というと、どちらかというとその正反対の暗いイメー
ジに陥り勝ちだが、本来的にはその正反対の生命のキラキラした
意味が<生活>の原義なのである。
調べて何か非常に新鮮な感じがした。
さらに<いきいき>という言葉の、土や草木と水というある意味
別要素を包含して造語されている事にも感銘を覚えた。
そういえば、<形容>という言葉もそうした反対概念を包含して
いる。
このふたつの文字は、ともに<かたち>と読むのである。
<形>もかたち、<容>もかたち。
外側の要素から規定するかたちが「形」であり、内在するもの
から規定されるかたちが、「容」である。
例えば顔のことを外からの目線で表すれば美形というが、内面
が顔に出て表現すれば容貌という表現になるだろう。
内なる要素から容(かたち)を使うには、容量という言葉が一番
分り易いのかもしれない。
漢字の文字にはこうした時として相反する要素を複合して成立
している場合が多い。
これも先人の優れた英知と思うのである。
ある意味で非常に弁証法的な<正・反・合>の世界なのだ。
<生活>という言葉が、土・草木と水のその最も勢いある様子
を顕して、<生き生き・活き活き>から生まれた言葉と知ったら
生活を主題とする企画展を考えているMさんはどう感じるの
だろうか。
社会的経済的インフラ条件の方に引っ張られている<生活>
概念が、より本質的な生命の側に根差して甦るような気がする。

*野上裕之展「彫刻の軌跡」-10月7日(日)まで。
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-09-28 13:10 | Comments(0)
2012年 09月 27日

邂逅の時間ー月暈・9月(19)

2003年の5月の個展以来久し振りに韓国の作家が訪ねて来る。
Dongchun Yoonさんである。
移転したこの場所を探して来てくれたのだ。
会話は英語か韓国語なので、話は上手く通じないが心は繋がって
いる。10年近いギヤップはあるが、そんな感じがした。
2003年時の個展の際に絵画に添付した短文が今も残っている。
札幌に初めて来た時の印象を絵画にした作品に添えられていた
ものである。作品のタイトルは「色に移した印象」で全部で9点の
組作品だった。その内の何点かの短文。

 1990年の夏だった。私が北海道に来たのは

 透き通った空気、スカッと降り注ぐ日差しが印象的だった

 みんなが心を開いて接してくれた、私の心も解き放たれた

 お酒の好きな人が沢山いた。住み心地の良い所だと思った

 ちっちゃな空間の美しさ

 言葉が分からなくて焦ったが、結局通じない事はなかった

 また来てみたいという思いを抱いた

 2003年5月 Temporary Spaceにまた足を踏み入れる

これらのキャプシヨンに添って絵画が並んでいた。
この時私は5月危機の最中にあり、展覧会を開けるかどうかの
瀬戸際にあった時である。
その時のYoonさんへの手紙の写しが残っている。

 ・・・この場所への想いがなんとか継続へと繋がり、かつあなたの
 展示作品が私に深いところで勇気を与え励ましてくれたのです。
 言葉の通じない点はあったとしても、基本の部分では理解しあえた
 ように私は感じております。
 短い間でしたが、私は私の生き方を、あなたはあなたの生き方を
 それぞれ無言のうちに語り合っていたように思います。

こうして作品を韓国へ返し、それ以来の再会だった。
相変わらず言葉は通じず、カタコト英語も同行した流暢な英語を話す
M氏の前では話すのも憚られて、ほとんど会話らしい会話もなく別れ
たが、少なくとも入ってきてすぐ梯子を登り会場全体を見渡し誉めて
くれた最初の言葉だけは忘れない。
10年前のあの時のキャプシオンと同じ響きをこの時のYoonさんの動
きに私は感じていたからだ。

 ちっちゃな空間の美しさ

いつかきっと、この隣国のナイーブな紳士は、

 ・・・また足を踏み入れる。

と記して描いてくれるに違いない、そんな気がするのである。


今朝、中嶋幸治さんが来て、野上さんの一昨年の鉛の作品制作
展示時のフォトドキュメント6葉持参してくれる。
それらを裏打ちし両面テープで固定し2階壁に飾る。
2階会場が一段と引き締まった感じである。
そして、今朝のメールで小品を製作し送ったと野上さんより連絡が
ある。
今から新作の到着が楽しみだ。

*野上裕之展「彫刻の軌跡」ー9月25日(火)-10月7日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-09-27 15:50 | Comments(0)
2012年 09月 26日

爽秋ー月暈・9月(18)

めっきり涼しくなった。
爽秋・・というより涼秋。
時に冷秋か・・。

野上くんの展示が好評である。
M夫人所有の額入り鉛作品も初めて展示に加わり、
テンポラリー収蔵の小さめの同じ額入り鉛作品と2点が
2階吹き抜け正面壁に並ぶ。
玄関上の看板も鉛の野上作品なので、外から入ると作品
が内外と重層的に感じられる。
テンポラリースペースが「野上の館」に変身したようである。
今回も光の翳が美しい。
秋の陽射しが微妙に作品の翳を拾うからだ。
絵画の色彩もそうだが、モノクロームな立体もまた然りである。
光が作品を映えさせる。

先日閉廊後東区伏古にある煉瓦倉庫のカフエで催された
今村しずかさんのライブに行ってきた。
初めて行くその場所は、旧玉葱倉庫を改造した空間で、
大きな敷地に何棟かの倉庫が立ち並ぶ場所だった。
その内の一棟がカフエスペースで、ライブ会場となっている。
夜、暗闇に鬱蒼と立ち並ぶ倉庫軍は深い存在感がある。
周囲にはいわゆる高層ビル群はなく、2,3階建ての倉庫の
高さが空間に存在感を際立たせている。
こうしたゾーンが今も残されている事は貴重である。
将来この倉庫群がゾーンとして多岐に利用されたら嬉しい。
カフェとライブスペース以外にも物創りが住み着くと良いなあ。
茨戸街道から少し外れた交通的には離れた場所なので、
かっては本当に玉葱畑の中の保管場所だったのだろう。
その所為もあって、都市化の波から外れたと思われる。

今村さんのライブは、古館賢治さんの絶妙なギター演奏もあり、
有山睦さんのドラムともども楽しく聞いた。
今村さんの歌唱は文字で言えば縦書きのような、決して横書き
ではない歌唱と感じる。
縦書きの歌唱を活かすライブのあり方をこれからどう定着し
てゆくか。
できるだけ少人数で構成し、時にはソロにも挑戦した方が良い
と思えた。



*野上裕之展「彫刻の軌跡」-9月25日(火)-10月7日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポライリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向
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by kakiten | 2012-09-26 14:03 | Comments(0)
2012年 09月 25日

脈拍の数より多きー月暈・9月(17)

遠くから心の扉をノックするように、大阪で個展中の藤谷
康晴さんよりメールが来る。
東京から来てくれた映像作家鈴木余位さんが、5時間激写
してくれたと感動していた。
凄い集中力で5時間撮影し、今から出来上がる映像作品が
楽しみという。
先月初めてここでふたり出会い、その流れが大阪でひとつ
となって交感する作品に結晶する。
絵画と映像の作品が呼応しあって、どんなふたりの感性の
キャッチボールを見せてくれるのか。
熱い鈴木余位さんの心が伝わってくるような気がする。
藤谷さんも本当に嬉しいだろう。

 脈拍の数より多き星めがけ指をかけたり楕円の引鉄

                        (山田航「鳥を放つ」)
      
8mmカメラの引鉄(トリガ)に指をかけハンターのように撮影
する鈴木余位さんの姿が目に浮かぶのだ。                             
昨年暮吉増剛造展に初来札し、この時それまで封印していた
多摩美大関係者には伝説の鈴木余位さんの8mm映像撮影が
解き放たれ、吉増展、齋藤玄輔展と撮影が続いているのである。
今回の藤谷康晴展の5時間の激写は、その心の昂揚のひとつ
の頂点とも思える。
彼の良き師でもある映像作家石田尚志さんも、鈴木余位さんの
この変貌に喜びと驚きを語っていた。
作品が作品を呼び寄せ、人と人が繋がる。
磁場が発生している。
大阪は遠い南の地ではあるが、今朝の一通のメールは私の心を
鳥のように解き放って、ふたりの空へと駈けて行くように感じられた。

 放たれし鳥たちよわが手を離れ一点のあるがごとき静夜へ

                                  (同上)

*野上裕之展「彫刻の軌跡」ー9月25日(火)-10月7日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

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by kakiten | 2012-09-25 12:44 | Comments(0)
2012年 09月 23日

野上裕之の旧作ー月暈・9月(16)

尾道で船大工をしている野上裕之さんの旧作を並べる。
「BAKEDWORLD」「NU」「鳥を放つ」等の一部である。
来年初頭予定の個展の前哨戦となる。
今年長男のお子さんが産まれて子育てに大変と思うが、
なんとか彫刻はライフワークとして続けて欲しいという願い
もある。
お子さんの名前は朝登くん。
親の想いが子の名前にはある。
子はその親の想いに時に反発しながらも背負って生きる。
野上さんの心がこの名前にも反映してある筈である。
仕事も生活も大変と思うが、それらに勝つて登っていく願い
はそのまま己の願いでもある。
親の子に付ける名前とは本来そうした親の気持自身の事
でもある。
子は大きくなって、その名前に反発したり従順になったりして
いつか親の気持を理解するようになる。
人によっては名付け親が別にいて、その名前の由来が字画
だったり、祖父だったり、その家の宗派のお坊さんだったりと
様々だろうが、親が子を思う気持に変わりはない筈だ。
今日留守録に女の子が産まれたという伝言があった。
すぐ電話をして聞くと、産まれた子の顔を見たら当初考えて
いた名前に自信がなくなったという。
きっと顔は変わるよ、だからこうあって欲しいという願いを名前
にしたら良いと応えた。
その願いを子供は背負って将来自覚してくれる筈だ。
命名は親から子への最初のメッセージで、親の死後も子の一
生に付いて周るものだから、いつか自分が今度命名する側に
立った時その事を自覚して甦るものと思うと話した。
そして野上さんの子供さんへの命名を、ふっと思い出していた。
そんな事もあり、空いたスケジュールの展示に野上さんの旧作
を並べる気持ちになったのだ。
そして作品を展示し作品が発する力に私自身もパワーを頂いた。
これはお子さんの名前と同じような気持である。
朝登くん、万歳だな。

*野上裕之展「彫刻の軌跡」ー9月25日(火)-10月7日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

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by kakiten | 2012-09-23 15:09 | Comments(0)
2012年 09月 21日

肌寒い日ー月暈・9月(15)

半袖だと少し寒い日。
上着を着たままぼんやりとしている。
なにか疲れが澱のように溜まっている。
展示が切れて、気持も抜ける。
TVッ子も一日TVばかり見ていては、体が固くなり
疲れも取れない。
何をする気にもなれず、とにかく自転車に乗り体を動かす。
この体を動かしているだけがいちばん自分らしい時間の
ような気がする。
なにも関わらず、自分の身体だけ。
かってひとり山中を駆け回っていた頃を思い出す。
この時も自分の身体だけの自由さを感じていたっけ・・。

ギヤラリーに来てメールをチェックしたり雑用をしていると、
M夫人が来た。
おはぎやら玉蜀黍を頂いた。
見ると半袖である。
寒くない?元気いっぱいですね、と声をかける。
いや、寒いよ今日は、でも車だから・・。と応えた。
急に寒くなって、体が追いつかないわと、言う。
私もTシャツだと自転車に乗ってると寒気がして上着を
離せないと応えた。
今日は一日上着を着たままである。
雲厚く日も射さない日だ。

夕方になりやっと雲間から斜めに日が射す。
来週まで少し体力・気力を回復せねばならぬ。

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by kakiten | 2012-09-21 16:13 | Comments(2)
2012年 09月 20日

秋田奈々展終るー月暈・9月(14)

最終日、切れ目なく人が来る。
天気も崩れず終日柔らかな光が会場を満たす。
写真家S氏が初日に続き、最終日も美味しいかりんとう
持参で顔を出す。
柔らかな秋田さんの写真と対照的なS氏の作品。
テーマとなる風景の視座はどこかふたり共通するもの
がある。
ただ実際の写真表現は、秋田さんの女性的で柔らかな
視点に比し、S氏の作品はより硬質である。
その違いが逆に引き合うのかも知れない。

アメリカ・シアトルに短期留学中だった瀬戸くんが、
昨日帰ったよ、とひょっこりと顔を出す。
今から釧路の実家へ帰ると言う。
まだ大学は夏休み中なのだ。
しばらく見ない内に日に焼けてスリムになり、精悍な感じ
である。
お土産ですといって、シアトルブレンドの珈琲をくれる。
お餞別もあげなかったのに、と恐縮する。
フレンチ仕上げの美味い珈琲だ
そしてこの日氷菓のGG君を沢山差し入れてくれたI嬢が、
大きな荷物を持っている瀬戸くんを駅まで車で送ってくれる。

夜搬出は翌日にして、打ち上げで居酒屋ゆかりへ行く。
美術館の学芸員のF氏、歌人の山田航さん、秋田奈々さんと
私の4人である。
釧路の美術館でマイケル・ケインの写真展を企画したF氏の
話が面白かった。
道東の自然の中に立つ一本の樹の写真は、3・11被災地の
奇跡の一本松と重なり、その樹の最後の違いが一枚の写真
から発して記憶に刻まれる。
一方の樹は倒され、一方の樹は人工的に保存される。
しかししてその記憶に遺される姿は、写真が刻んだ在りし日の
姿である。
写真というものが保つ記録性と視角の保つ事象の本質照射へ
の視角。
そのふたつの視角が、場という現実的な状況を通して抽象され
結晶する。
それが写真というものの本質にあるような気がした。

今週はしばらく休み、体調を整える積り。
明日は大阪で藤谷康晴個展初日。
藤谷さんのライブドローイングと鈴木余位さんの撮影が
成功裡に終る事を楽しみにしている。

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by kakiten | 2012-09-20 11:50 | Comments(0)
2012年 09月 17日

G・Gの日ー月暈・9月(13)

最近敬老の日とはいわず、G・Gの日というのを目にした。
GRAND GENERATIONの頭文字らしい。
なんでも横文字にすれば良いというもんでもあるまいに。
じじーいの日みたいで、ばばーはないのかと言いたくなる。
そんなG・Gの所為でもないだろうが、一昨日まだ湿度の高い
日、帰りに買った氷菓G・G君梨味二本の一本が当たりだった。
滅多にない事なので、昨日帰りに同じコンビニで他の物も買い
ながら少し緊張して交換をする。
感じの良い若い青年で、”おー、おめでとうございます!”と
明るく言ってくれたので何か救われる。
いい大人がアイスバーの交換を申し込むのも少し照れが
あったのである。
G・Gの日の前日G・G君が当たり、梨味1本ゲットである。
ふっふ・・。
同じコンビニでももう在庫していない所もあって、7・11には
まだ在庫があるようだ。

今日で秋田奈々展も終わり。
次回は未定なので、少し休養・休廊の予定。
体力回復して元気に頑張ろうの、G・G君の日とするか・・。

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by kakiten | 2012-09-17 11:07 | Comments(0)